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引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第3-1章 【海中の大陸・セリーゼ】
201/232

14話 『海中へ』

パン屋と人魚のお話です。

書いたらなんだか色々スッキリしました。



 昔々……とは言っても割と最近の話です。

 ある青年がとある湖に行きました。


 ……その青年にはある夢がありました。


 ――【町に自分のお店を建てる】――



 彼は、パン職人の見習いでした。

 美味しいパンを作るため、最高の材料を求め、湖に来ていたのです。


 その材料は、【人魚の涙】とも謳われる海の小さな生物でした。

 その湖は、海からの入水でできていて、その小さな生物が、時折その湖に潮と共にやってきたのです。


 ……ある日。

 青年は、いつものように湖にやってきました。


 しかし、そこにはいつもとは違う光景があったのです。


 なんと、体の綺麗な女性が、半裸のまま海を見つめていました。

 青年は思わず声をあげ、顔を赤らめ、自分の目を隠しました。


 女性はその声に気づき、驚いたのか、湖の中に落ちてしまいました。


 それに気づいたのか、青年は岩の傍に駆け寄り、落ちた女性を探します。

 女性が水面から顔を覗かせ、青年の顔を凝視しました。


 青年は手を差し出し助けようとしましたが、女性は湖の中に潜ってしまったのです。

 その時、魚の鱗やひれのようなものが、一瞬だけ水面に出てきました。


 それから、女性は一度も出てくることなく、その日、青年は人魚の涙を持ち帰りました。


 それが二人の出会いでした。


 青年の名前は【デグル】と言いました。

 その日を境に、デグルと女性は湖で顔を合わせるようになりました。


 ある日、デグルはパン籠を持ち、湖の傍に座って、女性が出てくるのをずっと待っていました。

 すると、デグルを睨みつける女性が水面から出てきたのです。


 水面から口を出し、女性はデグルに話しかけました。


『あなた、誰なの? 付きまとわないで』


 警戒心を向け、尖った言い方をしていました。


「僕は悪い奴じゃない。ここに材料を取りに来ているんだ」


 そう返すと、女性は首を傾げます。


『材料?』

「そう、美味しいパンを作るためのものなんだ」

『パン?』


 その女性はパンを知りませんでした。


「パンっていうのは、ふわふわな生地でできた甘い食べ物なんだ」


 女性は不思議がって、デグルにゆっくりと近づきました。


『食べ物なの?』

「うん」


 デグルはパン籠からバターロールを取り出し、女性に差し出しました。

 女性は警戒をしながらも、そのパンを受け取り口にします。


『……ふわふわ、美味しい』

「でしょ? もっといる?」

『……食べたい』


 デグルはパン籠を湖に寄せました。

 メロンパン、バターパン、ジャムパン……。

 籠には多種なパンが入っていました。


 それを一つずつ手に取り、女性は次々と頬張っていきました。

 そして、全てを食べ終える頃には――


 パン籠を挟み、デグルの隣に座っていました。


 女性の体は水で濡れていました。

 胸には、貝殻のブラジャーがつけられています。


 そしてなんと、足は魚の半身のような見た目だったのです。

 まさに、()()でした。


 しかし、デグルはその姿を驚きはしませんでした。

 彼女が人魚であると悟っていたのです。


 あの、尾びれを見た日から。


 それから毎日、デグルは特製のパンを持って湖に通いました。

 デグルが来るたび、彼女は嬉しそうに陸に腰かけました。


 その2人の姿はまさに、湖を眺めるカップルのようなものでした。


 そんな日々を繰り返しているうち、二人はそれぞれ、ある相手に恋に落ちました。

 もちろん、その二人同士の愛でした。


 そんな甘い日々が長く続いてほしい、二人はそう願っていました。




 ――しかし突然、デグルは彼女から別れを切り出されたのです。


『私は、海に帰らなくちゃいけない』


 デグルは大いに悲しみました。

 恋に落ちた女性、愛している女性から、突然別れを告げられたのですから。

 気も動転します。


「ど、どうして?」


 そう訊きましたが、彼女は何も答えてはくれませんでした。


『私には、やらなければいけないことがある。だから、いつまでもここにはいられない――』


 なんと、彼女は今日にも湖を出て行くというのです。


「僕は嫌だ」


 デグルは訴えましたが、彼女の意志は揺るぎませんでした。


『私だって、デグルと離れたくない。もっと近くにいたいし、話がしたい。でも――』


 彼女は「行く」といいました。


 デグルはこれ以上止めても仕方がないと思い、最後のパンを半分にちぎりました。

 その片方を女性に渡します。


「……僕の夢、覚えてる?」

『……自分のお店を持つこと?』

「そう。それに加えて、新しい夢もできたんだ」

『……?』


 デグルは立ち上がり、パンを一口で食べました。


「もし、僕のお店ができたら、君の名前をお店の名前にしたい。そして、叶う事なら……もし君が戻ってこれたなら、君と僕とでそのお店を経営して、一緒に暮らしたいんだ。……いいかな?」


 女性の目からは、涙が零れ落ちました。

 その涙は、頬を伝って湖の水面へと落ちて行きます。


『うん。約束する。いつか、またここにこれたら……絶対に、必ず――』


 そう言い、女性は湖の中に飛び込んで行ってしまいました。


 その日以降、女性は現れなくなりました。

 それでも、デグルはパン籠を持ち、来る日も来る日も岩場の近くで座っていました。



 ――それから数年が経ち、デグルは町に、自分の店を構えました。



 そして、その店の名前を――





 ――【セリーゼ】



 そういいました。







「もしもし? もしもーし? 大丈夫ですか? 聞こえます? 私の声、聞こえますか? あなたのハートに届いてますかー?」


 耳元で、今まで聞いたことのない綺麗な声がする。

 私、真二に助けてもらって、その後変な夢を見て……。


 あれ? ここはどこだろう。

 女の人なんていなかったはず……。


 目を開け、ぼやけた視界を直すため目を擦った。


 視界が開け、周りが見えてくると……。



 なんとそこは魚が優雅に泳ぐ青い空間――つまり、海の中だったのだ。

次話もよろしくお願いいたします!


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