32話 『マグ』
メルちゃんはカグラさんを別のベンチに座らせた。お兄ちゃんに関しては、倒れているので花を鼻に近づけて香りを嗅がせるだけだった。
「メルちゃん、その花は?」
「これはね、『ステルスゴールドプリズム』って言って、ステルスって言うスキルで隠れたもの何かを見つける時に使うものなんだ。お母さんが勝手に作ったらしいから非売品だよ」
という事はこの豪邸自体がステルスで隠れていたという事か。と、言ってもここまで大きい物を見えなくさせるなんてどんな人なのだろう。でも魔王を討伐しに行った勇者四人の中の魔法使いなのだから、他とは比べ物にならないほどの天才魔法使いなのだろう。天才は基地外と紙一重ともいうし、メルちゃんの言っていた事も強ち間違いではないのかもしれない。
「なるほど……便利なのか便利じゃないのかよく分からない花だね……」
「利便性は考えない方がいいと思うよ」
利便性を考えないって……じゃあ何のために作ったのよ。名前も変に少し長いし。
私はカグラさんのもとに行き、リフレッシュを唱えた。
「ああ、なつめ。忝い」
カグラさんは目を開き、ベンチから立ち上がり私に笑顔を見せてくれた。
「いえいえ、とんでもないです」
あ、お兄ちゃんはどうしよう。
まあでも、今まで迷惑かけられて来た分に比べればこんな事くだらない事だし……このままでいいや。
「じゃあ中に入ろう」
私たちはお兄ちゃんを文字通り引き連れ、庭を抜け豪邸の扉の前に立った。大きい扉が目の前に……私の家のドアの三倍くらいあるかな? あともう少し大きいくらい? メルちゃんは扉をそっと開けた。
「た、ただいまー」
豪邸の中は、中央に大きい階段、左右に扉があり、階段の横にも奥の方に扉があった。階段の手すり部分には、四角い台の上に一定の間隔で花瓶が置かれている。花瓶の中には桃色を基調とした花が活けられてた。んー、何の花だろう。花については結構詳しいと思っているけど、手すりの前に置いてある花など、庭に咲いていた銀色に輝く花など、見た事のない花ばかりだ。全部メルちゃんのお母さんが作ったのだろうか。凄いのやら凄くないのやら……
「おやおや、誰ですかな? こんな所に来るとは珍しいですね」
右の扉からずっと前に町で見た、馬車を引いていた燕尾服を着ている長身の老人がやって来た。その老人はメルちゃんを見ると、少し固まり、涙を流し始めた。
「じいや……その……た、ただいま」
「お、お嬢様……お嬢様ー!」
長身の老人は全速力でメルちゃんの元に走って来て、メルちゃんを抱きしめた。
「ちょ、苦しよじいや!」
メルちゃんは必死に抵抗をしているが、全く離そうとしない。
「お嬢様、爺は心配しましたぞ! お嬢様が居なくなってからずっと夜も眠れなくて……毎日七時間しか寝られませんでしたぞ!」
いや滅茶苦茶普通に良い睡眠時間じゃないですか! 逆にメルちゃんが居なくなる前はどのくらい寝てたのよ!
「マグ様―! お嬢様がお帰りになりましたぞー!」
燕尾服を着た老人は大声で二階に向かって叫んだ。すると、階段を上がって二階のすぐ近くの扉が勢いよく開き、中から長い黒髪で赤いロープを着た女性が出てきた。
「メル!? メル! メルー!」
その黒髪の女性は二階から助走をつけて飛び降り、一直線にメルちゃんの元にやってきた。
あんたはそう〇けの後を追うポ〇ョか!
タイミングをみたのか、燕尾服を着た老人はメルちゃんを離し、自分は少し離れた所に避けた。
そして黒髪の女性はメルちゃんを抱き上げ、狂おしいほどに強く抱き締めた。
「お母様! 苦しいですから! やめ、やめてください!」
メルちゃんは抵抗をし、黒髪の女性の服を掴むと、持ち上げられたまま上に放り投げた。いやどんな腕力ですか!?
「うひゃー!」
黒髪の女性は何故か嬉しそうにいる。メルちゃんは落ちてきた女性の手を掴み、振り回して左の壁に思い切り投げつけた。黒髪の女性は頭から壁に突き刺さり、壁には突き刺さった部分中心に壁にヒビが入った。
メルちゃんは一仕事終えた様に一息をついた。少し離れた所にいた燕尾服の老人はため息をつき、頭を抱えた。
「お嬢様……そんな事をしたら……今までと同じに……」
すると、髪の長い女性の笑い声が隣から聞こえてきた。
「ぐへ、うへへへ……これもきっとメルなりの愛情なのね……きっと!」
こ、この人、色んな意味でやばい!
壁から出ると、笑いながら自分に回復魔法をかけて傷を癒し、またメルちゃんの元へ走って来た。メルちゃんは黒髪の女性から逃げる様にぐるぐると走り回っている。
あれがメルちゃんのお母さん……確かにおかしいと言っちゃおかしいけれども、娘から壁に投げつけられても尚、それを愛情だと思い追いかけ続けるなんて……そんなにメルちゃんがいなかった事が寂しかったのか、何なのやら。
「おや、あなた方は?」
私たちにやっと気づいたらしく、少し遅れて燕尾服を着た老人は私たちに話をかけてきた。本当にメルちゃんの事だけしか見ていなかったのだろう。
「あ、私たち、メルちゃんと一緒に冒険をしている仲間です」
正式にはバイトで会って、冒険はしてないけど。
「なるほど……む? 仲間?」
「そう、わっちらは結構前に知り合ったのだ」
「そうですか……ともかくお嬢様がご無事で何よりでした。私はこの屋敷の執事を任されております。スリルと申します。あなた方は?」
……ああ、スリルがあった。
「私はなつめっていいます。この倒れているのは私のお兄ちゃんです。この生き物の生命力は果てしないので気にしなくて結構です」
「わっちはカグラと申す! 剣士なのだ!」
侍でしょうよ。
スリルさんは腕を組んで私たちを見ている。
「それで、何故あなた方はここへ?」
スリルさんが私たちに当然の如く疑問を投げかけてきた。
「説得をしに」
思いついた言葉がそれしかなかった。
スリルさんは首を傾げて、私たちをじっくりと見ると、先ほどヒビが入った壁の方に行き、壁に手を当て始めた。すると、その壁は空いた穴もヒビもみるみると直っていった。
「なるほど。説得、ですか」