学校からの脱出
コケコッコーとにわとりが鳴きそうな時間に私たちは、学校を出た。
「あの、信二さん、ひとつ疑問があるのですが。」
災害用の小さなリュックに最低限の荷物だけを詰めて、徒歩十五分の道を歩こうと。していた。
「なんで、こんな時間…。眠いよ…。」
現在の時刻は5時29分。1限ある日でも起きていないような時間帯だ。
「玲奈は不可視能力というチートがあるからいいがな!俺は持ってないんだよ!ゾンビ達が一番活動しない時間帯に移動するに決まってるだろうが!武器はこのモップしかないんだぞ!ただでさえ、戦闘は苦手なのに…。」
小声で、信二は怒鳴る。確かになあと思う。小倉信二は戦闘というより頭脳プレーだろう。スパイ映画でトランシーバーを持ちながら、指令を出す係が一番似合ってそうだ。
「これは…多すぎる。123…13体か!?」
何とか学校を出たのはいいものの、そのゾンビの圧倒的多さに驚く。ゾンビは夜活発になるらしいとの情報を見つけたのは昨日の夜。日が昇ってきているので、ゾンビの活動は比較的穏やかなのだろう。だが、この多さでは信二1人では太刀打ちできない。
「私が…囮になる。」
そう決断を出したのは、早かった。私の能力について、わかっていることは3つ。1つ目は、私はゾンビに襲われないってこと。2つ目は、声や動きには反応するってこと。3つ目は、反応を示すのは、声を出している時や動いている時だけ。この3つは、琴葉たちにさんざん話しかけていたら、理解した。私が、声をあげながら、逆方面に走れば、信二は見つからずにララポットに行ける可能性がある。
「っつ、そんなこと…。危ないだろう。」
「大丈夫だよ。私には、不可視能力が…。」
「じゃあ、ちゃんと理由が言えるのか!?本当に不可視能力かどうかも分からないんだぞ?もしかしたら、食べたものの中に不可視を引き出せた何かがあるのかもしれないし…。不可視能力には持続時間が決まっているのかもしれない。」
信二は2日前に出会ったばかりの私のことを、心配しているのだ。冷静無欠な彼が。
「あー、うー。」
「しまった、見つかった。」
校舎裏で、こそこそ話していたからだろうか。大丈夫といおうとした矢先、ゾンビ達が信二に向かって襲ってきた。逃げようにも行き止まりで逃げられない。今しかない。
「ゾンビども!こっちへ来い!」
元演劇部員。声の張り方はまだ忘れてはなかった。それと同時に13対の目が私に向く。いや、今の声でもっと集まってきているかもしれない。それでも…
「ああああああああああああ。」
大声をあげてララポットと逆方面に全力疾走する。つらい。しんどい。全力疾走自体、高校以来なのに、大声をあげながら走る。
「うーうー。」
後ろには、ぞろぞろと手を伸ばしついてくるゾンビ達。怖い、怖い。遊園地のハロウィンイベントなんて比じゃないと思うくらいの大群。ちらりと確認したが、30以上はいるだろう。
「はぁはぁ。もう、無理。」
私は、肩で息をし、立ち止まる。ゾンビ達はしばらくそこにとどまっていたが、やがてバラバラと散っていった。
「はあ。」
私は、道路の真ん中に座り込む。もう、10分ほどは走り続けていただろうか。
「信二は…無事ついたかな。私も、早くララポットに向かわなきゃ…。でも…。」
あと5分は立てそうにない。
*****信二目線******
「やはり…か。」
俺は、囮になった玲奈とは正反対のララポットに向かっていた。近くに、何体かゾンビはいたが、ミラーで確認しながら、回避し、どうしても邪魔になる1体だけは、後ろから迫りモップで何度も殴り、殺した。これで、殺したゾンビの数は5体。ゾンビが人間だとカウントされるなら、十分な死刑囚である。
「そういえば、ゾンビ達の人権問題がニュースになっていたな。」
パンデミックが起こってすぐ、あまりの異常さに銃を使った警官が、ゾンビだって人間だから殺してはいけないという人間の権利の問題がおこった。今思えば、そのせいで自衛隊や警察の対応が遅れたのだから、何とも言えない。今は、それどころではないと思い、ゾンビの殲滅に取り掛かっているが、今更無理だろうなと思う。なにせ、数が多すぎる。しかも相手は頭を破壊されない限り、何度でも立ち上がるんだからそれこそ鳥肌もんだ。
「それより、問題は…。」
ララポットの門の前、積み上げられたバリケードに人間がいることを知る。
「ゾンビものの結末は、人間同士での争いというけれど…。杞憂に終わることを願うばかりだな。とりあえずは、玲奈を待つか。無事でいてくれよ。」
俺は、そういい、電柱の陰に座り込む。ララポットの中にいるやつが殲滅したのか、このあたりのゾンビの数は少ない。よほどの強者がいるのか…。それとも。ポカポカしている日差しのなか、俺はこの3日の疲れがでて、まどろみの中へ落ちた。