燕の怨返し
だから「燕の巣」は壊してはいけないという話。
雄燕は自分の巣が壊されるのをただ見ているだけしかできなかった。同じ燕なら止めようとすることもできる。だが、相手は燕よりはるかに身体の大きな人間だった。
今年は番とここで子育てをできないと他人事のように思った。
彼の番は近くの電線に留まって、巣を壊す人間たちとそれを止めることもできずに見ている彼を見ていた。
「ああ、今年はどこで子育てをしたらいいの・・・?!」
雌燕の嘆きに彼はその隣に留まって慰める。
「大丈夫だよ。兄弟のとこに行こう。あそこならまだ巣を作れるし、餌も豊富だから兄弟も許してくれるはずだ」
番の燕は近くに巣を作っている雄燕の兄弟のところに行った。
雄燕の兄弟の巣は一軒家の軒下にあった。新築ではないにしろ、その一軒家は欧米の伝統的な住宅を思わせる美しい外観をしていて、荒れ果てた庭があるとは到底見えない家だ。
しかし、この荒れ果てた庭こそが燕たちにとって餌の宝庫だった。その家の一人娘が死んで以来、悲しみに暮れる両親の手入れを忘れられた庭は雑草が生い茂り、雨水が貯まったところには蚊の幼虫が住み、鳥が運んで来た種から芽吹いた植物が天に向かって成長していた。
雄燕も餌が少ない時にはこの庭まで来ることがあった。
「兄弟!」
雄燕は庭で餌を取っていた兄弟の燕に声をかけた。
兄弟の燕は虫を追うをやめ、近くの木の枝に留まる。兄弟の燕の番も何事かとその横に留った。
「どうしたんだ、兄弟?」
番の燕は兄弟の燕たちの留まった枝に近い別の枝に留まる。
「人間に巣を壊されたから、俺たちの巣もここに作ってもいいか?」
「人間に巣を? ああ、構わないよ」
兄弟の燕は無頓着なまでに気楽にそう言った。
「ありがとうございます。ああ、よかった。これで今年も安心して子育てできるわ」
「ありがとう、兄弟。ほら、言った通りだったろ」
口々にお礼を言いながら、番の燕は胸をなでおろした。
「ところで、兄弟。巣を壊した人間の顔はおぼえているか?」
「ああ。四人ともはっきりおぼえているよ」
鳥は三歩で忘れると言われているほど頭が良くないが、憤りのあまり、雄燕はカラスのように人間の顔も認識した上でおぼえていた。
「そうか。なら、そいつらを教えてくれよ」
兄弟の燕のおかしな頼みに雄燕は首を傾げながら了承した。
「いいけど、なんで?」
「怨返ししなきゃね」
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兄弟の燕の行動は雄燕の予想を超えていた。なかなか見つからなかった雄燕の巣を壊した人間たちを見つけた後、彼らのストーキングを始めたのだ。
「なんで、人間たちのあとをつけているんだ、兄弟?」
「怨返しする為さ」
「でも、それじゃ、子育てもできないだろ?」
「・・・まあ、そこは嫁さんに頑張ってもらうとして」
「おいおい、それじゃ、本末転倒だろ」
「・・・」
色々あったが、兄弟の燕は雄燕の為に怨返しをした。
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壊された雄燕の巣のあった近隣の4軒で火事が起きた。原因はたばこの不始末であったり、寝たばこであったり、家によっては保険金目当てで小火騒ぎが繰り返されたと記録されている。
燕は同じ燕の巣を壊すこともある生き物です。
兄弟の燕が人間だった前世の記憶を持っていても、燕流に考えるようになっているので、雄燕の巣を壊した人間の家を壊しに行きました。
燕は野生動物として保護されています。
燕の巣を壊すと時期によっては捕まりますので、燕がいる時期は壊してはいけません。