119話 『手のひらを太陽に』
どのくらい時間が経ったかは分からないが、普通に言葉が口から出るようになったし、身体も殆どの痛みが消えて、走りはできないが、歩くくらいならできるようになった。
「(あー、あー)」
少し掠れているし、声もいつものようには出ないけれど、話ができるようになったということが重要な今、私は最高の気分だ。だってやっと助けてくれた彼女の姿が見れるし、お話もできる。
私は今まで自由に動くことができなかった分、大きく背伸びをした。
「(てーのひらをーたいようにー!)」
悠長にも程があるかもしれないが、“作曲〈いずみたく〉作詞〈やなせ・たかし〉の『手のひらを太陽に』”のサビの始めの部分を、掌を天井に向けて、今出せる限界の声量で歌い始めた。
「(すかしてみーれーばー! まーっかーにながーれるー! ぼくのちーしーおー! ……っ!?)」
誰かが、突然後ろから私の肩を叩いた。
「あの、何をしてるの?」
「(ひょっ!?)」
先ほどまで消えていたはずの彼女の声がした。いつの間に私の背後に回っていたのだろうか!
「……まぁ、少しでも元気になれたならよかったよ」
彼女はため息をつきながら、ほっとしたのか、如何にも固くて寝心地の悪そうなベッドに腰かけた。
私は初めて、彼女の顔を見た。
「(あの……)」
「あぁ、前にお店にきた人だよね。確か二人組で、片方は変な格好していたけど」
何処かで見たことある服装だと思ったら、この見覚えのある喫茶店の制服…………ん?
「…………すみません、どちら様でしたっけ……?」
「昨日私が作ったパフェ食べてくれたよね!? 忘れるの早くない……? なに? 若年性認知症……? 大丈夫……?」
鋭い目つきで、少し不機嫌そうに言い、足と腕を組んで、私を上目遣いで睨みつけた。
あ、前の気合の入った店員さんか……。でもこんな人じゃなかったような……。いや、それでも何故罪人に……?
「(あの、誰かは分かりました。制服は分かったのですが……)」
髪の結び方はツインテールだし、そもそも見た目に違いがありすぎる……。目の色、表情、性格的にも、それに、声すらも全くの別人のもの。どう判断しろというのか。
「あのね、人……いや、エルフを見た目で判断しないでよね」
「(そ、そんなこと言われても……)」
彼女は頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
こうなると、こういう性格の人はうまいこと制御がきかなくなってしまう。どうしたものか……。いや、さっきの件を訊こう。何が起きたのかを。
「(怒らせてしまったのなら、謝ります。すみません)」
彼女は私に目も向けてくれない。これがにべも無い状態というのか……。
「(さっきの件について、訊きたいことが色々と――)」
「……なに」
「(あの、私の全部ってなんですか?)」
私がそう訊くと、彼女は噴き出して顔を真っ赤に染め上げた。
はい確信。これは、やったな。
「いや、それはその……というかあなた、全部聞いてたの?」
「(そりゃあ人間ですもの……)」
「そう…………そうね。あれは私の財宝。つまり私の――」
「(あ、それ以上は言わなくて結構です)」
「なんで! どうせだったら最後まで言わせてよ!」
「(じゃあ言えるんですか!?)」
「それはもちろん――」
彼女は、私の真剣な顔を顰め面で見たが、すぐに黙り込んでしまい、何か言いたそうな口で、頬をまた大きく膨らませた。そのあと、疲れたのか、力を抜いてため息を漏らした。
「……もういい。あなた、分かっていて私に言わせようとしてるんだよね?」
「(何を言ってるんですか……そんなことしませんよ)」
「……信用はできないけど、他は?」
「(そうですね、兵士が消えた理由について、それと、この施設について、また、私がいつこの施設にきたか……そして最後に、あなたについてです」」
「……あなたが理解できるよう、順に説明する」
彼女はむすっとしたまま話をし始めた。
「まず、この施設について、ここは“テイシング監獄”。『ルミーナ協会』という、ルミーナ大陸を統治する協会が、罪を犯したものを罰するために建造した施設。ちなみに、ルミーナ大陸とは少し離れた無人島に建てられている。まぁ、重罪を犯した者しかここには来れないのだけどね。ただ、この教会は妙な噂もあって、協会の長、つまりルミーナ大陸の支配者である、『シドモン』が、自分に都合の悪い、または協会にとって不利益になりえる者を、罪を犯していないのに関わらず、勝手に起訴し、難癖付けて重罪の有罪判決を無理やりに押し付けるか、拉致監禁をして、ここで処刑するという、黒い噂がされている。残念なことに、明確な証拠はないのだけれどね」
「(なるほど……)」
彼女の話が事実であるなら、私はそれに当てはまるのかも。というか、私は本当に何も身に覚えがないのだけれど……。
「……あなたがここにきたのは私よりも前であることは明らか。私は五日前に来たから。おそらく、一週間くらいでしょう」
「(え!? 一週間も!?)」
「……これはあくまで予測」
どうしよう、シルエさんたちやお兄ちゃんたちは今頃どうしているんだろう。一週間も開けてるとなると、さすがに心配になるよね……? って、拉致監禁もあると聞いたら、ますます私のこの状況って大、丈夫なのかなって考えてしまう……。
「私は別の牢獄に収容されていたのだけれど、ここに連れられてきた。どうも、しょうもないことで捕まったはずなのに、罪の種類があなたと同じものだとかで、半ば強引にね。それで、既に牢獄に倒れていたあなたに、何度呼び掛けたのだけど、全然リアクションないし、正直どうしようと思ってた」
その間の記憶がないということは、本当に五日間以上気を失っていたのだろう。
うむむ、しかし、ポーチやブックなどの武器道具は全て奪われてる。さすがに服は奪われていないみたいだけども……。
「あなたの顔を見れて、私のパフェを美味しそうに食べてくれたお客さんだと分かってから、助けようとは決めていた。ただ、魔力を全て奪われていてね……あなたが目覚めたとき、呪縛を解くのに魔力が必要だから……」
「(なるほど、それで兵士を……?)」
「そう、兵士を利用した。今みたいな感じで、毎回兵士を、異空間庭園に連れていくことで、少しずつ魔力や体力を奪っていき、零になるまで搾り取っていた。それで魔力を補充して、あなたの呪縛を解く準備をしていた。最後の兵士に関しては、あなたが死んでいるということを証明させるための証人にするため。あと、脱獄のために使う自分の魔力を少し貯めるため」
「(色々とややこしいですね……)」
「仕方ないでしょ。あなたを死んだことにした方が脱獄が楽だろうし」
そうなんだ……?
「そして、私について話す……予定なのだけど、その前に、あなたの名前とかが聞きたい。他人に訊くのであれば、まずは自分から名乗る――基本でしょう?」
これは確かに。私が一方的に話を聞くのは、相手にとっては理にかなっていないだろう。利害の一致があるからこそ伝えられる情報もあるかもしれないし。
私は彼女が腰かけているベッドの上に、彼女の隣に腰を掛けた。彼女は少し動揺したのか、目を泳がせていた。
「(私はなつめです。柴式なつめと言います。ヒーラーです。出身はこの世界ではないのですが……。現役女子高生です)」
「ん……? うん。なつめね。この世界の住人でないということは、私と同じ異世界出身者?」
「(うーん、たぶんそういうことになりますかね……ん? というと――)」
このエルフも異世界の出身……?
「じゃあ私の話。私は『シーゼル』。弓使いと思ってくれていいよ。まぁ、今は弓矢ないけど。エルフの世界である『フィーナ』から、こっちで喫茶店を開くということできたエルフ。つまり、あなたと同じ、異世界からきた者」
なるほど、道理で発育がいいわけだ。
昔、絵本で、『エルフの世界のエルフは発育がいいからアレだぞ、いいぞ諸君』的なことが書いてあった。この、憎たらしいほど夢がいっぱいに詰まったような胸はそのお陰だろう。エルフの古来からの遺伝子なのかもしれない。羨ましい。
「(ちなみに、シーゼルさんが捕まった理由は?)」
「……本当にくだらないことなんだけど…………あの喫茶店にシドモンが来たの。セクハラされたから、熱々のコーヒーを転んだふりして思いっきり顔にぶちまけてあげたら、捕まった。協会の者に対する侮辱罪とか傷害罪言ってたかな。それで死刑判決」
そんなくだらないことで……なんて横暴な協会なの……。私だったら顔面ぶん殴ってた……。
「(あの、軽く言ってるようですけど、もしかして私の処罰も死刑ってことですか……?)」
「そうね。以前来た兵士から聞いた。私の死刑執行は明後日だから、それまでにどうにかしないと……」
「(…………じゃあ一緒にここから抜け出しましょう。できる範囲で私は頑張ります)」
「そ、そう……? じゃあお願いするよ。それじゃ、これからよろしく――なつめ」
次話もよろしくお願いいたします!




