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やっぱり魔王は闇が好き

「これでよし」

 空港で、リリスはジェイブのスピーカーの取り替え作業を行っていた。

「アー……あー、マイクテストマイクテスト、本日は晴天なり」

「よし、これでより明瞭に聞こえるわ。まあ天気は晴天どころか曇天だけど」

 スピーカーを取り替えたリリスは、アルフへイムに向かうため必要な物資を詰め込み始める。

「リリス、こいつはここで良いのか?」

 マーリンは携行ロケットランチャーを二本抱えて、ジェイブの機内に入れようとする。

「そうね。壁に掛けてくれると良いわね」

「どうするんだ?」

「フックが無いかな?」

「フック? あーこれか」

 マーリンは見つけたフックにロケットランチャーを掛けようとするが、上手く掛けられない。四苦八苦していると、見かねたリリスが近寄る。

「あー、それじゃダメ。こう!」

 マーリンはフックに、ランチャーを直接掛けようとしていたのだが、ランチャーの直径が大き過ぎて掛けられなかった。

 一方リリスは、キャリングハンドルとフロントサイトに引っ掛けるように置いた。

「そうやって置くのか」

「ついでに言うと、このフックこうやって位置を変えられるのよ」

 リリスはフックを左右にスライドして見せた。

「細かく出来てるな」

「汎用性持たせないと、使いづらいからね」

「お嬢~、なんで私ばっかり重労働……」

 カミーラはジープの荷台に積み込まれた、航空機搭載型のロケット弾を担ぎ、ジェイブの主翼のロケットポッドに装填していた。それも人力で。

「夜這い仕掛けた罰よ、このアホが……」

「夜這いとは失敬な! 警護です!」

「どうだか……」

 カミーラがロケット弾の装填を行っている間に、リリスは計器類のチェックを行う。

「よーし、異常なしっと、後は……」

 計器チェックの後は機関砲の残弾を確認する。

「残弾数は……五十発か、空っぽも同然ね。マーリン、悪いけど機関砲弾持ってきてくれない?」

「って言われてもな、どんな奴?」

「えーっと……」

 リリスは機関砲の弾倉から、二十ミリ砲弾を抜き取り見せた。

「これと同じ奴を持ってきて。箱にも『二十ミリ』って書いてあるはずだから」

「ああ……」

 マーリンは倉庫内にある二十ミリ弾が詰まった箱を、片っ端から台車に乗せていく。

「よう、持ってきたぜ」

「どうも。――ん?」

「どうした?」

「いや、これ……」

 リリスは箱の蓋に書かれた文字を見て、表情を曇らせた。

「これ……装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)なんだけど……」

「えーぴー……何?」

「徹甲弾の一種よ。簡単に言えば、装弾筒で砲弾を加速させ、砲弾の安定翼で弾道を安定させる奴ね」

「ふーん。で、なんかこれ、ジェイブの機関砲に入れられないって顔してたなさっき」

「装弾筒は発射直後、空気抵抗で速やかに分離させなきゃならない。その分離した装弾筒がエンジンに入られると困るのよ」

「ああ、そうなのか……」

「APFSDSじゃない、普通の砲弾をお願い。あと、古いしもう在庫は無いでしょうけど、装弾筒付徹甲弾(APDS)もダメよ? 装弾筒自体が航空機にとって危ないんだから」

「ああ、分かった」

 マーリンは通常の二十ミリ弾だけを置いて、APFSDSを倉庫に戻そうとした矢先、リリスはAPFSDSを機内に積み込んだ。

「あれ? APFSDSは要らんって……」

「いや、現地で何があるか分かんないし、一応ね」

「一応ってなんだよ?」

「早い話が、ジェイブ(コイツ)には使えないってだけで、陸上戦で使うかもしれないってこと」

「こんなん、何に使うんだ?」

「素人は気にしない気にしない」

 馬鹿にされたような気がしつつも、マーリンは再び倉庫内に戻っていった。

「お嬢、ロケット弾の装填完了しましたぁ~」

 カミーラは汗だくになりながら報告するも、リリスは無情に次の重労働を行わせる。

「じゃあ、今度はドアガン用に二十ミリ単装機関砲お願い」

「もう勘弁して下さい……」

 カミーラは涙目になりながらも、マーリンと同じく倉庫に入っていった。もっとも、その足取りは疲労と落ち込みで重かったが。


 荷物を詰め込み、出発の準備を終えたリリス達はアルフへイムへ向かった。

「なあリリス、避難場所ってどこにあるん――」

「マーリンさん? 初対面から思ったんですけど、お嬢に馴れ馴れしくありません?」

 カミーラは武器の手入れをしながら、マーリンを睨み付けた。

「う、まあ確かにタメ口ではあったな」

「まあまあ、私は変に畏まられるよりは良いんだけど」

「そうなのか?」

「昨日も言ったでしょう、私は露骨に指導者呼ばわりされるのは嫌なの」

 言いながらリリスは二十ミリ機関砲のサイトを覗き込みながら、下を警戒する。それと同時に、無線傍受機に耳を傾け情報を得ようとするが、今のところ何も聞こえない。

「はあ……、まあお嬢は寛大な方なので良いですけど、他だとどんな目に遭うか分かりませんよ、貴方」

「忠告として受け取っておこう」

「あー静かに、無線傍受機聞こえないから。ジェイブ、そっちは何か見つけた?」

 暫く間を開けて、ジェイブは返答する。

「――非常に大きな熱源を感知しました。前方三キロメートル」

「熱源?」

「火災とは違うようです。これは、爆発?」

「戦闘中かしら? あら、傍受機にも反応が……」

 無線傍受機からはノイズに混じって、人の声が聞こえるようになった。

「腰抜けの帝国軍は皆殺しにしろ! もう奴らに蹂躙される時代は終わったのだ!」

「あーれま、この声は自称解放軍……もとい盗賊さんですか」

「解放軍?」

 マーリンがリリスの顔を覗き見るも、リリスとカミーラは呆れたようにため息を吐いた。

「要するに、英雄気取りの詐欺師集団よ」

「しかも重武装ときたものです。今度はどれだけの装備で来たのやら……」

 マーリンの目には二人の様子が、呆れているようにも苛立っているようにも見えた。それは今まで散々相手してきて疲れているからか、単に相手の態度が気に入らないからなのか。

「まあ、相手が何者にせよ、乗りかかった船ってことで、援護させてもらうよ」

「よし丸焦げにしてやれ」

「いえバラバラに」

「アンタら怖すぎるだろ……」

 一瞬垣間見えたリリスとカミーラの狂戦士ぶりに怯みつつも、マーリンは戦闘態勢に入る。

 激戦区上空に差し掛かった時、傍受機だけでなく、無線機から声が聞こえた。

「上空の輸送機はどこの所属だ!? 答えねば敵と判断し撃墜する!」

 野太い男の焦る声が、機内に流れた。リリスは落ち着いた口調で、マイクを手に取り返答した。

「こちらリリス、リリス・フォン・メーリアン。そちらの所属は?」

「おお! その声はお嬢か! こちら帝国陸軍、第一歩兵大隊所属のアンドレイ・ボルボチャーン大佐だ!」

「そちらの状況は?」

「避難地区が、盗賊共の襲撃を食らっている! 敵は連合軍や我が軍の兵器を鹵獲して猛攻撃を仕掛けているんだ! 特に歩兵戦闘車(IFV)装甲輸送車(APC)が厄介だ、どうにかそいつ(W21)で吹き飛ばせないか?」

「了解! カミーラは残って、機関砲でジェイブのバックアップを! マーリンは私と地上で、直接支援を行う!」

 それを聞いて、カミーラは眉を下げた。

「なんで私が残るんですか!?」

「まだ貴方の方が、上手く使えるでしょ。マーリンはモグリだし、万一の時危ないのよ」

「はあ、分かりましたよ」

 カミーラは渋りながらも承諾した。

「ところで、味方はどっちだ?」

 マーリンは外を眺めながらリリスに尋ねた。

 地上には、森に敷かれた小道の中に、砂袋やスクラップを積み上げただけの簡易的なバンカーが複数構築されており、その周辺に白く迷彩を施したヘルメットとガスマスクを装着、さらに防弾着を着込んだ兵士が忙しなく動き回っていた。

 その反対側では、統一感の無い防寒着を身につけた兵士が、機関銃程度の武装を施したトラック十数両を盾に、バンカー周辺の兵士に銃撃を加えていた。さらにトラックの後方には、無線でも出てきたIFVとAPCが数両存在し、IFVの主砲がバンカーを悉く潰していた。

「あっちのカラフルな連中が盗賊か?」

「まあね。ジェイブ、味方戦線の後方に着陸して」

「了解」

 ジェイブは後方にある木製の小屋とテントが複数建ち並んだキャンプ場に着陸し、リリス達を降ろすと飛び去った。

「アンドレイ大佐、報告を!」

 リリスはパラボラアンテを搭載した指揮通信車両で、味方に指示を出しているオークの男に状況説明を求める。

「無線でも言ったとおり、敵の装甲部隊に押されている!」

「対戦車火器は!?」

「数が足りん! 少なくとも歩兵が携行出来る奴はな! ……てか、後ろのそいつ誰だ?」

 アンドレイはリリスの後ろに控えているマーリンを怪訝そうに見る。

「助っ人の魔導師ね。彼の魔法は敵の機甲部隊にも十分通じる」

「本当だろうな?」

「まあ、ソフトキルなら十分出来るから」

「まあ、今は人手が足りんしな、お嬢がそこまで推すなら」

 アンドレイは森の地図を出し、何処でどんな戦闘が行われているか、かいつまんで説明する。

「敵は北の小道から大量の機甲戦力が来ている。一番多いのはここだが、北西からも複数の車両が来ている。こっちはバギーやトラックに改造を施したテクニカルが主だが、如何せん装甲を貼り付けているせいで火力が足りん。おまけに機動力が馬鹿みたいに高く、防衛線を強行突破されている。バンカーがやられまくっているのも、コイツが後方攪乱しているせいでもある」

「なるほどね、要はコイツを潰せば良いのね。ところで、地雷の敷設は?」

「残念だが数が足りなかった。対人地雷はともかく、対戦車がな……」

「分かった。マーリンの魔法と、私のブラスターがあればどうにかなりそうね。装甲を貼り付けていても、対ブラスターシールドを施していない装甲は紙と同じだからね」

「自信ありげだな。XAR-13(ソイツ)はそんなに強いのか?」

「試作品とは言えなかなかの威力よ。複合銃の割にかさばらないし、整備も思いの外楽だし」

「分かった、お嬢はテクニカルを始末してくれ。マーリンはお嬢の援護を」

「よーし、それじゃいっちょ殺ってくるわ!」

 リリスは意気揚々と、駆け出した。

「……なあ、アンドレイ大佐?」

「なんだ坊主」

「おたくらのお嬢様前線に出して良いのか? 大体国のトップ自ら戦線に赴くとか、時代錯誤も良いところじゃ……」

 アンドレイはため息を吐くと、首を横に振った。

「無理無理、お嬢は他人任せにするのが苦手な性分でな。何でもかんでも自分でやろうとする、まあ共同作業が苦手ってわけじゃねえが」

「おいおい、学校の行事とは訳が違うんだぞ、大丈夫かよ本当に?」

「一応護身術身につけているがな……」

 アンドレイが話している途中で、大きな爆発が起こった。敵のテクニカルが炎上しひっくり返っていた。

「敵車両破壊! 次!」

「なんだあいつは!? 馬鹿みたいに強え!」

「落ち着け! 武器の性能が高いだけだ――ぐあ!」

「ああん? アンタらの腕で、そのポンコツ銃の性能カバー出来んの?」

 リリスはセミオート射撃に切り替え、正確に効果的に弾を当てていく。

「あれで護身術?」

「お嬢とはずっと音信不通だったんでな、分かんなかったんだ……。まあその、なんだ、強くなったな~」

 アンドレイは遠くを見るような目で、リリスを見ていた。その間にも、リリスは敵勢力を次々と蹴散らしていく。

「お嬢! IFVが二台、そっちに向かいました!」

「了解、引き続き上空からの支援を頼むわ――ってもう来た!」

 カミーラとの通信の途中で、二台のIFVが機関砲を発砲しながら突っ込んできた。IFVは砲塔に二連装の三十ミリ機関砲を搭載しており、対空砲と見紛う連射速度だ。

「あのIFV、王国軍のEG―20じゃない。どこから持ってきたのかしら?」

 EG―20はIFVとしてエデン王国陸軍に採用されたものの、実質二連装機関砲の連射速度を活かした自走高射砲として扱われていた。とはいえ、角度は下の方にも向けられるために歩兵への機銃掃射にも十分使えた。

 しかし、均質圧延鋼板の装甲は成形炸薬弾やブラスターの直撃に弱く、増加装甲は必須だった。

 今EG-20が増加装甲も無しに帝国軍に猛威を奮っているのは、単純な帝国側の対戦車火力不足に他ならない。

「あの車両の燃料タンクは確か……、そこ!」

 リリスは木陰を利用しEG-20に接近し、車体側面から前三分の一の部分にブラスターのチャージ弾を撃ち込んだ。EG-20は後部三分の二は兵員搭乗スペースとなっており、そこと操縦席に挟まれた部分に燃料タンクとエンジンが積まれている。

 リリスの狙い通り、EG-20はディーゼルエンジン故に派手な誘爆こそ起こらなかったが動きが止まり、機関砲も沈黙した。もう一台は異変に気付き、リリスに向けて発砲するが、大破した車両が射線を塞いでしまい、捉えることが出来なかった。しかもEG-20の側面装甲は二十ミリ機関砲程度の弾は防ぐことができる防弾性能があり、三十ミリ砲では車内への貫通は可能でも、反対側まで貫ききれない。

「マーリン、今すぐあのゴミを処分して!」

「分かったよ、だがこれでいけるか……?」

 突然指示を出されて困惑しつつも、マーリン詠唱を始める。

「凍てつく氷の刃よ、アイシクルエッジ!」

 マーリンが放った氷魔法は、EG-20の砲塔を切断し、オイルと真っ赤な液体を噴き出しながら大きく跳ね上がった。

「うわ、やっちゃったなこれ……」

 赤い液体は乗員の血液であることは明らかだった。切断された乗員の姿を見ることがなかったのは、マーリンにとっては幸いだった。

「良いわよマーリン! グッドキル!」

「あはは、嬉しくねえ……」

 リリスはマーリンを賞賛するも、当の本人はスプラッタな光景を目の当たりにして、気分の悪さからあまり達成感を感じられなかった。

「まあそりゃそうよね、映画とは違うし……。おっと、またお客さんだ」

 一台のテクニカルが、重機関銃を撃ちながら突撃してきた。しかし、それは突然タイヤが破裂して激しく横転した。

「援護射撃か……?」

「こちらホークアイ。敵テクニカルを撃破。そちらでも確認できるか?」

 物陰から様子を窺っているリリスの無線から、女性の声が流れた。

「誰?」

「シヴィ・ハユハ少尉だ。テクニカルはきちんと撃破出来てるか?」

 リリスは大破したテクニカルから這い出てきた血だらけになった男に拳銃でとどめを刺すと、再度応答した。

「対象の無力化を、たった今確認。また援護出来るか?」

「了解、アウト」

 リリスは無線を切ると、前進を再開した。

「リリス、今のは誰なんだ?」

「シヴィ・ハユハ少尉。エルフ出身のスナイパーだ。先の大戦でも、連合軍の兵士を五百名から七百名は射殺している。それも五百メートル以内の距離であれば、アイアンサイトだけで全部ヘッドショットよ」

「うへ、化け物かよ……」

 エルフは人間の倍近い寿命を持つ種族として有名だが、射撃が得意な種族としても有名で、ニフルへイム大陸は、かつてエデン王国やムスペルヘイム諸国による入植が何度も行われ、先住民との衝突も度々あったが、エルフのテリトリーにはその卓越したアウトレンジ攻撃とゲリラ戦術の前にほとんど近づくことすら出来なかったという。

「よし、シヴィ……じゃないホークアイ、引き続き援護を」

「了解」

 リリスとマーリンは敵歩兵の排除に集中し、車両はホークアイことシヴィに任せることにした。

「うへえ、車が一撃で火だるま」

「13.2ミリの大口径ライフル使ってるからじゃない? しかも使ってる弾薬はおそらく『ヘルファイアバレット』。先端部分で車体をぶち抜いて、直後に目標内部で炎魔法が発動して熱暴走やガス爆発を誘発する特殊弾よ」

「炎魔法の威力はどれくらいだ? ファイアボールか、それとも上位のフレイムストームか……」

「ごめん、機械技術はともかく魔法技術に関しては私素人なんで。おまけに魔法も使えんし」

「そうなのか? 意外だな――あぶねっ!」

 マーリンのすぐ目の前に、敵のロケット弾が着弾した。

「いてて、破片が……」

「大丈夫、かすり傷だ。ホークアイ! 敵のロケットを始末してくれ、出来るか!?」

「確認した。だがあれは装甲車だ、手持ちの火器では無理だ」

 リリスが改めて前方を確認すると、多連装ロケットを備えた装軌式の装甲車があった。

「まーたSc-20(あれ)か。一体何回見せられりゃ良いんだ私は」

「リリス、ここは俺に任せろ」

 マーリンは物陰に隠れ、ロケット砲を覗き見ながら詠唱を始めた。

「ロックスピア!」

 詠唱を終えると、ロケット砲の真下から巨大な針状の岩が隆起し、串刺しにした。

「うひょー、装甲車が穴あきチーズだわ」

「なんだその例え。まあいい、これでやかましい花火は鎮火したろう」

 ロケット砲が片付いたことで、敵の動きが鈍くなっていった。IFVが前に出て砲撃をしているが、それは後ろへ後退していく味方兵士のために牽制しているだけに過ぎなかった。

 しかも地対空ミサイルでそのIFVを援護してくれる歩兵もいないため、航空攻撃に晒されてしまう。

「お嬢、こちらカミーラ。敵車両部隊は撤退を開始しています、追撃しますか?」

「ええ、全部木っ端微塵にしてやりなさい」

「了解! ジェイブ、思い切り吹き飛ばしてやれ!」

「了解」

 ジェイブは機関砲とロケット弾で装甲車両を破壊し、仕留め損なったテクニカルと歩兵はカミーラの手で完全に沈黙させられた。

「ちくしょう、装甲車が全部やられた!」

「逃げろ! 急げ早く!」

 装甲車両が全滅したことで敵の士気が大きく下がり、武器を投げ捨てたり、破壊を免れたトラックに乗り込むなど完全に逃げ腰になっていた。

「敵装甲車両全滅、残存部隊撤退しつつあります」

「了解、カミーラもお疲れ、一度地上に降りてきなさい」

「やっと終わりましたね」

「そうね、あとは撤退ルートから敵のアジトを割り出すだけ――」

「お嬢! 大変だ!」

 一息つこうとしたリリスの無線から、切迫した口調のアンドレイの声が響いた。

「大佐、一体どうしたの?」

「ごたごたの隙を突かれて、民間人が一人攫われちまった……」


 避難地区にある仮設された孤児院内にリリス達は集まった。一室の中央にあるテーブルに無造作に置かれた紙切れを、皆が囲んで見ていた。

「『人質は預かった、返して欲しければ百人を半年養えるだけの食料と、武器を寄越せ』か、ふざけやがって……!」

 アンドレイは歯ぎしりをし、紙切れを握り潰し、テーブルに投げ捨てた。

「拉致されたのは、アンナ・シラー。ここで院長を務めていた女性です」

 シヴィは淡々と、拉致被害者の説明をした。

「それにしても随分綺麗に描かれてるわね、まるで前もって用意していたみたい。プランBってやつ?」

 リリスは紙切れを拾い上げ、文章を眺める。紙切れに書かれた文字は手書きだったが、筆跡は乱れておらず、整っていた。

「でしょうね、こんな物を用意するとは随分と用意周到ですね。どうしたものやら」

 カミーラはリリスに目配せをする。

「そりゃ当初のプラン通り、撤退ルートから敵の本拠点を見つけ出し、根絶やしにする他ないね。救出はついでにね」

 リリスはふと背後に気配を感じ、振り返ると背後にある隣部屋から、子供達が顔を覗かせていた。人間・オーク・ゴブリン・エルフと種族は様々だったが、院長の救出をついで扱いされたことに憤りを感じているのか、刺すような視線を浴びせていた。

「安心しなさいって、先生は必ず助け出す! というわけで、ネズミの巣を見つけ出すとしますか。大佐、偵察部隊の編成を」

 リリスが提案を出すも、アンドレイは浮かない顔をしていた。

「残念だが、先ほどの戦闘でかなりの負傷者が出たんだ。そのせいで、偵察と防衛を両立出来るほどの戦力が無いんだよ……」

「マジか……、たくしょうがないねえ、カミーラ行くわよ」

「了解です」

 リリスとカミーラは武器を持って外に出て行った。アンドレイは呆気に取られていたが、すぐに我に返った。

「待った待った! お嬢、いくらなんでも無謀過ぎ、というかアンタが行っちゃ色々ヤバいだろう!」

「誰も出る気が無いんなら、気のある奴が行くべきっしょ」

「お嬢、早く乗り込んで下さい」

 カミーラは既にバギーの運転席に乗り込んでおり、リリスの搭乗を待っていた。

「オーケイ! カミーラ、車を出せ! マーリンは今回留守番な」

「お、おう」

 マーリンは戸惑いながらも了承した。

「アンドレイ、アジトの位置が分かったら、すぐ報告する! とりあえず突入部隊を編成しておいてよ、留守を狙われてまずいなら、攻め込まれる前に終わらせれば良い!」

 リリスがそう言うと、カミーラがバギーを発進させて去ってしまった。

「行っちゃったな」

「ああ、行っちまったよ。先代といい、ほんと自分でやると決めたらとことんやっちまう。厄介な性分だな」

「確かに、臣下にとっては心臓に悪いなそりゃ」

 マーリンはアンドレイと共に苦笑した。


 森林の北へとバギーを走らせ、三十分近く経過した時だった。

「お嬢、あれを!」

 カミーラが前方に停めてある、車体が所々焦げていたりが凹んでいるトラックやバイクを発見した。早速二人は降りて調査を開始した。

「お嬢、ここを……」

 カミーラはトラックの排気管に触れながら呼んだ。リリスも同様に触れる。

「まだ温かい、ついさっき停めたばかりね」

 リリス達の近くには、他にもトラックやバイク、さらに修理中と思しきタイヤと武装が外された装甲車も十台以上停めてあった。その上修理や整備のためか、スパナやドライバー、ジャッキも近くに置かれていた。

「これほどの数の車両が纏まって停められている上に、整備道具が一式揃っているって、確実にこの近くにあるわね」

「というか、拠点内に駐車場作れなかったんですかね……?」

「さあ、というより、妙に嫌な予感するのは気のせい? まあ敵の痕跡は発見できたし、アンドレイに報告しましょ」

「あれ、お嬢無線の周波数知ってますか?」

「大丈夫、ジェイブの無線を中継してやれば良い」

「あ、その手がありましたか。でも気付きます?」

「機内だから分かりづらいって? いや、無線入ればジェイブが勝手に教えてくれるわよ、流石にそれが出来ないほどポンコツじゃないでしょうに」

 リリスは早速、無線を使ってジェイブに連絡する。しかし、ノイズばかり響いて、アンドレイの声はおろかジェイブ自身の声もしない。

「どうしました?」

「ノイズばかりで応答が無い」

「故障ですか?」

「いや、これは……」

 リリスは無線機に取り付けられた赤いランプが点滅していることに気付いた。このランプは近くで強力な電波妨害があると点滅するようになっている。妨害が強力なほど点滅の間隔が短くなるのだが、今回は激しく点滅している。

「お嬢!」

 カミーラが叫ぶと同時に二人はトラックの陰に隠れた。その瞬間、二人が立っていた位置に鉛弾が通り抜けていった。

「罠か!」

 リリスがトラックから顔を覗かせると、銃を持った男達が茂みの中から現れた。中にはギリースーツを身にまとっている者もいる。

 更に奥の方を見ると、朽ちたキャンプ場もあり、そこには複数の武装した男達の他に、パラボラアンテナを積んだトラックがあった。

「あのジャマーが原因か。発見されてもすぐ報告できないようにするための」

「お嬢、どうします」

「……あのジャミング装置は王国製ね、あれ自体は大した妨害能力は無いけど、ジャミング検出ランプがここまで激しく反応するってことは、かなりの数揃えていることになる」

「二つや三つ程度ではないということですか」

「少なく見積もっても十箇所以上設置されているわね」

「破壊して、どうにか連絡出来るようにしますか?」

「そうね、でもどうせならここでかき回してやって、敵の数減らしてやるのも良いかな」

「要するに本隊到着までの時間稼ぎですね、了解」

「それでは早速……、散開!」

 リリスが発すると、二人はトラックの陰から飛び出し、リリスは倒木に、カミーラはスクラップと化したトラックの陰に移動した。その間に敵歩兵を何人か撃ち倒した。

「相手は女子供が二人だ、手間取るなよ!」

「しかし良い女だな、とっ捕まえて……ぐあ!」

 鼻の下を伸ばしていた敵兵はリリスの三点バースト射撃で、屠られた。

「あーら、私と一発ヤリたかったの? でも私太っ腹だから出血大サービスで三発殺ってやるわ」

「ワー本当ニ太ッ腹ダナー」

 カミーラはしばらくして、射撃位置をトラックから幹が太い大木に移した。

「まあ私なら何十発でも殺ってあげますがね!」

 カミーラの隠れた位置からだと、敵の集団が一直線上に密集する形となるため、フルオート射撃で適当にばらまくだけで短時間で複数の敵を屠ることができた。

「おい、こいつら滅茶苦茶強いぞ!」

「なんだよこいつら! ただのガキと女じゃねえのかよ!?」

「応援を寄越せ!」

 敵兵の一人が、拳銃を上に向けて撃った。打ち上げたのは白色に輝く照明弾だった。

「どうやら敵も無線使えないらしいわね」

「私はお嬢ほど機械に詳しくはありませんが、電波妨害の中使える通信手段ってありましたよね? 確か赤外線使った……」

「あれは電波使わないからね、使ってるものが違うから原理的に受け付けないはずなんだけど、やっぱ敵さん戦い方から技術面までただのトーシロだわ」

「ただの変態案山子ですなってか?」

 リリスとカミーラが笑っていると、キャンプ場の奥から敵の増援がやってきた。中にはベルト給弾式の汎用機関銃を抱え、ヘルメットと防弾チョッキで武装したオークが一人混ざっている。

「はいはい出落ちおつ」

「重そうですね、軽くしましょうか」

 先に重武装のオークから始末された。リリスがヘルメットを吹き飛ばし、そこをさらにカミーラがヘッドショットを決める二段構えの攻撃だ。

「おい早速やられてんじゃねえか!」

「ああくそ、重い……ぐふぁ!」

 敵はリリス達との実力差に加え、増援の機関銃手があっさりやられたことで、動きに焦りが見られた。そのため、やられた機関銃手の代わりに弾幕を張ろうとするも、想定外の重さに構えられず、挙句何も出来ないまま射殺される。

「情けないわね~、そんなの片手で持ちなさいよ」

「そんな無茶な……」

「お、じゃあやってやろうじゃん?」

 増援を片付けたところで前進し、敵の機関銃を奪い取った。そのタイミングで、敵のテクニカルが攻め込んできた。

「お望みはこれかい? 腹一杯食いな!」

 リリスは片腕だけで機関銃を構え、突っ込んできたテクニカルを運転手と荷台のガンナーごと蜂の巣にする。今回現れたテクニカルは避難所を襲撃したものと異なり、まだ防弾改造を施していなかったらしく、ボンネットに数発弾が命中した時には煙が出ていた。

 運転手を失ったテクニカルは横転、リリス達の目の前で止まり、後続の敵増援に対するちょうど良い目隠しになった。

「次から次へと……」

「とにかく撃ちまくりましょう。敵の武器です、多少イカれても構わないでしょう」

「それもそっかー、じゃあてめえら全員ここで皆殺しだゴルァ!」

 リリスはテクニカルの陰から飛び出すと、攻め込んできた敵増援に対し掃射を開始する。

「オラオラ! 死にてえのはどこのどいつだ、言ってみろ等しく挽肉加工してやるぞコラー!」

 リリスの弾幕によって、敵の勢いは止まった。それ以上にリリスの豹変ぶりに怯んでいた。

「なんだよあのガキ! 死ぬのが怖くねえのか!?」

「それ以上にあんな物片腕でぶっ放すとか、化け物かコイツは!?」

 敵兵の一言に、リリスは眉間に皺を寄せる。

「あらー、その言い方は無いでしょ? おたくらより私が強いからって、私を化け物呼ばわりするのは無いんじゃない? もっと言うと……」

 リリスは機関銃と一緒に拾った手榴弾の安全ピンを、咥えて引き抜いて投げ込んだ。

「自分の弱さを私のせいにするな! ――って聞こえないかもう」

 敵の集団は手榴弾の爆発により一掃された。

「ここは片付いたわね。カミーラ、そのジャマーを破壊出来ない?」

「電源を切れば無力化は出来ますが、どうせなら爆薬が欲しかったですね」

「そういや、TNT持ってきてないわね、まあ……」

 リリスとカミーラは突然敵の増援がやってきた方向に、ライフルとサブマシンガンを発砲した。その先にはロケットランチャーを構えた敵がおり、二人の銃弾を受けて倒れた。

「まあ無い物は敵からあるだけ戴くだけね、あそこから狙ってた奴からとか」

「ですね、じゃあ私が弾薬を扱いますから、お嬢は砲身を」

「あいよ」

 二人はロケットランチャーの元に駆け寄り、リリスがランチャーを構え、カミーラは予備弾薬をバックパックごと回収する。

「チェックメイト」

 リリスがそう言うと、ロケット弾を発射する。ロケット弾はアンテナに命中し、車両も炎上し吹き飛んだ。

「ジャマーを破壊! だけどまだジャミングの影響があるわね」

「ですね」

 ジャマーが破壊されたからか、どこからともなく敵の増援が現れる。歩兵、車両、さらには飛行ドローンや歩行機械までいる。

「ドローンまで出してきたか、しかもあれキャンサーか」

 飛行ドローンと同時に現れた、四本の脚と、武器を取り付けられた二本の腕を持つ無人兵器、通称キャンサーはあらゆる地形を踏破し、両腕のアタッチメントにより敵歩兵を一掃するというコンセプトで開発された帝国軍の兵器だ。

 現在となっては旧式の兵器となっているものの、飛行ドローンとのデータリンクが可能で、ドローンが見つけ出した敵を追跡、その圧倒的な機動力と火力により殲滅する。

 修理や整備が簡単且つアタッチメントの換装による汎用性の高さから、盗賊やテロリストに複数鹵獲され悪用されている状況である。

「カミーラ! 弾!」

「はい!」

 カミーラはロケット弾をリリスに投げ渡し、リリスは装填してキャンサーに発射した。放った弾はキャンサーの胴体に命中し、破壊される。

 キャンサーは所詮、あらゆる地形に潜む歩兵を掃討することを目的に作られたため、対戦車兵器に対する防御力は皆無なのだ。

「やっぱ二線級の無人兵器はこんな物ですね」

「動きは速いが、どうということはない。いや、単調過ぎて欠伸が出るわ」

 リリスの使用するロケットランチャーも弾速が遅い旧式だが、同じく旧式の無人兵器には充分だった。

「ロケット乱発は勿体ないんでアンタはこれ!」

 車両はリリスがブラスターで破壊した。車両は炎上、それと同時にドローンが地面に落ちた。車両の荷台には機械が積載されており、それが無人機をコントロールする制御装置だったらしい。

「ジャミングの影響下でも使えるのか、こっちは無線使えないのに、羨ましいったらないわ」

「赤外線による操作なのか、それとも指揮車を接近させたから出来たのか……」

「どちらにせよ、まだ奴さんはやる気みたいよ?」

 敵の勢いはさらに増し、次々と無人機や車両を繰り出してきた。

「くそ、いつまで手間取ってやがる!? せっかく誘き出せたんだ、ひねり潰せ!」

 だが余裕があるかと言えばそうでもなく、一方的に犠牲者を出しているせいで焦っていた。自分たちに地の利や戦力差で優位であるにもかかわらず。

「蟻みたいに沸いてくるなあ……」

「お嬢、あれは蟻ではなくドブネズミっていうんですよ。蟻ならいくら仲間が死のうが踏まれようが集ってきますし」

「集ってるんですが」

「そうですか?」

 カミーラは微笑を浮かべると、スーツに隠してあった瓶を取り出し、投げつけた。

「ぐわあああ!」

「から……痺れ……」

 瓶が割れると、中から強力な稲妻が発生する。敵歩兵は感電、無人兵器や車両はショートして停止した。

「カミーラ、援護を!」

「了解、思い切り玩具で遊んできて下さい!」

「その前に修理だね……」

 カミーラは残った敵歩兵を牽制し、その間リリスはキャンサーの内部に工具を突っ込んだ。

「お嬢、どのくらいかかります?」

「IFFを上書きするのは簡単だ。あとは再起動させてやれば……出来た!」

 リリスが手を引っ込めると、キャンサーは起き上がった。しかし、リリス達にではなく、盗賊達の方に向かって機関銃を乱射し始めた。

「おい! 俺たちを攻撃してるぞ!?」

「逃げろ! 退却ー!」

 敵は自分たちの備品が攻撃してきたことにパニック状態になり、一目散に逃げ出した。

「ほら逃げた」

「そりゃそうだ」

 カミーラが愉快そうに笑う一方、リリスは冷めた目で逃げる敵の背中を見ていた。

「まだ先は長そうだ……、敵の規模を考えると、このキャンプ場は入り口に過ぎんのかもしれん」

ブラウヴァルト(この森)にはキャンプ場以外に天然の洞窟もいくつか存在します。奴らはそこを拠点としている可能性があります」

「観光資源にしようと計画されてたわよね確か?」

「ええ、ですがかなり入り組んだ構造になっていますから……」

「厄介ね、ブービートラップなんかも気をつけないと」

 敵を追いかけていくと、洞窟に辿り着いた。入り口には装甲車が道を塞いでおり、弾幕を張ってリリス達を寄せ付けないようにしていた。

「来やがったぞ!」

「このアマ!」

 リリス達は咄嗟に木陰に隠れた。

「ちっ、窮鼠猫を噛むってか?」

「お嬢、弾薬です」

「はいよ」

 リリスはロケット弾を装填すると、装甲車に向けて発射した。

「ぎゃあああ!」

「バリケードがやられる!」

「門を閉めろ! 急げ!」

 敵は鋼鉄製の門を閉めると同時に高圧電流を流した。

「あらら、これじゃ爆薬もセットできやしない」

「ロケットを食らわせてやりましょう」

「そうね、成形炸薬弾(HEAT)の前に鋼鉄なんてなあ」

 リリスは門に向けてロケットを発射した。しかし、命中したものの僅かに焦げ付いただけでほぼ無傷だった。

「ありゃ、これ鋼鉄じゃないわ。複合装甲だわ」

 扉は最新鋭の主力戦車の装甲板を貼り付け補強されていた。

「HEAT対策もしてるんですか、別の入り口探すほかなさそうですね」

「よし、ここから二手に分かれましょう。カミーラはジャマーの破壊を、私は内部に突入する」

「了解、注意して下さい」

 リリスは銃を構え直し、別の入り口を探す。一方でカミーラは、ロケットランチャーを担ぎ、無線機のランプを頼りにジャマーを探す。無線機のランプは妨害電波を検出するものだが、点滅の速度から敵のジャマーの位置を割り出すことにも使える。

「おや、ここにも」

 アジト入り口から西へと移動すると、二つ目のジャマーを発見した。ジャマーだけでなく、対空ミサイルも設置されていた。

 見張りがいるが、まだカミーラの存在には気付いていない。

「ふふ、これはまあ、腕が鳴りますね」

 カミーラは気配を殺し、木陰や草むらを移動し身を隠しながら、敵の死角へと回り込む。そして一気に接近し、敵の喉を掻き切る。

「一人……」

 死体を草むらに隠し、さらに目の前に二人並んでいる歩哨に狙いを定める。カミーラはホルスターから拳銃を取り出し、消音器を付ける。そして背後から一人を羽交い締めにし、もう一人は消音器付きの拳銃で射殺、羽交い締めにした方はそのまま首を折って倒した。

「よし、残りは……」

 ジャマーとミサイルの近くに、敵歩兵が三人いた。内一人は積み上げた土嚢の上に設置した機関銃を乗せ迎撃態勢を取っていた。しかし、味方が三人とも音もなく始末されてしまったせいで、侵入者の存在に気付いていない。

「さあ、葬式の時間だ」

 カミーラは匍匐前進で敵の懐に潜り込んで、まずはサブマシンガンで機関銃手を射殺、出現に驚いた残り二人の敵兵もセミオート射撃で排除した。

「クリア。残りはこれを吹っ飛ばすだけ」

 カミーラはロケットランチャーを構え、照準をジャマーのパラボラアンテナに合わせ発射した。ミサイルも同様に破壊した。

「まさか地対空ミサイル(SAM)まで配置していたとはね……。しかもこのタイプは赤外線誘導方式だ、射程は短いがこのジャミングの影響下でも使えるな……」

 応援はジェイブに運んでもらう予定だったカミーラ達にとって、これを発見出来たのは幸いだった。ジャミングでレーダーが使用不可能な状況で、撃墜される恐れがあるからだ。

 しかし、ジャマーの数からして、対空兵器も複数配備されているのは想像に難くない。正確な位置と数を掴む術が無いか、カミーラは頭を捻る。だが、ジャマーとミサイルを破壊された音を聞きつけたのか、敵のトラックがやってきた。

「考えている最中だってのに……!」

 カミーラは半ば八つ当たり気味に、トラックにロケット弾を撃ち込む。トラックは炎上し横転、荷台の乗員が炎に焼かれる中、一人だけ外に放り出された。

「うぐぐ……、ぐはっ!」

 カミーラは飛び出した一人を、脚で踏みつけ尋問する。

「一度だけ聞く、SAMとジャマーはどこだ!?」

「うう……」

 答えるのを渋ると、カミーラは脚に撃ち込む。

「どこだ!?」

「SAMは南に二箇所、北に一箇所だ。ジャマーは、南はここで最後だ。北には三箇所、内一つは岩山の上に一番でかいのがある」

「そうですか、じゃあゆっくり眠って下さい」

 カミーラは殴りつけて気絶させ、武器も踏みつぶした。その後、近くの小屋に放り込んだ。

「まあゲロってくれましたし、せめてものね。まあ変な気は起こさないように」

 それだけ言うと、カミーラはその場を後にしようとしたが、後続の部隊が森の中に展開していた。

「まだこれだけの戦力を残していたとはねえ、こりゃ攻略は一苦労しそうですよお嬢」

 カミーラは困惑気味に、しかしどこか楽しそうに、今別行動中のリリスに向けて呟いた。


「よう、例の女達はどうしたんだ?」

「南側の入り口を塞いで進入を防いだらしい。だがそれっきり音沙汰無しだ」

「こっちも塞いでこうか?」

「畜生、それにしてもあいつらが来てからこっちはやられっぱなしだ!」

「侵攻作戦で機甲部隊は壊滅、そして罠に嵌めたつもりが悉く突破されているからな。もう全戦力の四割が死んでる……」

「ただでは殺さねえ……、捕まえてたっぷり可愛がってやろうと思ったがな、こうなったらじっくりなぶり殺しだ!」

「どっちでも良くねえか? つーかお前ロリコンかよ?」

「もう一人はきちんとした女だろ。殺るのはガキの方だ」

 塞がれた入り口の反対側、北側の入り口の門の近くで見張りをしている、人間とゴブリンの男二人が愚痴をこぼしていた。

「おい、文句垂れてねえで、ちゃんと見張れ! どこから狙ってくるか分かんねえんだぞ!」

 隊長格のエルフの男が、愚痴をこぼす二人に叱咤する。

「だけど隊長、相手はあの『黒い魔王』の娘だぞ? もう逃げた方が良いっすよ」

「だな、こっちだって好きでやってるんじゃねえし……」

「黙れ、そんなに逃げたきゃ逝け。二度と家には帰れんだろうがな」

 隊長格のエルフは二人にソードオフショットガンを向けた。

「分かった、最期までやるよ……」

「……あれ?」

「なんだ?」

「俺たちの班、七人だったよな……?」

 ゴブリンが周囲を見渡すと、自分たち三人以外がいなくなっているのに気付いた。

「たく、どいつもこいつも怖じ気付きやがって……!」

 隊長格のエルフは苛立った様子で、森の奥へ入っていく。

「どうする?」

「ついてくしかねえだろ」

 しかし、隊長格のエルフが木の陰に入った瞬間、突然倒れた。二人は恐る恐る奥に踏み込む。

「隊長……!」

 エルフは頭を撃ち抜かれて死んでいた。

「くそ、どこから狙って……」

 男が、ゴブリンの方へ振り向くと、いつの間にか死んでいた。驚く間もなく、残った男も射殺された。

「クリア」

 茂みから体中に、小枝や虫を張り付けたリリスが現れる。リリスは全ての見張りの死角にいる敵から排除していったのだ。

「ここは非常口ってとこかしら?」

 リリスは体に付いた虫や小枝を払いながら、見張り達が守っていた入り口を見つめる。アサルトライフルから拳銃に持ち替え、消音器が装着されていることを確認し、中へ入っていった。

 洞窟内は電気を通しているためか、至る所に裸電球がぶら下がっており、視界は良好だった。だがリリスにとって、少々不都合な所があった。これだけ視界が良いと、敵の目を逃れるのが難しいからだ。

(おいおい……、挟撃食らったら間違いなく死ぬなこれ。盗賊の割に随分と小綺麗ね、ちょっと合わないんじゃ無いの)

 通路は思いのほか整理されていて、物資などが放置されておらず、遮蔽物がほとんど無い状態で、あるのは天然の石筍ぐらいだった。リリスは全神経を集中させ、敵の気配を探る。

(姿隠しながら前を確認出来るところ少ないわね……)

 リリスは配線を見る。

(こうなりゃ、ちょっと強引に行こうかな)

 リリスは電球に電気を通している配線を、拳銃の銃剣で切断した。結果、いくつかの明かりが消えた。

「なんだ、停電か? 接続不良か?」

「行って確かめろ」

 リリスの目の前にある通路の曲がり角から、敵の声と足音が聞こえてきた。

(二人、いや三人か。前の曲がり角から……)

 石筍の後ろに隠れ、僅かに顔を覗かせる。

(来た)

 リリスは敵が三人出てきたところで、二挺拳銃で全員ヘッドショットで葬る。

「ふう」

 曲がり角に差し掛かった所で、壁に張り付き角の先を覗き見る。

(敵影無し、トラップも無さそうね)

 角の先には左と奥に続く二つの通路に分かれていた。リリスはまず左へ進む通路の奥を覗き見る。

「うっ!? 敵だっ……!」

 通路の先には敵が一人いた。応援を呼ばれる前にリリスは射殺する。

(今のは危なかった……、配線切るの忘れてた……。おまけにかなり近かったし)

 リリスは左へ続く通路は後回しにし、奥の通路を進んだ。明かりを潰しながら奥へ進むと、自分の方へと向かってくる敵が三人見えたが、明かりの異常に気付いただけで、暗がりに潜むリリスの存在は知らない。

 ほぼ無防備状態の三人に対し、リリスは発砲する。

(クリア)

 三人が死亡したことを確認すると、そのまま奥へと歩みを進める。

(湿気が……)

 奥へ進むと、広い空間に出た。鍾乳石から水滴が落ち、足下は濡れているというよりほぼ水浸し同然だった。ここも例外なく電気が通っていた。

(漏電したら、最悪なことになるわねこれ……)

 足音を立てないように静かに進んでいくと、再び細い通路に辿り着いた。その時だった。

「そこか!」

「まずい……」

 背後から十人以上の敵が現れた。咄嗟に石筍の陰に隠れ、銃撃を回避する。

(こっちは大して濡れていない。ならば……)

 リリスは配線とその留め具を撃った。

「あいつどこ狙っ――ぎゃああああ!」

 留め具が外れ、千切れた配線が水に浸かると、敵集団は感電した。

「じゃあね!」

 リリスは足早にその場を立ち去った。しかし、進行方向からも別の敵集団が押し寄せてきた。

「やっば!」

「いたぞ! 殺せ!」

 相手は銃撃を仕掛けてきたが、なんとか回避し、先ほどの空間に戻った。そして水たまりに脚を突っ込まないように壁にしがみつき、よじ登った。

 敵集団は追いついたが、リリスの姿を見失い、男の一人が小銃を構えながら空間に脚を踏み込む。

「ぐああ!」

 しかし、漏電の影響で男は感電する。後続の男達はそれに怯んで動くことが出来ない。

「あいつ、ショートさせやがったのか!」

「どうする!?」

「……一旦退くぞ。どのみちここじゃ満足に戦えん」

 男達は退却していく。だがリリスは後を追わなかった。待ち伏せを受けることは充分に予想できるからだ。

「やれやれ、どこから行こうかな……」

 この戦闘でリリスが侵入していることは洞窟全体に知られてしまった。下手に動けば、敵のキルゾーンに追い込まれてしまいかねない。

 リリスは空間の上方を見る。そこにはもう一つ空間が存在し、整備の途中だったらしく木箱や機材が乱雑に置かれていた。

 壁の突起を利用し、ロッククライミングのようによじ登って上へ進入すると、木箱に隠れながら奥へと進む。あちこちから風が吹き抜ける音が聞こえ、どこかへ繋がる抜け道があることを確信した。

(こっちなら潜入は簡単そうね……)

 上層は乱雑に置かれていた機材から察した通り、明かりや人の気配が全く無く、大きな石筍が多く身を隠す場所が多かった。

 しばらく移動していると、下から明かりが漏れている場所に出た。匍匐前進で進み、息を殺して下を覗き込むと、大勢の男達が行き来していた。

「あのガキが侵入したぞ!」

「もう一人は!?」

「今はガキの方だ!」

「外も被害が大きい! あっちも救援が必要だ!」

「人質が盗られちゃ、向こうの思うツボだぞ!」

 男達はリリスとカミーラのどちらを優先するべきか言い合っており、指揮系統が混乱しているようだった。

(近くにいるのに気が付かないのかしら)

 慌てふためく男達を見ながら嘲笑し、リリスは手榴弾を三つ投げ込んでその場を立ち去る。

「ん? ぐわあああ!」

 手榴弾は大爆発し、通過していた男達は十数人が吹き飛ぶ。

「爆弾!? いつの間に!?」

「う、上か!! 上にいるぞ!!」

「ガキか!? 銀髪か!?」

「どっちでも良い!! 袋だたきにしてやる!!」

 怒り心頭の男達は梯子をかけて、上層へ上がる。そして小銃のフラッシュライト点けて、内部を照らす。

 男達は三人一組でチームを分け、暗闇の中を捜索する。

「こっちは整備してねえんだよなあ……」

「無駄口を叩くな」

 男達はライトで周辺を照らすも、リリスの姿を発見出来ない。途中で男の一人が、機材に足を引っ掛けて転倒した。

「いて!」

「おい、気をつけろ!」

 だが間を開けず、後ろの方で何かが倒れる音がした。

「なんだお前もか、鈍臭えなあ……」

 後ろでは男が一人、うつ伏せで倒れていた。首元から血を流しながら。

「おい、どうした!?」

 先頭の男が駆け付けると、その際すれ違った仲間が仰向けに突然倒れた。

「……え?」

 倒れた仲間は額に丸い穴が開き、そこから血を流し死んでいた。その事実に驚愕する間もなく、背後から口を押さえられ、耳元で囁かれた。

「眠りなさい」

 喉元に冷たい刃が突き刺さる感覚と共に、男は意識が遠のいていった。男達を襲撃したのは無論、リリスだった。

「うーん、チマチマやっていくのは効率悪いわね……。でも派手にやると挟撃されかねないし、どうしたものか……」

 今のところリリスの方は無傷かつ、敵の方が人的被害が拡大して混乱しているとは言え、地の利は敵の方にあった。

 何気なく、敵の死体の腰にぶら下げてある手榴弾を取った。

「こんな手榴弾じゃ、通路を塞ぐほどの落盤を引き起こすのは無理そうね、武器庫にTNTでもあればなあ、それと――」

 リリスは天井を見上げた。

「カミーラはジャマー破壊出来たかな……」

 カミーラの状況を気にしながら、武器庫へ目指すのだった。


「くそ、どこに消えた!」

「あそこだ!」

「どこだ、ぐあ!」

 ジャマーと対空兵器の近くで戦闘が起こっていた。既にいくつもの対空兵器やジャマーが破壊され、ジャマーに至っては今カミーラの目の前にあるのが最後の一つとなっていた。

(あいつも言ってたけど、確かに大きいわね。あれなら五倍近くの出力が出るわね)

 ジャマーを観察し、カミーラは納得したように一人頷いた。

「あの女、特殊部隊か何かか?」

「それにしたって強すぎだ! 何なんだよあいつは!」

 男達は森の中に潜むカミーラの位置を正確に特定することが出来ず、ほぼ一方的に攻撃を受け続けていた。

「おやおや、厄介なのが来たわね……」

 ローターの音が近付いてきたかと思うと、ヘリコプターが上空に現れる。機種はマーリンが操縦していたものと同じだったが、今回は更にロケットポッドを追加していた。

「いけいけ、ぶっ放せー!! 全部消し炭にしてやれ、塵一つ残すなー!!」

 興奮した男の叫び声に呼応するように、ヘリは機銃やロケット弾を一斉発射し始めた。爆風によって細い木々や低木は吹き飛び、太い木も爆炎によって延焼する。

 やがて掃射が終わり、煙が晴れて大きく抉れた地面が露わになるが、そこにはカミーラの姿は無かった。

「くく、残念だったなあ、これじゃあ墓にも入れねえぜ」

「惜しかったなあ、美人だったのによお」

 男達はカミーラが跡形も無く消え去ったものと思っていたが、それはすぐ覆されることになった。後ろから放たれた一発のロケット弾によって、ヘリが撃墜された。

「うわあ!!」

「どこから!?」

「詰めが甘いんですよ、ってね!!」

 続けて二発の銃弾が生き残った男の額を撃ち抜く。ジャマーの近くには、森の中にいたはずのカミーラがいた。カミーラはヘリの接近察知すると、自分の動きを察知されないように回り込んでいた。

「さーて、お掃除お掃除」

 カミーラは少し距離をとって、ジャマーと対空兵器を破壊した。無線機のランプを確認すると消灯しており、妨害電波はもう無くなっていることが確認できた。

「そろそろ呼びましょうか、ジェイブが寝ていなければ良いけど」

 カミーラは無線の周波数をジェイブに繋がるように設定し、通信した。


 カミーラが送った通信は、ジェイブに届いていた。

「カミーラさんですか?」

「そうよ、敵の拠点を発見した。そこからそう遠くは無いわね。北の方角へ行けば洞窟とキャンプ場がある。対空兵器も残っているだろうから、そこは注意して」

「了解、出撃準備が出来次第、そちらに向かいます、アウト。さて……」

 ジェイブは自機に搭載されていたアラームの音量の設定を変更し、大音量で鳴らした。

「ぎゃあああ!! うるせええええ、なんなんだ敵襲か!?」

 耳を塞ぎながら、アンドレイ達が孤児院から飛び出してきた。

「大佐、敵の拠点が判明しました。すぐに向かいましょう」

「お、おうそうか……。よし、予定通り行動を開始する! もう一踏ん張りだ、頑張ってくれよお前達!」

「了解!!」

 ジェイブはアンドレイ、マーリン、シヴィを含めた十五名の隊員を乗せて、リリス達の加勢に向かった。

「ってちょっと待て! なんでお前までしれっと乗っかってんだ!?」

 アンドレイは何食わぬ顔で乗り込んでいたマーリンに驚愕した。

「良いだろう、どうせ人手不足なんだし」

「仮にも客人死なせたら、俺がお嬢に吊し上げ食らうんだが……」

「まあ護身術は身につけているから、大丈夫だって」

「民間人を戦闘に巻き込んだら、軍人として責任問題に発展するんだがなあ……、はあまあいい」

 肩を落としつつ、アンドレイは渋々同行を許可した。

「かなり暴れ回ったようですね、煙が上がっている」

 シヴィが覗き込むと、至る所から黒煙が上がっており、リリス達の捜索の為か、地上ではトラックや歩兵が忙しなく動き回っていた。

「えーっとジェイブ……だっけ? 地上の敵への攻撃を許可する」

「了解」

 アンドレイの命令と同時に、ジェイブは地上に向かって機銃掃射を開始した。

「前方の崖の上に、緑色のフレアと、破壊されたパラボラアンテナを視認」

「誰がいる?」

「カミーラです」

「お嬢は!?」

「いません」

「……分かった、そこに着陸しろ」

「了解」

 ジェイブはフレアが焚かれている地点に着陸した。着陸と同時にアンドレイはカミーラに詰め寄る。

「お嬢はどこだ!? 何故一緒にいない!?」

「お嬢が望んだからです。私が外部との連絡手段の確保、お嬢が内部突入の下準備を行う。その過程で人質の救出出来れば上等」

「よりによって危険な方をやらせるとか正気か!?」

「暗黙の了解同然に、私達を見送ったのによく言えますね」

 アンドレイは言葉を詰まらせる。

「大丈夫、暗闇はお嬢の庭のようなものです。今頃奴さんは、目隠ししたまま自転車に乗るのとどっちがマシかって、状態に陥ってますよ」

 カミーラはクスクス笑った。

「むしろ敵さんの方が心配ですよ、ちゃんと骨が拾える形保てるか、それを拾う貴方たちの精神が保つか、ね? まあ冗談ですけど」

「何を言って……」

「大佐、敵部隊がこっちに来ました」

 ジェイブを追いかけてきたのか、フレアに引き寄せられたのか、数台のトラックと十数人の歩兵が向かってきた。

「お喋りはここまでだ、今はこいつらの相手だ!」

「そうしますか」

 アンドレイ達は物陰に身を隠し、ジェイブは離陸して空爆の態勢に入った。


 一方でリリスは、敵の武器庫に潜入していた。見張りの男二人を闇討ちし、中のプラスチック爆弾を持ち出した。

「へへー、大量大量。って、なんか盗人みたいね私」

 爆弾を持ち出したリリスは武器庫を抜け出し、人質の捜索を再開した。その道中のことだった。

「あら?」

 感電注意を促す標識が描かれた鉄製の扉があった。中に入ると、そこは発電室だった。発電機が二つ並んでおり、内部のタービンが高速回転している。

「うふふ……」

 リリスは操作盤を操作し、電源を切ると同時に配線を引き千切った。洞窟内は一気に暗闇に包まれ、リリス捜索を行っていた男達は動揺し始めた。

「くそ、発電機がやられた!」

「見えない! どっちだ!?」

「おい騒ぐな! 奴に気付かれるぞ……」

 男達は懐中電灯や小銃のフラッシュライトで辺りを照らし出す。

「う!」

「どうした!? 敵か!?」

「いや、ただの石だ……」

「どうしたら人と石を見間違えるんだ!」

「落ち着けよ、気付かれるって言ったろうが」

「ひっ!」

「なんだ、また石ころか?」

 濃い顎髭を生やしたオークが怪訝そうに訊いた。しかし、訊かれた方のゴブリンは懐中電灯を持った手を震わせながら、やがて落としてしまった。

 オークが前方を照らすと、そこには喉を切り裂かれたエルフが壁に背を付けてもたれかかっていた。

「ダメだ、死んでる!」

 オークが死体を確認すると、後ろからライトを浴びせられた。

「ひっ!」

 懐中電灯を落としたゴブリンが、恐怖のあまり後ろに銃を向けた。だが後ろにいたのは味方だった。

「落ち着け、味方だ。どうした?」

 先頭の黒いニット帽を被った男が尋ねた。

「味方が一人死んでる。ライトも無いのに!」

「落ち着け、きっと暗視装置でも使ってたんだろ。俺たちは持ってねえのに、羨ましい限りだ」

「いや、報告じゃ、アサルトライフル一挺に、拳銃二挺のはずだろう? しかも黒いドレス着ていたとか、場違いもいいとこだ」

「ちっ、俺たちは世間知らずのお嬢様に手をこまねいているのか、泣けるね」

 ニット帽の男は自嘲気味な口調で言った。

「お喋りはここまでだ、さっさと始末しちまおう」

 話を終えた直後だった。オークよりずっと後ろの方で、何かが倒れる音がした。ニット帽の男がそこにライトを照らす。

「なっ!?」

 そこには銃剣を喉に突き立てられた人間の男と、頭を撃ち抜かれたオーク二人の死体があった。

「いつの間に!? どこから?」

「おい、可能な限り死角は作るなよ……」

「ああ……」

 ニット帽の男に諭され、オークは部下達に全ての方向にライトを照らすように指示した。

「狭い通路だ、こんだけ照らせば付け入る隙も無いだろう」

「無駄口叩くな!」

「お、おう……」

――ピチャッ

「今の音は!?」

 水の音を聞き、一斉にその方向へ証明を向ける男達。しかしそこには何も無く、過剰な湿気により鍾乳石から滴り落ちた水滴が水溜まりを作っていた。

「なんだ水か……」

 先頭に立っていた黒いキャップ帽を被ったゴブリンがほっと一息吐けた。

「いやこういう時には後ろに……」

 言いながらニット帽の男が後ろへ振り返った。

「私をお捜し?」

「いたぁーっ!?」

 男達は突如現れたリリスに仰天した。

「もう切符は用意してある、霊柩車の乗車券だけど」

 リリスは細長い金属の棒を持った左手を、見せるように高く掲げた。それは手榴弾の安全ピンだった。

――ドオォン

「ぎゃあああ!!」

 爆発音と共に、男達は断末魔を上げ吹き飛んだ。

「今のはなんだ!?」

 騒ぎを聞きつけ、敵の応援が駆け付けてきた。

「もうコソコソする必要も無いか。さて、楽しいハンティングゲームの始まり始まり~」

 妖しげな笑みを浮かべ、リリスは暗闇の中を駆け出す。

「ふふ、そんなに撃たれたいのね」

 敵の集団が懐中電灯で周辺を照らすが、リリスにとっては良い的だった。明かり目がけて急接近する。

「ぐあ!」

「どこだ!?」

「そこか!?」

(そんな明かり(LED)使っちゃ、暗がりが余計見辛くなるわよ)

 男達は暗闇からのナイフによる奇襲攻撃で次々と倒されていく。

「あっ、見つけ――ぐわっ!!」

(残念でした、これナイフである以前に銃器だからさ)

 男の一人がリリスを発見するも、即座に撃たれる。

「そこにいるのか!!」

(おっとお客さんだね)

 五人組の敵増援が現れ、リリスを照らすや否や銃撃してきた。横の通路に逃げ込み、これを回避する。

「逃がすかよ――うわぁ!!」

 追撃しようとする五人組を、逃げ込むついでに仕掛けておいた爆弾を起爆させ、これを排除する。爆弾の威力は、破片式手榴弾と同じ程度で、岩盤を砕くほどの威力は無い。だが内部に仕込まれた鉄の小片が広範囲に飛び散り、殺傷する。狭い洞窟内では効果抜群だ。

(おっと、この先は)

 リリスが逃げる先に、十字路があった。壁に背をつけて屈み、耳を澄ませた。

(足音に声、ふーん数は十二人前後ってとこかしら?)

 リリスは屈んだまま、通路の曲がり角の陰に爆弾を仕掛け、少し離れた所にある木箱の陰へ隠れた。そして敵集団がそこに足を踏み入れた瞬間に起爆する。

(残ったのがいるね、まあ数秒の命だけど)

 生き残った敵の姿を確認すると、リリスは陰から飛び出して強襲を仕掛けた。

「こっちで爆発が起こったぞ!?」

「急げ!! 『宝物(ほうもつ)』を取られたら、一気に不利になるぞ!!」

(『宝物』……ね)

 どこから聞こえた、敵が発した言葉に興味を持ったリリスは、声の主への接近を試みた。道中で遭遇した敵は拳銃や銃剣で排除していき、やがて鉄の扉の前に辿り着く。扉には鍵は掛かっていなかったものの、内側から閂を掛けられているのか開かなかった。しかし、リリスには奥の手があった。

 扉の前にプラスチック爆弾を取り付けた。この爆弾は建造物の爆破に使われる物で、通路でブービートラップとして使った物とは別物だ。

――ドゴオオオッ

「ぐわああ!!」

 扉は爆破され、その近くにいた敵は巻き込まれ吹き飛ばされる。吹き飛ばした扉の先にいたのは、額左側から右頬にかけて大きな古傷が付いている赤毛のエルフの男と、縄に縛られた初老のゴブリンの女性、そしてエルフの部下と思しき機関銃を装備したオークが二人。

 部屋に入ると同時に閃光弾を投げ込み、エルフ達の視界を奪った。

「うわぁっ!?」

 エルフの男は怯んでバランスを崩し転倒してしまった。耳を劈く破裂音に混じって、銃声と断末魔が響き、駆け足気味の足音が近付き、離れていった。やがて視界が元に戻ると、そこにはリリスとゴブリンの姿は無く、オーク二人の屍が横たわっていた。

「くそ、やられた!!」

 エルフは破られた扉から出ようとしたが、天井が突如崩落した。リリスが敵の追撃を防ぐために仕掛けた爆弾が爆発したのだ。

「くそったれが……!!」

 エルフは間一髪、下敷きになるのを避けられたが、リリスと人質には逃げられてしまった。


「貴女は、姫様!?」

「アンナさんですね? 助けに来ましたよ、仲間も外で待ってますから」

 リリスはアンナを背負いながら、洞窟内を走っていた。

「何故姫様が助けに、軍はどうしたのですか!?」

「あー、悪いけど『姫様』は止めてくれ、妙にむず痒いんだ。それよりお客さんだ」

 二人の目の前に、ライトを点けながら近付いてくる五人の人影があった。小柄な種族とはいえ、人一人背負っている状態にも拘わらず、リリスはアサルトライフルで五人全員射殺する。

「クリア!」

「一体、どこでそんな技を?」

「そりゃ大自然に放り出されて、セクハラ教官に叩き込まれ、盗賊や野生動物にもみくちゃにされりゃ嫌でもこうなる」

「え、えぇ……?」

 理解出来ないと言わんばかりに口を半開きにしながら、アンナはリリスの戦闘を見守る。

 しばらく進んで、十字路に辿り着いた。その内、右側から光が漏れており、覗き見ると出口が見えた。だが敵の数も多く、十人以上の銃を持った男達が待ち伏せしていた。しかし幸いな事に、相手はリリス達に気付いていない。

「ちっ、こんな時にうじゃうじゃ出やがって……」

「姫様……」

「……しゃーない、ちょっとからかってやるか」

 リリスはアンナを背負ったまま、敵から見て死角になっている曲がり角に爆弾を仕掛けた。その後、ライフルの先端に、細長いスティック状の物を差し込んだ。

「姫様、それは?」

「ライフルグレネード。うーん、角度はこんなもんかな」

 リリスはライフルのストックを足下に固定し、引き金を引いた。グレネードは敵集団へと飛んでいく。

「ぐわあああ!!」

「もう来ていたのか!」

「うーん、予想より多いなあ……」

 グレネードの爆発により大半が吹き飛んだものの、奥からさらに十数人の敵集団が現れる。リリスは曲がり角を盾に、銃撃で応戦する。

「くそ!」

 敵の一人が手榴弾を投げようとしていた。しかしリリスは、それを正確に撃ち抜き自爆させる。これにより、五人をまとめて吹き飛ばした。生き残った敵もいたが、破片で負傷しているせいで、武器を構えるどころか、立つことすらままならない状態だった。

 そんな弱った敵に対しても、リリスは容赦なくトドメを刺す。

「爆弾は結局使わなかったか。まあ良いけど」

 敵を排除し、出口まで向かおうとすると、背後から足音と声がした。

「追え! 逃がすな!」

「あらー、爆弾は無駄にならなかったようね」

 リリスは後ろを振り返り、不適な笑みを浮かべながらリモコンのスイッチを押した。

「ぎゃああああ!!」

 爆弾の爆発で、追撃部隊は全滅。リリス達は洞窟の外に脱出した。

「ふー、やっとお天道様を拝めるや」

 日差しの眩しさに、片手で顔を覆いながら、腰にぶら下げていた無線を取り出す。


 激しい銃撃戦が繰り広げられる中、カミーラに無線が入った。

「お嬢?」

「人質は確保した。今どこにいる?」

「岩山の上です。目印を用意する、少しお待ちを」

 カミーラ拳銃の銃口に、丸い物体を差し込み、上に向かって撃った。差し込んだ物は信号弾で、赤い光を出しながら上昇し、その後ゆっくり落下していく。

「フレアを確認した。今そっちに向かう」

「こちらからもお迎えに行きますよ、簡単に死なないで下さいね」

「バカ、アンタの稽古以外で死にかけたことあったか?」

「はは、まあとにかく人質は死なせないで下さい、以上」

 カミーラは無線を切ると、近くにいたアンドレイに対し耳打ちした。

「今からお嬢の迎えに行く」

「了解、ここは任せとけ」

 カミーラは弾よけに使っていたトラックのスクラップから飛び出し、崖へ真っ直ぐ向かった。

「おいおいおいおい、冗談だろ!?」

「死ぬ気かよあいつ!?」

 敵も味方も、カミーラの行動に唖然としていた。命綱も使わずに、崖から飛び降りたように見えたからだ。だが実際は垂直の岩肌に足をつけて、崖を「駆け下りた」のだ。しかもこの不安定な状態でリリスから無線が入っても、涼しい顔で応答した。

「はい」

「それともう一つ言い忘れてたけど、指名手配犯がいた。アールト・マイヤラだ、知ってる?」

「ああ、顔に傷がついた、赤髪のエルフのことですか? てことは、ここの盗賊は……」

スカーレットレオ(紅い獅子)、マイヤラ兄弟が率いている集団ね、検挙しようとしたら、戦争勃発でそれどころじゃなくなったのよね」

「ハイエナのような連中です、軍の弱り目に勢力を拡大させて、良い度胸です」

 カミーラが崖を下りきった先にはサブマシンガンを装備したゴブリンが二人いたが、不意を突かれる形で為す術もなく二人とも喉を切り裂かれる。

「お嬢、現在崖を下りきったところです、現在地は?」

「現在地? あー、教えないよ、てか要らんでしょ」

 カミーラの目の前に、アンナを担いだリリスが駆け寄って来るのが見えた。

「待ってた?」

「いえ、ついさっき来たばかりですよ。お友達は上で、お楽しみ中です」

「お楽しみを独り占めされちゃかなわないな。いや、してたのは私の方か」

 アンナの身柄をカミーラに預けると、上空から複数の空挺隊員を搭乗させたジェイブが降下してきた。

「リリス様! 大丈夫ですか!?」

「私より彼女の心配しなさい、救助対象はこっちだ」

 自分だけ気にする兵達に苛立ちながら、リリスはアンナの収容を促した。そしてジェイブの機内に収容されたことを確認したその時だった。

――ガァン

 突如響く銃声、それと同時にうつ伏せに崩れるリリス。兵とアンナが動揺していると、茂みから高笑いする声がした。

「誰です? ――まあ分かり切っちゃいますがね」

 茂みからは顔に傷のある赤髪のエルフことアールト・マイヤラと、その後ろには彼の手下である男達が控えていた。

「お姫様ぶち殺された気分はどうだ、ええ? 侍女さんよぉ」

 アールトの持つライフルから煙が出ていた。

「姫様ああああっ!!」

「貴様!!」

 アンナは絶望の余り絶叫し、兵は怒りの余り発砲しようとするも、カミーラに制される。

「カミーラ殿、奴らを見逃せとでも言うのですか!?」

 カミーラは答えず、ただ微笑を浮かべるだけだった。

「へへ、主人がいなくなって寂しいだろ。俺なら歓迎するぜえ? 仕える主人のいない従者なんて空しいだけだ、悪いようにはしねえよ」

 アールトは厭らしく笑いかけながら、カミーラを勧誘する。

「……使用人には様々な仕事あるんです。身の回りの世話をしたり、家屋の掃除をしたり、料理をしたり、片手間で警備も行ったりね」

「ほう、てことはそれなりに経験も豊富ってわけだ」

「まあもっとも、お嬢は基本的に自分のことは自分で全部済ましてしまいますから、私が付け入る隙なんて殆ど無くて、毎日が歯痒くてねえ」

「そうかい、まあ安心しろ、暇になんてさせねえからよ」

 カミーラの一人語りに、周囲は戸惑いを隠せなかった。主人の死に打ちひしがれるわけでも、かといって敵の誘惑に乗るわけでも無い。

「ですから、私の基本業務は家庭教師(ガヴァネス)、それも護身術や武器の扱いです。后様直伝の、ね」

「へ?」

「あー、ちなみにいうとですね、后様は武器や武術だけでなく、気功術も得意でしてね、分かりやすく言うと身体能力を上げる技術です。攻撃力・俊敏性・自然治癒力・そして、『防御力』もね……」

 最後の言葉に、アールト達に戦慄が走る。それと同時に、それは杞憂であって欲しいと激しく願った。だがそれは、むなしく砕け散ることとなった。

「お嬢、いつまで狸寝入りしているんですか? でないと私、ガヴァネス解雇どころじゃ済まなくなっちゃいますよ? 何より、アレの使い方忘れたなんて言いませんよね?」

 カミーラが言うと、リリスの指先がピクリと動き出した。

「ば、バカな!!」

 アールトは否定するように叫ぶも、それは止まらない。やがてリリスは掌を地面に付け、膝を腰の下に畳み、ゆっくりと上半身を上げていく。

「あーあ、痛いじゃないの。おまけに一張羅が台無しだわ。どうしてくれるのよ」

 起き上がったリリスはアールト側へと振り向き、ニヤリと不敵に笑った。そして右手を背中に回し、服の中にある「異物」を取り出し、前へ突き出す。

(これ)、撃ったのは誰かな~、正直に言ってご覧なさい、怒らないから」

 右手で摘まみ上げられた、先がひしゃげた弾丸を見て、アールト達は青ざめた。

「う、うわあああああっ!!」

 アールト達は半狂乱状態でリリスに弾幕を浴びせかけるが、銃弾のストッピングパワーで体が僅かに震えただけで、倒れる様子がない。そればかりか、弾丸があり得ない挙動を見せている。

「跳ね返っている!?」

 銃弾はリリスの体に当たり、跳弾していた。先端が丸い拳銃弾が顕著だった。

「……あーあ、()()穴だらけになっちゃった」

「遊んでいるからですよ、全く……」

 カミーラが呆れたように、前髪を掻き分ける。

「次はこんな豆鉄砲ごときで穴が空かない服が良いなあ~」

「ならアラミド繊維製の服にしますか?」

「紫外線は?」

「うーん、そっちは弱いんですよね」

「流石に贅沢過ぎるか」

 二人だけで盛り上がっていて、他はほぼ置いてけぼり状況。それを打開するように、我に返ったアンナがリリスに尋ねた。

「姫様、今のは!?」

「今のは気功術のほんの一部分に過ぎない。(オド)を自在に操り、生き物が持つ本来の力を引き出す。これが気功術の真髄」

 気功術とは、生物の体にあるオドと呼ばれる物質を張り巡らせ、様々な能力を引き出す技術だ。生物の外に存在するマナを扱う魔術とはある意味対の技術で、最大の利点は扱う場所や条件を選ばないことだ。

 魔術の要となるマナは場所によって異なり、高レベルの魔法を使う場合はマナが多い土地で行うか、予め大量のマナを用意しておく必要がある。

 反面気功術は、生き物の体内のオドを使用するため、コンディションさえ良ければどこでも安定して使えるというメリットを持つ。ただし、使用者にはそれを効果的に行うための訓練に要する時間が魔法と比べると膨大であるため、それこそ幼少の時期からの修行が不可欠なため、一年や二年の訓練では付け焼き刃にもならないというデメリットを持ち、今ではほぼ廃れてしまっており、魔法と比べマイナーな技術となってしまっている。そればかりか、存在自体知らない者も多い。

「なんて奴だ……、ありゃ人間の皮被った戦車じゃねえか……」

 アールトはワナワナ震えながら振り返ると、手下の何人かがロケットランチャーを担いでいるのに気付いた。

「お前ら、ロケットを奴にぶち込んでやれ!!」

 アールトの指示により、ロケットランチャーを担ぎ出す手下達。しかし、弾頭が前を向くときには既に状況は変わっていた。

「遅い」

 リリスはロケットランチャーを構えた手下の目の前まで詰め寄ると、その顔面を思い切り殴りつけた。

「ーっ!!」

 言葉にならない悲鳴を上げながら、後方五メートルもの距離を吹っ飛ばされていった。

 その光景に、アールトも手下も理解が追いついていなかった。殴っただけで五メートルも吹っ飛ばしただけではない。アールトとカミーラ達との距離は三メートルは離れていた。それを一瞬で、距離を詰めてきたのだ。

 リリスの攻勢はまだ終わらない。すぐ近くでナイフを抜き始めた手下には、貫手で胸を貫く。続いて背後から拳銃で撃とうとしている者を回し蹴りで頭を蹴り飛ばすが、蹴りが強すぎて頭部が首から千切れてしまった。

「ぎゃあああ!! ば、化け物ーっ!!」

 恐慌状態に陥ったアールト達は、背中を見せて逃げ出そうとするが、それは許されなかった。一番近くにいた者は腕を掴まれ、そのまま羽交い締めにされると首を折られた。そして折った首を掴んで、そのまま投げ槍のように投げた。

「うわ!」

「ぐわ!」

 死体は山なりに飛んでいき、先頭のアールトに直撃する。そのせいで一団は一斉に前のめりに倒れ込んでしまった。そして起き上がった者から拳銃で次々と射殺していく。

「畜生!」

 最後の悪あがきでアールトの放った弾がリリスの額を直撃するも、若干仰け反っただけで赤い痣が出来た以外ほぼ無傷という有様だった。

「うふふ、仰向けになって藻掻くばかり、まるでひっくり返されたコガネムシのよう」

「く、来るんじゃねえ!! 化け物が!!」

 暴言を吐かれたリリスは、眉を下げた。

「化け物とは、ひどいじゃない。せめて、『魔王様』と呼びなさい」

 妖しく笑うリリスに、アールトは言葉を失い、失禁までしてしまった。

「この名で呼ばれる者は様々です。圧政を敷く暴君、残虐な殺人鬼、あるいは圧倒的な力を持った猛者を指すことも」

 リリスはゆっくり近付き、恐怖で硬直したその顔に銃口を向けた。

「貴方には、私がどんな魔王に見えるかしら?」

 それが、アールトが最期に聞く言葉となった。


「お嬢!!」

 残党を排除し終えたアンドレイが、部下を引き連れてきた。

「そいつは確か……」

 アンドレイはリリスの足下に転がっているエルフの死体に気付いた。

「私の独断でやったことだ」

「お嬢……」

「分かっている。然るべき所に出し、裁きを与えるべきだったが、私刑にかけてしまった」

「そうじゃない。わざわざお嬢が手を下さなくても……」

 再びリリスは眉を下げた。

「今更ね、私が手を汚さず二年間も生きていたと?」

「しかし……」

「手を汚すなら、貴方たちと一緒よ。私は神でも超人でもない、ただの人間だ」

 アンドレイの横に並び、背中を軽く叩きながら続ける。

「私を特別扱いするな。何度言わせれば分かる?」

「……了解」

 この時、アンドレイは恐怖していた。リリスのことを帝国の一国民ではなく、指導者として見なしていることが。それが元で、前大戦で軍が総崩れになってしまったのを目の当たりにしたからだ。

 もし彼女を失った時、自分は軍を、国を立て直せるのだろうか。そんな不安が脳裏をよぎった。

 しかし当の本人はアンナの体調を診たり、隊員に後始末の指示を出しながらカミーラと談笑したりとあまり自分の立場を意識していないようだった。

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