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天才少年

「なにか…たべなきゃ。」

誰もいなくなった教室で私だけがいた。午後9時。

朝はあまり食べない性格だから、もう1日も食事していない。にもかかわらず、私は食欲はあまりわかなかった。でも、そろそろ食べないと力尽きてしまうだろう。ああ、私もいっそこんな風になってしまえれば…。


教室を出てすぐ、変わり果てた姿のくせに、お気に入りの髪留めをしているからすぐにわかる元琴葉だったもの。今では、何を言っても、反応はするが無視してうめき声をあげるだけ。変わり果てた知り合いの顔を見るたびに、私は孤独だと思い知らせる。

ああ、どうして。どうして私だけが…生き残っているのか。あのパニックが起きた後、私は動けなかった。

逃げだす人を傍目に見ながら、ただ足がすくんでいた。あれだけみれば、嫌でもわかる。


あれは、化け物ではなく、ゾンビ。おそらくというか間違いなく、『インフエンス』が原因だろう。インフエンスに感染した人は死に、なぜだかはわからないが人に噛みつく。そして、噛みつかれた人もまた、ゾンビとなり、他者を襲うのだ。パンデミック、爆発感染そういう言葉がぴったりとはまる、まるでホラー映画だ。映画と似ているといっても、謎は多い。ゾンビはゾンビを襲うのか?なぜ噛みつくのか?死ななければ、噛みつかれてもゾンビにはならないのか?

そして、なんといっても一番謎なのは、なぜ私は…襲われないのか。


「到着…。」

学内で一番広い食堂についた私は、立ち入り禁止のプレートを通って、食堂内に入る。ランチタイム前だったからだろう。作りかけのランチが放りっぱなしである。私は、今日食べようと思っていたランチのおかずをむさぼるように食べた。一日前までは、昼休みまるまる使って、ゆっくり食べていたのに。変わったなと思う。その証拠に、目の前にゾンビたちがいても、もう何とも思わないのだから。私がため息をつくと、近くでがさっと音がしたかと思うといきなり手を引っ張られた。え?なに?私は、手をつかんでいる人を見て、驚く。人間だ。生身の。

「あの、どうして、走って…。」

「うるさい、黙ってろ!」

ええー。いきなり、拉致されたようなものなのに、目の前の人に怒られてしまった。不服に思いながらも、数分走っていると、目的の場所についたのか、周りを見渡して中に入る。そこは、倉庫のようになっていて、大学にこんなところがあったのかときょろきょろとあたりをみた。どうやらここには、災害用の缶詰などが備蓄されているようだ。

「はあ、はあ。」

全力疾走したらしい彼は、肩で息をしながら、私のほうをキッとにらむ。

「どうして、あんなところにいた。お前はこの状況について何か知っているのか。」

拉致されたと思ったらいきなりの質問攻めだ。

「あのー。その前に自己紹介しませんか?」

彼の視線にびくびくしながら、私は口の端を上げて頑張って笑う。


彼の特徴といえば、黒縁メガネに、お世辞にもオシャレとはいえない、シャツを乱した服装。よくイライラする人なのか、頭をかくのが、くせなようだ。彼の目は鋭く、どこまでも見透かされそうだ。


彼は、頭をガシガシとかき、

「……。それもそうだな。」

どうやら納得してくれたのか、私のほうに向きなおり、手を差し出した。

「小倉…信二だ。信二でいい。どうせ、苗字などすぐに役に立たなくなるからな。専攻は情報メディア。年は20。最悪なことに、今日が二十歳の誕生日だ。」

小倉信二。私は、その名をどこかで聞いたことがあった。あれは、確か広報スタッフに入ったばかりの…。あ。

「神童くん…。」

「その名はあまり好きではない。」

小倉信二。この大学トップの天才少年だ。若くして、プログラミングの達人で、数々のゲームやアプリを制作。二十歳を過ぎていないにも関わらず、多大の財産を築いている。天才を形にしたような人物。


私が、この大学の広報スタッフに入ったときに、先輩がインタビューしていた。天下のT大学や、K大学ではなく、この学校を選んだのか。その問いを聞き彼は、にたっと笑ってこういった。

「家から近いから。」

彼にとっては就職などどうでもいいのだろうか。と思った記憶がある。



「よ、よろしくお願いします。私は椿玲奈。専攻は建築デザインです。年は同じく20です。」

早く言えというばかりの視線に負け、どもりながらも自己紹介をする。

「玲奈…か。」

え。いきなり下の名前で呼ぶのかと思いながら、こくりとうなずく。男の人に下の名前で呼ばれたのは、何年ぶりだろう。

「さて、どこから話してもらおうか。この世界が変わってしまったのはもちろん知ってるな?」

「はい…。」

「どこまで知っている?」

彼のその問いに、私はインフエンスやゾンビについて話した。Wordだろうか。小倉信二は私の話を聞きながら、自分のノートパソコンへ文字を並べていく。

「それだけか?」

「はい…。」

私が答えるとチッと舌打ちをし、またなにやらカチャカチャし始める。沈黙が二人を包む中、先に沈黙を破ったのは、信二だった。

「俺は日本がこうなることを知っていた…。」

「え。それって予知ってこと。」

「違う。残念ながらそんな能力はない。俺ができるのはせいぜい情報集めくらいだ。そう、情報。インフルエンスはアフリカから始まった。ゾンビになる映像も一部ではネット上にあげられていた。誰も信じなかったがな。」

確か、三か月くらい前に、そういうニュースをちらっと見たことがあった。あの時は、関係ないと思っていた。

「だが、日本政府、いや世界各国は何の対策も取らなかった。だから、このありさまだ。」

彼は自身のパソコンを私に向ける。有名な動画サイトには、その状況が映っていた。最初にはゾンビ=暴動と思い警官が抑えようとするが、警官もかまれ、ゆくゆくはこの周囲全体がゾンビになっていく。日本だけじゃない。アメリカや、ロシア、イギリスといった先進国もすべて同じ現象が起きているようだった。銃で対抗しようとしているが、銃にあてられてもゾンビと化した人々は、すぐに起き上がる。

「それに…なんだか数が増えている…?」

どう考えても動画に映っているゾンビの数が増えているような気がするのだ。気のせいだろうか。

「そうだ。ホラー映画と同じように、このゾンビ達は聴力に優れている。だから、銃なんか使えば、さらにゾンビが集まるのは明白だ。」

そ、そんな。この世で最強といえる人殺しの道具がきかないなんて…。

「だが、まだ救いはある。ここだ。」

と動画を停止する。そこには、ゾンビ同士がぶつかる映像が映っていた。

「ぶつかっている…。ということは、視覚はそこまでよくない!」

「そうだ。どうやらゾンビという生き物は、主に聴力で俺たち人間の位置を特定しているようだ。といっても人間の視力の半分くらいは見えそうだがな。遠く離れたところから見つけ追ってくることはなさそうだ。」

私はほっと一息をつく。

「そしてやつらの弱点は頭。頭をつぶさないかぎり、手足がおれようが、心臓をうたれようが、かまわずに追いかけてくる。足は遅いがな。」

信二の言葉に私は目を伏せる。変わってしまった。こんなにも。私たちはこれからもずっとゾンビとともに生きていかなくてはならないのか。

「まだまだ情報は足りていない。ゾンビはゾンビを襲うのかとか、食べ物がなくなれば、餓死するのかとか、ライフラインはいつまでもつのかとか…。今から知らなければいけないことは多い。だがその前に。」

彼は、ノートパソコンはぱちりと閉じ、こちらを向く。

「お前は、何者だ。椿玲奈。」

はっと、私も信二のほうをみる。

「俺はあの時、武器になるものを探していた。この部屋には、このモップしかない。金属バットでも探しに行こうと思ってここを出た。その時にお前を見つけた。お前の前には、ゾンビ達がいた!なのに、なぜ!お前は…襲われない。」

信二の目には、希望が宿っていた。それはそうだ。もし、襲われない方法があるのだとしたら、多くの人を助けられる。日本でインフエンスが感染しはじめてからまだ一日もたっていない。どこかの部屋で籠城しているものも多いだろう。その人たちを助けることができるかもしれないのだ。だが、そんな希望を私は挫かなければならない。なぜなら。

「わからない。」

「は?」

わからないからだ。何もかも。なぜ襲われないのかも。私が、目をふせていると、ため息が聞こえた。びくりと肩を震わすと

「ああ。悪い。別に怒っているわけじゃない。」

と、優しい声が聞こえた。その瞬間に理解した。きっと彼もまた混乱している人物の一人なのだろうと。冷静に情報分析をしてはいるが本当は、きっと彼も不安なのだ。

「もうこんな時間か…。」

沈黙が続く中、先に破ったのは、信二だった。信二の言った通り、時刻は23時30分を指していた。

「今日は疲れただろう…。もう寝るか。そこに災害用の毛布と、いくつかだが寝袋もある。自由に使ってくれ。」

そういって彼は、私に背を向ける。床面積のほとんどが段ボールのこの部屋。簡素ながら、洗面台とトイレがあるのは、幸いか。この部屋で私はどのくらいの時間を過ごせばいいのだろう。朝になったら、すべてが夢でしたという話だったら。ふと、そんなことを考えてしまう。そうしてまた電車に乗って、くだらない話をしながら、毎日を暮らせたら、どんなにいいのだろう…。ぽろりと涙がでた。しばらく、声をあげずに泣いたあと、私はまどろみの中へ落ちた。

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