13話 『美味しい回復薬』
酒場は一気に静かになる。男女のパーティや、仕事終わりのおじさん達が呑んだくれていたりなど、こんなに人がいるところを、見た事がないし来た事もない。というか来たくなかった。
行く前は奥に数人しかいなかったのに、帰ってきたらこんなにいっぱいいるとは。
……あれ? もしかしてさっきまで賑わってたけど、俺たちがいきなりドアの前にドサッと来たから、一気に静まっちゃった感じか? 悪い事をした気しかしない。
みんながじっと俺たちの事を見てくる。やめてくれ! 俺は目線恐怖症なんだ! (※嘘です。本当はただのインドアコミュ障です)
そんな思いはみんなに通じるはずがなく、ずっと見てくる。
「僧侶さんはいらっしゃいませんか!?」
セナが大声で言った。
今まで賑わっていただろう酒場は静かになり、そして次はどよめいた。
こっちには大きな傷を負った患者がいるんだ、無理もないだろう。
あちらこちらで僧侶はいないのか? 僧侶はいないのか? という声が聞こえてくる。
そして、近くのテーブルにいた、男二人女二人の四人のパーティを組んでいたかと思われる一人の 女性が手を挙げる。
「私、僧侶です」
青い服を着た彼女は、倒れているマミの近くに来る。そして静かに、魔法を唱える。
「リカバリー」
そう唱えると、マミの傷がみるみる回復していく。爆発で負った火傷、その他の傷全てがすぐ治った。
すごい、その魔法俺も覚えたい。でも僧侶向きの人じゃないと覚えれなさそうな感じがする。
「まだ完治とは言えませんが、これである程度は大丈夫のはずです。間に合ってよかったです」
なんて優しい人なんだ。
あぁそうだよ。こういう人が俺のパーティに欲しかった。うちにはまともな回復役がいない。なつめはタレントに関しては一級品だが、まだキュアーとリフレッシュくらいしかできないだろうし、それにそこまで回復力があるとは言えない。
そこに加えとてつもなく物理に特化した脳筋魔法使いがいる。
バランスが保たれているようで保たれていないパーティとは俺らの事だ。
「では……」
僧侶が自分の席に戻ろうとした。
が、意識が完全に戻ったマミが、なんとか立ち上がり、僧侶に話をかける。
さっきまで意識が朦朧としてたのに、もう立てるようになってしまったのか。まあ爆発くらっても死ななかったんだし、ゴギブリ並みの鬼生命力を持っているのかもしれない。
「私のために魔力を使わせちゃってごめんなさい。これ、魔力回復薬です」
と、何も持っていなかったはずの手から、いきなり青色の液体の入った掌サイズのビンが出てきて、それを僧侶に手渡す。
一体どこから出したんだそのビン。探偵がそんなことできるもんかよ。
心の中で少し弱めのツッコミをしつつ、様子を伺う。
「そう、そこのウサギさんにも。星力回復薬です」
そう言い、歩きながらまた何も持っていないはずの手から紫色の液体が入ったビンが出てくる。
今度はしっかり見ていた! 両手に何も持っていない事を確認したし、ポケットから何か取り出してないかとか、しっかり見たけど、そんな行動はどこにもなかった……一体どうやって一瞬で手に……?
それとも、そういうタレント能力なのだろうか。薬を瞬時に作り出すとか。
そして、僧侶はその手渡された魔力回復薬を腰に手を当て、風呂上がりの牛乳の様に飲み干す。
それに続きセナも腰に手を当て、星力回復薬を飲み干す。
口がミッ〇ィーみたいにバッテンなのに、一体どうやって飲んでるんだ。
「これ、美味しいですね!」僧侶が満面の笑みで言った。
「海ぶどう味です。もし良かったら、もっとお作りします? 今大セール中で、海ぶどう味三十個セット千五百ギフです」
さっきまで瀕死だったのに、商売心は全く忘れてはいない。そもそも探偵が何で商売やってるんだよ。
というかそんなにあるのか? バッグに詰めたらパンパンになるだろに、バッグを見てみるとそこまで大きい様には見えない。
「是非お願いします!」
僧侶は自分の懐から緑のガマ財布を取り出し、中から銀貨一枚と銅貨5枚を取り出す。
そういえば今まで、ガイルさんにもおばさんにも、銅貨三十枚しか渡された事がなかったから、銀貨の存在を知らなかったが、銀貨が千ギフだったのか。
だから【おしゃれんてぃ】で、お金払うとき三十七枚もの銅貨を出したからレジの店員から嫌な顔されたのか。
銅貨しかない世界かと思ったら割とあったもんだな。
だとしたら、一ギフとかどうなんだろう。もっとちっこい銅貨とかなのだろうか。
そして十ギフは一ギフと百ギフの間くらいの大きさとか? 勝手な想像だけど、割とありえそう。
マミがその場に座り、目を閉じて精神を統一させている。
そして手を顔の前に合わせ、何か小声で言ったかと思うと、目の前にパンパンに膨らんだ布の袋が小さな光と共に出てきた。
テーブルに座っている客達は騒めく。
僧侶も驚いて声が出ないという様子だった。
「ふぅ、久々に多くやったので少し神経使いました。どうぞ」
おでこに流れた少量の汗を手で拭い、パンパンに膨らんだ袋を僧侶に渡し、お金を受け取った。
一体何をしたんだ!?
最初会った時は、頭がおかしい奴だとは思ったが、まさかこんな事ができるとは思わなかった。
渡し終え、マミは振り返り、俺の方を見る。
そして手を差し出した。
まさか助けてくれたお礼とか貰える感じか?
「一万五千ギフ、次会った時にって言いましたよね?」
今までにないくらいの飛びっきりの笑顔で話してきた。
俺が見つけてなかったら死んでいたかもしれないのに、なぜに俺にだけ厳しいのだ。
「ないです」
そう言うと、ため息をつき、残念そうな顔をして、手を下げ、ガイルさんの所へ行った。
「すいません。この酒場のマスターさん。今日ここに泊まらせていただく事できますか? できること何でもお手伝いいたしますので」
いきなり泊まりたいだなんてどうしたんだ?
ああそうか。この自称探偵は宿無しだったか。
しかし、なぜここに泊まろうとするのか。別に他のところだって、泊めてくれる所はきっとあるはずだと思う。まあ無くっても、俺だったらそこらへんの路地裏で野宿するけど。
「別に構わないが、何でだ?」
ガイルさんは首を傾げながら聞く。ガイルさんナイス質問!
それこそ俺が今聞きたかった事だ。
「カナタさんと戦わなければなりませんので」
身の毛が凍る様な感じがした。
戦う! 何で!?
俺が払えなかったからその腹いせにぶっ倒そうってか!?
「カナタさん。明日の朝早くにあなたと勝負します。とは言っても、人数制限は無しです。あなたのパーティで私に挑んできてもらって構わないですよ。そして、あなたが勝ったら一万五千ギフはチャラ、私が勝ったら——そうですね……一生私の道具になってもらいます」
真剣な顔から言われたとなると、本気なのだろう。ハイリスクハイリターンというやつか。というか私の道具になるってなんだろうか。
怖すぎるんだが、しかし、一万五千ギフを払いたくはない。少しギャンブルっぽいが、戦う意味がないとは言えない。
戦ってみるとしよう。この変な探偵と。
……自信ないけど。