人が思い出になる瞬間
あらすじでも書いていますが、この短編はガチの実話です。
先日、祖父に関する葬式的なものを行い、押し込めていた思いが爆発し、これを書きました。
祖父が重い病気で入院していた頃。
私は、とても恐ろしい夢を見た。
祖父が住むアパートに向かった私は、普段通りに遊びに行き、しかし、何度もベルを鳴らしても誰もドアを開けなかった。
おかしいな~、と思った私はドアノブを捻るとキーンとドアが開く。そこには、住んでる祖母と叔父、そして祖父の姿が見当たらない。
しかし、可笑しな事にクリーニングから出したばかりの祖父がよく着込んでいたスーツが居間のソファに綺麗に畳んであった。
私は、そのスーツに手を触れ、何故か息苦しくなってしまう。
次第には、その息苦しさが込み上がり、いつしか涙まで出てきてしまう始末。
――何故涙がでるのだろう?
そう思った私は、入院している祖父の姿を思い浮かんだ。
元気に家に入ったのも、その事が忘れてしまったからだ。
けど、そうではない。
入院していた祖父の写真がぽつーん、と後ろにある机に現れ、それを見るやまたしてもその息苦しさが込み上がり始めた。
――何でこんなに辛いの?
知る由もない私は、何回も何回も自分に問う。
けれど答えは見つけられず、この苦しさが続くばかりだ。
祖父は、まだ生きているのに、まだ私の近くにいるのに、何で、何で、何で……
――何で、涙が止まらないんだ!!
自分でも抑えられない衝動に駆られ、再び自分に問う。
――何で、私は悲しいんでいるの?
祖父が手術をする手前にこの夢を見てしまったから、私は、ここが夢の世界だと自覚した。
誰かが言った。
自覚した夢は、自分の思い通りになる、と。
とんでもない!!
全然そうではなかった。
ここは、祖父の手術が失敗して亡くなった世界。
祖父が危ない状態だと家族から聞いていた。
手術も難しく、成功するかどうか判らない、と医者が言う。
だからこの夢は、私の不安と恐怖が無意識に作り出した世界。
もう一度言う、『夢だと自覚すれば自由にできる』などっと言った人は、失礼かもしれないが、嘘だった。
自覚している分苦しい、悲しい、寂しい。
自覚しているから、この涙も、この息苦しさも、本物みたいに感じる。
もし、祖父が死んでしまったら、もう声が聞けない、もう傍には居られない、もう感触も温もりも感じられない。
――悲しいの連発。
――怖いの背後射撃。
――寂しいの核爆弾。
私は、この生き辛い夢の世界で何度も何度も祖父の事を呼んだ。
しかし、何も誰も返事を返してこない。
不の感情が高まり、この世界から一刻も早く去ろうと試みる。
しかし、鎖に繋がれたかのように、この世界は、私を放そうとはしない。
それでも、身が裂けようと、砕けようと、私はもがき続けた。
――こんな場所は、もう居たくない!!
頭がおかしくなりそうになった時、ふ、と目を覚ます。
初めて、夢から覚めて涙を流していた事に気づく。
――これが近しい人が亡くなるという感覚なのか?
葬式には、何回か行った事がある。
その亡くなった人が同じ年齢の友達の祖父だった。
親しい人の祖父、家族とさえ思えた人。
勿論、私も悲しみ、友と共に泣いた。
それでも夢で感じた恐怖や不安と比べる、言葉に表すのは無理だった。
手術は成功、患っていた病気もほぼ完治。
これでもう大丈夫だろう、と医者が言う。
――本当に良かった。
祖父も無事に何の支障もなく、時間の流れと共に回復していった。
寝たっきり状態だった祖父は、沢山ご飯を食べて、力を付けると一年後には、歩けるようになるまで回復していた。
私は、心の底から喜んだ。
あの時夢で見た光景が、まるで嘘のように感じ始める程に。
何を心配していたのだろうか?
自分でも驚く程、祖父の顔を見ても、作り笑いもせずに、本当の自分で笑えるようになっていた。
けれどその六年後に、祖父の体調が急激に悪化。
年も年で衰えはしたものの、あの元気だった祖父が食事をろくに食べなくなり、その所為でだんだん体の方も弱体していった。
六年の間に祖父は、遠い地に引越し、悪化する数週間前に、また私の家の近くまで引っ越していた。
だけど、幾ら時間が経とうとも祖父の元気が戻る事はなく、いつも明るい笑顔を見せていた祖父は、一体どこに行ったのだろう?
私は、再びあの夢の事を思い出す。
突然、不安と焦りが込み上げ始め、祖父の前でちゃんと笑えなくなった。
祖父は、また病気が再発し、祖父の体力を削っていった。
看護なしでは生きられない体で生活を送り、毎日眠れない日が続いたと言う。
そして、ある朝、自分の家で目を覚めると、父からの電話で知らせが来る。
私は、嫌な予感がした。
予感は、的中。
祖父の死亡が確認されたという知らせだった。
視界が真っ白になる。
単純に信じられない、信じられなかった。
すぐさま、祖父が横たわっている家に向う。
知らせの数分前まで生きていたという事実を知り、私はまた涙を流した。
祖父の顔を見ると、一つの感情がはっきりと、告げるように表れた。
その感情とは――
――後悔。
無慈悲に押し寄せてくる後悔の念。
あの時、こうしていれば、もっと祖父と話していれば、もっと会いに行ってやれば、もっと、もっともっと――
けれど、現実は突き付ける、『あの時』というのは存在しない。
未来の道は無限だけど、実際に歩ける道は、たった一つしかない。
それを知りながらも尚、後悔しない道を多く見逃してきた。
そして、手遅れになると軍勢が押し寄せるみたいに襲い掛かる。
私は、祖父の遺体を前にあの夢の感覚が蘇る。
――大好きな祖父の声はもう聞こえない。
――大好きな祖父の温度が感じない。
――大好きな祖父の笑顔が見られない。
私は、祖父の顔を見た。
まるで昼ねでもしているような穏やかな顔。
死んでいるって、思えない程に安らぐような表情。
私は、祖父の手をそっと触れた。
酷く冷たく、冬を素手で過ごしたかのように。
そして、自覚する。
本当に寝ていないのだと。
この世を去ってしまったのだと。
傍らで、家族一人一人が別れの言葉を投げ掛ける。
一人一人の言葉を聞く度に胸が締め付けられ、涙が滲み出る。
――あーあ、これが人が思い出になるということなんだ……
私は、この時、人の尊さを初めて理解できた瞬間だった。
気分を害したのなら、謝ります。
同感してくれた人には、空想のハグを。
書いているうちに、だんだんと思い出して、仕舞いには涙もポロポロと零れていました。
後日談といいますか。
唯一救われたのが、祖父は、苦しまずにあの世に逝けたことでしょうか。
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抱えている思いがあるのなら、書いた方がいいと、これを書き終えた時に思いました。