172話 『分離』
『……何故あなたがそこにいるんですか。今はエルフの小娘に乗り移っているはず……それに今、このエルフの小娘は笑っているではないですか!』
その化け物は振り向いた。
『まぁ腕一本くらいどうでもいいです』
その化け物は私めがけて物凄い速度で跳んできた。
『フヒヒヒヒヒヒヒヒ!』
気味の悪い笑い声をあげながら。
剣を構え、向かってきた化け物の攻撃を避け、左腕を続けて切り落とした。
化け物は私を通り過ぎ、地面に身体を打ち付けた。
切り落とした腕がうねうね動く。
『な、な、何故だ! 神になった僕に普通の剣が通用するなんて……!』
私も不思議に思っている。
何故こんな場所であんな化け物と戦っているのか……。
ついさっきまで、キョウカちゃんとお話をしていたはずなのに。
『く、くそ……絶対に殺してやる!!』
化け物はそう言って背中につけた翼で空中に飛び上がった。
『死ねええええぇぇぇ!』
また化け物がやってきたので、仕方なく軽く避けて今度は片脚を斬り落とした。
化け物は地面に転がり唸り声をあげた。
『な、何故だ……!』
私が聞きたいくらい。
化け物は倒れてその場で藻掻いている。
どうやら立ち上がれなくなったらしい。
仰向けに倒れたおかげで、翼も広げられずにいる。
『くそ、くそ、何で僕が……神になった僕が……!』
――神。
昔、誰かがそんなことを言っていたような気がする。
記憶はない。
『そ、そうだ。ぼ、僕と契約を結ばないか? 僕は神、この世界を統べるんだ。僕と協定を結べば――』
化け物は何かを言っていたが、一つ気になる点があり、その化け物に近づいた。
うーん、こういう風に左右対称じゃないって気持ちが悪い。せっかくだしこっちも斬り落としてしまおう。
『ウウウウウァァァ!』
もう片方の脚を切断すると、化け物は痛々しい悲鳴をあげた。
『た、たのむ。やめてくれ。いややめてください! 許してください!』
「許す?」
辺りを見回すと、血だらけの人や気絶している人が沢山いた。
「あぁ、もしかしてこれ、全部あなたが?」
私が視線を戻すと、化け物は涙ながらに頷いた。
「自分で死ぬんなら全然いいんですけど、殺しちゃったら……同じ貉としては見過ごしておけませんね……」
『――――!』
「すみません、あなたの最期に訊きたいことがあるんですけど」
片足で化け物の身体を踏みつけて剣先を顔に向けた。
「あなた、誰ですか?」
何故か、その化け物は口を開けたままだまっている。
部屋には、腕がぐにゃぐにゃの女の子の笑い声だけが響く。
『そ、それは僕のセリフだ。母体と契約者は今意識を共有しているはず、それなのに何故、剣を向けている契約者がいる? お前は一体何者だ……?』
「うーん、それが私も分からないから困ってるんです。とりあえず、新聞紙で見た【キョウカ】っていう名前は憶えているんですけどね」
『し、新聞紙? 何を言っている……』
この緑の化け物、新聞紙を知らないらしい。
一から説明をするのは面倒。とりあえず私の質問に答えてほしい。
「で、誰ですか? あなた」
化け物は私の質問には一切答えない。
『くそ、神の僕が、神になった僕が何故人間に踏まれているんだ』
「あの」
『何故、僕が簡単にねじ伏せられている』
聞く耳を持とうともしない。
『許さん……許さん!』
突然目を見開いた化け物は、淡い紫色に光る眼で私の目を見た。
突然、頭がクラクラしてきた。頭痛もして目眩もしてきた。
私以外の別の何かが、私の中を侵そうとしている
剣をその化け物の身体に思い切り刺し、その目をやめさせようとした。
しかし、化け物は一言も言葉を発さずに私を見続けた。
何度も何度もその化け物に剣を突き刺す。
化け物に剣を刺しまくる私に、後ろから突然抱き着いてくる者がいた。
私は咄嗟に剣で斬りつけると、その誰かは血を流して倒れた。
女の子。
まるで魔法使いのような身なりをした、とんがり帽子をかぶった女の子だった。
倒れる彼女を見ると、とても胸が苦しくなってきた。
知らない子なのに、話した事もないのに、今まで感じたことのない胸の痛みがした。
『は、ハハハ! そう、お前は裏切った! 今この瞬間、仲間を裏切り殺そうとしたんだ!』
私の身体が自然と足を動かして、部屋にある巨大な扉の前に走らせる。
この場から逃げるように。
扉をこじ開け、真っ黒な空間を只管走る。
出口はなかったが、ただ前に前に走った。
――何かが左肩にぶつかり、大胆に転んでしまった。
◆
冷えた地面に頬が当たる。
水だろうか。体に大量の何かがぽつぽつと当たっている。
雨の音が聞こえる。雨のにおいがする。
目を開けると、そこは廃墟ばかりの町だった。
崩れたビル。壊れた窓。日々の入った壁、コンクリートの地面――
不思議なことに、そこまで驚きはしなかった。
初めてみた景色のはずなのに、その光景はとても懐古的だった。
次話もよろしくお願いいたします!




