34話 『ダサい盗賊』
マグさんは静かに鼾をかいている。
この姿を見て、さっきの光景がまるで嘘のように落ち着いている。日が経ちすぎると親も変貌するものなのだろうか。
スリルさんの持っている、ついさっきまで空だったティーカップは、いつの間にか湯気が出ていた。
「マグ様の考えている事は私でもよく存じ上げません。とにもかくにも、マグ様に一度お話された方が良いと思います」
「……まさか起きるまで待たなきゃいけないですか? 」
「申し訳ございませんが……」
スリルさんは申し訳なさそうに頭を深く下げた。
でも、ここに来るまで疲れたし、少し休ませて戴く事にしよう。それにお兄ちゃんさっきから全く起きないし、一応回復魔法かけておこうかな……息はしているみたいだし。
私は立ち上がり、ソファーの後ろに回ってお兄ちゃんにキュアーを何回か唱えた。お兄ちゃんの体力はどんどん回復していき、さっきまで少し荒かった息は穏やかになっていった。
あと体力一しかなかったんだ。さすがに少しやりすぎたかな? 異世界だから何でもありと思っていた。どうせ蘇生魔法くらい一つや二つあるだろうとは思っていたけど、町の人から聞いたところによれば、この世界には蘇生系の魔法は一切無いらしい。理由はよく分からない。あとでセナさんが出てきた時にでも聞いてみるとしよう。この世界についてより深く知っているのはセナさんただ一人だけだと思うし。
それにしても、マグさんって何となく雰囲気がイリアさんに似ている気がするのは気のせいだろうか。髪や肌の質感、少し不思議めいた感じとか。もしかして本当は姉妹だったりして!? でもイリアさんの名前にはアクスフィーナという名字的なのはついていないし、てかそもそも魔法使いじゃないし、住んでいる場所も環境もまるで違う。英雄の滝でマグさんの事を話していた時も、他人の様に話していたし、やっぱり違うかな?
そういえばメルちゃんのお父さんって今何をしているんだろう。
色んな疑問でいっぱいになる。
「スリルさん。メルちゃんのお父さんって今どうしているんですか? 」
スリルさんはいきなり私に話をかけられて少し驚いたかのか、ティーカップを落としそうになりあたふたしている。
「えぇと、マグ様が二百四十九歳の時に、病にかかりお亡くなりになられました……」
「病……ですか」
「はい。原因も何も分からない奇病です。寝たきりで、ずっと苦しまれたままお亡くなりになりました」
「そう……ですか」
スリルさん紅茶を一気に飲み干し、大きく息を吐いた。そしてマグさんに近づき、彼女の艶があるさらりとした髪がついた頭を優しく撫でた。
「孤独の身だった私は、元館主、要はマグ様のお母様のアグローナ様に雇われて、アクスフィーナ家に長年勤め、マグ様がまだ小さい頃から看ておりました。もうどれくらいの時が経ったか分かりませんが、ご主人様がお亡くなりになられた、あの時のマグ様の心境は私にもよく分かりました」
マグさんがまだ小さい頃からという事は、スリルさんも長寿、という事なのだろか。でも、一見立派なヒゲが生えているおじいさんって感じだし、不老というわけではなさそう。それとも長寿にする呪文でもあるのだろうか。どうせマグさんが小さい頃と言っても、どうせ八十歳とかそのくらいからだろうし。
私は再びふかふかのソファーに座り、スリルさんの話を聞く事にした。ずっとソファーに座っていたカグラさんは、膝に置いてある刀を両手でしっかりと握り、涎を少し垂らしながら居眠りをしている。
「もちろんの事、お嬢様の事も生まれた時から看て参りました。昔は「爺や、爺や」と庭に咲いているステルスゴールドプリズムのような輝く笑顔で甘えてきて嬉しかったものですよ」
「メルちゃんにもそんな時期があったんですね……」
スリルさんはマグさんを撫でるのをやめ、自分のイスに座ってメルちゃんの事を熱心に話し始めた。メルちゃんが好きな物、メルちゃんとの思い出などを熱く語っていた。この人も過保護になりそうな雰囲気がする。私はその話を、寝ている二人、正確には兄も含めて三人がいる中で何時間も何時間も聞かされていた。
そういえばメルちゃんほったらかしにしていたけど、今何をしているのだろうか。
「メル……?」
その時だった。唐突にマグさんが目を覚まし、ソファーから立ち上がったと思うと、何かに惹き付けられる様に扉の方に向かった。今まで話続けていた私たちは、いきなり起きたその光景を黙ってみている事しかできなかった。
「マ、マグ様! どうなさいました!?」
スリルさんが大声でマグさんに呼びかける。しかし、その声は全く届いておらず、瞬きを全くせずに金色の眼を見開いたまま、何かに怯えるかのように扉の前に立ち、ドアノブを時計回りに右手で回して扉を開け部屋から出ていった。私たちも恐る恐る後に続き、部屋から出ていくと、目の前には衝撃的な光景が映っていた。
——メルちゃんがかっこ悪い黒い盗賊の服を着た男に捕まえられて、ナイフを首元に突き付けられて人質に取られてたのである。
「な、動くな! こいつがどうなってもいいのか!」
男はとても低い声で、私たちに脅しを入れてきた。メルちゃんは抵抗する事が出来ないのか、脚が震え、エメラルドの様に輝いている目からは恐怖で涙がこぼれ落ちている。私もスリルさんもこの衝撃的な光景を目の当たりにし、戦慄していて何もする事が出来ない。
「俺がここから出るまでその場を動くんじゃねぇぞ! じゃねぇとこいつは殺す!」
男はまた低い声で私たちを脅し、さらにメルちゃんの首にナイフを押し当てる。あの低い声にセンスの欠片が一つもない恰好と言い、見覚えのあるような……いや、結構最近見た事があるような……そうだ、確か一昨日——
【主人公以外のキャラ補足! ③】
スリル・テラグ (235歳)
《 タレント能力 : 修復 》
触れた物を直す事が出来る才能。人以外の物なら修復が可能。ちなみに出力次第では、どこまで直すかを自分で決められるらしいが、正直完全修復しか使い道がない。スキルは様々な場面で使えるものが多い。
《 説 明 》
アクスフィーナ家の(一応)執事さん。両親はスリルが30代の時に病で他界。40歳の頃、用事で家に娘と母を残して行ったが、その日に家が盗賊の集団に襲われて、家族を亡くし、一人孤独に。目の前に絶望しかない人生を生きても意味がないと思い、自殺を図ったが、森で首を吊ろうとした時、マグの母親のアグローナに引き留められ、そのままアクスフィーナ家で執事をする事に。その際マグやメルを自分が可愛がっていた娘重ね、可愛がっていた。家族の惨殺という事があったので、ちょっと過保護な一面もある。
一応スリルも普通の人間なのだけれど、60歳の時、アグローナにある部屋で、一日中卵の殻を食べさせられるという過酷で非常に謎な儀式を受けさせてもらい、不死とまではいかないが、長寿にしてもらい、不老とまではいかないが、老いにくい体にしてもらった。
ちなみに得意な魔法の属性は水。ティーカップのお湯も魔法で作っている。
そのお水、とっても綺麗で美味しい水だよ!