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引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第3-2章 【7日間とちょっとという刻限】
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28話 『白黒の住人』

 ……いつの間にか、寝ていたらしい。

 男の声は聞こえない。


 いつものように、煙草の熱い部分を腕に擦り付けられることはない。

 だが、頭は痛いし目眩はするし、体の所々が痛む。


 ……もしかしたら、今日は出かけているのか。

 だったらもう少し寝て居よう。

 こんな機会は二度とないかもしれない。



 ガチャ。


 奥から玄関の扉が開く音がした。

 その音で、私は目を覚ました。


「……クソッ……」


 そう、小さい声で聞こえた。

 あの男の声だ。

 私が寝ている間に帰ってきたらしい。


「な……負け……だよ……」


 機嫌が悪いのか、壁を叩く音がした。


「クソッ……!」


 また、壁を叩く音がした。

 カシャカシャと紙袋を漁るような音も聞こえる。


「チッ……」


 ……舌打ちが聞こえたと同時にカシャカシャ音が消え、一気に空間が静まり返った。


 足音が聞こえる。

 こちらに近づいてきているみたいだ。


 また、私を嬲りに来るのか。

 そう思うと、体が無性に震えてきた。


 殴られる、叩かれる、やけどを負わされる。

 否。

 私は、あの男に恐怖を抱いている。


 私の頸に括りつけられた縄が、一層強く締め付けられる。


 扉が開くと、あの男が呼吸を荒くして入ってきた。


「おいッ!」


 その男は、大声で私を呼んでいた。

 その声に驚いて、私は耳を塞いだ。


「聞こえねぇのか! このガキ! クソ、クソ!」


 そう言い、寝ている私を何度も蹴り飛ばす。


「はァ……はァ……」


 私の制服の上を掴んで引っ張る。

 そして、異臭のする部屋に私を連れタンスに背中をつけて座らせた。


 隣にはバールのようなもの(バール)が置かれていた。


「……クソ、クソクソクソクソクソ! その目で俺を見るな! その目で……その顔で……俺を見るな!!」


 震えた声でそう言い、私の頭に袋をかぶせてお腹を殴った。

 黒い袋からは、男の顔は見えない。


『何者かに殴られている』


 その情報があるだけだ。


 不思議と、苦しくはなかった。

 痛いだけ。


 感覚が麻痺しているのか、それとも苦しさに慣れてしまったのか。


 地面と金属がぶつかるような音が横からした。

 次の瞬間、私の左腕に何かが当たり、鈍い痛みが全身に走った。


 腕を押さえたが、その痛みは時間と共に増していく。

 左腕が動かなかった。


 男の荒い息が聞こえる。


 私の目の前に、何かが落ちる音がした。

 先ほどのバールのようなもの(バール)かもしれない。


 男の足音が、少しずつ遠くへ離れていく。

 バフッ、と、空気が漏れるクッションの音がして、男がソファーに座ったのだと分かった。


 ザザーという音が、静かな部屋に響き渡る。


「なんもやってねぇのかよ……クソっ!」


 怒りに満ちた男の声が聞こえた。



 息が時々止まる。

 胸が苦しくなる。

 体が震える。


 もう、立てる気がしなかった。

 もう、動く気すらしなかった。

 もう、生きてる気すらしなかった。







『〇せば? いや、じゃあ私が〇る。ね? だからさ、もうなろうよ。あなたの憧れる、白黒の住人に』


 何も考えられなくなり、私はその声に頷いて目を閉じた。





 一体何があったのか。

 私は外にいた。

 目の前には、淡く白い火が溢れ出る大きな建物が一つ。


 手には、あのバールのようなもの(バール)が持たれていた。

 それには血がついていた。

 飛び散ったような、黒い血が。


 制服にも血がついていた。

 私の血か……それとも返り血?


 混乱してきた。

 私がこの全てをやったのか?

 でも、そんな記憶は一切ない。


 私じゃない。違う。

 あの声がやったんだ。


 あの声……じゃああの声は誰なの?

 天使か、悪魔か、それとも別の何か?



 ……燃え盛る炎から逃げるためか、人間がその建物から飛び降りていた。

 皆、固いコンクリートに身体を打ち付けて息絶えて行く。


 私はこれを望んでいたのか?

 私のいるこの世界は、本当にあの白黒の優雅な世界なのか?


 全然分からない。



『そう、ここはあなたが望んでいた世界』


 あの声だ。


「あなたは誰なの? 何がしたいの?」

『あいつを殺した。あそこから出るために』

「……!」

『手に持ってるので殴って、殴って、殴り殺して、アレを灯油を入れたお風呂場に入れて』

「な、なんで……」

『あそこにいても、何も変わらない。変わるはずがない。私はあなた(わたし)の本心。つまり、【天使エンジェル】なんだよ?』

「でも、殺すなんて……!」

『外に出たいならそうするしかない。縛り付けられて、嬲られて、そんな日常はもう沢山だったんでしょう?』


 …………そう。

 きっと、私はそう思っていたのだろう。

 ずっと本心を隠して生きていたのだ。


 それは悪魔のように、私の心を押さえつけていた。

 私は、悪魔だった。


「……うん」

『そう、それでいいの。それで。これからは、あなたもあなたも同じ穴の狢』


 その声は、私を包み込むように優しい声で語り掛けた。


『つまり――白黒の住人だよ』


 それから、視界が完全に閉ざされた。





次話もよろしくお願いいたします!

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