118話 『なんということでしょう』
体の彼方此方が痛む。全ての骨を、髄から金槌で繰り返し叩かれているよう。痛みはあるからまだ死んでいないのだろうな。死んでいたら痛みなんてもう感じないだろう。変な夢を見ていたような……内容は思い出すことができないけど。まぁ、それが『夢』である確実な証拠だろう。ただ、最後に言われた女性の話は何一つ忘れることなく覚えている。最後の『ナントカ様』というのはうまく聞き取ることはできなかったけれど。恐らく、私が今まで創生した魔法は全て『デリート』という言葉によって、それぞれ完全な消滅をした。同じような魔法を創っても、恐らく否定されてしまうのだろう。
『うーん、面倒な仕様』
その一言に尽きる。
しかし、身体も痛ければ、目も針を刺されているように痛むし、喉も風邪引いてる時以上に痛む。本当に死にそう。それだけ。そうだね、あと一発くらい叩かれれば死ぬかもしれない。セナさんのクソ雑魚パンチでも、今の状態の私ならば倒されて昇天する未来が見える。いや明らかにそうだろうね。
とてつもなく嫌な予感がする。
それに、嫌って程に床が冷たい。いやそりゃそうか。肌寒い時期の洞窟の中なんだものね…………洞窟……? 洞窟と言っては、床が平らで、感触的には、一定の間隔で窪みができていて、身体に当たってる部分は四角の凸ができていて……。
「……ねぇ」
ん!? 誰!? 私に話しかけたのかな!? 可愛い系女子の声がしたのだけど!
「……本当に聞いてるの?」
体中が痛くて、話したら死んでしまうくらいなのに、話す余裕なんて一つもない。
「……本当に話せないの? まさか、“あいつら”に喉を潰されたの?」
目も針を刺されたかのように痛いし、身体も常に叩きつけられているかのように痛い。今この状況に対して、彼女にどういう反応を示すかが今一番重要な筈なのに、伝えられる手段がない!
「……もしかして、本当に死んでる?」
いや、私はまだ死んでない。
呼吸だってしてるし、そもそも心臓が動いているのが自分でもわかる。ここだけは否定しておかないと……痛みは少しくらい我慢しなさい、自分!
私は痛みを承知に、手をピクリとほんの少しだけ動かした。
「……死にそうなのね」
私の決死の意思表明が彼女に通じたようだ。……だからといって何の進展もない。私が生きていることで、彼女が回復魔法でも使ってくれたら嬉しいのだけど――
そんなことを考えていると、コツ、コツ、と、何者かが階段を降りてくる音が、この冷たい空間で鳴り響いた。そして、その足音の主は、私がいるであろう空間で、私に怒鳴りつけるかのように話を始めた。
「おい! 罪人B! 悠長に寝ている時間ではない! これから刑罰執行の時間だ!」
カチャ、カチャ、と、何かを弄る音がする。
まさかここは牢獄……? 罪人Bとか酷い物言いだし。というか、私が罪人ってどういうこと……?
罪を犯した記憶は一つもない。むしろ、突然襲ってきた三人組に対して、正当防衛をした記憶しかない。
そして、髪を何者かに掴まれ、そのまま引きずられた。
これは、たぶん道中で死ぬかな――
「――ちょっと待って!」
先ほどの女の子の声が、私の髪を引っ張っている奴の足を止めた。
「その人は、もう死にそうなの。刑罰なんて可哀そう。どうせここにいてもいずれ――いいえ、呪いがかけられているんだもの、すぐ死ぬでしょうから」
なんということでしょう。ビフォーからのアフターが酷すぎる。私は呪われていた……。うん、初めて背筋が凍りつくという体験をした。
「いいや、ダメだ。これは協会の罰則規約に乗っ取って……」
「…………はぁ」
「罪人A、何を……」
え? なになに? 一体何をしてるの?
特に何も聞こえないけれど、まさか脱ぎ脱ぎとかじゃないよね? もしそうなら、それやばいから、たぶん色々と問題あるから!
「あとで、私の……全部あげるから、ね?」
私の全部――――!?
「いや……それは……」
でしょうね。
「……ね? いいでしょう? お兄さん」
「……い、いいだろう。こいつは既に死んだと伝えよう。それで解決だろう。で、では、また、後程な」
え……いいのか! それでいいのか!
「……これはあなたと私だけの秘密だから、誰にも言わないでね……?」
「……あ、あぁ――当たり前だ」
男性かと思われる、私の髪の毛を引っ張っていた奴は、少し雑に、まるでゴミを捨てるかの如く、牢獄の中へと投げ捨て、私は仰向けに倒れた。
うぅ、イタイ。
本当に死にそうだからやめてほしい。というか、呪いって何なのよ。全然身に覚えがないんだけど……。
先ほどの男性は、今階段を上っている途中だろう。先ほどとは違い、少し軽い足取りで進んでいるような気がする。階段の上り方が、言ってしまえば軽快。コツ、コツ、じゃない。カタッ、カタッだ。
「……行ってしまったみたい。よかったね」
彼女が耳元で静かにそう呟いた。偶に来る吐息で耳を擽られているようで、くすぐったくて痒くなってくる。
「……大丈夫、あなたの呪いは私が解いてあげる。それで少しは動けるようにも話せるようにもなるでしょ?」
彼女は小声で呪文を唱え始めた。
「ルイン……この慈悲無き制裁を、今、彼女に宿りついた呪縛を解き掃い給え……レーエストリア!」
彼女はそのように唱え、私の頬を両手でやさしく擦り始めた。
とても柔らかくて温かい手……この日得た空気の中の手とはとても思えない。それに、段々痛みが引いてきた気がする。具体的に言うと、目に刺された針が、一本ずつ丁寧に抜かれていき、身体中を叩いている、金槌の振り下ろす速度が少しずつ遅くなっていくのを感じる。針を抜かれるような感覚は気持ち悪いけど。
少し時間が経ち、彼女が私の頬から手を離した。
「はい、これで呪いは解けた。少しずつ痛みは引いてくるはず。あと、これでもう動けるし、声も出るはずだよ」
「……ぁ……」
確かに少しだけ声が出る。
「なに?」
「え……ゴホッ……た……し……」
「そう、ならずっと発声の練習をしていてね。ただ、あまり声は大きくしないように。もうすぐ、さっきの兵士さんがくるはずだから、その時は是が非でも死んだふりをしていてね。あ、そうそう、それと、私が行った後、心の中で一分間数えた後、発声の練習を只管していること。わかった? そうでなければ、あなたは『話すこと』が不可能になってしまうからね。あ、身体を動かす練習も一応しておいてね」
「…………ん」
何故かは分からないが、彼女が微かに笑みを浮かべたような気がした。針が完全に取り除けていない今、目を開けたくはない。でも、彼女の姿を一度でもいいから見ておきたい。
そして、彼女の言った通り、すぐに先ほどの男性の声と同じ兵士がやってきた。彼女が兵士というのであれば、それは兵士であると信じるしかない。
「……人間の……『罪人B』はもう死んだよ」
「そうか。当然の報いであろう」
私が何をしたってのよ。
「じゃあ行こう。誰かに見られちゃうといけないから、あなたと私だけの秘密の空間に。あなたと私以外誰も存在しない世界へ。幻影の楽園、『異空間庭園』に……ね?」
「な――!」
彼女がそう言った瞬間、眩い光が、目を閉じていても感じることができる程の白光が発生し、途端に兵士の声が途絶えた。さっきまであった人の気配がまるで消失した。
私は、その現象を考えることを一先ず止め、言われた通り、心の中で一分間数え、発声練習と、身体の各部を動かす練習を只管にし続けた。
次話もよろしくお願いいたします!




