世界の半分はやれなくても寝泊まりするとこはあげましょう
起床したリリス達は、朝食を済ますと早速行動を起こした。まずカミーラに、ジープで首都内を走らせ、オートマタの残骸を回収。それを生家の地下室に届けると、リリスが残骸から状態良好なパーツを回収、それを継ぎ接ぎすることで蘇らせるのだ。
回収するオートマタの優先順位は軍民問わず、工事・工作用、輸送用、戦闘用とした。
「うんうん、よく動くわねえ」
リリスは目の前で歩く人型戦闘用のオートマタを見て満足そうに頷く。稼働テストの結果を確認した後、今度は四脚歩行の工作用オートマタに手を付けた。
「あり、シリンダー焼き付いて痛んでいるねえ。そういや、さっき使えねえーってポイ捨てした奴に代替部品が……、あーあったあった!」
リリスはスクラップにする予定だったエンジンを分解、シリンダーを取り出し、その他細かい部品も使える物は保存することにした。
「お嬢、これらが直ったらどこから手を付けましょう?」
オートマタの残骸を抱えて、地下室へと下りてきた。
「まずは道路とかの邪魔な瓦礫撤去しないと、まともに歩けないしそこからね」
「御意」
カミーラは残骸を置くと、地上に戻っていった。
コキュートスより南方二百キロ程離れた平野で、黒いローブを羽織った男がいた。彼は背中に、先端が尖った水晶を取り付けた杖を背負っており、二輪車のハンドルとペダルのような物が付いた、低空ながら空飛ぶ細長い乗り物「ブルーム」に乗って移動していた。
「思ったより寒くはないな。まだ南側だからか」
呟きながら後方確認用のミラーで後ろを確認した。
「なんか来やがった……」
男と同じブルームで追跡してくる、緑がかった肌に長い耳、小柄な体格をした三人組の男達が接近していた。
「ありゃゴブリンか、オークだったら詰んでたな」
ゴブリンはこの大陸に住む種族の中では小柄で、単体での力は弱くオークとは比べ物にもならないが、集団で囲まれるとかなり厄介な存在と化する。そもそも彼らは基本集団での戦闘を好む。帝国軍の中には単独で多大な戦果を挙げた者もいたが、それでも仲間との連携を基礎としている。
ゴブリンのブルームには機銃が付いており、それで発砲してきた。
「やっべ、あんなもん付いてんのかよあれ」
7.7×60ミリの連装砲など、当たり所が悪ければソフトスキンは二、三発貰えば車体を貫通しエンジンや燃料タンクを直撃、ましてや男のブルームなど一発の被弾も命取りとなる。
「だがな、こっちは装甲は紙だが火力はガチだぜ!」
男は脇に差した短い杖を抜き、二回円を描く。そして白い光球を発生させ、ゴブリンのブルームに向かって放った。光球は直撃し、ブルームはスピンし岩に激突し、吹き飛んだ。
これで本気になったのか、ゴブリンはオーバーヒートもジャムもお構いなしと言わんばかりに機銃を撃乱射し始めた。さっきまでは数発ずつ慎重に撃っていたのだが、今の状態では一瞬でも前に出れば即被弾は免れない。
「しゃーない、こいつでどうにか……」
男は杖から平たい光弾を出し、次々と地面にばらまくように放つ。光弾はしばらく残り、その真上を通過したゴブリンのブルームは吹き飛んだ。
「爆発するまきびしってのも、こうして使うとなかなか使えるよな……おっと」
安心するにはまだ早かったようだ。男の真正面にトラックやジープで塞ぎ、ロケットランチャーを構えたゴブリン達がいた。
「なんてこったい」
ゴブリン達は一斉に発射したが、なんとか車体を逸らして回避する。続けて機関銃の弾幕が襲ってきたが、こちらには一発被弾し、燃料が漏れてしまう。
「ああもう! こうなりゃ道連れだ!」
男は弾を避けながらハンドル右に付いているアクセルを強く握り、速度メーターが時速二百キロを超えた瞬間飛び降りた。
「うわあああ!」
ゴブリン達は叫びながら、男のブルームと衝突し、吹っ飛ばされる。さらにブルームはトラックに突き刺さり、燃料タンクに穴が開いた上に引火したのか大爆発を起こし、残るゴブリンも炎に包まれた。
「ぎゃああああ!」
「たく、無闇に喧嘩売っからだ馬鹿! あーあ、次はもうちょい頑丈なの買お」
男は大破したブルームを見て溜息を吐いたが、応援らしきゴブリンが一台のブルームに三人乗ってやってきた。
「命対価に弁償してもらうか」
男はニヤリと笑い、背中の長い杖を構え、小声で詠唱する。
「タイムトラップ!」
男が叫ぶと、ゴブリン達の真下に四角の魔方陣が現れ、ブルームごと止まってしまう。ゴブリン達の表情も、下卑な笑みのまま固まった。まるで魔方陣の中だけ時間が止まっているがごとく。
「んじゃ貰うわ」
男はゴブリンを全員、ブルームから落とし、跨がった後に魔方陣を消した。
「あああああっ!?」
ゴブリンは三人とも絶叫しながら、転がった。
「おおっ、すげえ速い!」
男はブレーキを掛け、一旦停めてからゴブリン達に杖を向ける。
「なんだ……?」
ゴブリンの一人が、顔を血だらけにして頭を押さえながら、朦朧とする意識の中男を見るが、杖の水晶が一瞬光った瞬間、背中に衝撃が走り、完全に意識が無くなる。空から落ちてきた巨大な氷柱に、身体を貫かれた為だ。無論、男が発生させたものである。
「次が来る前にずらかるか」
男は奪ったブルームに跨がり、移動を再開した。
修理完了したオートマタの稼働数が、二十を越えたところでリリスは休憩に入ることにした。
「後は任せたわ」
「了解」
修理用のオートマタを稼働させ、休憩中は彼らに任せ、リリスは外に停めてあるジープの後部座席を占領し、横になって昼寝を始めた。
「お嬢、私もそろそろ休憩を……、あれ?」
カミーラはジープで横になっていたリリスを見て、邪な想いが頭をよぎった。
「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけ……!」
カミーラはリリスの胸に手を伸ばそうとする。しかし、後数センチというところで、撃鉄を引く音が背後からした。恐る恐る振り返ると、そこには人型戦闘用オートマタが銃を構えていた。
「あら? エラーかしら?」
カミーラは冷や汗を滝のように流しながら尋ねた。
「ノー、マイマスター・りりすヨリ命令。『私に近付く敵対勢力を抹殺、邪なスケベは排除せよ』トノコト」
「トイウワケデ」
「排除」
「排除」
「排除」
「え、ちょっと待った、タンマ! ちょ、縛りプレイはやめてー!」
カミーラはオートマタにロープでグルグル巻きにされた挙げ句、どこかへ連れて行かれた。
「懲リマセンネー」
オートマタの残骸の回収を手伝っていたW21も、カミーラの変態っぷりに呆れていた。
「はあ、はあ、ふう。森はマジでしんどいぜ……」
ゴブリンの襲撃を凌ぎ、森に入った男だったが、視界の悪さと獣の襲撃で疲労していた。しかもブルームは燃料が無くなりかけていた。
「燃費悪いー……。しかもなんか寒くなってきたな……」
気付けば雪が降り始め、吐く息も白くなり、地面にも霜が目立ち始めた。
「なんか段々視界空けてきたな……。木も変わってきたし」
今まで広葉樹が多かったのだが、雪が降り始めた所で針葉樹が目立ち始めた。さらに樹木の密度も小さく、通り抜けやすくなってきた。
「どこに抜けるんだろうな?」
遂に森を抜けた男を待ち受けていたのは、一面銀世界の平原だった。
「うへー、通りで寒いわけだよ……」
突然の景色の変貌ぶりに驚きつつも、男はブルームを走らせる。視界は劣悪で、時折吹雪に混じって獣の遠吠えや航空機のエンジン音が聞こえてくる。
「あー、やだやだ。遭遇なんかごめんだぜ……。あっ!?」
男の不安を煽るかのように、ブルームの燃料がとうとう底を尽きてしまった。
「マジかよ、こんな時に!」
男は諦め、ブルームを降り、懐から円形状の端末・『マーダー』を取り出す。マナを放出し、約一キロメートル先の地形を調べるのに使う。仕組みは、前方にマナを放出し、その跳ね返り具合から地形を調べるというもの。レーダーやソナーと比べると安価なので、冒険者がよく使用する。
男は左右前後にマーダーをかざし、野宿に適した小屋や洞窟が無いか探す。
十分程度歩いた所で、人工物の反応を捉えた。
「野戦飛行場跡か……?」
画像には、不自然に開け、更に平らに整地された土地、その隣に建つ塔と倉庫らしき建物が粗く映っていた。
「ブルーム、無いかなー……」
男は小走りで、反応があった方角に進んだ。足が取られて何度か転びそうになりながらも、なんとか薄らと見える位置まで近付けた。
「あったぞ!」
歓喜して走り出したが、飛行場付近を徘徊する者達を目にして足を止めた。
「やべえ、明らかにヤバそうな連中がいる……」
それは森を抜ける前の平原でも遭遇した、ゴブリンだった。だが今回はオークや、肌がやや褐色の男がが銃を担いで歩き回っていた。しかも統一性の無い装備や服装、その服も端がボロボロだったりボタンが一つ外れていたりして乱れており、帝国軍の正規兵ではないことは明らかで、話をまともに聞くような輩では無いことは確実だ。
「オークはヤバいよなぁ……、それとキュバス族か。あいつら普段ヘラヘラして遊び人みてえな連中だがマジになると……、ああ怖い」
キュバス族とは二フルへイム大陸南方沿岸に住む種族で、肌が褐色で耳の形状がやや尖っている以外は人間と殆ど変わりは無い。
彼らは社交的で、他種族との交流が盛んになった時代からは、接客業を主な生業としてきた。
身体能力は人間とほとんど差は無いが、技術力は高く、特に武具は帝国軍内で信頼性に定評がある。何か奇抜な特徴があるわけでもないのだが、ミスの許されない特殊部隊では好評だ。
ただ戦士として見ると、その評価は両極端で、例えば一千人程度の連合軍に対し、三千人のキュバス族の兵士を送り込んだものの敗退したり、連合軍の百機のもの爆撃部隊に対し、五百機の迎撃機を上げて結局拠点への爆撃を許したり、かと思えば特殊潜航艇十数隻で、連合軍の戦艦五隻・重巡洋艦十隻・空母三隻もの大艦隊相手に致命的な打撃を与えた他、三百台の連合軍の機甲部隊相手に、碌な対戦車兵器も無しにたった三十人の兵士で地雷と手榴弾そして対戦車ライフルと重機関銃だけで撃破するなどの戦果も挙げている。
戦果に関しては、前者は大戦初期の頃のもので、後者は末期のものであるから、単純に練度の差ではないかという話もあるが。
「どうするか……、とりあえず乗り物だけパクるか……」
男は警備の目を潜り、ブルームのような乗り物が無いか探した。
「ザル警備で助かった」
男は一番警備が手薄な格納庫を見つけた。そこには機関銃を二つ搭載した重武装のブルームが、十台以上置かれていた。しかも、座席には搭乗者を守るシールド発生装置が組み込まれている。搭乗者のマナを扱う能力に比例し防御力を上げる、安定性に欠けるかなり古いタイプだが、男は魔導師なので、そこまで問題ではないし、むしろ防御力を自在に調節できるため好都合だった。
「よーし、こいつ使って脱出するか」
男はこっそりブルームを運び出し、エンジンを動かしたが、一瞬震えたくらいで止まり、それっきり動かなくなってしまった。
「おい!? ちょっと洒落にならんだろこれ! たくこのポンコツが、動け! 動けってんだ……あいた!」
エンジンを思い切り蹴った男は、つま先を押さえて跳ねた。
「たく、もうちょいメンテしっかりしろよな……」
男は機械の知識など持ち合わせてないので、仕方なく格納庫に戻ることにした。
「たく、ちゃんとした奴ねえのかよ? まあ動かしてみるまで分からんのばっかだが!」
男は外に持ち出すことはせず、その場でエンジンを動かすという、警備が薄く吹雪が強いとはいえ危険極まりないことをした。
そして五台目を調べたところ、それは起きた。
「やっとまともな奴きた。しかし稼働率低すぎ、機械がポンコツなら連中の頭もポンコツなんだな」
「悪かったな、泥棒」
「え?」
男が入り口に目を向けると、キュバス族の男二人とオーク族の男一人が銃を構えて睨み付けていた。
「さっきから変な音がすると思ったら、とんだ鼠が紛れていたもんだ!」
オーク族の男が吐き捨てるように言った。
「はっ、堂々と正面から出向いて『貸して下さい』って言って貸すのか、お前らは?」
「するかアホが。こいつはコキュートス攻略に必要な装備だからな」
「……聞くまでもないだろうが、何故首都に? 政権奪取でも企んでいるのか?」
「政権奪取だ? 下らねえなぁ! 帝国は建国だ、統一だとか言いながら俺達を蔑ろにしやがって、俺達は自由気ままにやりてえのに、奴らは邪魔しやがった! だから奪う物奪って、後は瓦礫の山にしてやるのさ!」
「ああ……、要するにお前らはガキ過ぎてハブられたのか。建国の際に、帝国との同調を拒んだ奴がいるとは聞いたがな」
ニフルへイム帝国の建国の際、ルシフェルは建国以前から存在していた、各種族が築いていた都市国家や勢力の元へ赴き、国家建設に協力を求めた。応じた者達はそのまま帝国の一員として迎え入れられたが、中には同調を拒否し、独立性を保つことを選んだ勢力も存在した。
だがこの施設にいる者達は犯罪組織のようなもの。国家を建設するということは法が生まれ、規律が生まれ、規制が生まれる。彼らからすれば、国家建設は目障り極まりなく、これまでこれまで法に触れるようなことがあっても都市国家の自警団や、勢力の私兵を相手にする程度だったのが、より強力な警察組織や軍隊を相手取らなければならず、略奪で糧を得ていた盗賊達にとって暗黒時代の到来となった。
「日頃の行いが悪すぎて自分の首を絞めてることに気付けってーの、ヴァーカ!」
男は露骨に挑発し、オーク族の男は憤慨した。
「てめえ……! ぶっ殺してやる!」
「やってみな」
男は杖を翳した。すると、警備兵の背後から、白く光る巨大な槍のような物が突っ込んできた。
「ぐああ!」
警備兵達は完全に死角を突かれた形になり、呆気なく倒れた。
「じゃあな、テロリスト共」
男はエンジンを起動し、フェンスを突き破り、脱出を試みた。が、案の定ブルームに加えスノーモービルや機銃二丁を装備したヘリコプター、四つのプロペラを持ち機銃を一丁で武装した飛行型オートマタの追っ手が追撃を仕掛けてきた。
「ああ、もう! しつけえったらありゃしない! これでも食らいやがれ!」
男は杖をかざし、後方に落雷を発生させる。
「ぐああ!」
しかし、十数回放った割には命中率はよろしくなく、スノーモービルやブルームを三台破壊した程度だった。
「ライトニングじゃ全然駄目だな……、じゃあこれはどうかな」
今度は後方に、炎を壁のように発生させる。
「ぎゃああ!」
スノーモービルやブルームは飛び越えることが出来ず、そのまま焼かれて全滅してしまったが、オートマタとヘリは機銃掃射をしながら追跡を続けた。その際、弾丸の一発がエンジンに被弾し、黒煙が発生する。
「うがああ、また壊れたー! あいつら何回壊す気だこの野郎! どっか逃げ込めるとこ無いか?」
男は周辺を見回し、隠れられる所を探す。一瞬だけ吹雪が弱まると、目の前に洞窟が見えた。
「仮に逃げ込んでも待ち伏せされるだろうな……」
男はヘリとオートマタを見て考えた。改めて数えてみると、ヘリは一機だけ、オートマタは二機だけだった。
「オートマタはこの際消えてもらおう」
男は杖をかざし、白い光弾を二発発射する。光弾は追尾する性質を持ち、オートマタは回避出来ず二機とも墜落、男は洞窟に逃げ込んだ。
ヘリはそれ以上追跡することは出来ず、仕方なく乗員二人は拳銃と短機関銃を持って降りた。
「おらあ! 出てこいクソ野郎! 蜂の巣にしてやっからよお!」
暗視ゴーグルを装備したゴブリンの男は、拳銃を三発発砲しながら怒鳴った。
「おいおい無駄撃ちすんなよ」
同じく暗視ゴーグルを装備し、口元を白い布で隠している、短機関銃を装備したキュバス族の男は宥めた。そして二人は洞窟内に足を踏み入れた。中は凹凸があまりなく、照明さえあれば徒歩はおろか、車幅さえ合っていればオフロード車でも余裕で通れるくらいだ。
「暗視ゴーグルは便利だよなあ」
「くく、奥までバッチリだ。案の定奥にいやがった」
ゴブリンの男は奥で停まっているブルームを発見した。しかし、正面を向けていることに対し二人は全く何の疑問も抱いていなかった。
「ここで引導渡してやるよ!」
キュバス族の男が引き金を引こうとすると、突如ブルームの照明が点き、洞窟内を照らす。
「ぐあああ!」
「目、目があああ!」
弱い光を増幅させる暗視ゴーグルを付けた状態で強い光を目にすれば、その強さに目を眩ませられる。しかも二人が付けていたゴーグルは粗悪な安物だったのか、慌てて外した彼らの目の周りは赤く焼けていた。
「すまんなお二人さん。川の渡り賃の代わりに鉛玉貰っていってくれ」
男はブルームに跨がった状態で機銃を発射し、なぎ払う。
「さーて、ヘリは壊れてないよな?」
男は他に追っ手はいないか慎重に確認しながら、洞窟を出て、コクピットに乗り込んだ。だがここで重大な事に気付く。
「そーいやどうやって操縦すんの?」
男はブルームや車くらいなら運転したことはあるが、航空機の類は一切したことはない。
「まあ良いか! 適当にいじってりゃどうにかなるだろ!」
男はコクピットにある計器などのスイッチを一通り押し、レバーを押したり引いたりしてみた。その結果、プロペラが回転を始める」
「おおー、動いた動いた!」
徐々に離陸し、高度が五百メートルに達したところで操縦桿を適当に傾けてみる。
「うおー、すげー! 俺飛んでるぜー!」
しかし、興奮して調子に乗りすぎたせいか、機体の揺れが大きくなり不安定になり、警報まで鳴る始末。
「あり? なんかヤバくね?」
男は操縦桿を小刻みに動かしなんとか姿勢を安定させた。ようやく揺れが収まったところ、吹雪とは違う轟音が響く。空に目を向けると、四発エンジンの中型の輸送機が五機、それに続くタンデムローター式のヘリが十機が遥か上空を飛んでいた。
「あれ、さっきの飛行場にいた奴らじゃないか?」
男は飛行場の比較的警備が厳重だった格納庫に、いくつもの航空機があったことを思い出した。航空機の編隊がどこに向かっているか気になり、後を追うことにした。
「これで空の警備は万全かしらね」
リリスは休憩が終わると、オートマタに手伝わせながら外壁に小型のパラボラアンテナを設置した。最新の防空レーダーは今のリリスでは流石に直せないため、探知距離などが劣るものの、オートマタとの最低限のデータリンク能力を持つため、一度は解体され、空港の倉庫に眠っていたものを再び組み立てた。
「あと何か無かったかなー。SAMとかあれば、対空砲とかも」
リリスはレーダーの機材がしまってあった空港の倉庫に再び向かった。空港は戦闘機が離着陸していたこともあり、空爆の痕が施設や滑走路にいくつかあった。
リリスが到着した頃には、既に工事用の四脚オートマタにより、破壊された戦闘機型のオートマタの残骸を格納庫前へ集められていた。その数二十機分。損害が大きいのが多く、ニコイチどころか、十機分消費して一機に仕立てられるかどうかというレベルの損傷だった。
「仮に修理が出来ても、こいつらで制空権取れるかどうかすら怪しいわね……」
呟きつつも、リリスはスパナやドライバー、溶接機を持ち込んで修理を始めた。
「エンジン無事なのは、九基か……。双発だってのにこれじゃあね、飛ばせるのは四機弱ってとこかしら。ウェポンベイ内のハードポイントは結構無事なのが多いわね。AIとそれに連動する姿勢制御システムは、三機分かー……。機関砲はなんとか使えそう?」
解体したパーツを、一つ一つ鑑定しながら、使えると判断した物から組み立てていく。使えないパーツも、更に細かく分解した上で再度組み上げていった。その甲斐あって、エンジンは九基から十四基に、AIは八基に、姿勢制御システムは十基まで使用可能に出来た。
そして最初の一機が仕上がった。出来上がった機体は双発のジェットエンジンを搭載し、後退翼に傾斜した垂直尾翼二枚を備え、機首にはコクピットの代わりにAIと白いモノアイがあり、武装は小型の空対空ミサイルを胴体に四発内蔵し、機首の根元に二基の機関砲を装備する、白や灰色を基調とした迷彩柄の無人戦闘機だった。
型番はWau1A1、W21と同じヴント・エアクラフト社が初めて開発した、完全自動操縦の無人戦闘機。しかし、最初から無人戦闘機として設計された訳ではなく、元は高等訓練用の標的機として作られた物を、型番にA1を付け足し戦闘機として改造したのだ。元より高機動で訓練でも機関砲を掠めるのがやっとと言われた本機を戦闘機にしたものだから、エデン軍の戦闘機部隊は制空権を十分に取れなかったという。
「……なんでお父様は無人兵器を主力に据えなかったのかしら?」
ルシフェルが戦闘用オートマタを、主力ではなく有人兵器の補助として軍に運用させていた。だが、決して信頼性が低かった訳ではない。
「お父様も元は優秀なエンジニアだって聞いたけど、どうなんだろ? まあとりあえず……」
リリスは早速AIを起動した。起動から五秒後に、自機の状態を自己判断し始めた。
「メインエンジン出力良好、他各機器ノ動作問題アリマセン」
「分かった。テスト飛行を開始、軽めの哨戒飛行も兼ね、十分後に帰投」
「了解」
Wau1A1は離陸し、鉛色の空へ上がっていった。だが空の色とは裏腹に、リリスの心は晴れ晴れとしていた。
「ガラクタがこんなにスイスイ動いてくれるのは、やっぱ技術者として冥利に尽きるわ~」
「悦ニ浸ッテイル暇アッタラサッサト次修理スル!」
残骸を運んできたW21が、後ろに荷を下ろして急かす。
「はいはい、にしても貴方随分と人間臭くなったわねー……。型番のW21じゃアレだし……、名前考えなきゃねえ、なるべく被らないように……」
リリスは自我を感じられるようになったW21を、ただの機械、それ以前に量産が効くただの道具として見ることに抵抗感を覚えた。
「アンマリ凝ッタノハ考エナクテ良イノデ、トリアエズJ11-L7トデモオ呼ビ下サイ」
「え、何それ?」
「私自身ノLot番号ト、製造工場ノ番号デス。正確ニハ製造シタ年ヲ含メ、8994-J11-L7、ツマリ私ハ六年前ニ作ラレマシタ。愛称デ呼バレルト、ソレコソダブリマクリマスカラネ」
「私も一瞬だけ考えていたけど、やっぱりそうよね……。じゃあ、J11から『ジェイブ』で良い?」
受け答えしながらリリスは次の機体を組み立てる。再び残骸を回収しに、回収用の人型オートマタを十機搭乗させ、離陸する前にジェイブはリリスに尋ねた。
「カミーラ殿ハ? 何処ニ連レテ行カセタノデス?」
「あのバカには地下室で回収した部品の数を数えさせているわ」
「政治犯ニ制裁デモシテルンデスカ、精神ブッ壊レマスヨ」
「ストーブ焚いてあるだけ有情だと思いなさい。それと政治犯じゃなくて、性犯罪予備軍よ」
「ウワア……、酷イ言イグサ……、ン?」
ジェイブは空港にゆっくりと近付く人影を捉えた。
「リリス様」
「どうしたの? ん、うげっ!?」
リリスは絶句した。歩いてきたのはカミーラだったからだ。だが半日足らずで酷くやつれており、何故か右手の一指し指と中指を大きめのナットに突っ込んでいた。
「貴女……、ただの部品整理よ? 何があったの?
リリスが恐る恐る尋ねると、カミーラは焦点の合ってない隈の出来た虚な目でヘラヘラ笑いながら答えた。
「言いつけ通りしてましたよ~。お嬢に会いたいの我慢して、ネジの一本に至るまで規格に沿って選別を~。でもね~、ナットを見ていたらつい……、うへへへへ」
「ぎゃあああ! こいつ変な妄想に取り憑かれているよー! どうしてこうなったー!」
「アー、コレハR-18指定ナ妄想シテマス。彼女ノ妄想ヲ映像化スル機能ガ無クテ良カッタト思イマス」
しばらくナットを眺めていたカミーラだったが、リリスにゆっくり顔を向けた。思わずリリスは背中が硬直してしまい、ピンと張ってしまう。
「でももう想像じゃ足りなくてね~」
カミーラは開いている左手で、何かを揉むかのように指を動かしながら、静かにリリスに迫った。
「うわあ……、もう病気だわこれは……。仕方ない、こうなったら!」
リリスはどこに隠していたのか、手のひらサイズの小さい風船と、手首よりやや細い程度の大きさの空の注入器を取り出してカミーラに見せつけた。
「カミーラ!」
「はい?」
「よく見なさい!」
リリスは風船を破裂寸前まで膨らまし、その口に注入器を差し込み、空気を入れる。そして注入器の半分まで押し込んだところで風船は破裂、それほど大きな破裂音も無かったのに、カミーラは怯んで尻餅をついた。
「はっ! 私は何を!?」
我に返ったようにカミーラは周りを見渡すが、リリスには演技に見えたので、破裂した風船を突きつけ、ドスの効いた低い声で言った。
「変なことすると、大事なとこがこうなるからね?」
カミーラは顔面蒼白。それが何を意味しているか一発で分かった。無論、ジェイブにも。
「ウワァ……、エグイデスネ。男ナラ痛々シイデ済ムトコロデスケド」
機械も緊張するのか、ジェイブは揺れながら残骸の回収に向かい、リリスは腰を抜かしたカミーラを引き摺り、地下室に送り返した。
無人戦闘機は合計七機出来上がった。いずれもジャンクパーツを継ぎ接ぎした物とは思えない程に、特にトラブルも無く、一通りの動作をこなし、着陸した。組み立ての際、余ったパーツもいくつか出たが、それらは予備部品として保存することにした。
「うんうん、良い感じ。……でも」
性能には文句は無かった。『性能』は。リリスが不満に思ったのは外見だ。ジャンクパーツの寄せ集めなだけあり、塗装も剥げ落ちていた。それはジェイブは勿論、他のオートマタも相当剥げていた。
倉庫に塗料があれば、この際塗り直そうと思っていた。見た目が悪いのは当然として、剥げた部分から錆等が発生し、それが寿命を縮めてしまう原因にもなるからだ。
「どこにあるかしらねえ」
リリスは棚や段ボールを漁った。結果、集まった量は各色二十機から三十機前後の量。下地用の塗料も見つかった。
「ちょっとじっとしててねー」
リリスは子供をあやすかのように、機体の錆びた箇所に錆取り剤のスプレーをかけ、落としていった。その上から下地を塗り、乾いたところで塗料を塗っていく。
「はーい、お疲れ様ー。ジェイブ、貴方もどう?」
「私ハ歪ンダフレームノ矯正オ願イシタイノデスガ」
「無茶言わないでよ……。あの無人戦闘機だってけっこう曲がっているのよ。本当ならきちんと直さなきゃならないのに」
「グヌヌ……」
リリスはジェイブの塗装を塗り直していった。終わる頃には、衣服や顔が塗料で汚れてしまった。衣服は今着ている物以外に替えは無く、生家に残っている物に至ってはややサイズが小さい。疎開先から首都に帰る際には下着を除く衣服は全部置いていってしまったからだ。
理由はかさばるからで、食料と武器弾薬を優先し、その他日用品は首都で賄おうと考えていたからだ。
「やれやれ、後で着替え見つけてこないとなあ」
リリスは塗料で汚れた自分の姿をジェイブのキャノピーで見て、苦笑した。
「デモリリス様ハソノ辺リ無頓着デショ? サイズサエ合エバ良イノデハ?」
「まるで私がファッションに全然興味無いような言い方ね? 一応服には気を遣っているわよ?」
「例エバ?」
「まず動きやすく、出来るだけ目立たないデザインと色彩で、弾薬なんかをなるべく多く携行出来るように、それと木や瓦礫とかに引っかかりづらい造りなら尚更ね」
「……完全ニ軍人的思考ナンデスガ」
「やかましい」
「ソレヨリリリス様、オ顔……」
「え?」
リリスの顔は塗料で汚れていたが、圧倒的に白の割合が高い。
「かみーら殿ニ見ツカル前ニ落トシタ方ガ……」
「あいつの事だし、なんか変な妄想、いやそれならまだマシか。暴走してエラいことになったらマズい、貞操的な意味で……」
「デモ水道止マッテマスヨ?」
「それな……」
「水道局ニ行ッテ、ドウニカ出来マセンカネ?」
「恐らくパイプとかあちこち壊れてると思うわ。長いことメンテしてないでしょうし。とにかくオートマタ達にはインフラの復旧を急がせないと……」
ふと何気なく、自分の両手を見た。どちらも塗料以外に、機械油で真っ黒に汚れていた。
「お姫様なんて言われてる割に、随分汚い手ね、あはは。色んな意味で汚れてるわよね、私は」
リリスは自嘲気味に笑った。
「……相当、血デ血ヲ洗ウヨウナコトヲシテキタノデスネ」
「察しが良いわね、その通りよ。というか、あなた本当に機械?」
「兵士ノ話トカ聞イテイルト、色々察スルヨウニナリマシテ」
「察するって……、本当に機械なのか疑うわ」
「私ハ自己学習型AIデスヨ?」
「だからってこれはハイスペックも良いところよ」
「マアマア、ソレヨリチョット思イ出シタノデスガ……」
ジェイブは機首のカメラを動かし、施設の屋上にある貯水タンクに注目した。
「アノタンク、使エマスカネ?」
「ああ、その発想無かったわ。ちょっと洗ってくる」
リリスは空港内に入っていった。空港内は多少散らかっており、多くの瓦礫やガラス片が床に見られた。
「水道は……、ここで良いか」
リリスは女子トイレに入り、蛇口のハンドルを捻って水が出るか確かめた。貯水タンクに水が入っていれば、水道局が止まっていても水が出るようになっている上、タンク内は外気温の影響に左右されず凍結しないようになっている。しかし、空港の水道は全て本来は温水が出る筈なのだが、ガスが止まっているため冷水になっていた。とはいえ、出るだけマシと割り切って、手と顔を洗った。
「ふー……ん?」
顔を洗い終えた直後、どこか遠くから音が聞こえた。飛行機のエンジン音と分かったが、その数がやけに多く感じた。慌てて外に飛び出すと、複数の輸送機やヘリの編隊が、首都に向かって接近してくるのが見えた。
「何あれ? どこからあんなに?」
リリスは無線でカミーラに連絡した。
「カミーラ聞こえる?」
「ふあ~い、聞こえます……」
「……寝てなかった?」
「ちちち違いますから! 別に一仕事終えた後に寝そべってそのままなんてやってませんから!」
「いや自白したも同然だからねそれ? それも詳細に。まあ、やることやったんなら良いけどさ」
「そそそそれより何かあったんですか!?」
「いつまでキョドってんのよ。所属不明の航空機が接近、全てのオートマタに厳戒態勢」
「っ! 了解!」
交信を終えた後、リリスは拳銃を構え外の様子を窺う。既に無人戦闘機達が輸送機の編隊の周りを飛行し警戒していたが、輸送機はハッチを開け、乗員がパラシュートで降下を開始した。
「無人戦闘機全機へ、連中の所属は?」
「不明デス。乗員ハ武器ヲ所持」
「正規軍ではない?」
「イエス、IFFニ反応無シ」
「少なくとも空挺で降下できるあたり素人じゃないわね。……あれ、調子おかしいわね、混線?」
無人戦闘機と交信していると、誰かが無線に割り込んできた。
「お嬢」
「カミーラ? 今どうしてるの」
「連中の落下ポイント付近で待機しています。うわ、発砲してきました!」
「決まりね。全機迎撃開始!」
報告を受けて、リリスは作業現場に置いてきた小銃を回収し、ジェイブに乗って現場に急行する。
「まーた解放軍と名ばかりのテロリストですかね? 懲りないですね」
カミーラは外壁から、狙撃銃で武装集団を一人ずつパラシュートを狙って撃ち落としていくが、オートマタの支援があるとは言え、その数は数十人以上。無人戦闘機の数も少ないため、相手の対空火器が貧弱といっても、弾薬が充分な数が揃ってないことも加え、現在保有してある物だけで着陸前に全て迎撃することは難しい。
「強襲ヘリ部隊ガ接近」
「ちっ!」
外から空挺降下してくる敵の迎撃に気を取られている隙に、ヘリコプターの侵入を許してしまった。ヘリコプターはロープを垂らして、建物の屋根に降下を開始した。
「カミーラ! ヘリボーン部隊の排除はこっちに任せて!」
リリスはジェイブの側面ハッチから、小銃で降下部隊を狙撃、ジェイブもまた機関砲とロケット弾にて降下前のヘリを撃墜する。しかし、攻撃を受けて一機のヘリが反撃に出た。
「おいおい……、そんなテクニカルのヘリバージョンみたいな奴で、こいつに喧嘩売るんじゃないわよ……」
武装集団が使用しているタンデムローター式のヘリコプター、ブラーギン社製のB5-05だが、元々航空会社向けに設計された民生品で、防弾性能も馬力もそれ程高くはない。にも関わらず、コクピットの側面、正確にはコクピットに一番近い最前席の壁を切り抜き、そこに汎用機関銃を無理矢理取り付けているのだ。テクニカル(軽トラックに機関銃等の武装を搭載した強襲や偵察・警戒に使われる車両。不正規戦で武装勢力が使用している)のヘリバージョンと言った理由だ。
さらに客室の窓も大きく切り取られ、搭乗員が外の敵を銃撃出来るように改造してあるのだが、こうも穴を無理矢理広げると、ただでさえ低い防御力が余計低くなるどころか、機体の強度が著しく落ちる、早い話が機動に制限を受ける羽目になるのだ。
実際、武装勢力のB5-05はジェイブの動きについて行けていない。そればかりか防御力・強度が落ちているせいで、リリスの小口径の小銃弾ですら容易に貫通出来てしまい、乗員が次々と死傷している。
「話にならんわあ……」
反撃が弱まった所で、リリスはパイロットの頭を狙撃する。やはり民生品をそのまま使っているだけあって、防弾能力は皆無で、パイロットが死に、制御を失ったB5は墜落した。
「せめて防弾ヘルメットくらいは被っときなさいよ……」
武装集団の杜撰さに半ば呆れつつ、地上に降りた敵に目を向けた。幸い、敵はロケットランチャーや無反動砲の類は携行しておらず、即座に撃墜出来るほどの火力は持っていない。とはいえ数が多いため、弾幕で負傷する可能性はあり、短時間で殲滅する必要がある。
そこで倉庫から引っ張り出してきたKG119・7.7×60ミリ・6銃身ガトリングガンを構え、地上へ向けて薙ぎ払った。
W21の側面ハッチには本来、ガトリングガンなどの武装を取り付けるマウントは無いのだが、これを見つけたリリスが適当な廃材を組み上げ、強引に取り付けた。そのため少々固定が甘く、毎分3000発の発射速度も相まって、反動を抑えきれず照準がずれてしまいやすい。それでも、一瞬でも照準線上に入った上で撃たれたら、被弾は免れないのだが。
「ぎゃああああ!」
武装集団は次々と倒され、縁にいた者は落下していった。
「お嬢、聞こえますか?」
カミーラから無線が入った。
「どうぞ」
「輸送機がこちらに旋回、今度は車両を投下しています」
「うわ、本当だ」
輸送機は都市上空に戻ってくると、今度は装甲車や重機関銃を搭載したトラックを投下し始めた。装甲車は、前回オーク族の集団が使っていたSc-20ファミリーだ。
「それにしても、一回の突入で全部出来ないものかしらね? トーシロも良いところよ。ジェイブ、引導渡してやって」
「了解」
ジェイブは機関砲を、降下中の車両に対して発射した。装甲車は何発か耐えることが出来たが、非装甲の、しかも民生品のトラックは一発食らっただけで爆発するものもいた。
「あんなんじゃ、きちんと着地出来るかどうかすら怪しいわね……」
「イヤ、ソモソモ狙ッタ所ニ着地出来ルカ……」
「あー、確かに」
事実、撃ち漏らした車両の中には建物の上に乗ってしまい、立ち往生してしまったものや、中途半端に引っかかってしまったせいでひっくり返ってしまったものもいた。
路上に着地出来たものもいたが、それでも機関砲の餌食となり、鉄屑と化した。
「クソ! 投下した奴らが全滅だ!」
「まあ良いさ、奥の手がこいつにはある。地上からの増援ももうじきくる筈だからな!」
上空を旋回する輸送機の側面からは、細長い管が一本伸びてきて、リリスやカミーラもそれに気付いた。
「お嬢!」
「分かってる! おいおい、あれただの輸送機じゃなくてALC-2ガンシップか!」
ALC-2は、ルシフェル自ら設計した戦術輸送機(帝国軍では軽輸送機とも言われていた)のLC-2をベースに開発された、局地制圧用攻撃機だ。連合軍の工作部隊が潜伏しているであろうエリアの強襲や、防衛体制が整っていない構築中の拠点への奇襲等に使われていた。
本来のALC-2の武装は120ミリ砲を一基、60ミリ砲一基、25ミリガトリング砲を一基ずつ、機体左側に取り付けているのだが、今回の敵は部品調達が出来なかったのか、全機60ミリしか積んでいない。それでも地上や低空を飛ぶヘリコプターやティルトローター機等には脅威となる。
しかも悪いことに、十数台ものトラックとSc-20ファミリーも、陸路で押し寄せてきた。Sc-20とトラックの中には、多連装ロケット砲を積んでいるものもあり、下手すれば反撃も出来ずに一方的にやられてしまう恐れもある。
上空を飛び交う無人戦闘機では、数の上でも武装でも火力不足で、ガンシップを叩き落とし、続いて車両部隊を撃破するだけの余裕は無い。
「ジェイブ! とにかく高度を上げろ! 60ミリだけでも黙らせるぞ!」
「了解!」
「カミーラとオートマタ部隊は、一旦市街地へ退避! ありったけの重機関銃と対戦車火器を引っ張り出して、ゲリラ戦をしろ! あの大量のロケット砲を、今の戦力で城壁で迎撃するのは無茶だ!」
「了解!」
カミーラはリリスの指示を受け、生き残ったオートマタ達と城壁から退避し、北の市街地へ向かった。それを追うように、ロケット砲の雨が降り注いだ。
「せめて、攻撃ヘリが一機でもあればねえ……」
呟きながら、リリスはガトリングガンでALC-2のエンジンや武装に攻撃を仕掛けた。7.7ミリではガトリングでも火力不足と思われたが、近距離で大量の弾丸を叩き込めたので、大ダメージに繋がった。
「一機撃墜! ……でも」
他の無人戦闘機も機関砲で奮戦しているが、あまり効率的な攻撃は行えていない。胴体や主翼を、適当に攻撃しているだけ。元より機体強度の高い輸送機がベースのため、闇雲に撃っても致命傷にはならない。
さらに悪いことに、地上よりロックオンアラートが鳴った。
「緊急回避!」
「了解!」
どうやら地上部隊の中に、地対空ミサイルを持った敵がいたらしく、城壁からミサイルが飛んできた。
「お嬢、敵は地対空ミサイルを、城壁に配備した模様!」
「分かってる。くそ、本当に人手不足ね、せめてヘリが一機あれば……」
対空ミサイルからの回避機動のせいで、まともに狙いが付けられないことに苛立っていると、突然無線が入った。
「あーあー、誰かいませんかー? なんかお困りのようだけど、手伝った方が良いー?」
かなり気の抜けた声に脱力しそうになりながらも、リリスは応えた。
「こちらリリス。あなたは誰? 名前と所属を言え!」
無線からは苦笑いする男の声がした。
「随分とまあ高圧的な……、まあ仕方ねえか。俺はマーリン。マーリン・ワーグナー、19歳。所属は、特にねえな、ついこの前大学退学しちまったし、今はフリーさ。ミッドガルド出身、とだけ言っておこう」
「あなたはどこにいるの?」
「ヘリに乗ってる。と言っても、無免許なんだけどなー、まあいいや。見えるか?」
「モグリかい……、えーとヘリねー。ジェイブ、分かる?」
「特定シマシタ」
ジェイブが無線の電波の発信源を逆探知することで、マーリンの居場所を特定した。リリスも目視で、マーリンのヘリを発見した。
「見つけた、機種WH-6汎用ヘリコプター、それがあなたの搭乗機ね?」
「機種言われても分かんねえよ……。で、どうすりゃ良いんだよ俺は?」
「そいつの武装は機銃二丁か、ガトリングなら良かったんだけどまあ良いわ。そいつで城壁からミサイルバンバン撃ってくるバカ黙らせてくれない? そいつのせいで上手くガンシップ狙えないんだけど!」
「お、おう分かった、そう怒るなよ。つか八つ当たりでキレるなよ……」
マーリンのヘリは城壁に近付き、機銃の発射態勢に入った。ミサイルの射手は状況が理解出来ず、呆けてヘリを見ていたが、機銃掃射で一掃されてしまった。若干狙いが逸れてしまい致命弾とはならなかったものの、戦闘不能状態には追い込むことに成功した。
「うーん、狙い方がよく分からん……」
「ついでに外からロケット撃ってくる奴も黙らせてくれない?」
「注文多すぎるわ! 俺は操縦慣れてねえのに!」
「大丈夫! 最後に食べたりしないから!」
「いやレストランの話じゃねえよ! まあやるけどさ、俺のやり方で」
マーリンはロケット砲の上空までやって来ると、精神を集中した。
「こんなポンコツトラックなんざこれで充分だ」
ロケット砲の真上からは、いくつもの火球が降り注ぎ、トラックは弾薬に引火したのか爆発し、装甲車からも火達磨になった乗員が飛び出てきた。
「脆いな」
「所詮非装甲だしねえ……。カミーラ! さっさと残存部隊を始末して!」
「了解! まあ、これで最後ですが……」
カミーラは最後の敵に向かって拳銃を向け、青ざめた顔をした敵に対し笑顔で引き金を引いた。
「仕事早いなー……。じゃあ、こっちも仕上げますか!」
リリスはガトリングガンを構え直し、敵のガンシップの武装への攻撃を再開した。対空ミサイルが無い分、攻撃に集中することが出来たため、ガンシップは丸腰になる。
「くそ! 武装もガンナーを死んだ! 撤退する!」
「逃げるな! この腰抜けが! ぐわ!」
ガンシップが一機、両側のエンジンを破壊され、首都の外へ墜落していった。
「ええい、やっぱり逃げさせてもらうぜ! どのみち戦えな……」
一度離脱を試みたパイロットが、青ざめた顔をして固まった。
「逃げ道? 無いわよ、そんなの。面倒だし、機体ごと火葬してあげる」
リリスはコクピットをガトリングガンで撃ち抜いた。ガンシップは首都から遠く離れた所で墜落した。
「よし、一丁上がり!」
「シカシ、マダマダイマスネ」
ガンシップはまだ三機いたが、こちらは無人戦闘機に取り囲まれて、回避してばかりでまともに攻撃出来ないでいた。そもそも、ガンシップのような機体を、まともに制空権を取れていない空域に飛ばすことが大きな間違いなのだが。
「奴さんらはジリ貧ね」
「仕方アリマセン、連中ハ武器ノ扱イガナッテイナイ素人集団ミタイデスシ」
「武装集団に、軍歴ありの奴がいないことが幸いだわ」
敵集団の壊滅を確認し、リリスは胸を撫で下ろした。
リリスが地上に降りると、カミーラが眼鏡をかけた髪がやや長い男と死体の収容をしていた。
「貴方がマーリンね?」
男を見るなり、リリスは尋ねた。
「ああ」
軽く会釈をすると、マーリンはリリスの顔を覗き込んだ。
「何です?」
「いや、機関銃ぶっ放すなんて、帝国の皇女様は軍歴持ちなのかと思ったんだが、随分と華奢なんだなって」
「戦闘技術は護身術に過ぎないからね」
「飛行機に乗り回すのも?」
「まあね」
「……そんな護身術あってたまるか」
「はははー」
他愛の無い会話をしていると、カミーラが横から咳払いして割り込んできた。
「あー、お取り込み中申し訳ありませんが、貴方は何者でしょうか? 何故我々を助けるような真似を?」
「……随分と警戒しているみてえだが、俺が吸血鬼狩りだとでも思ってるのか?」
吸血鬼狩りとは、かつてムスペルヘイム諸国に存在していた職業で、主にカミーラのようなヴァンパイアを駆逐することを生業とする――と一般的には認識されているのだが、実際はニフルへイムから入ってきたならず者を駆逐するのが目的で、オークやゴブリン、時にはエルフすらも狩る。
基本的に自国内に入ってきた者だけを駆逐するのが仕事だが、中には役目を勘違いし、ニフルへイムに侵入し、それこそならず者か虐殺者のように振る舞うハンターも存在する。
「……その様子だと、ヒーロー気取りのクズというわけではなさそうですね」
「なんだ、なんかトラウマでもあるのか?」
「いえ、国内でもろくでなしが跋扈しているというのに、さらに混乱につけ込んで外からのゴミどもに荒らされたくないだけです」
「まあ、お姫様のお守りの立場からすれば、味方がいない孤立無援の状態で、国内のならず者相手するだけでも手間取るのに、国外から犯罪組織までやってきたら重労働だしなあ」
しばらく無言のまま、二人は睨み合ったが、カミーラが視線を外すことで緊張した空気は緩んだ。
「まあ貴方が何の用でこの地に足を踏み入れたにせよ、今回は助けられましたし、大目に見てあげます。危険な感じはしませんし」
「信用されたわけじゃねえのが辛いな。まあ兎も角、ここで一晩泊めてくれねえか?」
「なら、ウチに泊まってく?」
カミーラは焦った様子でリリスを見た。
「お嬢! いきなり何を!?」
「いやあ、別に私は構わないわよ? ここらの家で一番片付いているのウチだからさ」
「いやいや、こんなどこの馬の骨とも知らぬ輩と同じ屋根の下で過ごそうなどと、危ないですよ!」
「いや、私個人に限定すりゃアンタが一番危険人物だよ」
自分が危険だと言われ、カミーラは白目を剥いた。
「今のカミーラさんの面、ギャグ漫画だったら絶対白黒になってるか、頭に黒い縦線が何本も出てるな。てか、なんでこいつが危ないんだ? クーデターでも狙ってんのか?」
「百合、同性愛」
「あっ」
マーリンは何か察し、それ以上訊くのを止めた。
深夜一時を過ぎる頃、リリスとカミーラは部屋で散らかっていた適当な白紙を拾い上げ、簡単な計画書を書き始めた。
「何事も無ければ、都市機能復旧の人員と物資をコキュートスへ輸送する。これがプランA。ただし、問題が発生、今日も昨日に続いて暴徒に襲われたからね、こういう連中に襲撃されていた時を想定し、いくらかの兵站も持って行き、こいつらを片付けた上で輸送をする。これがプランB。まあ兵站と言っても、武器庫や敵から入手した武器弾薬なんだけど」
「疫病、災害の場合は?」
「アルフへイムの避難地区には、予防薬を含めた医薬品や治療器具も運び込んでいたから大丈夫だとは思うけど。まあ、災害とかなら軍用車両使って土砂や雪崩の撤去すれば良いとして、疫病は……天に任せるしかないわね」
リリスは昨日口にした、凍り漬けになっていたパンを思い出して背筋が寒くなった。極寒の大陸でも、食中毒は起こるときは起こるのだ。
だがここに来るまでの間、散々サバイバル生活送ってきた彼女達だ。川魚や獣は当然、時にはよく分からない山菜や昆虫すらかき集めて食べたこともある。食中毒のリスクとは、常に隣り合わせだった。
「とにかく、ジェイブに載せられるだけの物資を載せて、行くしかないわね。私たちは出来ることをするだけよ」
「ですね。私たちの腕では、いえ私の手では人助けなんか出来ませんし。せいぜい、殺めることしか……」
カミーラは強くナイフを握りしめながら、寂しそうに呟いた。
「それ言ったら、私は機械を直すことは出来ても、医者のように人を救うことは出来ないわよ。あんまり卑下するな」
そう言うとリリスは席を立った。
「そろそろ寝ようか」
「お嬢、ところであの男は?」
カミーラは怪訝そうな顔で尋ねた。
「私の部屋に泊めてるけど。まあ、客人だからベッド使わせてるけど」
ベッドと聞いて、カミーラは血相を変えてリリスに問い詰めた。
「ベッドを貸したんですか!? なんでよりによってあんな男に!?」
「稀人を無下に扱えないでしょう。床に雑魚寝とか失礼にも程があるわ」
「だからって……」
「何より、アンタに使わせた方が危ない。貸している間に拘束器具とか内蔵されそうだし」
「えぇーっ!?」
半分涙目状態のカミーラを放置し寝室に戻ると、マーリンはソファの上で横になっていた。
「あら? 遠慮しなくても良かったのに」
リリスが顔を覗き込みながら呟くと、マーリンは目を開けた。
「流石にレディのベッドを借りるのは気が引けるからな……。それにサバイバル生活は俺だってそれなりには慣れてるし、これでも十分寝心地は良い」
「ふーん、そうなの」
「ところで、明日アルフへイムに行くらしいじゃん? 俺も連れて行ってくれねえかい?」
「人では多いことに越したことはないし、大歓迎だけど……」
「荒事だっていくらか慣れてるよ、一晩泊めてくれた礼だと思ってくれ。それに……」
「それに?」
「俺は人捜ししてるのさ。六つ歳が離れた、友人ってか弟みたいな奴だが」
こんな修羅場と化した大陸にやって来る人なんているのかと思いつつ、もう少し情報を引き出すことにした。
「容姿はどんな感じ? 名前は? 貴方より年下らしいけど歳はいくつ?」
「ルグ・C・ヴァリアント。赤っぽい髪してる、十三歳の男の子さ」
「あら、私より一つ下なんだ」
「……お前意外と子供だったのな」
「それ、どういう意味?」
「いや……、子供とはいえ、国のトップには違いないんだなって」
「よしてくれ……、私はそう呼ばれるのは好きじゃない」
「あ、そうなのか? それこそ意外なんだが」
「それにしても、十三でここに? しかも余所の人間が? 自分で言うのもあれだけど、子供が来て良い所じゃないわよ?」
「分からん、大学生活終わって帰って来たら、いなくなっててよ。色んな奴の話聞いてみたところ、フェンサリルの港での目撃情報を最後に消息不明だ」
「それで? 何故ここに来たと思ったの?」
「港の船乗りに、赤い髪の子供がしきりに『ニフルへイム行きの船は無いか』って尋ねてたって言うんでな。まさかと思って来てみたんだ」
「ミッドガルドも開戦前ならともかく、停戦中のこの時期に出せる便なんか無いはずなんだけど、貴方よく来れたわね……」
「まあ漁師に無理を承知で、近くまで送ってもらったからな……」
「じゃあ、お友達も漁船で渡ったの?」
「いや、応じた奴は、少なくともその港にはいなかった。俺はともかく、ルグはまだ子供だしな」
「もしかして、裏の人間とか?」
「確かに、無法地帯と化したこの大陸は、今や密輸業者の天国のような状態だから、それに乗っかった可能性もある……」
どんな意図でここにやって来たのか、そもそも本当にここにやって来たのか考えながら、ふと壁に掛けてあった時計にリリスは目を向けた。もう二時を過ぎていた。
「もうこんな時間……、そろそろ寝ましょう。あと、ベッド使っても良いのよ?」
「ええ、でも……」
「はいはい遠慮しない!」
リリスはマーリンを無理矢理ベッドに寝かし、自分はソファで横になった。
「やっぱ女が使うベッドを使うのはなんか抵抗あるぜ。なあ……」
マーリンが訴えるも、既にリリスは寝息を立てていた。
「やれやれ……」
マーリンは起こさないようにリリスを抱きかかえ、ベッドに移して、自分はソファに座った。
(さて、今度こそ寝ますかね。――にしても、なーんか嫌な気配がする)
マーリンは目を瞑りながら、何かが近寄ってくる気配を感じていた。いつでも反撃出来るように杖に手を添え、薄目を開けて寝ているように見せかける。
待っていると、ドアが開いて誰かが入ってきた。マーリンは小声で詠唱しつつ、侵入者の動向を窺う。
「エナジーブラスト!」
「うわ!?」
侵入者は大きく吹っ飛び、部屋の外に叩き出された。残心を持って侵入者に近づくと、マーリンは目を疑った。
「カミーラさん?」
侵入者はカミーラだった。
(そういや昼間に、こいつ百合だか同性愛だか言ってたっけ……)
「はあ~……」
後ろから大きなため息を吐かれ、振り返るとリリスが呆れた様子でカミーラを見下ろしていた。
「昨日は縛り上げてたけど、今日はしてなかったからね……。でも本気で夜這いしてくるとは思わなかったわ……」
「縛り上げ!?」
「ああ、カミーラって、つい最近までマトモだったんだけどね、この極限状態で吹っ切れちゃったのかしら? いやまあ、今までも変な視線を感じていたことはあったんだけどさ」
「極限状態って、アンタ一体どんな生活してたんだ……」
「そりゃ毎日がサバイバル生活よ。みんなとは別の避難場所に逃げて、二年近く過ごしたの」
「みんなと違うとこ? 皇女様だからそれはそれは豪華絢爛な……」
「うち捨てられた陸軍のキャンプ場跡だけど?」
マーリンは絶句するも、気にせずリリスは続けた。
「しかも残ってたのは、後で解体予定のボロボロの官舎だけ。当然物資なんて無い、せいぜい雨風猛吹雪を凌げる程度の小屋よ」
「物資が無いって、どんな風に生活してたんだ今まで……」
「そりゃ狩りとかやってね。ウサギやら鹿やら、あんま美味しくなかったけど狼とか。木を穿って芋虫を出したことも」
「待て待て待て! 芋虫ってなんだよ!?」
「言ったまんまだけど? コウモリガとかカミキリムシとかコガネムシとか。あー、芋虫以外にも、バッタもなかなか良かったわ~、あの時は塩茹でだったけど、今度唐揚げにでも……」
昆虫食を振り返り恍惚としているリリスに、マーリンは少し引いた。極限状態の人間は性欲が高まる上に、悪食にもなるのかと。
「まあ、他にも小屋が狙いか、私たちの体狙いか、盗賊にもかなり襲われたけど、全部乗り切って今に至るわけ。疎開先からここに帰ってくるまでも色々危ない目に遭ってねえ」
「なあ、他の奴――いや国民か? そいつらはアルフへイムに避難したんだろ? なんでそこに行かなかった? しかもアンタこの国にとってVIPじゃねえか」
「あー、そのことなんだけど、避難途中で連合軍に襲われてね、多分物資でも輸送しているとでも思われていたのかしらね。なんせトラックで移動してたから。で、命からがら逃げ延びて、気付いたらはぐれちゃって、避難場所を転々と移動している内に、そこに行き着いたわけ」
「おお、随分とハードな……」
「幸い、着替えやその他生活用品は持って来れたから、さほど困らなかったわ。まあ、流石にお風呂やシャワーは無理だったけど。水は貴重なんで」
「湯冷めもするし?」
「それもあるわね、いや湯冷めじゃ済まないけど。――さて、昔話はここまで。今度こそ寝ましょう。その前に……」
リリスとマーリンは床に倒れ込んで伸びているカミーラを見下ろした。
「貴方は先に寝ていて、私はこの変態SP縛り上げておくから」
リリスはどこにしまい込んでいたのか、鎖を取り出し、カミーラを縛り上げ、南京錠を掛けた。
「そこまでやったら、昼みてえに敵が来たら反撃も逃げることも出来ねえだろ」
「大丈夫、こいつ器用だし、いざとなったら鎖引き千切ってでも動くわよ」
「それはそれで拘束具として問題ありそうなんだが」
「まあ確かにそうだけどさ」
そう言うとリリスは縛り上げたカミーラを、居間の方へ引き摺って行った。かなり荒っぽく引き摺っているが、カミーラは一向に目を覚ます気配が無かった。
マーリンは呆気に取られつつ、部屋に戻ってソファに座り眠りについた。