??? 『しどろもどろ』
「私の話……? な、何を話せばいいの?」
「何でもいいの! 楽しいこと、話して!」
楽しいことと言われても、何も思い出せないし何も思いつかない。私の人生に楽しいという文字があったのかも分からないし、悲しいことだって何も思い出すことができない。
「ごめんね、私、何も思い出せなくて。知らない間にここにいたし、どこからきたかも覚えてないの」
「えー、お姉ちゃんのお話聞きたかったのになぁ」
「ごめんね」
「うーん、いいよ! じゃあ、私のお話を——」
少女は目を見開き、物凄い目力で扉の方を見た。途端に、少女の手が震え始めた。よく見ると、手には火傷の跡のようなものや、その他にも、腕に痣が数カ所できていた。
「お姉ちゃん、ごめん。今日はもうもうお話できないよ。お姉ちゃんはそこに隠れてて。私、もう今日はお話できないから、明日また、お話しよう。後で、ご飯も持ってくるからね」
少女は私の手を取り、クローゼットまで誘導した。一体どうしたのだろうか。何かが来た……? と言っても、何かが入ってきた音はしなかった。
何かを感づいた……? この少女が……?
すると、別の部屋から罵声が聞こえた。私は、クローゼットの中で蹲った。
「……っそ、あいつ、俺を騙しやがって! 今度見かけたらぶっ殺してやる! くそ、酒飲まねぇとやってらんねぇ……。くそ!」
男性の声だ。それも、とても低い声で、風邪を引いてるのではないかと思えるほど、ガサついている。
「……おーい、キョウカちゃーん? お父さんと一緒にあそぼーや? なぁ?」
クローゼットからは見ることができないが、少女の部屋の扉を開ける音がした。
「お、お帰りなさい……お父さん……」
「キョウカちゃん、いいなぁお前は、この部屋にいれば飯は食えるし、何も辛いことねぇもんなぁ……なぁ!」
……肌を叩く音が聞こえた。
「いっ……お父さん、やめて……」
「うるせぇ! 口答えをするんじゃねぇよ!」
また、引っ叩く音が聞こえた。
「……もう、許して……」
カチッという音が聞こえ、煙がクローゼットの中に入ってきた。おそらく、タバコの煙だろう。タバコの臭いがクローゼットの中に充満した。私は鼻を押さえて、自分の周りの臭いを少しでも消そうと、顔の前だけを手で仰いだ。
「あついよ、やめて……」
少女の痛々しい声がした。男性が、少女にタバコの熱を帯びた部分を押し付けたのだろう。さっき見た手の丸い火傷跡は、このせいなのだろう。
「これはお前のためにやってるんだ。嫌がるんじゃない」
少女が咳き込んだ。タバコの臭いが部屋にも充満してるのだろう。さっきまで空いていた窓は、閉められたのだろうか。それとも、少女が自ら閉めた……? でも何故? こうなることが分かっていたのなら、窓を開けておけばよかったのに。
「チッ……つまんねぇな。ほら飯だ。勝手に食っとけ」
そう言って、男性は部屋から出て行ってしまった。頃合いを見計らい、私がクローゼットの中から出ると、少女は啜り泣いていた。私はそっと近づき、少女の前で起坐をした。
「……キョウカちゃん、大丈夫?」
少女は私に抱きついてきた。
「お姉ちゃん、怖いよ。お父さん、気分が良い時は何もしないのだけど、気分が悪いといっつもこうして私を虐めてくるの。『お前のためだ』って言って」
私は自然と少女を抱き返した。
「……私が終わらせてあげる。この負の連鎖を全部、断ち切ってあげるから」
少女は首を傾げて、私の目をじっと見つめた。私は笑顔で返し、床に転がっていた鉄パイプを拾い上げた。
「どうするの……?」
少女は、私が持つ鉄パイプを見てそう言った。
「キョウカちゃんは何も気にしなくて良い。これから幸せになる道を歩むだけ、そう思っていればそれだけでいい。だから、ほんの少しの間、この部屋から出ないでいてね」
私は息を呑み立ち上がって、少女を置いて、部屋から出て行った。
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