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木の上でつかまえて

木の上でつかまえて

作者: 大鳥 俊




 あたしが七歳の頃、領主様が村にやってきた。

 今まではもっと大きな街に住んでいたのだけど、身体の弱い子供の為に空気の綺麗な田舎に住む事にしたんだって。


 領主様はお仕事が忙しいらしくあまり屋敷にいなくて、実際そこに住んでいるのは領主様の子供とばあやさんと執事さんだけ。

 ばあやさんはあんなに広いお屋敷なのに、一人で掃除も洗濯もお料理も出来ちゃうすごいおばあさんで、執事さんはもう髪が真っ白なのに背筋もピンとしていて、あたしが話しかけてもいつも丁寧な言葉で返事をくれる。


 そんなあたしが未だ見た事の無い領主様の子供に興味を持つのは当たり前で。招かれてもいないのにお屋敷に押し掛けたのは今となっては良い思い出。


 まあ、そんなわけで。あたしは遂に領主様の子供と対面したのだけど――……



◇◆◇◆



「あはははははっ!! どんくさいなサリカ!!」

「うっさいわね! 笑ってないで助けなさいよ!!」

「やーだよー!」



 今の聞いた? 信じられない!!


 季節の長雨が終わり、足元が良くなってきた頃。あたし達は近くの森に来ていた。


 目的は採取。

 降り続いた雨のせいで品数の少なかった食事にげっそりしていたあたしは、山菜や木の実を採って夕飯を豪華にしようと張り切っていたのだ。


 出迎えるのは草木特有の青臭い香りと、雨上がりの湿気。

 見慣れている森も、天の恵みで勢いを増した姿は初めて来た場所に見えてドキドキする。

 なんだか良い予感もして来て、さあ、やるぞと、片腕を突き上げ、袖を捲った。


 だけど。

 沢山採る気満々で用意した大人用のカゴの重さは最初とあまり変わらない。つまり、空振り。

 村の人達もあたしと考える事が同じで、どうやらもっと早い時間に採取を済ませていたようだった。



「うー……」



 あたしの夕飯ゴージャス計画が……!!


 崩れる計画を怖れ、あたしは歩みを速めた。もっと、もっと奥へ。

 生い茂る草の丈が少しずつ高くなってゆき、木の茂みも深くなる。濡れた葉の香りがむわりと舞った。と、そんな中。木々の隙間から奇跡的に真っ赤に熟れた果実を発見する。


 神々しい紅玉。絶対今が食べ時。


 もう反射的に走った。

 カットされ食卓に並ぶ姿も想像し、ちょっぴり自分の分を大きく切ってもらうんだって。


 その後の顛末は語るも涙。痛さにも涙。

 視界から消えてゆく果実と、思うように動かない足の感覚だけが嫌にゆっくりで、伸ばした手が空を切った。


 ビッターーンッツ!!


 何が起こったのか、多分当事者のあたしが一番分かっていない。


 一拍の後に起こる爆笑。

 足元に這う蔦の存在に気付かず前のめりに倒れたあたしは、雨上がりの泥の上にダイブしていたのだった。



「ロイド!! 手ぇ貸してってば!!」

「いやだよ、きたねえし」

「はあ!? か弱き乙女が助けを求めてるのに!?」

「か弱き乙女? 何処に居るんだそれ」



 遠くを見るように額に手を当て、辺りを見回すロイド。そこへ天使が現れる。



「サリカ大丈夫??」

「ウィルフレッド~」

「どろんこになっちゃったね……って、兄さん!! サリカを起こしてあげてよ!」

「んなもん、自分で起きろってーの」



 プイと他所を向くロイドに、あたしも顔をそむける。別に、彼の親切には期待していない。


 ウィルフレッドがポケットからハンカチを取り出してあたしの顔を拭いてくれる。



「ありがとうウィルフレッド」

「早く戻ってお医者さんに見てもらった方がいいよ、怪我してるかもしれないし」

「大丈夫大丈夫、あたし頑丈だから」

「僕はサリカが心配だよ」



 優しいエメラルド色の瞳を伏せ、しょんぼりするウィルフレッド。

 まるであたしが転んだのは自分の責任だとでも言いたそうに、きゅっとズボンの布を握りしめた。


 くうぅぅぅ!!

 あたしが勝手にこけただけなのにっ!! 天使天使! 私の天使! 可愛すぎる!!

 さすが弟にしたいランキングぶっちぎりのナンバーワン!!(村調べ)


 ……それに比べて。



「さっさと起きろよサリカ。もう帰るぞ」



 天使のようなウィルフレッドに頼まれても手を貸そうとしないロイド。

 それどころかさっさとしろよと、顎をしゃくる始末。おかしすぎる!


 天使のようなウィルフレッド。不親切すぎるロイド。

 瞳の色だけが違う、見た目はそっくりな兄弟。


 ――そう、領主様の子供は二人だったのだ。



◇◆◇◆



 子供の頃、招かれてもいないのにお屋敷のチャイムを鳴らしたあたし。


 出てくるのは執事さん? それともばあやさん?


 わくわくと入り口で待っていると、出てきたのは金色の子供だった。


 ちっちゃなひよこみたいなふわふわの髪。

 まんまるのおめめはお母さんが大事な時にしか使わない青い宝石みたい。


 病弱な美少年。

 誰もがそう思う容姿と綺麗なものは大好きな女の子(あたしの事)の出会い。


 一目で気に入ってしまったあたしは閉じている門の隙間から手を伸ばした。ぴょこぴょこと動く、金色の髪を触りたくて。


 男の子が目の前に立つ。



「ふわふわ可愛い」



 領主様の子供が二人だとは知らなかったあたしは、この可憐な男の子がお屋敷で守られている子だと思い込んだ。だから、次の行動が信じられなかった。


 グイ。


 突然引っ張られた髪。頭に鳴り響いた鈍い音。

 あたしは門扉に頭突きでこんにちわ状態で固まった。



「……なんだ、泣かないのか」



 ぐいぐいと引っ張られる髪。

 いや、髪はその隙間から通ってもあたしは通れないよ。


 今思えば泣けよと思うが、あたしは真顔でそんな事を考えていた。



 ――これを良い思い出だと昇華(しょうか)出来たあたしはやっぱり大人だ。

 そう、転んでしまったレディを指差して笑う、外見詐欺ロイドとは断じて違うのである。



「――食い気が先行してずっこけた奴がレディなもんか」

「うるさいわね。露に照らされた宝石の前には誰しもが無力なのよ」



 ちなみにあの宝石はロイドが採っていて、なんと奴が(かじ)りながら帰ったのだ。

 信じられない。そこはこっそりあたしの収穫カゴにいれるところでしょ!! 返せあたしのリンゴ!



「まあどうせ、お前の身長じゃ採れなかったし?」

「あたしには文明の利器があるのよ」



 木の棒とか木の棒とか木の……

 フンと鼻を鳴らすロイドを無視していると、キィと小さな音を立てて扉が開く。



「サリカ、果物持って来たよ」

「わあ! 嬉しい!! ありがとう!!」



 天使登場である。

 ウィルフレッドは扉を開けてくれた執事さんにニコリと笑ってから、トコトコと部屋に入ってくる。

 あたしより五つ下のウィルフレッドは今八歳。身体が弱いせいか村の子供より小さくて、見た目は五歳ぐらいにしか見えないけれど、その態度はロイドよりも丁寧だ。

 今だって、あたしが食べ損ねたリンゴをわざわざ持って来てくれたのだから。


 満面の笑みを浮かべお礼を言う。

 ウィルフレッドも嬉しそうに笑ってイスに座る。



「……ふん。やっぱり食い気じゃねえか」



 無視をする。

 大体アンタがあたしのリンゴを食べたからいけない。


 ウィルフレッドが持って来てくれたフルーツ盛り(リンゴ以外もあってびっくり)を食べながら、話をする。以前より調子が良くなってきたウィルフレッドは今度街へ連れて行ってもらえる事になったのだとか。

 こちらに来た時にはかなり慎重に休みながら移動をしていたと後から聞いたあたしは、元気になっていく彼を本当に嬉しく思った。



「サリカ、お土産は何が良い?」

「んーそうねー……」

「どうせ街の菓子類だろ」

「うぐ……どうしてそれを」

「お前は食い気ばっかりだからな」



 運ばれてきたフルーツの大半を食べたあたしは言い返せない。



「兄さん、サリカはお花も好きだよ?」

「食える花がだろ?」

「違うわよ!」



 そう言ったものの、お土産はもちろん街のお菓子。美味しかった。



◇◆◇◆◇



 時は流れ、あたしは十六歳になった。

 リンゴに目を奪われ転んだ幼き頃と違い、優雅に木に登る事の出来る立派な乙女である。


 あたしは前のめりに体重をかけ、ピンと指の先まで手を伸ばす。

 木の棒を使って落とせない高い位置にあるリンゴを取ろうとしているあたしは、もちろん木の上にいた。



「後もう少しっと……」



 ちょっと触れれば落とせるかもと考えたのだけど、そのちょっとが難しい。

 指を伸ばし前へ歩くように動かしてみるけど、指先がリンゴに触れる事はない。


 伸びろ! あたしの手!! 指でも可!!


 フッと爪を掠める硬い感触。

 よし! と、心の中で拳を握りしめたのと同時に軋む音。

 続けてメリメリと嫌な音を立て、ガクンと視界がぶれる。

 体重の殆どを支えていた手がずり落ち、そのままあたしは宙に浮く。



「りんごぉぉぉ!!!」



 遠ざかる赤い宝石に手を伸ばし、森に絶叫がこだました。




「……てか、おかしいだろあの悲鳴」

「間違ってない。もう二度とあの輝きが手に入らないって悟った時の叫びだから」

「まあ、一番近い枝があれじゃあ、もう木に登れねえしなあ……」



 あたしの下敷きになったまま、ロイドが空を見上げる。

 紅玉の輝きは健在だが、そこへと向かう太い枝は大きく姿を変えていた。



「ううっ……あれ、すごくおいしそうだったのに」

「もう十分採っただろ」

「パイにしたかったの! 後ジャムも!!」

「どんだけ採るつもりだったんだよ……」



 呆れ声のロイドは気にしない。

 あたしは服に着いた土を(はた)き立ち上がる。狙った最後の一つが採れなかったのは残念だが、今回はしょうがない。小鳥のご飯に残しておく事にする。


 くいっと、髪が引っ張られた。



「……なに?」

「髪が鳥の巣みたいになってる」



 ロイドの乱暴な手櫛。

 力加減が分からないのか、ギュっと毛先を掴んでは下に引っ張りながら開いた指を通してゆく。

 言葉通り絡まっているようで、時折髪が千切れるので痛い。だけど、何度も何度も梳かしてくれるところをみると、荒っぽい手つきとは裏腹に丁寧に扱う気持ちが伝わってきた。


 あたしはもう一度服に付いた土を叩く。何をしたらいいか分からなかった。




「兄さん!! サリカ!!」

「ただいま、ウィルフレッド!」

「戻った、ウィル」



 お屋敷に戻るとすぐにウィルフレッドが出迎えてくれる。

 彼も大分大きくなっていて、背丈は丁度あたしの胸元ぐらいの高さになっていた。



「……? サリカ、葉っぱ付いてるよ?」

「あれ、全部払ったつもりだったのに」



 あたしの言葉にウィルフレッドが頬を膨らませる。



「まさかまた木登り!?」

「うん、すっごい美味しそうなリンゴがさぁ」

「危ないからやめて!!」



 「兄さんも止めてよ!!」とウィルフレッドは言うけれど、ロイドは「無駄な事はしない主義なんだ」と取り合わない。

 それってつまり、言ってもあたしが木登りを止めないって事? うん、良く分かってるじゃないロイド。



「もー!! 僕はサリカが心配だよ」

「大丈夫大丈夫、あたしは頑丈だから」



 これでも昔より落下率は減ったんだから。

 あたしは自分を心配してくれているウィルフレッドをギュっと抱きしめる。

 うん、相変わらず天使。大きくなったって、安定のナンバーワン(村調べ)。



「……おいサリカ。いい加減離せ」

「いやよ。あたしのなんだから」



 天使という言葉は伏せておく。

 いやね、ウィルフレッドは男の子だから、天使って呼ばれるのイヤかもしれないし。ね?


 自分の配慮に満足していると、ロイドがあたしの正面に回った。

 不機嫌そうな顔は恐らく言っても無駄と悟ったのだろう。問答無用でべリッとウィルフッドが引き剥がされた。ああ至福が……!


 離れてしまった天使を見れば、ちょっと顔が赤い。

 苦しかったのかなと思って「ごめんね」と言えば、ウィルフレッドはコクリと頷き、ロイドの袖を引っ張った。


 「ん?」と、疑問符を浮かべるロイド。

 彼が屈んでみせると、ウィルフレッドは内緒話を開始。するとみるみるうちにロイドの顔が赤くなってゆく。



「え、なになに? あたしにも教えて!!」

「っ!! お前は知らなくても良い!!」



 仲間はずれ、不満である。



 翌日、早朝からロイドとウィルフレッドがやってきた。

 ご機嫌な天使と不機嫌なロイド。

 何の用? と思えば、ウィルフレッドに行きたいところがあるらしい。


 そんなわけであたし達三人は広場に来ていた。

 広場といっても遊ぶものはなく、見渡す限りの緑と季節の花で賑わうだけのだだっ広い原っぱ。

 もう少し足を伸ばせば湖もあるのだけど、ウィルフレッドの体力では連れてゆく事が難しい。加えて彼の望み自体が広場だったので良しとする。



「サリカ!! そこで待っててね」

「え、あたしも一緒に……」

「兄さん! サリカを見張ってて!!」

「ち、しかたねーなー……」



 駆けてゆくウィルフレッドの後ろ姿を見ながら、あたし達は腰を降ろした。


 緩やかながら少しだけ高くなっている木の下で、ロイドと二人ウィルフレッドの帰りを待つ。

 こうやって二人で子供の遊ぶのを見守っていると、なんだか自分達が恋人同士のような気がしてしまうからおかしい。



(どう考えてもそんな要素ないじゃない……)



 初見では髪を引っ張られ、門扉とこんにちわ。

 転んで泥だらけになったあたしを指差して笑い、手すら貸してくれない子供の頃。

 日課である採取に付き合ってくれた昨日。


 わかってる。

 昔と変わらない日々を送っている今、あたし達はただの幼馴染みで。

 一緒に居る事に特別な意味はない。


 もしも特別な気持ちがあるのなら、きっと、もっと髪を()かして、着飾って。

 街で買い物をしたり、食事したり。そして、帰りにちょこっと手を繋いだり。

 お互い贈り物を贈り合って、笑って。何かあったらすぐヤキモチを焼いたりする。


 考えるだけ虚しい想像は、悲しいほどにあたし達の毎日に重ならない。


 ――ねえ、ロイド。

 昨日だけは少し髪を綺麗にして、一番良い採取服を着ていたって知っている?



「サリカ」

「んー。何―」



 考えている事を悟られない様、そっけない返事をする。

 感傷的なあたしはきっとらしくない。



「お前、昨日は真っすぐ家に帰ったのか」

「もちろん。リンゴ、一杯あったし」



 あたしは心の中で苦笑する。着飾ったって、気付いてさえもらえない。


 昨日はあたしの誕生日。

 大人の仲間入りである十六歳の誕生日は、求婚が解禁になる日。


 あたし達の住む田舎では十六歳になるまで、結婚はもちろん婚約も出来ない。

 それは時代遅れなのかもしれないけれど、性別に隔たりなく育てる田舎ならではの風習だった。


 人気のある子は誕生日の朝から行列ができる。

 結局のところ皆きっかけが欲しいって事で、プレゼントを持って集まるわけだ。


 まあ、あたしには誰も来なかったけどね。



「……夕食は、家族で?」

「当たり前じゃない。他に誰と食べるの?」



 午前中からずっとロイドと二人で採取して、夕方真っすぐ家に帰って。

 苦笑する両親とリンゴパーティーしましたよ。なにか?


 分かりきった事を聞くロイドを一睨みする。

 お前にプレゼントを持ってくる奴なんていねーよと言われている気がして、腹が立ったのだ。

 

 あたしはすくっと立ち上がる。



「ん、どこに……」

「ウィルフレッドのところ」

「ここに居ろって言われたじゃないか」

「内緒で見てくる」

「こっからでも見えるだろ」



 何故か引き留めようとするロイドにイラッとする。



「しつこいなぁ、もう! 一昨日からずっと一緒にいるんだから、別行動でも良いでしょ!!」



 そう、昨日はあたしが採取に誘って、一昨日はロイドの用事に付き合って、今日はウィルフレッドのお願いを聞いている。もう三日、ずっと一緒なのだ。


 それなのに、何も。



「別行動って、お前……まさか、約束でもあるのか!?」

「ロイドには関係ないでしょ!!」



 ロイドが悔しそうに唇を噛みしめる。

 約束って何。一体何を勘ぐっているのか分からない。


 そうこうしている間に、ウィルフレッドの呼ぶ声が聞こえた。

 苛立ちを逃がすように一息ついて振り返る。


 ニコニコ笑いながら戻ってきたウィルフレッドはあたしの顔を見て、そしてチラリとロイドを見て。何故か頬を膨らませた。

 


「兄さんのバカ」



 ロイドは答えない。

 珍しいウィルフレッドの暴言に目をぱちくりさせていると、「サリカ」と、再び笑みを浮かべたウィルフレッドが手招きする。

 傍に行くと、「少し屈んで、目を瞑って」とお願いされたのでその様にした。


 ふわりと、柔らかい香りが鼻を掠める。



「ハッピーバースデイ、サリカ」



 ニッコリ笑ったウィルフレッドがあたしをギュっと抱きしめてくれた。

 あたしの誕生日。昨日だけど、覚えてくれていた。


 思わぬプレゼントに笑みが零れる。



「ねえサリカ。これからサリィて呼んで良い?」



 僕の事も「ウィルって呼んで欲しいな」と、コツンと額を合わせてくる。



「ウィル?」

「そうだよ、サリィ」



 天使の笑みは健在で、あたしはその笑顔で癒される。

 大丈夫。もう済んだ事。これ以上考えたって意味ないから。



「サリィ、花の妖精みたい」

「ウィルの作ってくれた王冠のおかげだね」

「サリィが可愛いからだよ」



 えへへと二人で笑い合う。

 ウィルフレッドは今十一歳。きっと五年後は村一番の賑わいになるだろう。


 そんな微笑ましい一幕に水を差した男がいた。



「はっ、何が妖精だよ。サルの間違いだろ」



 腕を組みそっぽを向くロイド。その言葉には棘しかなかった。



「兄さん!!」

「お転婆が花の王冠を頂いても、誰も妖精だなんておもわねーよ」



 確かにそうだろう。

 あたしは食い意地が張ってて、リンゴの為には平気で木に登る。幼少期のあだ名はサルカだった。

 今更そんな事言われなくても分かってる。


 いつもなら、「木登りも出来ないクセに」って言い返す。


 だけどウィルフレッドが可愛いって言ってくれて。妖精みたいって褒めてくれて。

 ひょっとしたら、ロイドも少しは……なんて。あたしはバカだ。大バカ者だ。



「あ、サリカ!!」



 あたしは走った。

 折角貰った花の王冠を握りしめて、全速力で。



「待て、サリカ!!」



 聞こえた声はロイド。

 ウィルフレッドは走れないからきっと仕方なくだ。――そう瞬間的に思えるほどの関係に複雑な笑みが漏れる。


 昨日の誕生日、どれだけ楽しみにしていたか。

 もちろん求婚されるとかそんな事は思っていなかったけど、顔を合わせたんだから「おめでとう」ぐらいは言ってもらえるかなって。


 でもそれすらもなくて。

 一日遅れだけどウィルフレッドにおめでとうと言ってもらえたから、だからロイドも言ってくれるかなって期待して。


 もらったのはいつもの暴言。


 あの瞬間だけは聞きたくなかった。



「サリカ、サリカ、サリィ……!!」



 潰れるような声を聞いて、ハッと我に返る。

 後ろを見れば、ロイドが苦しそうに胸元を掴み、よろめいていた。



「ロイド!!」



 慌ててロイドの元へ駆け寄る。

 いくら良くなってきていたとはいえ、身体が弱いのは二人共同じなのに……!!


 そう、領主様の子供は二人。

 二人共身体が弱いから田舎に越して来たのだ。



「ロイド、ごめん!!」



 あたしは自分の愚かさを殴りたくなった。

 いくら傷ついたからって、ロイドをこんなに走らせるなんて。



「お前は、野性児、なんだから……」



 追いつける、わけ、ねーだろ。と、切れ切れに言葉を紡ぐ。

 その通りだ。ホントにごめん。



「ったく、どーして、お前は、いつも……」

「お説教は後!! 静かにして!!」



 今にも崩れそうなロイドを無理やり座らせ、自分の肩に(もた)れかけさせる。

 身長差があるから、あまり心地よくないかもしれないけど、ないよりマシだろう。


 ロイドの呼吸が緩やかになってくる。

 彼は普段の生活に支障はないが、激しい運動をすると呼吸が辛くなるのだ。



「…………サリカ」

「なに」

「……ごめん。さっきは言い過ぎた」



 あたしの肩に頭を乗せたまま、ロイドが呟く。

 

 たしかに女の子相手に言うには過ぎた言葉。

 だけどいつものあたしなら喧嘩して終わるだけなので、ビックリしたのはロイドの方だろう。



「別に。気にしてない」



 逃げたくせに。と、ロイドが言う。

 そうよ、逃げたわよ。傷ついたもの。


 だけどそれはいつも通りの言葉を話した彼には関係ない事だ。


 沈黙が流れた。

 今ここに言葉はいらない。

 ロイドは苦しいのだからしゃべらなくていいし、あたしだってそんな彼を苦しめたくないのだから。 

 


「サリカ」



 再び名前を呼ばれる。

 そっけない返事をしたあたしの耳に、シャラリと涼しげな音が届いた。

 

 見れば、可愛いリンゴのついたネックレスがキラキラ輝いている。



「ハッピーバースデイ、サリカ」



 少しだけ辛そうに口角を上げるロイド。

 いつもはツンとそっけない瞳が柔らかく細められているように見えるのは、多分、あたしの願望。



「あ、ありがとう……」



 まさかのプレゼントにポカンとしたまま目を瞬く。

 その間に手を取られて、ネックレスが手のひらに乗せられる。確かな重さに実感がわき、視線を向けた。



「なあ、サリカ。俺も……サリィって、呼んで良い?」

「いいけど……。一体どうしたのロイド?」



 手のひらで輝くネックレスから視線を上げると、眉を寄せたロイドが映る。

 不満そうな表情。どうして? と、首を傾げて、すぐに悟る。


 ……あ。もしかして。



「いいよ、ロイ(・・)



 試しに愛称で呼んでみたらビンゴ。

 ロイドの表情が柔らかくなった。



「誕生日、覚えててくれて嬉しいよ」

「あ、ああ……」

「まあ、昨日だけどね」



 ガバッと、ロイドが起き上がる。



「それホントか!?」

「嘘の誕生日教える意味ある?」



 目を見開いてあたしを見ていたロイドはガクっと項垂れて「そうか……」と、呟いた。



「こっちとしてはプレゼントがあっただけで驚きだよ」

「いやむしろ、日にち違うし……」

「まあ一日だし」



 重要だろとジト目でこちらを見るロイド。


 そおかな?

 もらえると思ってなかったお祝いの言葉とプレゼントもあったのに、これ以上望んじゃ罰が当たるよ。



「……くっそ、サムスの奴」



 ロイドが何故か同い年のサムスに恨み事を呟く。

 普段より釣り上がった瞳を見ればサムスの今後が心配になった。あたしは話題を変える事にした。



「やっぱりロイも嫌だよね」

「ん、何が?」



 突然の話題変更についてゆけないロイドへ「愛称呼びの事」と伝えてみた。

 不思議そうな顔をして誤魔化す彼に、「自分だけ愛称呼びされないのがいやだったんでしょ?」と、暗に仲間はずれが嫌だったんでしょと指摘してやる。



「なんでそうなる……」

「だってこの間あたしも仲間外れだったし?」



 ロイドの視線が落ちる。少し顔が赤い?

 何処を見てるのだろうとあたしも視線を追い、何故か自分の胸元で止まる。



「??」

「と、とにかく!! お前は無頓着すぎる! いい加減木登りは止めろ!!」

「それは無理」

「無理じゃねえ!!」



 せめてズボンを穿()けと言われるが、お父さんのズボンはでかすぎて合わないのだから仕方がない。



「今までスカート破いた事無いよ?」

「自慢にならねえ!!」



 頭を抱えるロイドを「何を今更」っていう気持ちで見ていると、少し離れた場所からウィルフレッドが手を振っている姿が見えた。



「兄さん~サリィ~!!」



 爽やかな風が草花を揺らしてゆく。

 それは特別な事じゃないけれど、あたしは幸せで満たされていた。


 ロイドがいて、ウィルフレッドがいて。

 穏やかに過ぎるこの毎日が、幸せ。ずっとずっと続いてほしいと願う。


 あたしはすくっと立ち上がる。ウィルフレッドのところへ行こうと思って。



「ちょっと待てよ、サリィ!!」



 花の王冠を頂き、駆け出そうとしたあたしをロイドが呼びとめる。不慣れな愛称呼びなのに、何故かもう板についているのが不思議だった。

 ひょっとして、こっちの方が呼びやすいのかな? なんてそんな事を考えながら、あたしはニッコリ笑って彼の名を呼んだ。



「ロイ、早くいこ!!」



 ロイドの顔が何故かリンゴみたい真っ赤になった。






【木の上でつかまえて おしまい】







お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)


*番外編として、ロイド視点の続きを投稿しました。



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[一言] 可愛い! 久々に可愛らしくキュンとしました。 さすが、ジレジレの師匠(と勝手に思っています)! 優しくて、本当に可愛らしい恋に、癒されました。
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