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引きニートの兄を更生させるために異世界転生  作者: 桜木はる
第2-3章 【気分をあげていこう】
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151話 『一か八か』

「うわ、本当だ」


 テントの奥で毛布に包まって、岩のように一切動かずにいる異形の生物がいた。

 むしろこれは常時範囲攻撃になるのではないだろうかと思わせるほどの酷い異臭の中で、よくもまぁ一言も語らず、それに微動だにせずいられる。


「お兄ちゃん、皆迷惑してるよ」


 近づくのは少し危険なので、テントに入ったすぐのところにある、食糧の入った木箱に、板を取り付けて座り、お兄ちゃんにそう伝えた。


「…………」


 私の声、聞こえているのだろうか。

 それより、私が帰ってきたこと知ってるのかな。


「……ごめん」


 お兄ちゃんが小声でそう言った。


「何でお兄ちゃんが謝るの?」

「だって……」

「だってじゃないでしょ。お兄ちゃんは何にも悪くないんだから」


 毛布に包まっているお兄ちゃんの身体がほんの少し動いた。

 しかし、顔を出すことはない。


「俺がしっかりしてないから、あんなことに……」

「あんなこと……?」


 お兄ちゃんは、ついに毛布から顔を出し、げっそりとした顔で「裁判」といった。


「……」


 そういえばそんなことあったんだっけか……?

 あれ、私が一番忘れてはいけないことを忘れていたかもしれない。

 罪に問われ、その罪が強引に立証された挙句、牢獄に閉じ込められたのに、私脱走してきたんだよね。

 今更だけど、ヤバくないかな……?


「あ、あー、そんなことあったね」


 言葉に詰まった。


「なつめが処刑されるって噂で聞いて、いてもたってもいられなかったけど、何もできなかった」


 私を心配しすぎてこうなってしまったらしい。


「……そんなことで悩んでたの?」

「…………」


 また黙り込んでしまった。


「それは私の人生。お兄ちゃんが背負う必要はないんだよ?」

「…………」

「お兄ちゃんは今のことを考えればいいの。私のことは気にせずに」

「そんなこととか、なつめのこととか、気にするなって言われても気にせざるを得ないんだよ」


 再び口を開いたお兄ちゃんの言葉を、私は静かに耳を傾けた。


「掛け替えのない家族なんだから、気にするのが当然だ」


 まさかお兄ちゃんからそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

 ここは一つ、賭けに出てみよう。


「あの」

「セナさんは黙ってて!」


 両耳から手を外し、ぬいぐるみの顔面を握りつぶした。

 セナさんは数秒間もがいたが、次第に力がなくなっていき、ぐったりとしてしまった。


「お兄ちゃん。じゃあ他の人に迷惑をかけないでよ……。私、嫌だから」


 またお兄ちゃんは静かになった。


「ここの話じゃないけど、お母さん、お兄ちゃんが大学で貰ってた奨学金、少ない賃金の中で返済してるんだよ」


 話の論点はズレまくりだが、ここをこうやって、精神的に攻め落として、何とか昇華させるしか他なかった。


「せっかくこの世界にきて、外に出て人とふれあって、ちょっと働いて、普通の人に戻れるかもしれないのに、また逆戻りするの?」


 お兄ちゃんは黙り込んだままだった。

 私の話を聞いてるのか、それとも耳を塞いで現実から、そして自分自身から遠のいていっているのか、分からない。


「他の人に迷惑をかけるのはやめて。自分でもわかってるんでしょ?」


 お兄ちゃんの身体がほんの少し動いたように見えた。


「私、嫌だよ。そんなお兄ちゃん、もう見たくない……」


 少し声のトーンを暗めにし、いかにも悲しんでる感を出しまくる。


「私、お兄ちゃんがそのままでいるなら、一人で行くから」


 私はその言葉を言い残して、テントから出て行った。

 そう、これが私の一か八かの行動促進心理。

 わざと弱みに付け行って、行動を自分からさせる。

 こうでもしないと、お兄ちゃんみたいなダメな人は動いてくれない。

 むしろ、それしか一番手っ取り早い手段がない。

 これでお兄ちゃんが、明日でも、明後日でもいいから、何か行動をしてくれれば、せめてシャワーを浴びて臭いをなくしてくれればいいのだけれど。

 テントから出て、横を見ると、エミさんは相変わらず爆睡し、その隣で、ガイザーさんも爆睡。

 カイシェル三兄弟は、トーテムポールみたいに三段積みになって、バランスをとって遊んでいた。

 私はその隣に行って、ぬいぐるみの顔から手を放した。


「……ぷはぁ! 死ぬかと思ったわ!」


 放した瞬間、地面にばたりと落ち、仰向けで深呼吸を繰り返していた。

 ぬいぐるみが深呼吸とは、なんて不思議な場面なんでしょう。

 夕焼けから一転、外は既に暗くなっていて、人の通りもかなり減っていた。

 そのうち、あの双子とシルエさんも戻ってきて、双子はカイシェル三兄弟にちょっかいを出し、シルエさんは鼻をつまんで、テントを覗いた後、私の隣に来て座った。


「まだ、入れそうにないようですね」


 シルエさんは、地面を見ながらそう呟いた。


「すみません、私の兄が……」

「いえ、そんなことはありません。元はと言えば、この事態を引き起こす原因となったのは依頼を受けた私です。巨匠に責任はありません」


 シルエさんは微笑みながらそう言った。


「そうですか……」


 私は渋々、それを受け入れることにした。


「そうだ、シルエさんに訊きたいことが二つありました」

「なんです?」


 裁判のことや私の脱走について、訊きたいことがあった。


「私の裁判って、どのように行われたんですか?」

「……そうですね、たしか、あの日の後、巨匠が目覚めないうちに、裁判が行われました――」


 シルエさんは、神妙な面持ちで話をし始めた。

色々と事実との改変はありますが、奨学金のくだりは本当にしました。

それからですね、お兄ちゃんが働き始めるようになったのは……。

では、次話もよろしくお願いいたします!

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