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44話 『return 0;』

 生きるもの全てが苦しむことがないような世界。

 皆はそれを望んでいる。

 いや、望んでいた。


 でも、それが実現できないと知った人々が逃げ出した。

 そして、いつの日からか、自己主義になった社会は衰退し、自己主義の人々だけが生きやすい世の中になった


 一方、弱者はその波に飲まれて消えていった。

 社会に不満を持つ者たちが抗議をしたが、皆、どこかへ消えた。

 そうして、都市の分離が起きた。


 『自己主義の人々が集まる都市』と、『社会から切り離され捨てられた人々が集まる都市』。

 その2つである。


 自己主義都市の人々は、廃れた都市から働き手を募り、自分の利益の為だけに動く。

 安い給料かつ重労働で、人々をこき使っていた。

 もちろん、ある一つの会社にとって、他の全ての会社が敵だった。


 その反面、廃棄された都市の人々は、何かの夢にかけ、自分が成功者の称号をもつため、競馬、カジノといったものに手を染めた。

 当たりもしないのに、一生懸命、稼いだ金で。

 そして、何もかもを失った人々は、地べたを這いずり回り、死に絶えて行った。



 私は、その中に運悪く生まれた。

 いや、正確に言えば、生まれてしまった。産み落とされてしまった。


 ……お母さんは権力者に媚びを売って私を捨てた。

 ……アレは私をおもちゃにしていた。


 ……なんで死にたいって思わなかったんだろう。

 今更だけど。


 絶望していただけなのかな。

 ……自分の痛みとして捉えていなかったのかな。

 ……何も、目的が見つからなかったからかな。



 ……きっと、逃げていただけなんだろう。

 現実から目を背けたくて。



 終わったらどうしようか。

 全てが終わったらどうしようか。


 ……終わらせようか。

 生きる意味がないのなら。





「おかえりなさい……杏果」


 セナがそう言った。

 私はいつの間にか、広場の中にいた。

 木々の隙間から差し込んでくる光が、地面に溶け込んでいる。


「……ここは……?」

「そうね……全ての事象がリセットされて、初期位置の木漏れ日の広場に戻ってきた……といっておきましょうか。皆、元の位置に戻ってしまったけれど」

「……どこ、そこ」

「この大陸はパミル。そして、ここは始まりの町よ」

「……そっか、じゃあ……成功したんだ」

「……キョウカにとっての成功が分からないけれども、少なくとも、あの大陸で今後何かが起きることはないでしょう。もちろん、ここでもね」

「……よかった。これで大丈夫……きっと、セリーゼも幸せになるはずだ」


 すると、セナは静かに、近くのベンチに座った。


「……マミ、出てきなさい。いるのはわかってるのよ」


 すると、木の陰からマミがひょっこりと顔を出し、目を横に逸らしながら出てきた。

 口笛を吹こうとしているみたいだが、できてない。


「あれ、生きてたんだね……」

「ひゅー、ひゅー……あ、そうですね、生きてましたよ。あんなの私の複製にすぎませんからね。というか、ここに来ると思って、ずっと待ってましたよ」


 そう言い、マミは得意げな顔をした。


「そう……。ねぇ杏果、一つ訊きたいことがあるんだけど、いいかな」

「……うん」


 肯いた。


『もしここから出るとしたら、何がしたい?』


 何がしたいか――


 なんて、もうさっき決めたばっかりじゃないか。


「……終わらせる、全部。やり直すために」


 セナは、うーんと唸って数秒間考えた。


「……本気?」

「本気だよ。もう、意味なんてないから」

「……この世界に残りつづければ、あなたはもう何も失うことはないのよ? 自分の人生を好きなように歩めるし、誰かにけがされることもないのよ……?」

「今更だよ。結局、ここは現実じゃないんだし、すぐに終わりがやってくる」

「じゃ、じゃあ私が真二とメンテナンスするから――!」

「……それじゃあ意味がないんだよ」

「何で、何で言うことを聞いてくれないの……!? あなた、このままだと――!」

「……うん。そうするって決めたから」


 そう言うと、セナは静かになった。

 すると、マミがセナの近くに行き、セナの肩をもみ始めた。


「キョウカさんは決意したんです。それを、私たちが止める権利はありません」

「で、でも……ってちょっと、いきなり肩揉まないでくれない?」

「でも……なんて駄々を捏ねるんじゃありません。もう子どもではないのです、キョウカさんは」

「…………そうね、分かったわ。分かったから肩を揉むのをやめて」


 マミはセナの肩から手を離した。


「ふぅ……ったくもう……。さて、杏果。あなたの選択はそれでいいのね?」

「うん」

「……なら、最後の魔法……文を書きなさい」


 ……文を書く?


「それってどういう……」

「いつものようにやればいいのよ」

「……? うん。じゃあ、マジッククリエイトーー」


 そう言うと、魔法陣が私の足元に描かれた。

 いつもなら目の前に出てくるはずなのに……。 


「……覚悟を決めてから言いなさい。【正常終了リターンゼロ】って。そうすれば、あなたは目を覚ませるわ」

「うん、ありがとう」

「戻ったら……今までに味わったことがないくらい、激しい痛みが襲ってくるかもしれない。それでも、あなたは行くのね」

「……うん」

「覚悟は十分、か……。分かった。じゃあ、あなたのタイミングでいきなさい」


 セナはため息をついた。


「……それじゃあ、行くね」

「……ええ」


 セナが静かにそう言った。


「……また会いましょうね。待ってますから、ずっと」


 マミがそう言い、にこにこと笑った。




『うん。じゃあね、マミ、セナ――――正常終了リターンゼロ

次話もよろしくお願いします……!

ついに……です。

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