14話 『海中へ』
パン屋と人魚のお話です。
書いたらなんだか色々スッキリしました。
*
昔々……とは言っても割と最近の話です。
ある青年がとある湖に行きました。
……その青年にはある夢がありました。
――【町に自分のお店を建てる】――
彼は、パン職人の見習いでした。
美味しいパンを作るため、最高の材料を求め、湖に来ていたのです。
その材料は、【人魚の涙】とも謳われる海の小さな生物でした。
その湖は、海からの入水でできていて、その小さな生物が、時折その湖に潮と共にやってきたのです。
……ある日。
青年は、いつものように湖にやってきました。
しかし、そこにはいつもとは違う光景があったのです。
なんと、体の綺麗な女性が、半裸のまま海を見つめていました。
青年は思わず声をあげ、顔を赤らめ、自分の目を隠しました。
女性はその声に気づき、驚いたのか、湖の中に落ちてしまいました。
それに気づいたのか、青年は岩の傍に駆け寄り、落ちた女性を探します。
女性が水面から顔を覗かせ、青年の顔を凝視しました。
青年は手を差し出し助けようとしましたが、女性は湖の中に潜ってしまったのです。
その時、魚の鱗や鰭のようなものが、一瞬だけ水面に出てきました。
それから、女性は一度も出てくることなく、その日、青年は人魚の涙を持ち帰りました。
それが二人の出会いでした。
青年の名前は【デグル】と言いました。
その日を境に、デグルと女性は湖で顔を合わせるようになりました。
ある日、デグルはパン籠を持ち、湖の傍に座って、女性が出てくるのをずっと待っていました。
すると、デグルを睨みつける女性が水面から出てきたのです。
水面から口を出し、女性はデグルに話しかけました。
『あなた、誰なの? 付きまとわないで』
警戒心を向け、尖った言い方をしていました。
「僕は悪い奴じゃない。ここに材料を取りに来ているんだ」
そう返すと、女性は首を傾げます。
『材料?』
「そう、美味しいパンを作るためのものなんだ」
『パン?』
その女性はパンを知りませんでした。
「パンっていうのは、ふわふわな生地でできた甘い食べ物なんだ」
女性は不思議がって、デグルにゆっくりと近づきました。
『食べ物なの?』
「うん」
デグルはパン籠からバターロールを取り出し、女性に差し出しました。
女性は警戒をしながらも、そのパンを受け取り口にします。
『……ふわふわ、美味しい』
「でしょ? もっといる?」
『……食べたい』
デグルはパン籠を湖に寄せました。
メロンパン、バターパン、ジャムパン……。
籠には多種なパンが入っていました。
それを一つずつ手に取り、女性は次々と頬張っていきました。
そして、全てを食べ終える頃には――
パン籠を挟み、デグルの隣に座っていました。
女性の体は水で濡れていました。
胸には、貝殻のブラジャーがつけられています。
そしてなんと、足は魚の半身のような見た目だったのです。
まさに、人魚でした。
しかし、デグルはその姿を驚きはしませんでした。
彼女が人魚であると悟っていたのです。
あの、尾びれを見た日から。
それから毎日、デグルは特製のパンを持って湖に通いました。
デグルが来るたび、彼女は嬉しそうに陸に腰かけました。
その2人の姿はまさに、湖を眺めるカップルのようなものでした。
そんな日々を繰り返しているうち、二人はそれぞれ、ある相手に恋に落ちました。
もちろん、その二人同士の愛でした。
そんな甘い日々が長く続いてほしい、二人はそう願っていました。
――しかし突然、デグルは彼女から別れを切り出されたのです。
『私は、海に帰らなくちゃいけない』
デグルは大いに悲しみました。
恋に落ちた女性、愛している女性から、突然別れを告げられたのですから。
気も動転します。
「ど、どうして?」
そう訊きましたが、彼女は何も答えてはくれませんでした。
『私には、やらなければいけないことがある。だから、いつまでもここにはいられない――』
なんと、彼女は今日にも湖を出て行くというのです。
「僕は嫌だ」
デグルは訴えましたが、彼女の意志は揺るぎませんでした。
『私だって、デグルと離れたくない。もっと近くにいたいし、話がしたい。でも――』
彼女は「行く」といいました。
デグルはこれ以上止めても仕方がないと思い、最後のパンを半分にちぎりました。
その片方を女性に渡します。
「……僕の夢、覚えてる?」
『……自分のお店を持つこと?』
「そう。それに加えて、新しい夢もできたんだ」
『……?』
デグルは立ち上がり、パンを一口で食べました。
「もし、僕のお店ができたら、君の名前をお店の名前にしたい。そして、叶う事なら……もし君が戻ってこれたなら、君と僕とでそのお店を経営して、一緒に暮らしたいんだ。……いいかな?」
女性の目からは、涙が零れ落ちました。
その涙は、頬を伝って湖の水面へと落ちて行きます。
『うん。約束する。いつか、またここにこれたら……絶対に、必ず――』
そう言い、女性は湖の中に飛び込んで行ってしまいました。
その日以降、女性は現れなくなりました。
それでも、デグルはパン籠を持ち、来る日も来る日も岩場の近くで座っていました。
――それから数年が経ち、デグルは町に、自分の店を構えました。
そして、その店の名前を――
――【セリーゼ】
そういいました。
*
「もしもし? もしもーし? 大丈夫ですか? 聞こえます? 私の声、聞こえますか? あなたのハートに届いてますかー?」
耳元で、今まで聞いたことのない綺麗な声がする。
私、真二に助けてもらって、その後変な夢を見て……。
あれ? ここはどこだろう。
女の人なんていなかったはず……。
目を開け、ぼやけた視界を直すため目を擦った。
視界が開け、周りが見えてくると……。
なんとそこは魚が優雅に泳ぐ青い空間――つまり、海の中だったのだ。
次話もよろしくお願いいたします!




