表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

8.七月は龍宮、時の彼方へ(後編)

 


竜宮の一室。謁見の間らしい。


眩い玉石を散り填めた玉座に、厳しい目をした乙姫が居た。



項垂れる震。



空間に点在する、幾つかの出口の映像を飽かず見詰める先生。



「先生…」


こちらからの声は届かない様だ。

これはタダの映像に過ぎない。




「それが子細か。─────では、下がるが良い」



乙姫の言い種に、ちらりと先生が一瞥を寄越した。



震は弾ける様に顔を上げる。


「ユキ達が《時渡鏡》に落ちた責は俺にあります。

何か、俺にも‥」

「其方に出来る事など、何一つ無いわ、うつけめ」



く、と唇を噛む息子に最早構いもせず、ヤン先生に向かう竜宮の長。


「ヤン、どうじゃ?迷子は無事、管理人と逢うたであろうか」


「難しいですね。運が向けば、という処でしょうか。

それより問題は」


踵を返した少年の足下に、先生は近くの碁石を掴み、指弾の要領で足を止めた。



「つッ!?──────何をする、魔法医師」



声を荒げた竜宮の公子に、一切の感情を消した青年が静かに言った。



「時渡鏡に迂闊に飛び込まれては、遭難者が増えるだけですから。

言っておきますが、今の私は機嫌が悪い。大人しくしていて貰いたいですね」


「ヤンの言う通りじゃ、部屋に下がっておれ。震」


母親に扇の一振りで撥ね除けられ、少年は遂に感情を爆発させた。


「母上は、そこまで俺を軽んじられるか!?

俺が神龍の子では無く、束の間の愛人の子だからか!?」


乙姫の蒼い瞳に苛烈な怒りが灯った。

震の足下が弾け、軽い少年の身体は吹き飛んだ。



「己は母を愚弄するか!この乙姫、紛いなりにも竜宮の長じゃ!

好いた男でなければ子など宿したりはするものか!」

「なれば何故父、太郎を許さないのです!?

彼の人は、未だ時の彼方に彷徨っているというのに!! 」



その瞬間、ヤン先生が動いた。



いつ組み敷いたか分からぬ動きで、少年を叩き伏せると、喉仏を二本の指で挟む様に突き付けている。


「───────っ!」

「ヤン!!」


乙姫の悲痛な叫びが広間に響いた。

だが、先生の瞳は氷より冷たい。


「こんな馬鹿には終ぞお目に掛かった事が無い。

自分の所為で二人の子供が生死の際にいるというのに、唯々己の事だけですか」



指に、くっ、と力が入る。



息が出来ず、震の顎が上がった。

ひぃ、と乙姫が声を上げる。



「太郎を迎えに行けないのは、貴方を消したくないからですよ。公子」

指をすっ、と離し、先生は酷薄な口調で静かに言い放った。



「止めておくれ、ヤン」

「いいえ、乙姫。この公子には知る必要があります」



キャティ、大輔。二匹の白大猫が、疲れた顔をした美女に寄り添った。


「震公子、確かに曾て乙姫は清風と恋仲にあり、別れました。

しかし、その後訪れた太郎の献身的な愛情によって、次第に立ち直っていったのです。

だから、彼の『一度、家に帰りたい』という要請を断れなかった。

悲劇を予感しながらも、彼を愛していた彼女には、

どうしても時が、彼を置き去りにしている事実を告げられなかったのです」



淡々とした語りに、目を見開いた少年は身動きも出来ない。



「だから、彼が死ねるだけの《時》を与えた。

或いは、生き直す為の。それが玉手箱の真実です。

だが、彼は中途半端に老いを得て、未だに時を彷徨っている」


「妾は迎えに行くつもりだったのじゃ。

決して罰を与えるつもりだったのでは無い!!」


乙姫の嘆きに先生は頷いた。


「そうです。…ですが、この宮の時空は彼女が心弱くなっていた為に不安定になっていた。

だから彼女は竜宮の長として、時間を操る女神として何者にも揺るがぬ精神を取り戻さなければならなかった。

乙姫が親らしい愛情を貴方に注げもせず、厳しく接していたのはその所為でした。

そうして、漸く迎えに行ける様になった…その時には既に遅かったのです」






フィイイイイイイーィィ。






笛の音が映像の室内を駆け抜けた。

二匹の白大猫が耳を震わせた。


観音開きの扉が開いて、ゆうかさんが飛び込んで来た。



「ユキの位置が分かったぞ!猫笛に気付いてくれたらしい。マロで追える!!」


あたしは首に下げた笛を握り締めた。

《犬笛》ならぬ、《猫笛》だったのか。



先生は、まるで見えるかの様にあたしにぴたりと視線を合わせた。


「ユキ、直ぐにお迎えに行きますよ。だから…私を信じて泣かないで待っていて下さい」






「うん、先生。泣かないよ…待ってる。ずっと待ってるから」



手の中の提灯にそれでもポトン、と暖かな滴が落ちた。


途端、鷺の灯は羽ばたいて、

その舞い散る羽が視界を埋めていく。









 ざん、ざああああぁん…



ざざざざあぁん…



気が付くと静かな、夏の白い砂浜に、一人の老人が彷徨っていた。



彼はただ、虚ろな表情をして、漁の網が残されただけの波打ち際を歩いていた。



あたしは駆け出して、彼の皺だらけの手を取る。

驚く老人はあたしをじっと見つめた。



「太郎さん、乙姫様にね。貴方の子供が出来たの。

震君って言うのよ?」



「お‥と・ひめ?」


老人は何かを思い出す様に、目を細めた。



「そうだよ。太郎さんの奥さん。

あのね、怒って無いんだって。

ただ、迎えに行くと震君の時間が無くなっちゃうから、行けないって…」



老人は何度も何度も、あたしの言葉を反芻した。

そうして、漸く頷いた。



「‥そう、か、私は…姫に見捨てられたの‥では無かったのだな‥。



彼の女性を、置いたまま、絶望した私を‥恨んでおいででは無かったのか。


──────良かった。‥それだけが心残りで、こうして彷徨っていたのだ。子供か、そうか」




そうか、そうか。




滔々と涙を流して、彼は海風に薄れて行った。





後は静かに波が打寄せるだけ。




大きく息を吐いたあたしは不意に息苦しさに襲われる。

あれから何時間、経ったのだろう?




そうだ!酸素飴。




ポケットを探るあたしは、その膨らみの無い事に、この時初めて気が付いた。


宝物庫で震君と揉み合った、あの時に落としたのだ。

先生の言う、『問題』って、この‥こ…







また、時間が切り開かれた。




   今度は何?




それはあたしの世界の様だった。

女の人が横たわっている。



白い、白い世界。



何本もの管と機械に彼女は繋がれ、透明な膜に覆われている。



『…‥。帰っ……くれ‥。おね‥だ』



誰かが、耳元で囁いた。

男の人の声だった。



倒れていく、あたしの耳に確かに。





消えようとしたそれを何かが引き上げる。

そして柔らかい何かがあたしの唇を覆っていた。


甘い、何かを送り込む感触。


途端、呼吸が楽になり、

あたしは消えゆく意識を取り戻した。



「ヤン、せんせい?」

「はい。お迎えに来ましたよ」




いつもの笑顔。あたしも微笑んだ。




辺りを見渡すと、マロ君がそっぽを向いていた。






  ……何故?……







何かが引っ掛かった。



直前の出来事を思い出す。








     !!!?






爪先まであたしは真っ赤に茹で上がった!



「せせせ、せん、せいっ!?」



ガリガリと思わず噛み砕いた、この飴を送り込んだのは!?



先生は口の端に手を当てて、意味ありげに微笑んだ。



「ふむ。まあ、非常事態という事でご勘弁を」

役得ではありましたがね。と、小さく付け加える。



あたしは笑う先生を闇雲にポカポカと殴り続けるだけだった。









      ★







竜宮に戻ったあたしは、

乙姫から直接お詫びとして綺麗な珊瑚の指輪を貰った。


その気があるなら、嫁に来ないか?と誘われたり。(笑)



勿論、丁重にお断りしたけど。



震君は謹慎中らしく姿が見えない。《助け手》は何と彼がやったらしい。



あたしは別れ際、太郎さんの事をそっと囁いた。



『これで良かったでしょうか?』と聞くと、乙姫は『ありがとう』と美しい涙を眦に溜めていた。優しくあたしを抱き締めてくれた。




白鳥ヨットに乗り込んだ、あたし達は大きく手を振って。


煌めく海中都市に別れを告げた。




 こうして、大変な夏の一幕が終わった。



「…何か忘れてる気がするんだけど」



あたしが呟いた。





「…そう言えば…」



ヤン先生が考え込んだ。





「…………?」



ゆうかさんは猫さんの頭を撫でて…








「「「ああっ、トールッ!!」」」










三人の合唱が、虚しく海に響いていった。








    ~8月に続く~


 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ