165話 『荒探し』
船から汽笛が鳴り、その汽笛を合図に、私たちが乗っている船を含んだ合計7隻の船が、テイシング島向けて出港した。
風が少し強いからなのか、それとも船が早いからなのか、不安を煽るような鼠色の雲がとても速く動いているように見えて、その上、海は少し荒れていた。
ここからどれくらいの時間であの島までいけるんだろう。
シーゼルと私が協力してあの速さで行って、そんなに早く到着できた訳でなかったから、もしかしたら丸一日とかかかるのかな。
船が波に揺られて左右に揺れる。
こんな大きい揺れを丸一日なんて言われたら、酔いにそれなりに強い私でも、船酔いして嘔吐しちゃいそう。
そんな私は今、メルちゃんとシルスさんと、広大な海をただ眺めている。
私はいつでも吐けるように……って心構えで、少し前に顔を出しているけど、二人は単に海を見てるだけみたい。
いやでもシルスさんの方はちょっと顔が白くなってるような……。
……元々?
大きな荷物を船の倉庫に全て入れて疲れきっていたガイザーさんは、船員に「休息をとれる場所はないか」って訊いて、案内されてそのまま帰ってきていない。
お兄ちゃんは酔ったのか、船にも関わらず横たわって寝てる。
横たわって寝ると、より揺れを感じやすくなるような……大丈夫かな。
シルエさんや双子、エミさんは、倒れたように目を閉じているお兄ちゃんの近くで、何かを話し合っている。
落ち着いているのは私たちだけで、他の乗船客もシルエさんたちと同じように集まって話し合っている。
そりゃあ突然呼び出されたわけだし、不安になることの方が多いでしょうけど……。
……私たちが変なだけかな。
出航から数時間が経ち、また一段と風の勢いが強くなり、海が靡き、船の揺れも大きくなり、体調不良をうったえて船員に声をかける人が多くなってきた。
「……なつめさん」
不意に私の名前を呼んだのはシルスさんだった。
「なんですか?」
胸に手をあて、私の知らない言語でボソボソと独り言を言った。
独り言が終わると、さっきまで肌に触れていた風が一切なくなり、私たちの乗っている船の周辺の海が穏やかに変わった。
「嫌な予感がします」
そう言った次の瞬間、後続していた他の船の下の海面に巨大な渦ができ、惨憺たる悲鳴と共に、船と人が海に飲み込まれていった。
異変に気が付いた人々が、甲板の後部に行き、後続していた船の様子を見て、顔を真っ青にして沈黙していた。
沈黙の中、その場にいた一人が緊急用のボートを、勝手に船から外して、自分だけ船に向かって飛び込んだ。
それに気づいた人が、次々と緊急用のボートを船から外して、船員が止める間もなく甲板から飛び降りた。
そんな中、一人だけ、冷静にその様子をただじっと見ている人がいた。
三角巾を被った若い青年が、シルエさんたちに近づき話しかけた。
「大変なことになりましたね……自然とは思えません……」
「そうですね……こんなこと、常人ではできない所業です」
そんなことを話していた。
「シルスさん、これは……」
「風です」
「風?」
なんのことだか全く分からない。
「こんな所業ができるのは、私が知る限り一人だけです。しかし、彼がこんなことをする人とは――」
『おや、一つ仕留めきれなかった船があるようですね』
突然どこかからか男性の低い声が聞こえてきて、シルスさんはそれに反応し、甲板の方に振り向いた。
「その声……聞き覚えがあります。姿を現しなさい、ルミナ」
すると、一つの真っ黒い影が姿を現した。
全身を黒で包んだ何者かは、フードの中で嘲笑した。
『シーゼルさん、私の名をよくご存じで』
「……私を嬲っているのですか?」
その影が手を大きく広げて哄笑した。
『ハハ、流石〝我が敬愛なる女神シルスさま〟、といったところでしょうかねぇ……。お久しぶりです』
挑発口調に引っ張られず、シルスさんは冷静にその男に対応した。
「一体何が目的ですか、あなたがこのようなことをするとは」
『そんなこと、訊かなくとも貴方には分かっているはずですよ?』
シルスさんの顔が引きつった。
「……」
シルスさんは何も言わず黙っていた。
『〝神への転換〟、もちろんご存じですよね?』
「……やはり、貴方が操っていたのですね」
『ええ、今の母体が死ねば私が新たな神へとなり変われますから、適当にやったまでです』
私には全く理解ができない。
小さい部分を全て吹っ飛ばして話が進められているのだけはとてもわかる。
『ただ、貴女――』
そう言い、私を指さした。
『貴女の出現は予想外でした、それに、シーゼル自身の力を見くびっていた所もあります」
「シーゼルは……貴方の思う以上に優秀な子です」
『ハハハ、何を仰いますか女神サマ! シーゼルが優秀? 力を抑えきれずに暴走したにも関わらず?』
「……!」
暴走。
あの村にいた時に、契約を交わした女の子の家族を無残にも殺したことだろうか。
『あの小娘にはそれだけの力が備わっていました。しかし、シーゼル自身の適応力が足りず――』
「……まさか、それを知っていながらシーゼルを――!」
男は鼻で笑った。
『もちろん。〝四番目の母体〟も知っていました、それもあって』
シルスさんは目を大きく見開き、息をのんだ。
「な、何故それを……!」
『何十、何百もの古い歴史の中からの私の予想ですよ。ここ三千年、女神シルスは力の賦与をし、四番目に現れた者に、自身の衰退しきった体を移転して生き永らえてきましたからねぇ』
「…………」
ついに、シルスさんは沈黙してしまった。
『どうですか? その体の浸食率は、そろそろ7割は来ましたかねぇ?』
「……一つ訊きたいことがあります」
『図星ですか……。いいでしょう、何なりと』
「他の二人はどうしましたか」
その男は振り返り、曇り空を見上げながら『殺しました』と呟いた。
『今ここで仕留めてやってもいいですが、それでは面白くないでしょう。なので、あとは邸で総力戦といきましょう、ね? 貴女もですよ、新たな契約者さん』
そう言い、風を起こして一瞬で消えてしまった。
先ほどまであった海の荒れは収まったが、船にいた人々は殆ど消え、船員と私たち、そして、たった一人甲板に残った冷静な一人だけしか残っていなかった。
「……皆さんには、お話しなければならないことが沢山できてしまったようです」
シルスさんは私の目を見た。
「ここではなんですから、船内で座りながらお話しましょう」
そう言って、シルスさんは船内に入る扉へ向かって歩いていった。
シルエさんがお兄ちゃんを背負い、シルスさんに続いて船内へと入って行き、私とメルちゃんは顔を見合わせ、それに着いていくように船内に続く扉を開けた。
次話もよろしくお願いいたします!




