38話 『水浸しキッチン』
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町はすっかり荒廃しきっていた。
冒険者も、町の人も、闇に包まれ、黒き魔物へと変貌し、互いを殺しあおうとする。
剣を持ち、槍を持ち、それらを振り回し、なりふり構わず他人を殺そうとする。
黒に染まっていない、正常な町の人間は、家の中に隠れ、家族と身を寄せ合う者もいれば、一人で、心細く怯える者もいた。
——苦しむ人々の叫び声が聞こえる。
逃げたい、怖い、死にたくない。
その叫び声は、身を潜めている者達の声だけではなく、黒き魔物も、同じように叫びをあげていた。何かから逃げるかの様に、何かに怯えているかの様に。
『グワァァェァアァッッッ!』
魔物が、声を荒げ、両手に剣を持ち斬りかかろうとした。それを、パラディンはすらりと避ける。
「——っ!」
…………勇敢で屈強なパラディンは、その中で一人、黒き魔物と戦っていた。
攻撃は一切せずに、黒い魔物達の攻撃を全て、避けるか守るかだけで戦闘をしている。
それは自分の身を守るためだけではない。町の人を、魔物へ変貌した人も一緒に守るために。
最後まで、人々が希望を捨てない様にするために。
「町の人も、冒険者も、傷つけようとする奴は許さない!」
そのパラディン……ガイルは大きい町に響き渡る様に、町の中央の広場で、大声で言った。その声に気付き反応した魔物達が、一斉に町の中央にやって来る。
「……お前らも、絶対に助けてやるからな……最後まで希望を捨てるなよ!」
迫りくる黒き魔物達に向かって言った。
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「あ、メルちゃんいたー」
スリルさんが教えてくれた部屋に行くと、メルちゃんが豪華なベッドで寝かせられていた。まだ寝ているみたいで、その上気持ち良さそうに寝ているため、起こすのは悪いと思い、早々に部屋から立ち去って行った。
「この部屋に近い方がいいよね」
と、私が訊くと二人とも頷き、私に賛同してくれた。メルちゃんの部屋の近くには、丁度良く三つ部屋があり、私はメルちゃんの部屋の真正面に、その隣にカグラさん、カグラさんの部屋の正面、要はメルちゃんの隣の部屋にはお兄ちゃんが入ることになった。
一応ジャンケンで決めたのだけれど、カグラさんはジャンケンの事を言っても全く分からない様な素振りをしていたので、ちゃんとルールを説明してジャンケンをした。
決めた後すぐ、部屋に入る前にみんなのお腹が鳴った。
カグラさんは気恥ずかしそうに、お腹を抱えて顔を少し赤らめた。
お兄ちゃんは、頭を掻いて「ご飯、どうしようか」と言った。そこに丁度良く、スリルさんがやって来た。どうやら、各部屋の掃除や、ベッドのシーツの交換などをしてくれるらしい。
台所、借りる事ができないか聞いてみよう。
「スリルさん、台所って借りれませんか? ちょっとお腹空いちゃって、自分達で作ろうかなと」
「それなら、階段のすぐ横にある部屋にございます。ああ、でも、驚かないでくださいよ」
そう言って、ガイルさんは私が選んだ部屋に入って行った。一体どういう意味だろうか。
普通台所に驚く要素なんてある?
まあそれは入ってからのお楽しみ……みたいな感じでいいかな。
私たちは階段を下りて、スリルさんの言っていた階段下近くの部屋の前に立った。一体この中で何が待ち受けているのか、少しドキドキする。
そして、扉を開けると……
「ええ—―っ!?」
目の前に広がっていたのは、部屋の中だけに留まっているような、『水』だった。
「マジかよ……」
お兄ちゃんは一歩下がって、驚いた顔をして言った。
「何かとすごいのだ……」
カグラさんは苦笑いをしている。
これはどういう原理なのだろうか……水が扉から出ない様になっている。そもそもこんな処で調理ができるのだろうか。
水の中にある訳だし、火は付かないだろう。野菜を水洗いするのとかは楽かもしれないけど、それだけだったら生の野菜しか食べられない事になる。
そもそも息できるの。ここ。
「なつめ……どうするのだ」
カグラさんが困ったようなかをして言った。
「うーん……とりあえず中に入ってみようか……」
私がそう言うと、カグラさんもお兄ちゃんも、足を一歩、二歩と後ろに退けて行く。
「あ、ああ……俺はいいよ。ほら、俺泳げないししさ。できるの待ってるから」
小学生の頃から中学終わりまでスイミングスクール通ってたんだから泳げるでしょ。
「わっ、わっちも遠慮するぞ。わっちも同じく泳げないから。とりあえず、ご健闘をお祈りするのだ……」
二人は私の方を向いて、頭を少し下に傾けて、手を合わせ、上下にすりすりしている。
別に死にに行くわけじゃないからね……?
そして二人は、ここに来た時に最初に入った部屋に入っていった。
せめてカグラさんくらいは付いて来てほしかった。一応泳げはするけど、そもそも息できないだろうしなあ…………
こういう処に来るのが分かってたら水着とか持ってきたのに。
案ずるより産むが易しか……とりあえず入ってみますか!
私は水で満たされた部屋の中に、空気を思いっきり吸ってから入る。
水が私を包み込む。お風呂で子供の頃特訓した、水中でも目を開けるという技術的な何かがここにきて生きる。
見た感じは酒場のキッチンとそう変わらない。シンクもあるし、食器棚も冷蔵庫もある。それに、水の中にいるはずなのに、水圧も浮力もなく、苦しい感じもしないし、もしかしたら息とかできちゃったりして……?
そう思った瞬間、扉が閉じる音が後方から鳴った。
「――!?」
私は驚き、すぐに扉に戻る。ドアノブを回そうとするが、何故か全く動かない。
どうして!? 開けておいたはずなのに……! 扉が閉まるなんて聞いてないよ……!
だめだ、息がもう苦しい。これ以上は……
私はだめだと思い、諦め、口を開けてしまった。
「あっ、あれ? 普通に息できる……?」
何と、息をすることができた。
水の中で息ができるって…………そういう仕様なのかもしくは、そうする魔法的なものがあるのか。細かい事は気にしなくていいや。ワカチコ気分でご飯作ろう。
私は一番の疑問だった、ガスコンロの近くに近づき、スイッチを押して付けてみる。
「これは……」
カチッという音がし、目の前には火というよりも、光に近い炎のような淡いものが、ぼうっと勢いよく出てきた。急いで弱火に切り替えると、それはだいぶ弱まった。水があるからなのか、その光は熱い感じはしない。
……考えるだけ無駄だ。もう調理しちゃおう。
私は、酒場から持ってきた野菜や肉、香料、他の調味料などをポーチから取り出して、調理をし始めた。
「なんか疲れたし、適当に作っちゃおうかな?」
私は下の棚から包丁やフライパン、鍋を取り出し、スープや野菜炒めなどを適当に作った。
本当のところは白飯などが欲しいトコ。特にコシヒカリが私は大好きだから、それに近い物がせめて欲しい。そんな事を思いながら、大皿に乗せた料理や、スープの入ったコップ、フォークなどを、大きい鉄板の上に乗せて、カグラさんたちのいる部屋に持って行く。部屋から出ると、私の服に纏わりついていた水は全て、部屋の中にスッと吸い込まれていった。
部屋の仕組み、あとでスリルさんに訊いてみよう。
これからも更新遅くなると思います。
ゴメンナサイ!