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引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第3-1章 【海中の大陸・セリーゼ】
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20話 『私ではない私』

新キャラ……ではありませんよ。

 ――どのくらいの時が経ったか、もう随分と西に向けて歩き続けている気がする。

 それなのに、町は一向に見えてこない。

 本当に町なんてあるのだろうか、そう思ってしまう。


「嘘……な、なによこれ……」


 先頭を歩いていたセナは立ち止まり、下を見ていた。


「どうしたんですか?」


 私の前方にいたマミが、セナに近寄る。


「……セナさん、本当に町はこの先ですよね?」

「間違いない……地図にはこの先に町のアイコンがあるもの……」


 私たちは顔を見合わせた。

 私はセナの隣に立ち、少し前かがみになって下を覗き込む。



 ――そこには、底の知れない大きな穴が広がっていた。

 周りを見ても、前に行けそうな道はない。


 セナが地図を見せ、この先に町があることを私たちに示す。


「私が見てない間に何が起きたって言うのよ……。いや、そもそもこの世界のスクリプト自体が既に壊れてる可能性がある……いや、でも――」


 セナは坦々と独り言を口走っていた。


「セナさん、落ち着いてください。それはそれとして、何が起きているかを確かめた方が良いと思います」


 マミは、セナを落ち着かせるようにそう言った。


「……どうやって確かめるのよ」

「あ、それはこれから考えるんですよ」


 ノープランだった。

 呆れたようにため息を吐いたセナは、両手を腰に当てて目を閉じる。


「……連絡がとれればいいけども……」


 そう呟き、私の顔を見た。


「キョウカ、何か知らない? 些細な事でもいいから」


 深夜のことを話してもいいのだろうか。

 ……この大陸を救うため、あの声はそう言っていた。


 この事態に何か関係があるかもしれないし、言わないわけにはいかないだろう。


「実は――」




 私は深夜の会話のことを話した。


「関係なくはなさそうだけど……。この大陸を救うために人間を……? 一体どういうことかしら。竜宮やカメを作った覚えはあるけれど……」


 セナは、両腕を胸の前で組み合わせて首を傾げた。


「とりあえず、竜宮がくるという7日後まで待つしかないわね……。その人魚の娘、セリーゼに話を訊きたいところだけど、今は控えましょう。7日後まで、私はこの大陸を調べてみるわ」

「あ、それなら私も付いていきます。興味本意ですけど」


 マミがそう言った。

 私はどうすればいいか……。


 黒い人間(なつめの兄)とメルは顔を見合わせて、メルが「私たちはやめておくね」と言った。


「そう……それなら、なつめにはセリーゼという人魚の監視と追跡。メルやカナタには町近辺を調べてもらおうかしら。牢獄というのは気になるし」


 私にはそれしかできることがないのだから、するしかないだろう。

 横にいたメルと、カナタと呼ばれた黒い人間は頷いた。


「それじゃあ一旦、町に戻りま――」


 その時だった。

 水の勢いが一気に増したと思ったら、大きな口を開けた何かが、深海から目を光らせてやってきたのだ。


「あぶない!」


 マミはセナを抱え込み、そのまま地面に倒れた。


 深海からきた〝何か〟は私たちの目の前に現れ、大きな唇でニヤリと笑った。


 人魚とは違い、顔の醜い生物のようだ。

 ただ、背中や腕の外側に鱗が付いていることから、魚類の一種の様には思える。


 人間の様な形のその生物は、両手で槍を持って構えていた。


「イヒーヒヒヒ!」


 気味の悪い笑い声を発しながら、私たちに槍の先端を向けて突っ走ってきた。


 こんな化け物みたことない。

 トカゲっぽいようで、ヒレがあってどこか魚類感がある生物。

 今までやってきたゲームでも見たことない。


「ヒューマンフィッシュ……!」


 セナが、攻撃を避けてそう言った。


「コイツは物理攻撃に弱いはずよ! メル、一撃ガツンとやってやりなさい!」


 セナの掛け声を聞いたメルは頷いた。

 そして、小声で何かをぶつぶつ言い始める。


「パワーアップ……パワーアップ……パワーアップ――」


 メルの髪の毛が少しふわりと浮いている。

 風もないのに、服が靡いている。

 力という名のパワーを感じる……!


 メルは、背負っていた先端に大きな丸い玉がついている武器を取り、静かに構える。


 それを狙ったのか、奇怪な見た目の生物が、槍を構えてメルに向かって行く。

 メルの後ろに回り込んだその生物は、不敵な笑みを浮かべて槍を振り上げる。


「危ない!」


 私がそう叫ぶと、メルは今までにないくらいの大声で「せやぁ!」と言い、背後の生物に鉄球の部分をぶち当てる。

 その生物は遠くへと吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。


「600メートルね……。抵抗があるとはいえ、なかなかの数値だわ」


 いつの間にか眼鏡をかけていたセナが、白紙に記録しながらそう言った。


「グ……ゥ」

「……まだ生きてるの……? あいつ……」


 遠くにいた生物が、静かになった空間で唸り声をあげた。


「おかしいわ……物理耐性は皆無のはずなのに――」


 セナは「ステータス強制表示!」と叫んで、青い画面を出した。


「……物理防御力、魔法防御力、共に999……。HPに至ってはF6D3……!? どうなってるのよ……! それ以外のステータスは正常なのに……!」


 セナが見ているのは、あの生物のステータスらしい。

 999なんて言ったら、ゲームであればまんま最大の値だ。


 HPのことはよく分からないけど。


「ダメ、私たちじゃあいつには敵わないわ……! ここは撤退よ!」


 セナの顔は青ざめていた。

 そして、セナは一人、逃げるように走って行った。


「グァァァァァァァ!」


 その生物が立ち上がり、セナに目掛けて勢いよく槍を投げた。


「きゃああああ!」


 …………!!


 飛んできた槍は、セナの腹部辺りを貫通していった。

 セナはその場に倒れ込み、お腹を押さえている


「セ、セナさん!」


 マミが駆け寄り、呼吸の浅いセナを仰向けにして起こした。



 なんてことをしてくれたんだ……。

 真二の友達を……。


 許すわけにはいかない。

 ……殺してやる。

 絶対に。


「マミ、メル、あと黒いのも。セナのことをお願いします」


 私は傘についている剣を引き抜き、一歩ずつ前に進んだ。


「縺ェ、縺ェ縺、繧は……!」


 メルがそう言って、私の手を掴んだ。

 それを振り払い、私は剣を構えた。




「……殺す。あれを。絶対に、完璧に。殺してやる」


 私ではない私が、そう言った。

次話もよろしくお願いいたします!

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