29話 『お客さんカムオン!』
次の日、午前中はお店の準備をゆっくりとして、そして午後からはカフェが始まる。
カフェでは私たちの考えたデザート以外に、マミさんお手製の海ぶどうジュースやオレンジジュースなど、食べ物もいくつか追加された。とは言え、冒険者や働いている人がいない時間帯、一体全体誰が来るというのだろう。
そして十二時になり、カフェが開店した。
「誰も来ないね……」
メルちゃんはそう言ったが、そりゃ始まった直後に来るわけないよ。特にカフェなんて大体そんなもん。
元々名が広まっていて、人気なお店のチェーン店とかだったら開店した瞬間にじゃんじゃか入ってくるだろうけど、この大陸ではみんながみんな働いているのだから、カフェに来る余裕なんて普通はない。
でもお兄ちゃんみたいな普通じゃない人なら来るかもしれないね。
一時間ほど待っていると、金髪の男性と、セミロングの女性とのカップルが入ってきた。
やっとお客さんが来てくれた! と、思ったけど、どこかで見たことのある様な顔をしている。
「あー!」
メルちゃんが何かに気付き、二人を指さして声を出した。
「あ、この前の……」
男女のカップルはメルちゃんの声に反応し、こちらに近づいてきた。このカップル、もしかしてこの前黒い人に襲われているところをマミさんに助けられた人たちじゃないの。まさかこの人たちが最初のお客さんになるなんて思わなかった。男性も女性も、頭を下げて私たちにお礼を言った。本当はマミさんに言ってほしいところだけど、昨日は騒ぎすぎて、まだぐっすり眠っている。
「そういえば、あの黒い人って誰だったんですか?」
前の事件の事が気になり、爆発させる前に聞いてみる。
「あの人は、私たちとは一切面識のない人でした。後から聞いたんですけど、職を見つけても理不尽な理由でやめさせられたりと、自棄が回っていたようで……あの様な姿になったことは分かりませんが……」
「そうなんですか……あの時は大変でしたね。とりあえず今はゆっくりしていってください」
私は二人を近くの席に案内した。
しかし、職をもらったのに失ってしまうなんて。あれ? その人、前にどこかで見たような気がするなあ。確か木漏れ日の広場だったような気がする。
……そんなことはどうでもいいや、今はお客さんがいるわけだし、接客をしなければいけない。
「お決まりになりましたら、お声を掛けてくださいね」
女性と男性は頷き、私の作った煌びやかなメニュー表を開いて見る。さてさて何を頼んでくれるのかワクワク。お昼ご飯を食べる事に関してはオススメしないお店ですが、デザートに関しては他に劣りませんよ。
「すいませーん。このホットケーキってやつを二つと、海ぶどうジュース二つをお願いします」
「はーい!」
キッチンに入り、フライパンを片手に持ち、あらかじめ作っておいたホットケーキの素をフライパンに入れて焼く。いっぱい練習しておいたから慣れたものだ。できたホットケーキを白い皿の上に二枚ずつ乗せ、冷蔵庫から蜜とジュースを取り出し、ジュースを透き通ったグラスに入れ、蜜をホットケーキにかけ、濃い茶色の木でできたお盆の上に乗せ、二人の元へ運んでいった。
「おまたせしました」
二人の前に皿を一つずつと、ジュースの入ったグラスを一つずつ置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
二人はコクリと頷き、テーブルの脇に置いてある網目の箱からフォークとナイフを取り出し、器用に蜜のかかったホットケーキを切り、フォークを使い口に運んだ。
「ホットケーキ、ふわふわだし蜜も甘くて美味しいですね!」
女性が眩い笑顔で私に感想を言ってくれた。
初めて私の作ったものが褒められてとても嬉しい。お兄ちゃんに毎日毎日ご飯を作ってあげても何も言ってこなかったし、本当はお兄ちゃんの分はもう作らなくてもいいかなって思った事あるけど、作らなかったら作らなかったで文句言われそうだし、何も出来なくてお亡くなりになられたらますます困るし。
でも、もう死んでここにきてしまったのだから、どうでもいい気がしてきた。
私のあの苦労の日々をは一体何だったのか。
「あのー、すいません? 大丈夫ですか?」
私が考え事をしている間男性がずっと私に話しかけてきていたみたいで、声が耳に入ってきた時少し戸惑ってしまった。
「は、はい? 何でしょうか?」
「この前助けてくれたお礼も含め、このお店の事をみんなに教えてみましょうか?」
「いいんですか?」
男性は頷くと、ホットケーキをささっと食べ、ジュースを飲み干し、お金を払い女性と一緒に店を出て行った。でも、人に教えてそんな広まるものだろうか。少し不安でもあるけれど、その男性を信じて今日一日を過ごしてみよう。
その後、十八時まで人が来る事は無かった。本当に大丈夫なのかなあ。
そしていつも通りの仕事をこなして、一日を終えた。明日はカフェに人が来るかどうかも分からない。
次の日、お兄ちゃんとカグラさんは依頼掲示板に表示された依頼を受けて先に外に行った。何の依頼を受けているのかはよく分からないが、お兄ちゃんが自ら行動に出ているというのはとてもいい進捗状況だ。
——さてお昼。カフェの開店の時間だ。人が来るか心配だけれども、とりあえず待ってよう。今日はマミさんも手伝ってくれるみたい。
待っていると、若い女性の二人組が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「あの、美味しいホットケーキが食べれるのってここですか?」
「は、はい! その通りです」
なんとホットケーキの事を知っているお客さんが来た。おそらくあの二人に聞いたのだろう。
その女性二人に続き、色々な人が続々と店内に入って来た。
まさか本当に広めていてくれたなんて思いもよらなかった。ほとんどの人がホットケーキを頼んできて、昨日よりもカフェは忙しくなった。中にはパフェやコーヒーやプリンも頼んでくれる人がいて、メルちゃんもガイルさんも嬉しそうにしていた。
しかし、あの二人は一体何者なのだろうか。そこまで影響力のある事を言ったのか、もしくは力そのものがある人たちなのか、謎は深まるばかりである。
——そして同じような日々が続き、カフェに人が安定して人が来るようになり、少し肌寒くなって今まで緑色だった葉が紅葉になってきた頃のある日の事だった。今日は酒場が早めに終わり、十時頃に寝る事ができ、レム睡眠をしている私の手に、何かがあたる感覚がした。
私の手を握ってる……?
誰かと思い、目を開けてみると、誰かがいた。不思議と驚く事は無く、私はその人に話をかける。
「メルちゃん……? どうしたの?」
寝ぼけた声で話をかけた。というかいつの間に私の隣で寝ていたのだろう。