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魔王様の武器が自動小銃じゃダメって誰が決めた?

 二年前、四年も続いたとある戦争が終結した。いや、事実上の停戦といった方が正しいか。「エデン王国」と「ムスペルへイム大陸連合国」の同盟軍が、「ニヴルへイム帝国」と武力衝突したのだ。

 ニヴルへイム帝国は、開戦より十年前に氷に閉ざされたニヴルへイム大陸に建国した。従って、かなり歴史の浅い国ではあるのだが、豊富な鉱物資源と高い技術力によって急速な発展を遂げた。無論、それは軍事力にも見られた。

 これを危険視したエデン政府は、同盟のムスペルへイムと共にニヴルへイムへ侵攻した。当初は兵力が圧倒的な同盟軍の圧勝と思われた。しかし、優れた技術力と高い練度を誇るニヴルへイム帝国軍の猛反撃に遭い、同盟軍はムスペルへイムとニヴルへイムの間に位置する「ギンヌンガガップ海峡」付近の前線基地から一歩も前進することが出来ない状態だった。

 それを打破したのが、ムスペルへイム大陸連合軍所属の、通称「ヴァルハラ旅団」と呼ばれる五十名以下で構成された特殊部隊だった。敵国首都・「フヴェルゲルミル山脈」に位置する「コキュートス」に到達し、魔王ことニヴルへイム帝国の君主・「ルシフェル」討伐を目指した。

 しかし、彼らは道中、帝国軍の警備隊に発見され殺されたり、寒さで凍え死んだり、険しい山脈の登山中に事故死したり、食料が底を尽き飢え死にしたりと、任務を完了し生還したのは、結局一人だけだった。元より特攻同然の作戦に基づき編成された部隊のため、仕方ないのだが。

 そして君主の死という悲報は帝国軍全体に伝わり、士気が急速に低下。そこを突かれて帝国軍は同盟軍に各個撃破されていった。

 しかし、それでも首都を落とすことは出来なかった。首都を防衛する迎撃用の無人兵器、「オートマタ」により甚大な被害を被り、逆に同盟軍をギンヌンガガップまで退くことが出来た。

 後の歴史に、この戦争は「第一次大陸間戦争」と呼称された。 


氷に閉ざされた大地を、サイドカー付きの一台のバイクが走っていた。サイドカーには長く黒い髪に、銀色の瞳、袖と胸元に紫のフリルが付いた黒い服を着て、黒いスカートと黒いタイツを履いた少女が乗っていた。高貴そうな格好に似合わず、背中には自動小銃が一丁入った鞄を背負い、腰にはマガジンポーチ、太腿には拳銃の入ったホルスターが一つずつ巻き付けていた。しかもサイドカーには機関銃が搭載されていた。彼女はリリス・フォン・メーリアン。

 バイクは短い銀髪に黒い瞳、長めの八重歯、黒紫色の燕尾服を着た、侍女と思しき女性が運転していた。彼女もまた、右の太腿に巻き付けるように細身のナイフと、脇には短剣を装備していた。彼女はカミーラ・ファニュ、リリスの世話係を任せられた。

「お嬢、もうじきガス欠です。この先に防衛拠点は無かった筈ですが……」

 カミーラは不安そうに言った。

「無いというよりも、破壊されたというべきね。にしても、ガス欠早い割にあまり進んでないわね~、やっぱ2~3年は放置されてた物だし、エンジンもガタがきてても不思議ではないわね。とにかく、燃料やより早く走れる車が無いか、探すだけ探してみましょう」

「了解」

 二人が乗っていたバイクは、大陸間戦争で築かれた軍事拠点で放置されていた物だった。彼女達は元は首都にいたのだが、戦争末期に首都から遠く離れた隠れ家に疎開していた。だが連合軍、特にエデン軍による攻撃によって、建国に伴い整備された交通インフラは破壊され尽くされてしまった。従って彼女達は、辛うじて「道」として機能している所を選びながら進んでいる状態だ。

「……やはり破壊されてますねえ」

「これはひどい……」

 二人の目の前には、徹底的に破壊された二フルへイム陸軍の補給基地があった。しかし、破壊された上に長いこと放置されたせいで、残骸には霜が張り付いており、冷たい外気のため無造作に転がっている兵士の骸は、腐敗せず戦死した当時の状態で残っていた。

「カミーラ、補給の前に彼らを弔ってあげたいのだけど」

「またですか。まあ、遺体を並べて布を被せるくらいしか出来ないですけれど」

 カミーラは、テントの中を漁り、黒いシーツを持ってきた。

「あら?」

 リリスは兵士の手に握られていた封筒を見つけた。封筒には「リリス様へ」と書かれていたので、封を切り、手紙を読んだ。

『我が隊の命運は尽きた。リリス様、役目を全う出来ず朽ちていくことをお許し下さい。我が隊の命はもはや風前の灯火に過ぎず、どう足掻いても死しかありませぬ。ですが我らの足掻きでリリス様が生き延びて下されば幸いです。貴女に死なれてしまわれたら、先立たれた魔王様に顔向け出来ません。どうか生きていて下さい』

 全て読み終えたリリスは手紙の右下に、「私は生きている。ゆっくり休んで下さい」とペンで書いた後、兵士の胸ポケットにしまった。


 遺体をテント内に収容した後、早速リリス達は基地内を物色し始めた。

「これが動けば、首都コキュートスまでひとっ飛びなんですが」

 カミーラは基地の中央に落ちている、白と灰色の迷彩色の航空機の残骸を見ながら白いため息を吐いた。

「W21、無人航空機、所謂ドローンね。大量の貨物や人員の他、装甲車や空挺戦車すら輸送できる無人戦術輸送機だわ。ハーピー族出身のヴント・エアクラフト社製だっけ」

 リリスは舐め回すように残骸を観察しながら、解説のように呟いた。

「うーん、私機械のことよく分かんないんですよねー……」

「まあ、普通の人はどーいう原理で機械が動くとか、エンジン馬力どれくらいとかいちいち考えなくても良いしね。ちなみにこの機体は、ターボジェットエンジン二基搭載のティルトジェットで、垂直離着陸がかなり安定して行える……」

 カミーラの頭はまさにちんぷんかんぷんという状態で、ついて行けなかった。そもそもリリスの父親であるルシフェルは、統治者というよりも、技術者という認識の方が強く、リリスの工学知識もその影響である。勿論、魔王と言われるだけ政治能力も長けていたが。

「うーん、これ程の損害じゃ、直すのは無理ね。他には無いかしら?」

 リリスはルシフェルの娘だけに、国内に限るもののある程度の軍事や政治の知識や情報を持っていた。この基地は車両だけでなく、回転翼機や垂直離着陸機も出入りしていた。先程の残骸は基地に配備されていた備品だ。運が良ければ停止状態か、最低共食い修理でもすれば動かせる機体がある筈だと期待していた。

「確か発着場は……、あった。ここね」

 給油場付近に発着場があり、そこにいくつものW21輸送ドローンがあった。しかし、いずれもエンジン脱落、貨物輸送のためのフックも破損、装甲の剥がれなどまともに動かせる状態ではなかった。

 ならばバイクの燃料を、と言うわけにもいかない。航空機も車もガソリンを使うが、全く同じ物ではないから基本使えない。給油場の燃料は当然航空機用だ。

 車両用の給油場もあるが、少し調べた結果自動車用のガソリンの備蓄は無く、残りは全て軽油のためガソリンエンジンのバイクに使うなど論外だ。ならば残っている軍用車両を使えば良いと思うが、基地内の車両は全て完全に破壊されていた。

「お嬢、まともな乗り物がありません。バイクもガス欠どうしましょう?」

「そうね~、この中でまともなやつは……」

 リリスは一番損傷が少ないW21に注目した。

「よし、これの修理をしますか。エンジンさえ除けば、整備や修理が容易な優良な機種でもあるしね」

 リリスは懐からスパナやドライバー等の工具を取り出した。

「お嬢、それどこから出したんです……?」

「細かいことは気にしない! さ、修理に取りかかるわよ」

 リリスは妙に張り切って、というか楽しそうに機体に取り付き、手慣れた手つきで損傷の激しい部品を取り外し捨てて、逆に破壊された他の機体から外した状態の良い部品を組み込み、これまたどこから出したのか溶接機で剥がれた装甲を貼り直した。

 その間カミーラは何をしていたかというと、周囲の警備。

(なんだこの気まずさ。手伝いたいけど、技術無いし、もう見張りという名のサボりよねこれ……?)

 無力感に苛まれ、カミーラは色んな意味で修理完了を待った。

 リリスもそのことは察していて、どうすれば良いか、溶接ヘルメットを上げて周囲を見渡しながら考えていた。

「あ、カミーラ。不良機体から取り外した部品、ここに運んでくれない?」

「は、はい!」

 カミーラは目を輝かせながら振り返った。

「あ、後首都に帰った後も使えそうな物もいくらか積んでおいてね……」

「了解です!」

 リリスは妙にテンションが高いカミーラを怖く感じることがあった。謀反等とは違うのは確かなのだが、その意味を少し後になってからリリスは知ることになる。


 一時間かけて、輸送ドローンの修理は終わった。残骸から蘇ったW21は、本来の姿を取り戻した。後退翼の高翼、主翼の中央にそれぞれ一基ずつターボジェットエンジンが、翼端のハードポイントに八十ミリロケットポッドが搭載されている。

 胴体には側面に乗員の搭乗口ないし小型の貨物の収容口があり、機首先端にはカメラとセンサー類が、側面には二十ミリ機関砲が一基ずつ搭載されている。無人機ではあるが二人乗りの並列コクピットもあり、AIの不調などの際にはこれで直接操縦することもできる。

 胴体下部は三つのギアがあり、中央には二つの引き込み可能な、より大型の貨物を輸送するためのフックが付いていた。

「いやー、惚れ惚れするわ~」

 埃まみれ、汗まみれになりながら、恍惚した様子でリリスは機体を眺めていた。

「お嬢、持ち出す貨物はこんなもので?」

 カミーラは各種武器や、食料の入った木箱を持ってきた。ニフルへイム陸軍の食料は基本的に日持ちが良く作られており、非常食としての一面もある。

「ついでにあのバイクも持ってきて、燃料さえあれば使えるのだから。それと……」

 リリスは死体が収容されているテントを見た。

「せっかくだし、彼らの遺体も、持ち帰ってちゃんと埋葬しましょう」

「それは良いのですが、どう運ぶおつもりで?」

「ちょっと乱暴だけど、大型トラックの荷台に載せて、フックでトラックごと吊り上げるわ。大丈夫、この機体以外と馬力あるから、十トンは軽く運べるわ」

「十トン!?」

「そりゃ装甲車なんかも運ぶように作られてるからね、四トントラック程度軽いわ。ちょっと起動するから、遺体を移してね」

「は、はい……」

 ドローンのAIを起動するには、コクピットから行うのだが、この機体は構造上、キャノピーを開けて乗ることは出来ず、兵員室を経由して入る必要がある。コクピットと兵員室はスライド式のドアで隔てられているが、これは手で容易に開けられる。

「えっと、これだったわね」

 リリスは右の副操縦士の席にある、赤いスイッチを押した。

「オハヨウゴザイマス……ザザ……メインコンピュータ起動……ガガ……シマシタ」

「うーん、やはりというか何というか、ちょっとバグがあるみたいね。こんな極寒の中放置されてれば当然か。いや、むしろよくこんな状況下でAIが生きてるなんて、褒めてあげたいわ」

 AIは起動したが、スイッチはエンジンと連動していないので動いていない。今度は左の操縦士の席の横にある黒いレバーを手前に倒した。

「うん、思ったより異音もなくちゃんと動いてくれて良かったわ」

 エンジンが正常に動くことも確認し、試運転を開始する。

「うんうん。垂直離陸も問題無しっとー」

 主翼が垂直になり、ゆっくりと上昇し、400フィートに達した後降下した。その間、機体は特に異常振動も異音もなかった。

「ふー、やっぱ垂直着陸が一番焦るわ。本当はAIに丸投げすれば楽なんだけどなー、ちょっとそれするのは危ないしねー。なんせジャンクパーツ同然だし」

 額に浮いた汗を払いながら、リリスはカミーラが持ってきた荷物を積み込み始める。外の気温は氷点下マイナス5度というのに、汗がにじみ出てくるのは、慎重かつ繊細な操縦技術を要する垂直着陸をすれば当然である。

 リリスは10歳の頃から二輪車程度なら乗りこなせており、コンピュータのアシスト付きならば回転翼機や垂直離着陸機の簡単な操縦が出来た。そして二年半もの疎開生活で、アシスト無しでも操縦可能な腕になっていた。これは、リリスが10歳の頃には既に戦争が始まっており、自力で生き延びる術を身につけるために、武器の扱いも含めルシフェルやその近衛兵により教育されたからだ。

 といっても、航空機の操縦は座学に毛が生えたくらいのものに、後は疎開先で独学で練習してきたので、かなり危なっかしい。そのため垂直離着陸なんて芸当は、本来今のリリスには少々無謀なのだが(そもそも航空機の操縦自体危ない)、それを安全に可能にするところは、W21の優れた姿勢制御プログラムによるところが大きい。

「ふう、結構積んだねー。そういやドヤ顔で10トン積めるって言ったけど、垂直離陸時の最大積載量は6~7トンに減っちゃうのよね。まあ垂直離着陸機にはよくある問題だけど」

 リリスは遺体運搬に若干の不安を感じていたが、機体に再び乗り込み、今度はAIのテストを行った。AIは管制塔や管制機などで遠隔操作で指示を出せるが、無論コクピットで直接指示も出来る。

「500フィート上昇、現地点より半径100メートル以内を3分間旋回」

「了解」

「その後指定位置に垂直着陸」

「了解、500フィート……ザザ……昇……点ヨリ半径……0メートル以内……」

 声は途切れ途切れだったが、指示に対しては概ね実行出来ていた。

「着……シマス」

「しっかし、動けば良いか程度に最初は思ってたけど、これ雑音が酷いし途切れ途切れなのが気になるわね~。これスピーカーが悪いのかしらね?」

 リリスはコクピットの一部を開いて、スピーカー周りの配線が腐食していないか、スピーカー自体に問題はないか調べた。すると、配線の一部が切れかかっていることと、スピーカー内の細かい部品の固定が緩くなっていることが分かった。

 配線はまた別の機体から良質な物を持ってきて交換することにし、スピーカーの部品の緩みはネジをきつめに締めて一応解決した。とは言えその場しのぎ程度のもので、修理前よりはマシに聞こえる程度になったくらいである。

 ちなみに、AIには搭載機体を自己診断する機能まで備わっていたため、スピーカーのテストも含め、機体の状態を尋ねた。

「最初に聞くべきだったと思うけど、他に修理するべきところはある?」

「機体ダメージ2%、ハッチノ機密性ニ僅カナ問題アリ」

「それは音速飛行するわけでもない限り問題ないわね。動作不良みたいな致命的な問題の可能性は?」

「現在ノ状態デ……ンジン停止ノ確立、0.023%。飛行ニ支障ハアリマセン」

「分かったわ。それにしてもこのAI、輸送機に乗せるものにしては、ちょっとオーバースペック気味じゃないかしら? ……武装もだけど」

 リリスはコクピットから見える、機関砲やロケットポッドの先端部分を見て苦笑いした。

「お嬢、積み込み完了しました」

 カミーラが外から手を振って呼びかけてきた。

「分かったわ。じゃあ、カミーラ……手を振っている人見える? あの人の誘導に従って」

「了解」

 W21はカミーラに誘導され飛行する。W21に搭載されているAIは、音声・映像等の情報を元に命令を実行する。開発にあたって、これが一番苦労したという。

「ところでお嬢~! どうやって吊すんですか~? フックにはワイヤーとか無いですけどー!」

 トラックの真上に来たところで、地上でカミーラが大声で叫んだ。しかしリリスは笑ってAIに指示を出した。

「フックを降下して、良い?」

「了解」

 W21のフックが、ワイヤーを伸ばしながら降りてきた。カミーラはそれを、口を半開きにしながら見ている。

「早く荷台に引っ掛けてよ」

「え、あっハイ!」

 声が裏返って返事が変になってしまったが、カミーラはフックを、荷台の前後に引っ掛けた。

「掛けましたー!」

「よーし、引き揚げるねー!」

 ワイヤーは徐々に上がり始めた。大きな揺れもなく、ワイヤーが巻き取られていく。そして一度停止したかと思うと、縄梯子が下りてきた。

「上がって良いわよー」

 カミーラは縄梯子に掴まり、機内に乗り込んだ。

「お疲れ様」

 リリスは労いの言葉をかけたが、何故かカミーラは浮かない顔をしていた。

「どうしたの?」

「いえ、一番苦労していたのはお嬢の方ではないかと、思いましてね……」

「そう? 積荷運ぶ方が重労働かと思うけど。ましてや死体だしね」

「ははは……」

 リリスはすまし顔をして、左右のハッチの開閉ボタンを押した。ハッチは閉じたが、端が変形しているせいで、僅かに冷たい隙間風が入ってくる。

「よし、コキュートスに向かうわよ、そこまでお願いね!」

「了解」

 リリスは少し大きめの声を出して、AIに指示を出すと、コックピットから返事が返ってきた。W21は真後ろに旋回し、ティルトウイングも水平に戻して発進した。


 完全なオート操縦で、リリスはハッチに付いている窓から見える景色を眺めていた。時折、進行具合を確かめるためAIに話しかける。

「首都までどれくらい?」

「約250キロ。最短一時間半」

「燃料は保つでしょうね?」

「到着時ノ残量、約三分ノ一」

「ふーん」

 退屈そうに再び景色に視線を戻す。

「カミーラ、ちょっと小腹空いたわ……」

「かと思いまして、すでに缶詰開けておきました」

 カミーラの手には、既に蓋を開けられた缶詰が握られていた。中はビーフカレーだった。

「ありがと」

「冷たいですけど、まあそこは我慢しましょう」

「冷たいのもそうだけどさ」

「はい?」

「どうやって食べる? 飲めと?」

 一瞬、カミーラは固まってしまった。我に返って、積荷の中を探ってみたが、スプーンもフォークも見当たらなかった。

「あっ、バケットならありましたよ! しかもちょうど真ん中が裂けてます!」

「おお、それなら焼きそばパンの要領で間に流し込んで……ん?」

「あ……」

「それってさ……」

「ああ……」

 二人は気づいてしまった。缶詰は保存性の高い食品なので問題はないが、バケットなどパンの類は、長期の保存が効かない。仮に極寒の中放置され、病原菌が死滅していたとしても、カチカチに固まって、食感は劣悪だ。ましてや固めの部類に入るパンだから余計に固いのは容易に想像出来た。

「か、カビは生えてないですし……」

「背に腹は代えられないって言うしね……」

 二人は不安も恐怖も無理矢理ねじ伏せて、パンの割れ目にカレーを流し込んでかぶり付く。

「やっぱ固い……」

「ですよねー」

 あまりの固さに、一口飲み込む頃には顎が痛くなってしまったが、勿体ないので結局食べきった。お代わりは、当然しなかった。

「もう二度と食べたくないわ……」

「確かに……、食中毒の可能性を考えてもね」

「やめて、最悪コレラとかサルモネラなんてきた日には、今のインフラじゃ助からないわよ……」

 リリスは顔を青くして言った。その時、コックピットから「ピーピー」と高い音がした。この音は未確認飛行物体が接近してきた時の警告音である。

 コックピットにあるレーダーを見てみると、後方から複数の小型飛行物体が接近しているのが分かった。

「この大きさ……、レッサーワイバーンか。移動中なの?」

 レッサーワイバーンとは二フルへイムとムスペルへイムの間を、季節の変化によって渡り鳥のように大移動する小型の飛龍だ。ニフルへイムでは灰色に、ムスペルへイムでは褐色の体色をし、体長は5メートル程で、雄は長く発達した一対の角、雌は牙を持っている。

 リリスは右のハッチを開いて、双眼鏡で後方を確認する。吹雪が弱いおかげで、視界はそれ程悪くはなかった。状況は最悪の一言に尽きるが。十数頭もの褐色のレッサーワイバーンが、背後から迫ってきたのだから。

 何故ならレッサーワイバーンの渡りの時期には、群れと遭遇し衝突する事故が多発するからだ。さらに運が悪ければ、本来温厚な性質のレッサーワイバーンの怒りに触れて、墜落したところで牙や角での追撃ということもよくあるのだ。

 リリスは万一に備え、積み込まれた積荷の中に入っていたKG7狙撃銃を取り出し、構えた。KG7はマガジン給弾だが、ボルトアクション式で、銃床・銃身共には木製。設計・製造に携わったキスリング&ギゾー造兵廠曰く、「作りやすさと性能は満点、扱いやすさは速射性が赤点」とのこと。実際、対戦末期では、既に前線部隊からは予備扱いになっており、主に後方部隊に配備されていた。

「ボルトアクション式のこれであれ全部迎撃とか無理ゲーも良いところね……!」

 スコープを覗きながら、リリスは呟いた。

「ではこのバトルライフルはいかがでしょうか?」

 カミーラが持ち出したのは、木製フレームのKG9という自動小銃だった。こっちは20発装填のマガジンを使用し、セミオートやフルオート射撃を可能としている。ただ、KG7同様の強力な7.7×60ミリ弾薬を使用するため、反動がきつく、安定したフルオート射撃にはもっぱら二脚を使用した伏せ撃ちが一般的だ。スコープ等の照準器は、状況に応じて着脱可能になっていて、カミーラのKG9にも付いている。

「いや、純粋な狙撃銃としては、こっちの方が射程距離で勝っているから良いわ。と言いたい所だけど、いざあいつらが近付いてきたら弾幕張って追っ払ってちょうだい」

「御意!」

 リリスはスコープでレッサーワイバーンの群れを監視した。群れは相変わらず機体の真後ろにぴったり張り付いて飛行している。

「襲ってきませんね」

「あいつらは普段、海辺で海獣や大型魚類なんかを主食としているから、人なんて眼中にないはずだけど。まあ、飛行ルートと重なって……、なんてこともあるけど」

 雑談交わしながら、監視を継続すること五分、レッサーワイバーンの群れは右の方へ逸れた。

「……行った」

「ひとまず墜落の危険は……」

 しかし、警告音は相変わらず鳴り響いていた。

「どういうこと……!」

 レッサーワイバーンの群れは確かに離れて行っている。しかし、別の飛行物体が接近していた。

「グアアアアア!」

「まだ何か……」

 大気が震えるような巨大な咆哮と共に、レーダーの影の主が現れた。それはレッサーワイバーンよりも大型で、黒い光沢を持つ体に、棍棒のような尾、鋭く尖った脚と翼の爪、凶暴性もさることながら生息数でもこの凍土の空を支配する覇者、ブラッディハンターだ。

 二フルへイムに生息する飛龍の中では中型の部類に入る種だが、先述の通り凶暴で、目を付けられた獲物は強靱な顎で噛み砕かれ、脚の爪で引き裂かれ、堅牢な装甲も尾の一撃で大破させられてしまう。黒い体色も、獲物の返り血だという俗説があるほどで、これが名前の由来となっている。無論、この俗説は誤りだが。

「よりによってこいつかー!」

「どうするんですか! あいつ絶対狙ってきてますよ!」

「とにかく、撃ちまくって牽制するしかないわ」

 ブラッディハンターはW21とほぼ同じ速度で、真横についた。そしてリリス達に顔を向けて吠えた。

「うるさい! そこどきなさい!」

  リリスはブラッディハンターの頭部に向けて発砲する。しかし、硬い外殻に遮られ弾かれてしまった。

「そのむさ苦しい面をどけろって言ってんの!」

 カミーラもフルオート射撃で発砲するが、強い反動と少ない装填数のため、ほとんど命中弾が無かった。

「たく、これだからバトルライフルは!」

「弱装弾による伏せ撃ちが基本だからなぁ……」

 そうこうしているうちに、ブラッディハンターの口内が光り始めた。火炎放射の合図だ。

「この、やすやす撃たせるか!」

 カミーラは銃口にライフルグレネードを取り付け、ブラッディハンターの口内へ発射する。

「ガアアアアア!」

 流石にこれは効いたようで、ブラッディハンターは仰け反った。

「AI! 奴の後ろに回り込んで、機銃掃射してやって!」

「了解」

 ブラッディハンターが咳き込んでホバリングしている隙に、W21もホバリングしてその背後に回り込む。そして、あるだけの機関砲弾とロケット弾を叩き込んだ。

「ゴアアアア……」

 煙を上げながら、ブラッディハンターは落ちていった。それを確認した二人は、ハッチを閉めてへたり込んだ。

「間一髪だったわ……」

「弾薬も持ち込んで正解でしたね、お嬢」

「それよりも、ジャンクパーツから復元したとはおおよそ思えないくらいの働きだったわね。ここまでやるとは……」

 汗を袖で拭いながら、リリスはコックピットに目を向けた。

「ソレ程デモアリマセン」

 AIは謙虚そうに返事した。それを聞いたリリス達は吹き出した。


 ブラッディハンターを退け、一時間が過ぎた。吹雪は激しさを増してきて、ホワイトアウトによって視界が遮られていく。それでも完全自動操縦状態のW21には、大した問題にならない。

「かなり荒れてきましたね……」

 カミーラがぼそっと呟いた。

「AI、あとどれくらい?」

「十数分トイッタトコロデショウ」

「随分とアバウトね……」

「ソレクライデ良イト思イマシテ」

「なんか人間くさいわね……。まあ高性能なAIは時間と共に人間同様に成長するとは聞いてたけど」

「今戦死者ノ亡骸ヲ墓地ヘ運ベルト思ウト涙ガ出マス」

「いや貴方には文字通り血も涙も無いでしょうが」

「おいるナラアリマスヨ」

「油漏れになるじゃないですかヤダー」

 一連のやりとりを見てカミーラは呟いた。

「何この小芝居」

 同時に胸に何かモヤモヤした不快感を覚えた。

「というか、なんで機械ごときがお嬢と……!」

 カミーラは歯ぎしりしながら半分涙目で、コックピットを睨む。リリスはそれに全く気付かず、AIと談笑を続ける。

「ア、ソロソロ目標地点デス」

「やっとね?」

 リリスは片方のハッチを開いた。吹雪が機内に吹き付けられたが、気にせず眼下に広がる風景を見渡す。

 麓は針葉樹林に覆われた、雪と氷に包まれた山脈。そして山脈の至る所に、監視塔やサーチライト、パラボラアンテナのレーダーサイトや地対空ミサイルで構成された防空網が構築されており、付近にはエデン軍の軍用機の残骸が転がっていた。無論、現在この防空網を管理する者などおらず、地対空ミサイルは弾切れ、サーチライトも動いていない。そもそも動く人影すらない。せいぜい兵士の屍くらいのものである。

「……後で供養してあげるから、それまで待ってて」

 リリスは兵士の亡骸に向かって黙祷した。

 防空網を越えた先には、巨大な湖があり、その中央に向かって伸びている灰色のレンガ造り橋の先の島には、橋と同じ色のレンガ造りの建物が建ち並んでおり、それを囲うように対空兵器を備えた城壁がそびえ立っていた。

「見えた! 私達の故郷コキュートス! ……でも」

 リリスは顔を曇らせる。街中の建物や通りの至る所に、爆撃の痕が痛々しく残っていた。しかしその割に、都市がエデン軍に占領された様子はなく、静かだった。

「都市ニ複数ノ生体反応」

 AIは首都の状況を分析する。

「エデンの占領軍か、軍の生き残りか?」

 リリスは双眼鏡を覗きながらAIに尋ねた。

「不明デス」

「了解、首都外壁に着陸して」

 首都内に続く入り口は瓦礫で塞がれており、残弾の少ないロケット弾で吹き飛ばすわけにもいかず、仕方なく城壁に着陸することにした。一応ヘリポートがあるので、小型の垂直離着陸機ならば着地出来る。

 着陸して、まず最初にライフルを構えながらカミーラが降りた。

「クリア」

 続いてリリスが降りた。

「ここは一段と被害が酷いわね……」

 城壁から見下ろすと、通りにはエデン軍と思しき戦車や航空機、帝国軍の人型ロボットの残骸が散らばっていた。遺体は回収されたのか、一人もいなかった。

 リリス達がいるのは首都の南側で、機甲部隊で侵入するには唯一門が存在するここ以外に無い。そうなると、必然的にここが一番大きな被害を受けることになる。

「しかし、他はそれ程でもなさそうです」

 カミーラは他の地区を双眼鏡で眺めた。銃弾や空爆の痕はいくらかあったが、南側のようにエデン軍の装甲車両はほとんど無かった。当然、占領軍の姿も無い。どうやら乗っ取られることだけは避けられたらしい。とは言え政府が機能していないため、この事態を放置すればまた付け入る隙を敵に与えかねない。

「まずは住民の安否を確認しなきゃ。……どのくらい残っているやら、AIは生体反応があるとは言っていたけど、詳細は不明だし」

「所詮機械なんてこんなものでしょう」

「カミーラ、なんか機嫌悪くない?」

「いえ、別に……」

 二人は再びW21に乗り込み、首都の中央を目指した。一周してみたものの、人影が見当たらず、せいぜい建物の瓦礫と兵器の残骸が散らかっているだけである。

「やっぱり人がいない……」

「どうせ虫とか鼠の反応でも拾ったのでは? 機械はいい加減なんだから」

「なんでさっきからAIにそんな嫌味言うかな~……?」

 カミーラの不機嫌さに疑問を抱きながら、首都中央にある城塞のヘリポートに着陸した。城塞は周囲を六本の塔で囲まれており、屋上には対空兵器とレーダーが設置されており、防空の要を担っていた。だがそれも、北側の二本を除くと全て破壊され、特に南側の二本は根元からへし折られていた。

 城塞は、都市の他の建物と比べると黒みが強い四階建てで、一階には駐車スペースが、二階には東西南北に一つずつヘリポートが設けられている。リリスが降りたのは東側だ。

「ぐるっと見てきたけど、意外と被害は少ないのね」

 リリスの言うとおり、城塞は多少銃弾や砲弾の痕や窓ガラスのひび割れ以外は、綺麗に残っていた。

「中も見てきましょう」

「ええ。それにしても、本当に綺麗に残っているのね」

 両開きの扉を潜ると、フロントに出た。中はうっすらと埃が積もっており、椅子や観葉植物が倒れ散乱していた。

「外装はともかく、内装は台無しですね」

 カミーラは机に倒れていたペン立てを直しながら呟いた。

「まあ掃除してやればどうにか」

 リリスは壁に背もたれが引っかかって傾いている椅子を直すと、そのまま座り込んだ。

「お嬢、そんな汚いところに……」

「疎開生活してきて、何を今更……うおっ!」

 突然椅子の脚が折れて、リリスは尻餅をついてしまった。

「お嬢……」

「べ、別に太ったわけじゃないからね!? そりゃ長いこと手入れもされてなかったのに座ればそりゃさ!」

「誰もそんなこと言ってませんが……」

 しかしカミーラは、必死に言い訳するリリスを見て可愛いと思った。

「と、とにかく今度は三階よ! 付いてきなさい!」

「はいはい」

 三階より上へは通常エレベーターを使うのだが、当然電気は止まっているため、二人は非常階段で上を目指す。

「本当に大きなひび割れなんか一つもありませんね」

「かなり頑丈に造ってあるからね、あるいはかなり運が良かったのかしら」

 三階に到着すると、広々とした空間に円形に並べられたいすと、それに囲まれた机があった。

「会議室ね……、こっちは本当にそのままね」

 リリスは一通り見渡して呟いた。

 三階は政治や軍事に関係する会議を行うフロアだ。そもそもこの城塞自体、国会として機能していた。

「……四階行きましょう」

 カミーラに促され、リリスはまた上へと上った。

 四階は一転して、狭い通路が一直線に伸びていて、壁には左右に二つずつドアが付いている。ここは国外から来訪してきた外交官が寝泊まりするフロアになる筈だった。だがこの国に、少なくともエデンやムスペルへイムからの来訪者はいない。せいぜい帝国との合併を拒み、独立を貫いた部族の長が数回来た程度である。

 リリスは一部屋ずつ見て回った。右側手前のドアが客室で、入って右側に四つのベッドが並び、左側に大きな鏡があった。

 左側は食堂になっており、手前のドアと奥のドアは繋がっている。手前側に円形のテーブルや椅子が並んでおり、奥側が厨房になっている。

 右側奥のドアは風呂に繋がっているが、トイレも備えており、所謂ユニットバスになっている。

 どの部屋も、埃が薄く積もっている以外は特に荒らされた様子も無く、水道や電気以外は多少掃除すればすぐにでも使える状態だった。

「こうして見ると、まるでホテルですね。お嬢、今日はここに泊まります?」

 カミーラは提案するも、リリスは首を横に振って否定した。

「私は重要施設をちょっと見に来ただけよ。寝るのは自分の家よ」

「そうですか」

 一通り施設を見終えたリリスは、今度は自分の生家に向かった。


 リリスの生家は、首都の北側にある。そこまでは輸送機で運んだバイクで向かった。ちょうど城塞に車両用のガソリンが残っていたため、それで補給した。

 北側は民家が集中している。これは敵の陸軍からの攻撃から民間人を保護するための配置で、避難用の地下通路も完備されている。ついでに説明すると、南側は軍用施設が多く、西側には大規模な商業施設や遊戯施設が、東には軍や企業が使用する公共の試験場が存在する。

「あった、ここね」

 リリスの生家は灰色の壁に黒い屋根の二階建ての建物だ。建物自体は他の民家と大きな差は無く、魔王一族の住居の割には特に目立った特徴は無い。というのもルシフェル自身、プライドの高い人物には違いなかったのだが、居住環境については無頓着で、家も「生活に不便が無ければ良い」という程度にしか思っていなかった。

 さらに言えばルシフェル自身、自分から魔王を名乗ったことはなく、彼に追従した者達が勝手に呼び出しただけのことである。

「さーて、どうなってるかしら?」

「……うわー、こっちは散らかってますね」

「いや、こっちは元からよ。お父様はあんまり掃除しないし、お母様は普段から軍事施設にいて家にいないし」

 生家の玄関はゴミが散乱して、歩くのが困難な状態だった。と言っても、ゴミ袋が天井まで積み上がっているようなゴミ屋敷と言うほどでは無い。他の部屋は埃や紙くずが多少散らかっているくらいで、掃き掃除すればいくらかマシになる程度。

「全く、魔王様には統治者としての品位はあまり意識してないんですかね?」

 ゴミ袋から漂う悪臭に顔をしかめながら、カミーラは愚痴った。

「お父様そこんとこ本当に無頓着だし……」

「せめてゴミ袋くらいは片付けて欲しいのですが……」

「実際掃除はほとんど私かオートマタがやってたからなあ……。うわ、ゴキブリ」

「え!? どこ、どこですか!?」

 ゴキブリと聞いてカミーラは狼狽えた。

「ゴキブリなんてまだ可愛い方よ。最悪ムカデやクモのせいで噛み傷だらけになるわ、そっちの方がタチが悪いわ」

「なんでこんなのほったらかしにするんですか!?」

「いや私に聞かれても……」

 カミーラは涙目になっていた。

「ていうか、カミーラって本当に虫が嫌いなのね。お化けとかは割と平気なのに」

「ああいう小さくてたくさんうじゃうじゃ湧いてくる奴は大嫌いなんですよー!」

「うじゃうじゃ湧いてくる、ね」

 リリスは呟くと、懐から何かの端末を取り出した。

「お嬢、それは?」

「W21にも搭載されてたけど、携行生体探知機よ。W21程、探知範囲は広くはないけど……」

 生体探知機は大雑把に言うと、生き物の心音を探り出す機械で、端末の画面には心音の発生場所が点になって表示される。そして画面には、そのたくさん点が映っており、リリス達に向かっていることを知らせていた。

「生存者でしょうか?」

「どうかしら」

 リリスは鼻いっぱいに息を吸い込む。

「臭いことこの上ないわ。硝煙と、何より血の匂いがキツい」

「占領軍が隠れていた? それとも狼藉者?」

「まあいざって時のこれだから」

 リリスはスカートを少し捲り、ホルスターを見せた。

「お嬢、なんてあざとい……!」

「いや何が? まあこれもあるけど」

 リリスは鞄から自動小銃を取り出した。全体的に黒色でフレームは樹脂製、ストックは折り畳み式、引き金の前に5.7×40ミリ弾が三十発入りの弾倉を配置、マガジンリリースボタンやコッキングレバー・セレクターは左右からも扱える構造、光学照準器と、銃身の下に折り畳み式グリップを装備。

 これだけなら普通の自動小銃だが、銃口が垂直二連装になっており、上の銃口の方が下よりも僅かに大きい。5.7ミリ弾は下の銃口から発射されるが、上の銃口からは「マナ」と呼ばれる素粒子を使い発射する魔法弾を発射する。

 グリップもただ射撃姿勢を安定させるものに留まらず、内部に銃剣を仕込んでおり、寝かせた状態で銃剣を出してそのまま接近戦に活用出来る代物だ。

 銃身に使用されている金属も普通の金属ではなく、軽く、その上熱や摩耗にも強く、錆びづらく変形しにくい「オリハルコン合金」という稀少な金属を使っている。

 そもそもマナとはこの世界に存在する素粒子の一つで、古くから魔法に深く関わってきた。生物の脳波に反応し動く性質を持つという未だ謎の多い物質だ。そしてマナを使用する道具は日用品や軍用品問わず「アーティファクト」と呼ばれている。そしてマナを使用する火器は「魔法銃」、縮めて「魔銃」と呼ばれる他、最近では「ブラスター」とも呼称されている。

 そしてリリスの持つ自動小銃は、普通の銃弾と魔法弾を同時に扱えるように設計された複合小銃で、XAR-13、コードネームは「ヒュドラ」。

 ちなみに、同じ複合小銃の肩書きを持つ銃はエデンでも開発されていたが、それは通常の弾とグレネード弾を合わせた物で、こちらは重量とコスト、グレネード弾の威力不足等が指摘され開発・配備は中止。

 ヒュドラはどうかと言うと、こちらは純粋に二種類の攻撃を行うことを目指し作られたため、コストは高いものの、重量とサイズは抑えられたため、成功作と言える。特にブラスター側の機関部に、大気中のマナを銃口から吸収する機構を内蔵したことが功を成した。

 欠点を挙げれば、産出量が僅かな上に、現状のインフラでは加工が難しいオリハルコンを銃身に使用している整備性の悪さだ。とはいえ、オリハルコン製の武器自体が簡単に壊れないので、そこまで頻繁に銃身交換する必要は無いのだが。

「それじゃ、誰がやってきたか、ちょっと見てきて~カミーラ」

「お嬢はいかないんですか?」

「こんなデカ物で威圧するのもあれなんで、隠しようがないし」

「変なとこで気遣うのですね……」

 生体反応の正体は、カミーラ一人で確認しに行くことになった。玄関の陰に一旦身を隠し、外をそっと覗いた。すると、外には緑色の肌をし、下顎の牙が長く、額には短い角が生えた大柄な数十人の男達が、斧や機関銃を担ぎ、横に角を付けたヘルメットを被り、鎧や防弾チョッキを装備して通りを練り歩いていた。

「オーク族か。だが正規軍ではないな」

 オーク族はかつて、二フルへイム大陸の北側に住んでいた狩猟民族で、特徴はなんと言っても力だ。体中の筋肉が発達しており、ハンマーや斧、果ては重機関銃やバズーカのような大型かつ重い武器を軽々と使いこなす。生命力も強く、自動車に撥ねられたくらいでは死なず、中には銃弾百発撃たれた状態で生還し、僅か一週間で戦線復帰した兵士もいた程だ。

「誰だ?」

「ちっ……」

 一団の一人に見つかってしまい、カミーラは無防備を装い家から出た。

「何故貴様のような女がこんな所にいる?」

「……ただの里帰りだ。貴方たちは?」

「俺達か? 俺らは二フルへイム解放軍よ!」

「解放軍? はぁ~……、またこいつらか」

 カミーラは勿論、リリスもこの手の集団とは疎開生活中に何度も戦ってきた。解放軍と言っているが、彼らはエデン軍やムスペルへイム大陸連合機構軍の占領軍と戦っているわけではない。そもそもエデン軍は一度、二フルへイムを占領しようとして、切り札であるオートマタ軍の反撃によって兵力を失い、失敗した。

 彼らは解放軍とは名ばかりの野盗集団で、解放を騙りながら避難生活をする者達から略奪を行っている。

「なんだその態度は? 貴様、まさか我らに協力せぬと申すか?」

「協力も何も、この大陸にエデンの連中は一人残らず撤退している。まあスパイみたいに少数潜伏はしているだろうがな」

「なっ!?」

 オーク達は顔を青くして、顔を見合わせた。

「おい、こいつまさか……」

「『知っている』奴だな。くそー、まさかこんな奴に出くわすなんてな……」

 彼らの言う「知っている」というのは、戦況を把握している者の事だ。彼らが実力行使で略奪するのは最終手段で、情報が伝わらない難民の無知につけ込んで詐欺の如く日用品を奪っていくのだ。

「生かすと厄介だ。ここで殺っちまうか?」

「まあ待て、こんな良い女殺っちまうなんざ勿体ない。連れ帰ってやろうぜ」

「ああ、それは良いな、げへへ……」

 下卑た笑みを浮かべるオークを見て、カミーラは嘲笑した。

「お前ら如きに、私が身体を差し出すと? 笑わせる。私が身体を許せるのはお嬢だけだ!」

 その瞬間、風が吹き抜ける。オーク達はポカンと口を開けている。隠れて見ていたリリスは、顔が青ざめていた。

「うわー、カミーラって百合だったの? あいつそんな趣味あったんだ……」

 リリスがいつも感じていた恐怖の正体はこれだったのだ。

「ていうか……」

 リリスは憤慨しながら、カミーラの背中を銃のストックで叩きつけた。

「カミーラ! アンタこんなとこでなんつう爆弾発言してんの!」

「痛っ!」

 カミーラは背中を押さえながらよろめいた。

「お嬢何するんですか! 私はこんなにもお嬢のことを思っているのに……!」

「思いの方向性が間違ってるわ! 私は同性には全然興味無いからね!?」

「ほう、じゃあお前、俺らの方に来ないか?」

 オークの一人が話に割り込んできたが、リリスは拳銃をホルスターから一本引き抜いて撃った。弾はオークの右耳を擦り、血が滲み出た。

「野蛮人には、もっと無いけど?」

 リリスの拳銃は、樹脂を多用したフレームに、グリップから飛び出す程長い三十発装填のダブルカラム式弾倉を使うオートマチック拳銃だが、銃身に銃剣が取り付けられている。銃の名称はHG-10、コードネームは「アダー」。10×15ミリ弾を使用し、連射も出来る拳銃だ。引き金を深く引くと連発、浅く引くと単発になるが、その力加減も容易に作られている。

「てめ……!」

 撃たれたオークは背中に担いでいた斧を構え、リリスとカミーラを睨んだ。

「今のはただの威嚇よ。さっさと引きなさい、今は葬儀場は開いてないのでね。骸を野ざらしにされて、醜く腐らせたくはないでしょう?」

「ざっけんな! 拉致って慰み物にしようと思ったが、てめえら全員ぶっ殺し……」

 オークの一人が一歩踏み出した瞬間、そのオークは額に穴を開けて血を吹き出しながら倒れ、絶命した。

「あら、そっちがその気なら、こっちも遠慮無く殺らせてもらうわよ? 皇女がか弱い女とは思わないことね」

 リリスは一度アダーをしまい、担いでいたヒュドラを構え不敵な笑みを見せた。

「薄い本みたいな展開は期待しないでよ? ここからは閲覧注意だから」

「私とお嬢絡みのはないんですか?」

「無い」

「ショボーン。まあ良いです」

 カミーラは少し落胆しつつも、ナイフを三本出した。柄には細い糸が巻き付いており、それぞれが人差し指・中指・薬指の根元に繋がっていた。

「ちゃんと勝ったらご褒美下さいよ?」

「添い寝くらいなら許してあげるわ」

「お嬢……!」

「ただし、『それ以上』は許さないから」

「はい……」

「ゴチャゴチャ何してんだ! さっさと……」

 最後まで言わせず、カミーラは三人のオークの喉にナイフを投げつけた。ナイフは指に絡めた糸と繋がっているため、容易に手元に帰すことが出来る。投げつけられたオークは血を噴き出して絶命した。

「さっさと? 殺して下さいってことですか? まあ私達は貴方方のような連中を見ると、ついつい手が先に出てしまう性分ですのでね」

 カミーラは戻したナイフを目の前にちらつかせた。

「つい、こんな具合に死体が出来上がってしまってね」

「こいつ……! てめえら、殺っちまえ!」

 オーク達は斧を振りかざして突撃したが、リリスは彼らの頭に一発ずつ銃弾を撃ち込んでいった。

「あのガキ、一発で……!」

「貴方たちに正面から殴り合っても勝てそうにないし、だから一撃必殺を決めさせてもらうわ。まあ、『柔よく剛を制す』ってやつ?」

「ふざけやがって!」

 オークの一人が背中に担いだ木製フレームのベルト給弾式機関銃を構えて撃ってきた。リリスは咄嗟に路地裏に隠れた。

「E-3機関銃? 随分古い銃持ってきたわね」

 E-3はオーク族のアイヒェンドルフ重工が作った軽機関銃だが、設計が今より三十年以上も前の物で、重量や性能の関係で、帝国軍は当然採用しておらず、オーク族出身の兵士でもより高性能な機関銃の登場により軍ではまず見かけない。代わりに安くてそれなりの性能を有していること、信頼性自体は高いことから解放軍のような武装集団には使われいる。

「おら小娘、出てきやがれ! 投降したら、俺らの夜の玩具になってくれりゃ命だけは助けてやる!」

「やなこった。貴方たちこそ、土の肥やしにでもなりなさいな」

「減らず口叩きやがって! ぐあ!」

 突然オークの一人が、後頭部から血を噴き出して倒れた。

「なんだなんだ!?」

「この針みたいなやつは……!?」

 オークの一人が、仲間に突き刺さった、管状の物を引き抜いた。

「上がお留守ですよ?」

 屋根の上には、右手に針を三本持ったカミーラが立っていた。

「今のは『吸血針』……、相手の血液を抜き取るのに使うんですが、マナの効果でより多くの血を抜き取ることが出来るんです。一種のアーティファクトというやつで」

 そしてカミーラは燕尾服のボタンを外し、裏地を見せた。

「他にもこんなに用意していますよ?」

 裏地には吸血針の他に、短機関銃と拳銃、それらの弾倉、各種手榴弾、何かの液体が入った小瓶が引っ掛けられていた。

「どれがお好き?」

「お前、殺し屋か!?」

「いいえ、私はただの侍女ですよ?」

 カミーラは爽やかな笑みで言った。

「痴女の間違いじゃ?」

 リリスは下でボソッと陰口を言った。

「酷いですよお嬢……」

「文句はこいつら撃退した後でいくらでも聞いてあげるわ、さっさとする!」

「はい……」

 落胆しつつも、カミーラは赤い小瓶を一つ手に取り、蓋を開けてオーク達にかけた。

「ぐわ! てめ何しやが……ぎゃあああ! 熱いー!」

 十人前後のオークが火だるまになり、通りは炎に包まれた。

「揮発性の高い特殊な薬品でね、マイナス二十度以下でも気化し、その熱で発火する!」

 続いて白い瓶の蓋を開け、周囲にばらまく。

「ぐああああ……!」

 かけられたオーク達は一瞬で凍り付いた。

「そっちは衝撃が加わると瞬時に凍り付く。かけられた奴は一瞬で凍死、カチカチになって粉々になるの。これらの瓶だって、立派なアーティファクトよ?」

 そして最後にカミーラは、手榴弾を両手に持って、ピンを抜いた。

「では、さようなら」

 通りに投げ込まれた手榴弾は大爆発を起こして、二十人も吹き飛び、逃げ出したオークには拳銃と短機関銃で掃射した。

 カミーラの短機関銃「ゲオルゲ」は、グリップと弾倉の差し込み口が一体化しており、銃身の下にフォアグリップを、横にレーザーサイトを装備している。そしてその銃身は機関部に対してかなり長い。本来この銃は携行性と信頼性を優先し、命中精度はあまりよくは無いのだが、カミーラの銃は細かい改良が施されており精度が上がっている、所謂マイナーチェンジだ。

 拳銃はリリスと同じHG-10アダーだが、銃剣が無く、連射機能は廃され、シングルカラムの十発入り弾倉を使っている。

「やれやれ、派手にやってくれたわね……」

 リリスは焼け跡に残った、オーク達の焼死体を見ながら呆然としていた。

「次はもう少し穏便にね? ここ住宅街だから火事になったらどうすんのよ?」

「ははは、いや~少し調子に乗りすぎちゃいましたね~」

 カミーラは頭を掻いて誤魔化した。

「ですが……、まだ終わりそうにないですよ」

 車のエンジン音が近付いてきた。二人は念のため弾倉を交換し、戦闘に備える。

「来ました!」

 二人の目の前に、キャタピラ式で、車体上面に機関銃を取り付けた垂直装甲の装甲車一台と、四輪の屋根が無いジープが二台やってきた。いずれも灰と白を基調とした迷彩色だ。

「先発隊はあの女二人にやられたのか?」

「大方、色気につられて油断したんだろう。アホが」

「ハニートラップってやつ? たくしょうがねえ」

 車両からは十数人のオークが降りてきた。特に装甲車から降車した者は、肌が見えないくらいの重装甲の鎧を身につけ、E-3機関銃の銃口に斧の刃を取り付けていた。

「随分個性的な銃剣だこと。ま、私も似たような物か」

 リリスは相手の斧のような銃剣と自分の銃剣を、見比べながら呟いた。

「おおっと」

 銃撃を受け、リリスは再び物陰へと顔を引っ込めた。

「おらおら出てきやがれ! 瞬間蜂の巣だがなー!」

 オーク達は弾幕を張り、リリスを釘付けにする。旧式とは言え、ベルト給弾で百発は余裕で連射出来る機関銃の弾幕はなかなか途切れるものではない。

「蜂の巣ねえ、あれ牛のどの部分だっけ? ……まずい、想像したらお腹が」

 腹を擦りながら、リリスは隙を窺う。

「お嬢、手伝いましょうか?」

 上からカミーラが声をかけてきた。

「カミーラはもう定時だから上がって良いわ。ここからは私の仕事」

 カミーラの援護を断り、神経を研ぎ澄ます。

「……今だわ」

 一瞬だけ弾幕が薄くなった。何人かの機関銃が弾切れを起こしたのだ。その隙を逃さず、リリスはヒュドラを構え、路地裏から飛び出し、装填中のオークの頭にセミオート射撃で一発ずつ銃弾を撃ち込む。

「なんだ今のは!?」

「分からん! 何が起こったんだ!?」

 リリスはオーク達に銃撃すると、猛スピードで向かいの路地裏に飛び込んだ。その際の動きは、オーク達の目には止まらなかったらしく、困惑していた。

「弾は必ず当てるもの、それくらい常識でしょうに」

 リリスは物陰から残像が残る程のスピードで飛び出しながら、オークの頭に一発ずつ叩き込む。繰り返しながら車両群に近付いていき、数を減らしていく。

「くそ、こいつ!」

「遅い遅い、欠伸が出るわ」

 リリスは近くにいたオークの下顎にヒュドラを突きつけ、そのまま引き金を引く。

「てめえ!」

 別のオークが激昂し、斧を振り下ろそうとするが、リリスはその喉に向かって銃剣を突き刺す。

「そんな長ったらしい武器で俺らを捉えられるかな!?」

 死角となっている装甲車の陰から、比較的軽装なオークがククリを二本両手に持って飛び出してきた。彼らはこれまでとは比べものにならないスピードで跳ね回り、リリスを撹乱しようとする。

「勿体ないが、死ね!」

 一人が背後から突撃してきたが、リリスはアダーを取り出して頭に一発お見舞いする。

「こういう時にサイドアームってのはあるの」

「ざっけんじゃねえ!」

 更に二人が前から突っ込んできたが、リリスはアダーを二丁持って二人の間をすり抜ける。その瞬間、二人の喉から鮮血が噴き出し、リリスのアダーの先端には血が滴っていた。

「畜生……、ならばこいつはどうだ!」

 今度は装甲車の車体に60ミリ砲をそのまま載せたような車両が、主砲と同軸の機関銃を撃ちながら迫ってきた。

「今度は戦車が!」

「あれは戦車とは言わないわよカミーラ。どっちかというと機動戦闘車、まあキャタピラだから歩兵戦闘車かもだけど。しっかし流石テロリスト、装備が古い。これもそうだけど、あれシーレ社のSc-20ファミリーじゃん」

 シーレ社とは、サイクロプス族の会社で、帝国軍の軍用車両を開発していた。そして同社が開発したSc-20とは、今より三十三年前に作られた装甲車で、帝国陸軍では後方部隊に使用され、主にレーダーを取り付け簡易的な移動式レーダーサイトとして運用されていた。流石にキャタピラ式では足が遅く、防御力も含め兵員輸送には扱い辛いところがあったからだ。

「ハッハッハー! バズーカも持ってねえ奴を挽肉にするのは最高だぜー!」

 装甲車の操縦士は気分が高揚していたが、リリスは余裕そうに笑っていた。

「そんな戦車モドキに対戦車兵器なんて代物はオーバースペックよ」

 リリスはヒュドラを構え、引き金とコッキングレバーの間にある、単発や連射に切り替えるセレクターとは別の、BとMが刻印されているセレクターに指を当て、今までBの方だったのをMに切り替えた。

「じゃあね、さようなら!」

 リリスが引き金を深く引くと、上の銃口から光が溢れ出した。装甲車を運転するオークは怪訝そうに見ていると、リリスは一瞬指を離し、再び引き金を引いた。すると、青白く光る太い光弾が発射され、装甲車を正面から貫き、砲塔を大きく跳ね上げ大爆発を起こした。

 ヒュドラのブラスターは、単発時に引き金を強く引くとマナを吸引しため込み、より強い光弾を発射出来るようになっているのだ。均質圧延鋼はおろか、素材や厚さ次第では複合装甲すら貫通することさえ可能だ。

「よし、暴徒の鎮圧完了。カミーラ、増援は?」

「今のところ無し」

「了解、なんとか凌いだか……」

 リリスは安堵して、近くのジープの後部座席に腰掛け、シートを擦り、呟いた。

「これ、しばらく使わせてもらおうかしらね」

「へえ、意外と綺麗ですね、ちゃんと整備されているみたいです」

 カミーラも降りてきて、ジープを観察した。

「オークってガサツな連中だと思ってましたから、ちょっと意外ですね。ましてやゲリラ風情が」

「元より整備が容易な車両だからね。シーレ社製の車は特に目立った性能は無いけど、代わりにシンプルで扱いやすいのよねえ」

 リリス達は通りに目を向けた。先程戦ったオークの死体や、空薬莢や民家の破片で散らかっていた。

「ところでお嬢、これどうします?」

「片付けましょう、特に死体は。放置したら衛生上よろしくないし、何より……」

 リリスはカミーラが「化学兵器」で葬った、黒焦げになって異臭を放つ死体を見て顔をしかめた。

「死屍累々してんじゃあ、景観が良くないしね」

「え、ええ……。で、どうします?」

「こいつらは確実に『罪人墓所』行きね、あそこは死刑執行された者や獄中で死亡した者が埋葬されているから。ついでに言うと、七年経ったら親族に遺骨とか返却されるけど、拒否されたら『無縁墓所』に移されるの。こいつらには……、親族いるのかしら?」

「さあ、ですがこんな状況でいちいちそんなことしてる暇もないでしょう」

「そうね。さっきも言った拒否されるケースの中には、『こんな奴は我が家の恥だ』なんて言って縁を切っちゃう人もいたからねえ。仮にいたところで、ねえ? とは言え」

 リリスはしゃがみ込んで、足下で倒れていた死体の瞼を、そっと閉じた。

「敵であれ罪人であれ、きちんと弔わないとね。みんなが外道だの鬼畜だのと言っている連中のために、私らまで堕ちるわけにもいかないでしょう」

「お嬢……」

 リリスは必要以上に敵を憎んだり、死者を冒涜しないように教えられ育った。だから今の彼女の目標に復讐は無く、あくまで国の復興だ。そして敵の亡骸もちゃんと弔う。

 だが、カミーラはその事で少し不安があった。その道徳心が自身を滅ぼしたりしないだろうかと。それが彼女の良いところだと言うのも、知ってはいるのだが。


 瓦礫や死体の片付け、更に道中で回収した兵士の遺体の埋葬も終わり、すっかり夜になってしまった。首都にはマナを使用し発電する発電所はあるが、壊れて電力供給が出来ないため街灯は一切点いていない。生家の照明も同じだ。だが強力な懐中電灯は備えていた。

「こうすれば照明代わりにはなるかしら?」

 リリスはリビングで、天井にフックを取り付け、懐中電灯をぶら下げた。

「少々物足りませんか……」

「ヴァンパイア出身の貴女が言う?」

「お嬢、ヴァンパイアだって完全に真っ暗なのは苦手なんですよ? 特に私夜目が効かなくて……」

「あら意外」

 リリスは丸いテーブルに無造作に放置されていたノートの、白紙の部分を切り取って何かを書き始めた。

「お嬢、それは?」

「今後の計画書かしら。まずはエネルギー事情をどうかしないと。そのためにまず発電所の復旧、続いて道路の整備、まずはこの辺りが当面の目標かしらね?」

「避難民の援助や捜索は?」

「そうね、それだったら……」

 リリスは棚にあった地図を取り出し、広げた。首都の南の方にある大きな森を指さした。

「南方の森林地帯、アルフへイム地方北端に行きましょう。ここはちょうど避難指定地区だったから、かなりの人員を確保出来るわね」

「やれやれ、疎開してひもじい生活している避難民を徴用するとか、お嬢もなかなか黒いですね」

「大丈夫、あの地方の大多数を占めるエルフ族は農耕民族よ。食料はたくさん蓄えているからそれ程餓えてはいないはず。それに、事態を放置すれば、ますます悪化するわよ。エデン軍の動きが停滞している内に手を打たないと」

 説明しながらノートに計画を書き終えると、畳んで懐にしまった。

「さて今日は寝ましょうか、もう疲れちゃったわ」

「はい!」

 やたらカミーラのテンションが高い上に微妙に鼻血が見えていたので、リリスは棚から縄を取り出した。

「お嬢、それは?」

 答えずリリスは、手早く縄をカミーラの身体に巻き始め、腕は勿論指先も動かせないくらい締め上げた。

「あああああ! お嬢ー、何をするんですかー!?」

「流石にそのまま添い寝したら何をされるか分かったもんじゃないからね! ちょっと拘束させてもらうから!」

「まさかの緊縛プレイ!? ああん、お嬢ったらいけず~」

「うっさい黙れ! いっそここで気絶してろや!」

 リリスはライフルストックでカミーラを思い切り殴りつけた。

「アーッ!」

「全く……、じゃあ寝るわよ」

 リリスはカミーラを引き摺って寝室に入り、ベッドに寝転んだ。ベッドは二人は寝れそうなくらい広く、白いシーツが被せられていた。所謂お姫様ベッドのような、カーテン等は付いていない、普通の物だ。

(ベッドのカーテンなんて飾りだと思ってたけど、変態対策に鉄のカーテンでも付けようかしら)

 隣で間の抜けた顔をして笑い、リリスの名を寝言で言いながら寝ているカミーラを見て、リリスは密かに思った。

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