145話 『一時撤退』
「怖かったです」
シーゼル(シルス)は私の両肩をしっかりと掴み震えていた。
「エルフの力を使えなくたって、何かしら女神の力とかは使えないんですか?」
素朴な疑問を投げかける。
シーゼル(シルス)は、首を振った。
「いいえ、一応使えます。ただ、元の身体がないと、全然効果を発揮できないのです」
「……そういうことだったんですね」
「ごめんなさい、迷惑をかけてます。でもこうしないと、この子を運んでいけないので……」
「それは十分理解してますから」
私は優しく微笑みかけた。
なんやかんや、やはり責任は感じているらしい。
シーゼルの為にも、本当に私たちが守らなければいけない。
「お三方―!」
私は怪物の気を引いている三人に呼びかけた。
「ここは一旦引きましょう! 今の私たちでは、勝てる気がしません!」
そう言うと、三人は怪物の周りをぐるぐると高速で回り、最後にそれぞれ魔物から勢いよく距離をとって、私たちの元へ帰ってきた。
「残念だが、ここは姉貴の指示に従うしかねぇ。全力で逃げるぞ!」
長男のリークが私の掌を、小さな手でパチッと叩いた。
叩かれた後、私がシーゼルに乗り移った時のように、身体が軽くなったように感じた。
「姉貴! エルフの姉ちゃん、走るぞ!」
「は、はい!」
シーゼル(シルス)を抱えて、三人に付いて走って行く。
三人の速さは、少し遅くはしてくれているものの、風を切っていくような速さであることは間違いない。
私もそれに付いて行けてることが結構恐ろしいところ。
リークさんのかけてくれたバフが相当強いものだということがよく分かる。
後ろをちらっと見ると、怪物の姿が消えていた。
「あ、あの!」
そのことを知らせようと、私は誰でもいいから聞こえてくれという適当な声量で話しかけた。
「あの怪物いませんよ!」
私がそう言っても、足を止めるのをやめずに走り続ける。
「ちげぇんだ姉貴……。あいつの本当の厄介さは――」
すると、走って行く方向の土が、唐突に盛り上がり始め、中から巨大な物体が飛び出してきた。
『ギギギイイイイイイイイイイイ!』
今まで聞いたことのないような気持ちの悪い咆哮が、私たちの足を止めた。
「くそ、追いつかれたか!」
私たちがあんなに早く走ってきたというのに、その怪物は地上に飛び出してきたとおもったら、そのまま頭から落下し地中に潜った。
「大蛇は地中生物。だが、地中を潜ってるときは、地形を壊さず音も出さない。それに、何より地中での移動速度が異常なんだ」
「ええ、なんですかその変な特性は!」
「俺らもよく分かんねぇんだ。数十日前に突然出てくるようになったもんで、生態も何も知ったこっちゃねぇ。だから、逃げるしかねぇんだ」
こんな時にセナさんがいてくれたら、もしかしたら何か力になれたかもしれないのに……!
なんて惜しいことをしてるんです、セナさん! ここでもっと自分の好感度をあげるチャンスじゃないですか!
このまま何も関わらなくなるとかはやめてほしい。
これは本心。
「くそ……! 今の出てくる音で他の魔物も集まってきやがった……!」
今まで走っていて気づかなかったものの、四方八方から、魔物が集まってきた。
私たちは全員で全方位を見渡せるよう、五人踵を合わせた。
「こうなったら、ダメージ無視で強行突破するしかない……だが、エルフの姉ちゃんが一番心配だ。大丈夫か?」
「私は大丈夫です。ほんの少しの効果しかないですが、皆さんに保護の魔法をおかけします」
そう言い、目を閉じゆっくりと詠唱を始めた。
「この荒地の風よ……女神シルスが命じます、皆に旋風の加護を――」
この荒地で感じたことのない、肌を優しく包み込む。
地面の枯草を見ても、風は吹いていないはずなのに、私たちの周りだけは、服をゆらゆらと揺らすほどの風が吹いていた。
「旋風の加護です。ただ、早くなくなってしまうので、早く進みましょう」
三人組は頷き、また私の手を叩き、速度強化の魔法をかけた。
「あの、もう一度お願いします」
それを見たシーゼル(シルス)は、私に頼んできた。
シーゼルの身体の為だ。
そこまで重くはないし。そこまで。
私はまたシーゼル(シルス)を抱きかかえた。
「よし、行くぞ!」
リークがそう言い、私たちは再び町へと走りだした。
次話もよろしくお願いいたします!




