20話 『私ではない私』
新キャラ……ではありませんよ。
――どのくらいの時が経ったか、もう随分と西に向けて歩き続けている気がする。
それなのに、町は一向に見えてこない。
本当に町なんてあるのだろうか、そう思ってしまう。
「嘘……な、なによこれ……」
先頭を歩いていたセナは立ち止まり、下を見ていた。
「どうしたんですか?」
私の前方にいたマミが、セナに近寄る。
「……セナさん、本当に町はこの先ですよね?」
「間違いない……地図にはこの先に町のアイコンがあるもの……」
私たちは顔を見合わせた。
私はセナの隣に立ち、少し前かがみになって下を覗き込む。
――そこには、底の知れない大きな穴が広がっていた。
周りを見ても、前に行けそうな道はない。
セナが地図を見せ、この先に町があることを私たちに示す。
「私が見てない間に何が起きたって言うのよ……。いや、そもそもこの世界のスクリプト自体が既に壊れてる可能性がある……いや、でも――」
セナは坦々と独り言を口走っていた。
「セナさん、落ち着いてください。それはそれとして、何が起きているかを確かめた方が良いと思います」
マミは、セナを落ち着かせるようにそう言った。
「……どうやって確かめるのよ」
「あ、それはこれから考えるんですよ」
ノープランだった。
呆れたようにため息を吐いたセナは、両手を腰に当てて目を閉じる。
「……連絡がとれればいいけども……」
そう呟き、私の顔を見た。
「キョウカ、何か知らない? 些細な事でもいいから」
深夜のことを話してもいいのだろうか。
……この大陸を救うため、あの声はそう言っていた。
この事態に何か関係があるかもしれないし、言わないわけにはいかないだろう。
「実は――」
私は深夜の会話のことを話した。
「関係なくはなさそうだけど……。この大陸を救うために人間を……? 一体どういうことかしら。竜宮やカメを作った覚えはあるけれど……」
セナは、両腕を胸の前で組み合わせて首を傾げた。
「とりあえず、竜宮がくるという7日後まで待つしかないわね……。その人魚の娘、セリーゼに話を訊きたいところだけど、今は控えましょう。7日後まで、私はこの大陸を調べてみるわ」
「あ、それなら私も付いていきます。興味本意ですけど」
マミがそう言った。
私はどうすればいいか……。
黒い人間(なつめの兄)とメルは顔を見合わせて、メルが「私たちはやめておくね」と言った。
「そう……それなら、なつめにはセリーゼという人魚の監視と追跡。メルやカナタには町近辺を調べてもらおうかしら。牢獄というのは気になるし」
私にはそれしかできることがないのだから、するしかないだろう。
横にいたメルと、カナタと呼ばれた黒い人間は頷いた。
「それじゃあ一旦、町に戻りま――」
その時だった。
水の勢いが一気に増したと思ったら、大きな口を開けた何かが、深海から目を光らせてやってきたのだ。
「あぶない!」
マミはセナを抱え込み、そのまま地面に倒れた。
深海からきた〝何か〟は私たちの目の前に現れ、大きな唇でニヤリと笑った。
人魚とは違い、顔の醜い生物のようだ。
ただ、背中や腕の外側に鱗が付いていることから、魚類の一種の様には思える。
人間の様な形のその生物は、両手で槍を持って構えていた。
「イヒーヒヒヒ!」
気味の悪い笑い声を発しながら、私たちに槍の先端を向けて突っ走ってきた。
こんな化け物みたことない。
トカゲっぽいようで、ヒレがあってどこか魚類感がある生物。
今までやってきたゲームでも見たことない。
「ヒューマンフィッシュ……!」
セナが、攻撃を避けてそう言った。
「コイツは物理攻撃に弱いはずよ! メル、一撃ガツンとやってやりなさい!」
セナの掛け声を聞いたメルは頷いた。
そして、小声で何かをぶつぶつ言い始める。
「パワーアップ……パワーアップ……パワーアップ――」
メルの髪の毛が少しふわりと浮いている。
風もないのに、服が靡いている。
力という名のパワーを感じる……!
メルは、背負っていた先端に大きな丸い玉がついている武器を取り、静かに構える。
それを狙ったのか、奇怪な見た目の生物が、槍を構えてメルに向かって行く。
メルの後ろに回り込んだその生物は、不敵な笑みを浮かべて槍を振り上げる。
「危ない!」
私がそう叫ぶと、メルは今までにないくらいの大声で「せやぁ!」と言い、背後の生物に鉄球の部分をぶち当てる。
その生物は遠くへと吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
「600メートルね……。抵抗があるとはいえ、なかなかの数値だわ」
いつの間にか眼鏡をかけていたセナが、白紙に記録しながらそう言った。
「グ……ゥ」
「……まだ生きてるの……? あいつ……」
遠くにいた生物が、静かになった空間で唸り声をあげた。
「おかしいわ……物理耐性は皆無のはずなのに――」
セナは「ステータス強制表示!」と叫んで、青い画面を出した。
「……物理防御力、魔法防御力、共に999……。HPに至ってはF6D3……!? どうなってるのよ……! それ以外のステータスは正常なのに……!」
セナが見ているのは、あの生物のステータスらしい。
999なんて言ったら、ゲームであればまんま最大の値だ。
HPのことはよく分からないけど。
「ダメ、私たちじゃあいつには敵わないわ……! ここは撤退よ!」
セナの顔は青ざめていた。
そして、セナは一人、逃げるように走って行った。
「グァァァァァァァ!」
その生物が立ち上がり、セナに目掛けて勢いよく槍を投げた。
「きゃああああ!」
…………!!
飛んできた槍は、セナの腹部辺りを貫通していった。
セナはその場に倒れ込み、お腹を押さえている
「セ、セナさん!」
マミが駆け寄り、呼吸の浅いセナを仰向けにして起こした。
なんてことをしてくれたんだ……。
真二の友達を……。
許すわけにはいかない。
……殺してやる。
絶対に。
「マミ、メル、あと黒いのも。セナのことをお願いします」
私は傘についている剣を引き抜き、一歩ずつ前に進んだ。
「縺ェ、縺ェ縺、繧は……!」
メルがそう言って、私の手を掴んだ。
それを振り払い、私は剣を構えた。
「……殺す。あれを。絶対に、完璧に。殺してやる」
私ではない私が、そう言った。
次話もよろしくお願いいたします!




