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引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第3章 【裏世界のおはなし】
197/232

10話 『ほんの少しの話』

短め

 甲板には、大きな荷物を持った船員がいた。

 普通の乗船客もいるみたいだ。


「あ、それはこっちだ!」


 船の下からは、荷物の整理作業をする船員たちの声が聞こえる。

 船ってこんな感じなんだ。


 ……見たことないから分からなかった。

 あの大きくてひらひらしてるのはなんだろう。


 それと中央にそびえたつあの長い棒。

 頂点には人が2、3人入りそうなスペースがついている。

 あそこなら、周りの景色を一望できそうだ。


「キョウカさん、あっちにセナさんいましたよ」


 そう言われ、私はマミについていった。

 セナが海を眺めながら待っている。

 時折、欠伸を漏らしていた。


「セナさん。来ましたよ」

「ふわぁ……来たわね」


 隣にこいというように、自分の隣を指さした。


「話って何です?」


 マミがそう訊いた。


「……なつめの話よ」


 マミとセナは私に目をやった。

 いや、私自身ではなく、私の姿に目をやったというべきか。

 私もこの話は聞きたかった。


「恐らく、察しはついてると思うけど――」

「なつめさん、ゲームの中の人物ですよね?」


 セナの話に口を挟むように、マミがそう言った。

 なつめのファイル云々、そういうことだろうとは思ってた。


「そう。この世界を起点に作られた世界がなつめの住む世界。今はもう、殆どが壊れているけどね。その証拠が、あの黒い奴よ」

「……なつめさんのお兄さんですね」


 この体に兄なんていたのか。

 ……申し訳ない気持ちがこみあげてくる。


「ええ、たぶんね。普通だったら存在自体も消えてるはずけど」


 セナは小さく息を吐いた。


「なつめの体に杏果が入ってきた原因も解明できてないし……。この世界自体、なつめの兄をクソニートから更生させるために全力投球して作ったのに、意味が分からないわ」


 ……なんて口の悪い人なんだ。

 見た目の清楚さに反して、使う言葉が汚れている。

 もともとこういう性格だったっけか。

 もう少しマシだった気がするな。


「え、それは初耳です。私、てっきり――」


 マミは驚いた様子で口に手を当てる。


「……そりゃ、私と真二くらいしか共有してないもの。……で、てっきりって?」


 セナは船の手すりに肘をつき、頬に手を押し当てながらそう言った。


「いや、何でもないです」

「そう言われるときになるのよねー……ま、いっか」


 いいんだ……。


「話は以上。後は各自好きにしてて。私はちょっと調べ物に行ってくるから」


 そう言い、セナは目の前から一瞬にして消えてしまった。


「……キョウカさん。部屋に戻って、大陸に着くまで休むのはいかがでしょう? 色々あって疲れたでしょうし。私も眠いです」


 マミは身体を上に伸ばしながら、部屋に戻って行ってしまった。

 取り残された私はどうすればいいか。

 部屋に入って休憩するのは確かにいいことだけど、もう少し、この綺麗な橙色の海を眺めていたい。


 こんな景色、生まれて初めてな気がするからだ。

 生まれた場所、誰に育てられたか、住んでいる町……。

 そこは思い出せないが、海を見た記憶はない。


 あっても、大きい水たまりくらい。


 海のことを、広大に広がる水たまりと、そんな風に思っていたか。

 ……どうだったかな。


 ――そういえば、私と真二はどのくらい一緒にいたのだろう。

 あの日記から言うと、私が倒れていたあの日から。

 その後は……? 12月中は真二の家にいたかな。


 ……あの日記に書いてあった内容までしか覚えてない。

 私、あの後どうしたんだっけ……。


「セリーゼ行きの便、出航しまーす!」


 船員の一人が大きな声でそう言った。

 下にいる人たちが、船と桟橋を繋ぐ木の板を取る。


「錨をあげてくださーい!」


 鉄のひもが巻き上げられると、海の中から重そうな錨が出てきた。

 錨、初めてみた。


 船の汽笛が鳴り、船がゆっくりと動き出す。

 出航するみたいだ。


 他の乗客は皆、船の中に入って行った。

 私も部屋に戻って寝ることにしよう。


 頭も体も疲労がたまっていることだし、休んで明日に備えよう。

次話もよろしくお願いいたします!

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