44話 『return 0;』
生きるもの全てが苦しむことがないような世界。
皆はそれを望んでいる。
いや、望んでいた。
でも、それが実現できないと知った人々が逃げ出した。
そして、いつの日からか、自己主義になった社会は衰退し、自己主義の人々だけが生きやすい世の中になった
一方、弱者はその波に飲まれて消えていった。
社会に不満を持つ者たちが抗議をしたが、皆、どこかへ消えた。
そうして、都市の分離が起きた。
『自己主義の人々が集まる都市』と、『社会から切り離され捨てられた人々が集まる都市』。
その2つである。
自己主義都市の人々は、廃れた都市から働き手を募り、自分の利益の為だけに動く。
安い給料かつ重労働で、人々をこき使っていた。
もちろん、ある一つの会社にとって、他の全ての会社が敵だった。
その反面、廃棄された都市の人々は、何かの夢にかけ、自分が成功者の称号をもつため、競馬、カジノといったものに手を染めた。
当たりもしないのに、一生懸命、稼いだ金で。
そして、何もかもを失った人々は、地べたを這いずり回り、死に絶えて行った。
私は、その中に運悪く生まれた。
いや、正確に言えば、生まれてしまった。産み落とされてしまった。
……お母さんは権力者に媚びを売って私を捨てた。
……アレは私をおもちゃにしていた。
……なんで死にたいって思わなかったんだろう。
今更だけど。
絶望していただけなのかな。
……自分の痛みとして捉えていなかったのかな。
……何も、目的が見つからなかったからかな。
……きっと、逃げていただけなんだろう。
現実から目を背けたくて。
終わったらどうしようか。
全てが終わったらどうしようか。
……終わらせようか。
生きる意味がないのなら。
◇
「おかえりなさい……杏果」
セナがそう言った。
私はいつの間にか、広場の中にいた。
木々の隙間から差し込んでくる光が、地面に溶け込んでいる。
「……ここは……?」
「そうね……全ての事象がリセットされて、初期位置の木漏れ日の広場に戻ってきた……といっておきましょうか。皆、元の位置に戻ってしまったけれど」
「……どこ、そこ」
「この大陸はパミル。そして、ここは始まりの町よ」
「……そっか、じゃあ……成功したんだ」
「……キョウカにとっての成功が分からないけれども、少なくとも、あの大陸で今後何かが起きることはないでしょう。もちろん、ここでもね」
「……よかった。これで大丈夫……きっと、セリーゼも幸せになるはずだ」
すると、セナは静かに、近くのベンチに座った。
「……マミ、出てきなさい。いるのはわかってるのよ」
すると、木の陰からマミがひょっこりと顔を出し、目を横に逸らしながら出てきた。
口笛を吹こうとしているみたいだが、できてない。
「あれ、生きてたんだね……」
「ひゅー、ひゅー……あ、そうですね、生きてましたよ。あんなの私の複製にすぎませんからね。というか、ここに来ると思って、ずっと待ってましたよ」
そう言い、マミは得意げな顔をした。
「そう……。ねぇ杏果、一つ訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
「……うん」
肯いた。
『もしここから出るとしたら、何がしたい?』
何がしたいか――
なんて、もうさっき決めたばっかりじゃないか。
「……終わらせる、全部。やり直すために」
セナは、うーんと唸って数秒間考えた。
「……本気?」
「本気だよ。もう、意味なんてないから」
「……この世界に残りつづければ、あなたはもう何も失うことはないのよ? 自分の人生を好きなように歩めるし、誰かに汚されることもないのよ……?」
「今更だよ。結局、ここは現実じゃないんだし、すぐに終わりがやってくる」
「じゃ、じゃあ私が真二とメンテナンスするから――!」
「……それじゃあ意味がないんだよ」
「何で、何で言うことを聞いてくれないの……!? あなた、このままだと――!」
「……うん。そうするって決めたから」
そう言うと、セナは静かになった。
すると、マミがセナの近くに行き、セナの肩をもみ始めた。
「キョウカさんは決意したんです。それを、私たちが止める権利はありません」
「で、でも……ってちょっと、いきなり肩揉まないでくれない?」
「でも……なんて駄々を捏ねるんじゃありません。もう子どもではないのです、キョウカさんは」
「…………そうね、分かったわ。分かったから肩を揉むのをやめて」
マミはセナの肩から手を離した。
「ふぅ……ったくもう……。さて、杏果。あなたの選択はそれでいいのね?」
「うん」
「……なら、最後の魔法……文を書きなさい」
……文を書く?
「それってどういう……」
「いつものようにやればいいのよ」
「……? うん。じゃあ、マジッククリエイトーー」
そう言うと、魔法陣が私の足元に描かれた。
いつもなら目の前に出てくるはずなのに……。
「……覚悟を決めてから言いなさい。【正常終了】って。そうすれば、あなたは目を覚ませるわ」
「うん、ありがとう」
「戻ったら……今までに味わったことがないくらい、激しい痛みが襲ってくるかもしれない。それでも、あなたは行くのね」
「……うん」
「覚悟は十分、か……。分かった。じゃあ、あなたのタイミングでいきなさい」
セナはため息をついた。
「……それじゃあ、行くね」
「……ええ」
セナが静かにそう言った。
「……また会いましょうね。待ってますから、ずっと」
マミがそう言い、にこにこと笑った。
『うん。じゃあね、マミ、セナ――――正常終了』
次話もよろしくお願いします……!
ついに……です。




