9話 『別れはあっさりと』
港町に到着した。
とても賑わっているみたいだ。
あの踊り子も元に戻っている。
相変わらず、片方にしか人は集まっていないが。
「17時の船で行くわよ。夜行になるけどいいよね?」
セナが、長方形の紙をひらひらさせながら聞いてきた。
「はい」
と、少しそっけない返事をした。
「そういえば、シルスはどうするのよ。これから」
エルフの神様と自称するその子は腕を組んだ。
「私は――元の世界に帰ろうと思います」
「……そうよね。だと思ってチケットもシルスを抜いた分だけ買ったわ」
得意げな顔で、両手を腰にあてて肘を張っていた。
「キョウカさん……の刻印も既に消えてると思うので」
シルスが苦笑してそう言った。
刻印? 何のことだろうか。
この町にきてからシャワーを浴びたが、そのようなものは見受けられなかった。
「それじゃ、17時までそこらへんでお茶しましょう。あと2時間くらいだし」
そう言い、セナさんが先導してカフェに入る。
店内は、お客さんの他愛ない会話でにぎわっていた。
白を基調とした清楚な店内で、丁寧に清掃のされた床、テーブルなどがある。
全て木製のようだ。
店員に案内され、6人は各自席についた。
マミさんとセナさんの間に黒い物体をはさみ、メニューを開いて見ている。
私を挟むように、左にはシルス、右にはメルという女の子がいる。
メルがメニューを取り、私に肩をくっつけた。
机の上でメニューを開き二人は顔を寄せる。
「縺ェ縺、繧は何が良い?」
メルが何かを言った気がしたか、聞き取ることが出来なかった。
「キョウカさん……」
シルスが私の名前を呼ぶ。
「シルスさん! キョウカじゃないよ、縺ェ縺、繧だよ!」
また変な言葉を発した。
「いい? 杏果。前身はもう、殆どが破損してるのよ」
セナが鋭い目つきで私を見てくる。
そうか、ファイルが壊れたとか言っていた。
前身……、つまり、なつめという人物が無きものになっているということだろう。
名前が消えてしまったのか。
型だけを残して。
……店員に注文を済ませた私たちに、セナが話をかける。
「船に乗ってからは5人になるわ。次の大陸は、海と暮らす大陸【セリーゼ】。童話に出てくるような人魚と、大陸に住む人間が共存する幻想的な場所よ」
にんぎょ……?
一体どんな生物なんだろう。
童話に出てくると言っていたが、読んだことがないため想像がつかない。
「にんぎょってなんですか?」
私がそう訊くと、セナはため息を吐いた。
「人魚も知らないのね……。一体どんな環境で育ったのかしら……」
どんな環境って……そういえば私、真二に運ばれる前まで、どこにいたんだろう。
制服で町に倒れていたところまでは覚えているが、その前の記憶が一切ない。
私は一体、どこから来たのだろうか。
「とりあえず、次の大陸はそこ。比較的安全な場所な設定のはずだけど、何があるか分からないから気をつけないといけないわ」
セナは自分の前に運ばれてきたオレンジジュースを、ストローで飲みながらそう言った。
私の前には、パフェという、ガラスの入れ物に入った食べ物が届く。
小さく細いスプーンでクリームを掬い、口元に運ぶ。
それを口にすると、甘い香りが口の中に広がり、鼻を突き抜ける。
美味しい以外の言葉が思いつかない。
パフェを綺麗に食べ終え、謎の端末で時間を確認したセナが店員を呼びつける。
会計を済ませるらしい。
いつの間にか、他の人は飲食を済ませていたようだ。
セナが全員分のお金を支払い、そのカフェを出て行った。
「さて、早く船着き場に行くわよ。出航まであと30分。早めに乗って、部屋に荷物置きましょ」
最初の来た船着き場に向けて歩いた。
海でとれた魚を売る商人、何かの道具を売る商人など様々な人がいる。
怪しげな薬を売っている人も……。
「さ、着いたわよ」
船に渡る橋の前には、船員かと思われる、錨が描かれた白いベレー帽をかぶった人がいた。
セナはその人にチケットをみせる。
「それでは、私はこれで失礼します。お気をつけて」
シルスは会釈をして、風のように立ち去ってしまった。
別れの言葉を言う隙すら与えてくれなかった。
橋を渡り、その人に案内されるがまま船内の部屋に入る。
部屋は少し広めな5人部屋だった。
「これからは自由時間よ。船を見回るもよし、寝て休憩したっていいわ。ただ、絶対に船からは出ないこと」
セナがそう言うと、黒い物体は自分のベッドですぐ眠り始めた。
メルは帽子と重そうな杖をそっとベッドに置き、近くの丸い椅子に座る。
「マミ。……なつめ。話があるから甲板に来なさい。後ろの方で待ってる」
セナはそう言って部屋から出て行った。
「行きましょう、なつめさん」
二人は、前の名前を普通に呼べるようだ。
マミは扉の方に行くと、手招きをして私を呼んでいた。
一体何の話だろうか。
既に、色々と話したとはおもうけれど、まだあるらしい。
……何はともあれ、行ってみることにしよう。
次話もよろしくお願いいたします!




