160話 『始動』
意外と早く町に戻ってきた。
私は、シーゼルにはまだ外に出ないでほしいという趣旨だけを二人に伝え、装備屋の前で一旦別れた。
メルちゃんには悪いけど、これは私個人の依頼なため、他の人を巻き込むわけにはいかない。
私は用事を済ますために装備屋の女性に沢山の素材を渡した。
女性は全ての素材を一つの袋の中に入れ、開店前の店に入るよう促した。
店の中は明かりがまだついていなかった。
薄暗い店内には布製の服、鉄製の装備品などが数多くあったが、私は店のカウンターの奥に連れていかれた。
そして、老いた女性は、モノクロ柄のお洒落なエプロンのポケットから四角いキューブを取り出し、扉のドアノブの下にあった四角い窪みに嵌めると、鍵の外れる音がして、勝手に扉が開いた。
扉の奥には、単色でボロボロな布製の服とズボンが一つずつ、白くて綺麗なマネキンに着せられて飾られていた。
女性はその布の服と布の半ズボンを手に取り、私の手にしっかりと握らせた。
「これは私のとっておきさ。いつしか、必要としてる人に渡そうと思ってたのさ」
これは一体何なんだろう。
ズボンを折りたたんで肩にかけ、布の服を両手で広げて見てみても、所々に穴が開いていたり、他には焼け焦げた跡や、黒ずみが出来ていたりするだけで、他は何も変哲のないただのボロボロの布の服だった。
「これはね、着た人がその時に必要としている服装に変化する服なのさ」
「その時に必要とする服装……ですか?」
「そう。例えば、変装をしたい時とかさね」
「あ」
これだったら、シーゼルに変装をさせられる!
いや、待て待て、そもそも好きな装備品を譲ってくれるって約束はどこへいったんだろう。
「なんだい? 何か不満か、それとも不明な点でもあるのかい?」
「あ、いえ、その、こんな凄いの貰っちゃって図々しいかもしれなですけど、好きな装備をくれるというのは……」
すると、おばさんは唐突に笑い出した。
「なんだ、そんなことかい。もちろん、約束通り店の売り物から何でも選んでもらって構わないよ。ただ、頭から足まで、装備品一つずつさね」
「……はい!」
なら、この服は私が持っていつか使うことにしよう。
奥に、白いマネキンだけが残された部屋を出て、店の装備品を見て回った。
シーゼルのレベルはまだ1だったかな。
いや、でもどうなんだろう。
私が持ってる、あの箱に入ってる装備品は、レベルがちゃんと装備可能レベル以上になっていないと壊れちゃうらしいけど、こういうお店で買うのって、そこまで制限はないんじゃないかな。
装備可能レベルとか記載ないし、私の着てる服だって、一体いくらのレベルが適正かは不明だし。
ただ、武器や盾とかは、レベルがなくても装備ができるけど、自分の身体に常に悪い効果が付くようになる。
メカニズムが分からない。
まずは、服から整えていくことにしよう。
そう思い、無地の白い布地のティーシャツと、黒のレザージャケットを取り、暗い茶色のワイドパンツを選び、店主の女性にマネキンにこれを着せてみてみたいと言って、マネキンにその服を着せた。
「うーん」
なんかとてもじゃないけど微妙な感じがする。
いや、もしかしたらこれはこれで変装に使えるからいいかもしれない。
それか、ガッチガチの金属鎧装備にして、全身を隠しきってしまうか……。
女の子だからなぁ、それはちょっと可哀そうだ。
「革のジャケット、薄茶色あるから、それにしたらどうだい?」
そう言って、そのジャケットを持ってきた女性はマネキンに着せてある黒いレザージャケットを取って、その薄茶のジャケットを着せた。
「あ、いいですね! ここに他のもの組み合わせてみます!」
女性はにこっと微笑んだ。
次に、帽子が置いてあるところに行き、特徴的な耳があまり見えなくなるような帽子を探した。
唾が前にしかないキャップはダメ。
ギリギリセーフラインなのは、唾が円形に広がっている帽子だけど、それだと見られてしまう可能性はある。
麦わら帽子でもあればいいのだけど、この肌寒い時期に麦わら帽子って、絶対にありえないし、そもそもあの服との相性がイマイチだ。
やっぱり、ハットがよさそうな気がする。
とりあえず、見えにくければ何でもいい。
あと、サングラスも一応買っておこう。
ハットの上に取り付ければ、中心の視線を耳からサングラスに移すことができそうだ。
そう思い、私は柔らかい素材で編み込まれた、円形に唾が伸びているきつね色の帽子を選び、ハート型のサングラスを手に取った。
サングラスを帽子にかけ、マネキンに取り付けた。
うん、間違いない、なかなか合ってる気がする。
ファッションセンスは皆無だったが、少し華が開いたような気がする。
次に、黒く生地が厚いタイツを選び、男女兼用の簡素な白い靴をマネキンに持っていき、全てを着せたり履かせたりしてみた。
「いいね。これで以上かい?」
「はい。でも、色々と足してしまったので……」
「いいのよ、これくらい」
そう言って、マネキンから全ての装備品を取り外し、綺麗にたたんで一つの大きい紙袋に入れ、私に手渡した。
「そいじゃ、依頼ありがとね。今後も、もし天からの巡り合わせがあったら、頼ませてもらうことにするよ」
「――はい!」
そのお店から出て行き、私は走ってシーゼルのいる休養所のテントに向かった。
テントの中に入ると、シーゼルが布団をかたずけ、毛布を隅に寄せている所だった。
私が来たことに気づいたのか、シーゼルは振り向いた。
「あ、なつめさん。おかえりなさい。話はメルさんやシルエさんから伺っています」
まだシーゼルは目覚めていないらしく、話をしているのはシルスさんであると感じ取ることができた。
「まだ、シーゼルは目覚めませんか……」
「はい。まだ目覚めません。ところで、その大きな袋は何ですか?」
「あ、これは――」
私はシルスさんの近くに寄り、座って袋の中身を取り出した。
「シーゼルが変装するために買ったものです。まぁ、買ったというか、譲ってもらったというか……」
「シーゼルのために……」
シルスさんは突然着ていた服を脱ぎだし、下着姿になると、私の持ってきた装備品を全て身に着けた。
「だったら着ないわけにはいきません」
予想以上に似合っていた。
空の袋に、今まで着ていた服を入れると、それを地面に置き、私の目の前で膝をついて座り、私を優しく包み込んだ。
「本当にありがとうございます。こんなところでなんですが、エルフの神として……いえ、保護者として、お礼を言わせていただきます」
テントの床のシートに、何かが不定期な感覚で落ち、ポタ、ポタと音がしていた。
すると、テントがの入り口から誰かが急ぎ足で入ってくる音が聞こえ、シルスさんは私を包み込むのをやめ、目から出ている涙を手で拭った。
「こんな時になんですが、とても嫌な予感がします……」
振り返ると、後ろにはシルエさんがいて、息を荒げながら一枚の紙を取り出した。
「はぁ、はぁ、巨匠……帰ってきていたのですね……はぁ、とても言いづらいことですが、いつの間にか、この紙が全てのテントの前に置いてありました」
その紙を受け取り、紙に書いてある字を見ると、こう書いてあった。
『全ての芸者、管理者、冒険者は、明朝、北西の港より出る船に乗り、シドモン邸に集合せよ。集わず者は有無を言わさず極刑に処す』
な、な、なんてこと!?
次話もよろしくお願いいたします!
で、次話からとても短い新章に突入します。




