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引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第3-2章 【7日間とちょっとという刻限】
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26話 『白黒の世界』

回はちょっと長めの●(くろまる)。


 私は今、絶望している。

 生きている心地がしない。


 ……今はもう、自分が何者か、それすらも分からなくなってきている。。


 檻の中はとても息苦しくて、私を縄で締め付けてくる。

 首が、千切れてしまいそうなくらい。


「夜飯をつくれ」


 扉の奥から、男の声がした。

 脚を折り曲げ、部屋の隅に寄って座り込む。

 その声が、内にある恐怖心を表に出す。


 私は耳を塞いだ。

 聞きたくない、聞きたくない、聞こえるな、聞こえるな……。


 耳を塞いでいたはずの手が、何かの力によって奪われた。


「きこえねぇのか! バカ野郎が!」


 男がそう罵声を浴びせ、私の頬を叩く。

 頬は酷く張れて、見る見るうちに赤くなった。

 ヒリヒリして、意識も朦朧としてきた。


 男が腕を引っ張り無理やり立たせ、私の頬を手で力いっぱいに握る。


「聞こえてんのかって聞いてんだ!」


 そう言い、腹部を蹴る。


 息が止まって、それが苦しくて、思わず噎せ返った。

 制服のボタンが一つ、その衝撃で弾け飛ぶ。


「ったく……誰がここまで育ててやったと思ってんだ!」


 そう言い、赤くはれた頬を大きな手で叩いた。


「使えねぇな……!」


 私を投げるように捨てて、男は部屋から出て行った。

 地面に倒れた瞬間、全身に強い痛みが走る。


 膝や腕は痣だらけになっていた。

 火傷の跡もある。


 泣こうとしたが、泣くための涙すら出てこない。

 喉が渇いたが、飲む水はない。

 腹が減ったが、食べ物も何もない。


 あるのは、ただ一つの恐怖だけ。


 逃げる手段は、飛び降りるか、あの扉を通るか、それしかない。

 飛び降りたら死ぬ。

 扉を通ってたら戻されて、そして殴られる。


 絶望なのだ。故に。



 私だけではないのだろうか?

 みんな同じだから大丈夫?

 私以外も、殴られるし、火傷をさせられる人生を送っているのか?


 昔はそう、自分の心中で笑っていた。


『――きっと、これは皆がやっている』


『――私だけではないのだ』


 そう言い聞かせて、あの男の前で笑い続けてきた。

 そう言い聞かされて、私はあの男に殴られてきた。


 ……あの男が扉の奥からいなくなる時、私は部屋の外に出て、薄いグレーの新聞紙を読む。

 そこには、華やかな外の世界が映っていた。



 白くて、でも濃くて、とても美しい世界だった。

 私もその美しい世界の住人になりたいと考えて、ずっと、華々しい妄想に浸っていた。

 きっと皆これを経験し、その世界に足を踏み込むのだと、そう信じてた。


 だが、現実は酷だ。

 いつまでも解放されず、私は長い間この牢獄に閉じ込められている。



 ……外には、学校というものがあるらしい。

 子どもが楽しく笑い、遊び、そして学習をする――天国のような場所だそうだ。


 この制服は、あの男から貰った。

 学校に行くときにこれを着ていくそうだが、私は学校には行けず……。

 ただ着させられただけだった。


 最初、喜び笑う私の姿を見て、あの男は私にまた手を出した。

 息が荒く、酷く興奮していた。


 あの時は、息ができなくなるくらいの惨い仕打ちを受けた。

 本当に、死んでしまいそうだった。


 あのまま死んでしまいたいと、そう願ったのにも関わらず私は死ねなかった。

 いいや、死なされなかった。


 それからか、絶望という文字が、頭にすぐ思い浮かぶようになったのは。


 この部屋にいても、あるのはただの暴力。

 奥の扉を叩いても、誰も助けに来やしない。

 声を出そうにも、掠れた声は響かない。


 体は衰弱しきっていた。

 何か物を持つくらいの力しか残っていなかった。



 ガチャっと扉が開く音がして、あの男が入ってくる。


「さっきはごめんな……これ食ってくれ」


 そう言い、私を起こして抱き寄せる。

 傍には、カップ麺が置かれていた。

 蓋の隙間から湯気が出ていて、スパイスのきいた香りが鼻からすっと入ってくる。


 男がいなくなり、部屋は静かになった。


 形も長さも別々の割りばし。

 それが、薄い蓋の上に乗せられていた。


 割りばしを、残る力で手でガシッと掴み、中の麺が硬いまま口の中に放り込んで噛み砕く。

 こんなものでも、最高の絶品。


 不思議ではなかった。

 いつもは、カビの生えたパンや、虫が浮いているような水しかもらえなかったからだ。


 でも、いつもと違って水は綺麗で、それでいて美味しくて、最高の食事だった。


 私は、今までにない〝幸福感〟を感取した。


 初めてのことだった。

 あの男に、ここまで優しくされたのは。


 あの男の見立てが変わったのか、心が落ち着いていた。

 恐怖心が、心の底から抜けてくる。


 その時、もしかしたら『これで終わるのではないか』と、そう思った。



 カップの中身を、汁も具材も何一つ残さず食べつくし、床に再び横たわった。


 きっと、明日からは絢爛華麗な日々がやってくる。

 私の思い描いたような、そんな日々。

 白黒の世界に切り取られたような、そんな世界の煌めきが。


 そう考えながら、私は目をゆっくりと閉じた。





 ――だが、現実はそう甘くはなかった。

(私とは一切関係ありません)

次話もよろしくお願いいたします!

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