44話 『親心』
「あはは、はい、そうです」
私は苦笑しながら答えた。目を泳がせてしまっているのは自分でも分かった。
そんな私の様子を見て、マグさんは不思議そうな顔をする。
もしかして、持ってるブックばれたりとかしてないよね!?
マグさんはライトをゆらゆらと揺らしている。
「こうしてみると、なつめさんと一対一でしっかり話すのは初めてだね」
マグさんはライトを顔の近くに寄せて、にっこりと微笑んだ。
私は冷や汗をかきながらも、一回頷いた。
「……なつめさん。話があるから、部屋の中に入ってきて」
「え? わ、わかりました」
いきなりのことだったので、予想だにしていなかったことを言われて驚いてしまい、一歩引きさがってしまった。
マグさんは扉を開けたまま、部屋の中に入ってしまった。
これもう確定イベントだよね……正直なところ、本当は備えて寝たいけど、話があるなら仕方ないか……
私はブックを持ったまま部屋の中に入った。
部屋の中は書斎のような感じであった。
本棚がたくさん並べられていて、色々な本がぎっしり詰められている。
奥の方には大きな机があり、周りにはイスが六つほど並べられていた。書斎、というよりは図書室みたいな部屋だろうか。
私はあたりを見ながら、淡い光が放たれている位置に歩く。
とは言え、何の話をするのだろう。
私と話すことなんてあるとは思えないし、まさかメルちゃんのことかな……
急に予定変更して、やっぱり私たちが勝っても連れていくことは許しませんとか、割とあり得そうだから少し怖い。
歩いていくと、大きい机の上にスタンドライトが置かれていて、私を迎えるかのようにマグさんが座っていた。
「じゃあ、そこに座って」
変な緊張感が全身に走る。
恐る恐るイスに座る。変な緊張からか、方がピンと張ってしまう。
「あの……話、って?」
マグさんに訊いた。
「そんな緊張しなくてもいいよ」
マグさんは私に微笑みかけて言った。
私は少し緊張がとれて、肩を下げて、胸に手を当てて一息をついた。
「私はメルのことをすごく愛しています」
「は、はあ……」
今までの状況を見てれば、そのことはもううんざりするほど分かる。
「メルが家から突然居なくなった時は本当に焦って、そこら中を探し回ったわ。でも、今こうして家に戻ってきて、とても安心をしている」
マグさんは私の目をじっと見つめて話している。
さすがに気恥ずかしく、少し下に目を逸らしてしまった。
失礼ではあるけれど、人にじっと見られるのは恥ずかしい。
「こうして家にいるのも、あなた達がメルのことを守ってくれたからだとも思っている。そこで、昼頃も言ったように、あなた達にメルのことを預けようと思ったの」
「あの、何で私たち何ですか?」
私は目線を少し上げて、マグさんの顔を見た。
マグさんは両方の肘を机の上に乗せて、重ねた手の上に顎を乗せ、目を閉じながら、頭を少し下に傾けている。
「メルから聞いたの。あなた達と一緒にいて、とても楽しかったって。私ね、メルが生まれた頃からずっと思っていたの。『この子が一緒にいたいって思う人と、旅をさせてあげたい』。ほら、可愛い子には旅をさせろって、よく言うでしょ?」
理由は単純なものであった。でも、そこには何とも言えないような、優しい気持ちがこもっているようにも思えた。
「大切なものを失うことは本当のところ、嫌。でも、何だかね、あなた達が楽しそうに話している所を見てると、私もこんなんじゃいけないな、ってなってくる。それに、メルにも広い世界を見せてあげたいって気持ちにもなってきた。だから、あなた達がメルのことを守れる程の力があるか――今までメルのことを守ってきた私を越えることができるか――そこを見たいから、私はあなた達に勝負を申したのよ」
マグさんは、真剣そうな顔をして、私の目を見ながら話した。
今度は私もマグさんの目を見て話を聞いていた。
――これが本当の親心というやつなのだろうか。
自分が今まで大切にしてきた子を手放したくはない。だけれども、世界を見せてあげたい。そんな心が、私の心にも深く伝わってくる。
私はその場に立ち上がり、手を机の上に乗せ、マグさんの方に身を少し乗り出した。
「絶対、勝ってみせます。そして、メルちゃんを、守ってあげます!」
座っているマグさんは私のことを見上げて、少し涙を流した。
淡い光がマグさんの涙を照らし、涙が金色に輝いて見えた。
すぐにマグさんは下を向いて、紫色のパジャマらしき服の袖で涙を拭いて、少し頬を緩ませた。
「ありがとう、なつめさん」
私は何か安堵して、またイスに座った。
「それと——」
マグさんが私の手を指さしながら話した。
「私のブック、返していただける?」
はっ! 痛恨のミスだった! さっき手を机に乗せて、そのまま座ったから、ブックが丸見えだ!
私は慌てて、咄嗟にブックから手を放した。体中が熱い。
「わっ、こ、これは、その……階段上がって来る途中で見つけたんですよ」
変な言い訳をした。こんなへんちくりんな言い訳通用するわけが……
「そう。よかったわ。無くしたかと思ってずっと探してたの。見つけてくれてありがとね」
マグさんはブックを手に取り、ズボンのポケットにしまった。
割と酷い言い訳信じる人で良かった!
私はマグさんに、おやすみなさいと一言声をかけて、部屋から出ようとした。
部屋を出る直前に、声が少し聞こえた。
「メル……良い人達を、見つけたね……お母さん、とっても嬉しいよ」
最後まで聞くことはできなかったが、私は部屋を後にして、自分の寝室に戻った。