31話 『立てる湖』
道の脇には大きい川が流れていて、その川の水が町の下に流れ込んでいる。普段私たちが使っているのはこの川の水で、あまりにも綺麗な水なのでそのまま利用している。
普通だったら川の水をそのまま使うなんて考えられない。菌が入っているかもしれないし、あんな高い山から流れているとなると、昔話みたいに服とかの洗濯をしている人いそうだし。見たところ川の根源がある山に緑は無さそうだから桃は流れてこないだろうけども……
メルちゃんの家はこの大陸の北東にある湖の近くにあるらしい。この大陸の形に合わせて言うと、体育座りしている人の膝のあたりに位置しているという事になる。
だいぶ遠いかもしれないなあ。何時間かかるんだろう。草原にはこれと言って何かあるわけではないし、魔物もいないし……スリルがない。
町を出たのが九時で、今十一時になるところだから、約二時間も歩き続けた事になる。
さすがに疲れてきて、足も悲鳴を上げ始めている。だけれども、まだメルちゃんの家らしいもの見えない。
「ちょっと遠すぎない?」
「片道四時間だからあともう少しだよ。頑張ろう」
ということはあと二時間くらい……? 着いた頃には丁度お昼になりそう。
メルちゃんはみんなが疲れている中、一人だけ元気そうにしている。家にこもりっきりで運動不足だったはずなのに、普段外に出ているお兄ちゃんやカグラさんよりもスタミナがあるなんてすごい事だ。
また更に歩くと、湖が見えてきた。
だけど、家が見えない……? 一体どこにあるというの?
「この湖の中央に家があるんだ」
「え、どうやって行くの? 」
「水の上を歩くだけだよ」
え? この子は何を言っているのだろう。凍っていない限りそんな事できるはずがない。凍っていてもやりたくないのだけれど。
「水の上を歩くなんて無理だよ」
カグラさんもお兄ちゃんも目を点にしている。
「ほら、簡単だよ?」
そう言うと、メルちゃんは湖の水の上に飛び乗ろうとしてジャンプをした。なんとメルちゃんの足が水面の上で浮いている。こんな光景見た事がない! というより物理どうなってんのよ!
「まじかよ……」
お兄ちゃんが呆然としながら言った。
「流石のわっちでもできないのだ……」
「普通の人は誰もできないよ……」
続けてカグラさんも私もメルちゃんの方を見て唖然としながら言った。
メルちゃんは不思議そうな顔をして首を傾げている。
不思議に思いたいのはこっちの方だよ。
「ほらほら、みんな来てみて?」
そう言い、私とカグラさんの手を掴み湖の方に引き寄せる。
「わわわ」
湖の上に無理やり引き寄せられると、私たちの足が水面の上に浮いた。
「す、すごい……」
「ね? 簡単でしょ? じゃあカナタも」
お兄ちゃんはいつの間にか少し離れた所にいた。どうやら自分は行きたくないと言っているらしい。なんと勇気のない兄だ。私も言えないけど……
するとメルちゃんは湖から陸に上がり、お兄ちゃんの腕を掴み、力を精一杯に込めて自分を軸にし、ぐるぐると回し始めた。お兄ちゃんの体は次第に浮いていき、やがてハンマー投げのハンマーの様に、絶妙な角度で回った。
「そーれ、いってこーい!」
メルちゃんはその回転の勢いのまま、笑顔でお兄ちゃんを湖の方に放り投げた。湖の方に勢いよく、天高く飛んでいった。
「これこそ開いた口が閉じない状況だな……なつめ」
「た、確かに……」
やがてお兄ちゃんは湖の上に落ちていった。水に打ち付けられる音が静かな湖に鳴り響く。
すごい! 浮いてる! でもなんかぐったりしてるなぁ……大丈夫かな?
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
確かに水の上には浮く事が出来たけども、あれ打ち付けられた衝撃で気を失ってるか死んでいるかのどっちかじゃ……メルちゃんは満足そうな顔をしてぼーっと突っ立っている私たちの方にやってきた。
「じゃ、いこっか」
なぜ恐ろしい事や普通はできそうにない事を軽々と出来てしまうのか……私にはメルちゃんの方がお母さんよりもおかしい人だとしか思えない。
私たちはメルちゃんの後ろを歩いていく。でもこれ、水の上に浮けたら汲めなくない? 海と繋がっているから、おそらく汽水湖なのだろうから日常では使わない水だとは思うけども……そもそもこれって湖って扱いをしていいのかもわからない。倒れて水の上に浮いている兄を起こそうとしたが、気を失っているらしく、反応しなかったので引きずって行く事にした。水の上で引きずるなんて何てシュールな光景なのだろうか。
「着いたよ」
しばらく歩くと、何もない場所に着いた。湖の中央部あたりだろか。しかしあたりを見回しても家らしいものは見当たらない。
「着いたって……ここ湖の上だよね?」
「あ、そっかそっか。普通は見えないんだもんね。じゃあ二人とも目を瞑って?」
目を瞑ると、私の鼻に何かを近づけた。甘い匂いがしたと思うと、頭がぼうっとしてきて、少しふらついてしまった。ふらついて倒れそうになった私の体を誰かが支える。
「目、開けていいよ」
耳元でメルちゃんが優しい声で囁いた。どうやら支えてくれていたのはメルちゃんだったらしい。目を開けると、ぼんやりと広大な庭と大きい豪邸が見えた。
「ここは……?」
「私のお母さんの家だよ」
メルちゃんは潔白な噴水の近くにあるベンチに私を連れて行き、横たわらせた。
「他の人にもやってくるから、ここで休憩しててね」
「う、うん」
メルちゃんはまだ目を瞑っているカグラさんの前に行き、自分のポーチを開いて、綺麗な金色の花を取り出した。そしてカグラさんの鼻にその花を近づけると、カグラさんも同じように体がふらついて、倒れそうになった所をメルちゃんがカグラさんの体を支えた。
しかしとてつもなく広い豪邸だ。門も鉄製の門で、まわりにある壁もザトールの町の家のレンガとは違う、鮮やかなオレンジ色のレンガで作られている。なんで今まで見えなかったのは気になるけど、まずこのぼやっとした感じを取り除きたかったので、自分自身にリフレッシュをかけた。




