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引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第2-4章 【それは一つの混沌で】
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168話 『別れの言葉をあなたに』

 シルスさんは大きく深呼吸して、祈るように自分の手を握りしめ、目を閉じて何かをぶつぶつと呟き始めた。

 自分の肌に、秋に相応しくない温かな風が触れたと思うと、シルスさんが気を失い、私の身体に倒れて寄りかかってきた。


「シ、シルスさん!?」


 揺さぶると、瞼がゆっくりと開き、円らな蒼い眼が私と目を合わせる。


「なつめ……?」


 船の垣立に手をやって、自分の力で立とうとするシーゼルを、私は両手で支えた。


「うん、私だよ……!」

「どうしたの……、その恰好」


 私はシーゼルに、この格好をした理由、そして、シーゼルにその恰好をさせた経緯を全て、簡潔に話した。

 大切な時間を無駄に使ってはいけない。


「それで、ここは……?」


 シーゼルが自分の足だけで立てるようになり、私は支えをとった。


「ここは船の上――」

「……船?」


 シーゼルは船から顔を出し、海と地平線を眺めた。


「これが海……あの時、暗くて全然分からなかったけど、こんなに綺麗なんだね」


 シーゼルは、風で帽子が飛ばされないように抑えて、無限に続く青い海をじっと眺めていた。


「なつめ」

「な、何?」


 数秒間くらい海を見つめた後、いきなり私に呼びかけてきて、少し戸惑ってしまった。


「私たち、これから何をするの?」


 意外な質問だった。

 テイシング監獄島に戻って決闘をするなんて、こんな時に言いたくないし、シルスさんにも口止めをされた。

 私だって、シーゼルには不安を一切なくして笑って行ってもらいたい。

 嘘をつくのは嫌だけど、人を不幸にする真実は言いたくない。


「……これから旅に出るんだよ。私、お兄ちゃん、他三人とシーゼル。6人でこの世界を旅する。これから色んな苦難があるかもしれないけど、それよりもっと、笑っちゃうような楽しい出来事が待っている」

「……そっか」


 シーゼルは、何故か嬉しそうにはしていなかった。


 なんで笑ってくれないの?

 なんで笑顔でいてくれないの?

 笑顔でいてよ。

そうじゃないと、私の方が辛くなるでしょ。

 嫌だよ、嫌だ、私だってこんなこと言いたくない。

 嘘を吐くのは辛いんだよ。


「ねぇ、私の世界は……、どうなるかな」

「…………」


 何も言い返すことができなかった。


「救えるのかな、私たちで」

「……救おう、もっと強くなって」


 シーゼルは涙を流していた。

 今までに見たことない、哀しい顔。

 そして、すぐ私に抱き着いてきたので、私は優しくシーゼルを包み込んだ。


「ごめん、旅の始まりなのに、こんなにも、私たちの旅を、風も天気も祝福してくれているのに……」

「今は――泣こう。これから、きっと楽しいことが待ってる。皆、私たちを祝福してくれる。だから、もういらない涙は、今のうちに全部枯らしちゃおう、ね?」


 私は更に強くシーゼルに抱き着いた。

 そうすると、シーゼルは私の胸に顔を当てて泣きじゃくった。

 私の目から、涙が自然を頬を伝っているのが分かった。


 これでいいのだろうか。

 私の求めていたこと、伝えたいことは全部言えたのだろうか?

 後悔、後悔、後悔――、そんなくすんだ言葉を、自分自身にいつまでも投げかける、なんてことにならないだろうか。

 少しずつ、頭の整理が追いつかなくなってくる。

 シーゼルはその間も、私の胸の中で泣いている。

 そして、シーゼルが泣くのをやめ、目を擦り始め、欠伸を漏らした。


「泣きすぎて疲れてきちゃったみたいで凄く眠いよ」

「うん」

「もう、流す涙もなくなっちゃった」

「……うん」


 シーゼルが倒れそうになり、私は必死にその体を支える。

 力が抜けたようにシーゼルの膝が曲がり、全身が下へ下へと降りていく。

 私は甲板に膝をつき正座をし、シーゼルの身体を自分に引き寄せ、シーゼルを寝かせ、帽子をとって膝枕をした。


「ごめん、ありがと」


 何故シーゼルが謝るのか。


「ねぇ、なつめ」

「何……?」

「これから楽しいことを沢山して……皆で一緒に過ごせるんだよね?」

「……当たり前でしょ、何言ってるの……」

「ならよかった、なつめずっと、私のこと見て悲しい顔してるから、何のことかと思っちゃった」

「――!」


 その時に気づいた。

 そっか、私……、私が笑顔でいなきゃダメなんだ。

 そうじゃないと、シーゼルだって笑顔になんてなれやしない。

 こんな大切な事、何で今まで気が付かなかったんだろう。


 でもこんなの、笑顔でいられるわけないじゃん……。

 どうやって笑顔を創れって言うの?

 作り笑顔もできない。


「笑ってよ、なつめ」


 シーゼルはウトウトしながら、眠気を耐えて私の目をずっと見つめる。

 私は頑張って、笑顔を作った。

 しかし、自分でもわかるくらい、その笑顔は強張っていた。


「ふふふ、あはははは、何それ、変な顔」


 シーゼルに笑われ赤面になった。


「うん、ありがと。楽しかった」

「…………」

「もう限界みたい」

「…………」


 シーゼルの瞼が少しずつ閉じていく。


「ありがと……なつめ……」


 そうして、シーゼルは笑顔のまま、また眠りについてしまった。

 言葉が出なかった。

 シーゼルの顔に、私の目から溢れ出る涙が零れ落ち、一粒落ちると、水しぶきのように小さな粒になって弾け跳んだ。

 涙を枯らす約束だったのに、私、涙枯らせなかったよ――。


 物陰から誰かが出てきて、私たちに近寄ってきた。

 涙で視界がぼやけていたが、涙を拭うとマミさんが歩いてこちらに向かってきていた。

 マミさんは私の目の前に立ち、手を合わせて数秒間目を閉じた。

 手を合わせるのをやめ、膝をついたマミさんは、シーゼルの頭を優しく撫でた。


「……神とは、時に残酷なものです」


 マミさんは続けて私の頭も撫でた。


「……なつめさんは強い。後悔なんてすることはありません。彼女はきっと、貴女と会えてとても嬉しかったと思いますから。貴女が悲しむと、彼女も悲しんでしまいます。強く、強くいきましょう……、涙を枯らして」


 その言葉を聞いて、私は益々涙があふれて止まらなくなった。


「……シーゼルさんをベッドに運びます。シルスさんから事前に言われていたので」


 そう言い、シーゼルをゆっくりと優しく抱きかかえ、船内に戻って行った。

 ポーチの中からウサギの人形が顔を覗かせ、飛び出していったかと思うと、マミさんのことを追いかけて行ってしまった。


 独りになった甲板には、カモメの気持ちよさそうな鳴き声が空気中に響き渡り、肌寒い風だけが吹いていた。

次話もよろしくお願いいたします!

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