161話 『お兄ちゃんが戻った』
「巨匠やシーゼルさんを探し出すためではないでしょうか……」
今の状況的に、そう考えるのが普通だろう。
とはいえ、こんなに早く仕掛けにくるなんて……。
少しは泳がせてくると思ってたけど……。
「行かないという選択肢は?」
シルエさんに訊くと、首を振って答えた。
「ダメですか……」
「はい……。そうだ、巨匠に報告したいことがありました」
「報告?」
「はい、ついてきてください」
シルエさんは、私たちに休養所から出るように言い、外に出た。
私たちは立ち上がり、紙袋を折りたたんでポーチに入れ、休養所から出た。
横にある自分たちのテントを見ると、なんとそこには外で荷物を纏めるお兄ちゃんの姿があった。
「あ、なつめ、おはよう」
普通に戻ってる。
「よかった、ちゃんとお風呂入ってきた?」
「ああ」
近づいてにおいを確かめると、昨日までの臭いは殆ど無くなっていた。
「今何やってるの?」
「明日の為に、荷物を纏めてるんだ。留守中に盗まれたら大変だからな」
そう言って、毛布や食料を木箱の中に詰め、偶に額に浮き出てくる汗を手で拭っていた。
「他の皆は?」
「食糧の買い出しとか、あとはテントの中で作業をしてる」
私はそれを聞いて、テントの中に入ると、エミさんやシルエさんが荷物を纏め、シェイクとブラッドは二人でじゃんけんをして遊んでいた。
ということは、ガイザーさんやマミさんが食糧の買い出しに?
マミさんはともかく、ガイザーさんは絶対に買い出しの役割ではなく、むしろ重労働をやる人でしょう。
なんでこんな痩せた二人にやらせるのか。
「私も手伝います」
シルエさんは腕を組んだ。
「とてもありがたいことなのですが、今は巨匠らをあまり疲れさせるわけにはいきません。なので、一つだけお願いしようと思います」
「そんな気を使わなくても……」
「いえ、これは私が引き起こした問題でもあるので……。ということで、巨匠、お水をこの樽一ついっぱいに貰ってきてください。水はこのテントを出て町の方に行くと、配ってるとこがあると思いますので」
結構重労働じゃない!
そして、シルエさんは隅っこに置いてあった、空の樽を渡してきた。
樽の中から少し変な匂いがしたが、気にする必要はないと言われ、私は樽を抱えてテントを出た。
出入り口で、シルスさんが地面を靴で擦りながら待っていた。
「あ、シルスさん。この中に水を満杯に入れて持ってきてほしいそうなので、一緒に行きましょう」
シルスさんは頷き、歩く私についてきた。
あの紙が全てのテントに配られたのは本当のことらしく、テントにいたサーカスの芸者達は、皆慌てて作業に取り掛かっている様子だった。
道を歩いていくと、長蛇の列ができている個所がいくつかあり、食糧や物資の配給をしていた。
やっと見つけた配水所では、他の配給場所とは比べ物にならないくらいの長蛇の列ができていたが、私たちはそこに並んで水が貰えるのを待つことにした。
並んでいる人は樽を抱え欠伸を漏らしている人、樽を置いてボールでジャグリングをしてる人、諦めて列から抜ける人など、様々な人が並んでいた。
水の配給だけでこんなに列ができるなんて……。
でも、この大陸事態を見る限り、水はこの大陸では貴重なものなんだろう。
今までは水なんて蛇口を捻れば勝手に出てくるものだったけど、この大陸、蛇口がまずなかったし。
なんでこんな枯渇した大陸に人は住んでいるんだろう……。
特に、パミル大陸に行けば、制度のない平和な生活を送れるって言うのに。
いや、こんなこと考えても無駄かな。
この世界、ゲームだし。
小一時間が経ち、列の先頭まで来た私たちに、水を配給している人が声をかけてきた。
そこに行き、樽を渡すと、近くの井戸から水を引っ張り、バケツの中に入った透明な水を、満杯になるまで樽の中に入れた。
「気を付けて運べよ」
がたいの良い男性が、水がいっぱい入った樽を、私の足元に横にして置いた。
「二人で運びましょうか」
シルスさんは片方を両手で持って、私にもう片方を持つように言った。
「せーの――」
二人で樽を持ち上げ、自分たちのテントにせっせと運び、自分たちのテントへと持ち帰ってきた。
帰ってみると、テントの中にあった荷物は全て綺麗に纏められていて、木製の丈夫なリヤカーに木箱が隙間なく詰められていた。
「あ、お疲れ様です。そこの台車の最後の隙間にその樽を入れてください」
そういわれ最後の力を振り絞り、掛け声と一緒に、リヤカーの上に樽を上げた。
「ふ、ふぅ、疲れましたね」
シルスさんは汗を拭い、その場に座り込んでしまった。
「すみません、重労働でしたよね。あとはテントを片付けるだけです」
シルエさんと、テントの前にいるマミさん以外、皆疲れて座っていた。
そして、マミさんがテントの前に三角錐型の何かを置き、手をポンと叩いた
すると、あんなに大きかったテントがその三角錐型の何かに吸い込まれ、一瞬で消えてしまった。
「はい、シルエさん。これで大丈夫です。代金は3000ギフになりますね!」
そう言って、シルエさんから金貨を三枚受け取り、蝦蟇口に金貨をしまった。
「行きましょう。夜に行くのはあまり良くないので、港近くの宿で泊って、明日の朝に、時間に余裕をもっていくことにしましょう」
ガイザーさんが立ち上がり、リヤカーを引っ張るための金属の棒を両手で持った。
「なつめさんはこの台車の上に乗ってください。たぶんお疲れでしょうから……」
ガイザーさんは金属の棒を上に大きく持ち上げ、私が乗りやすい様に荷台を斜めにしてくれた。
私は最初は遠慮したが、皆の視線が気になって仕方なかったので、仕方なく乗ることにした。
そして、シートが敷かれている荷台の上に座り、でこぼこの地面に揺られながら、マミさん、シルエさん、双子、シルスさん、エミさん、そしてお兄ちゃんと共に、この町の北の出口から出て行った。
次話もよろしくお願いいたします!




