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23話.二月は冬にさよなら!雪遊びとミカンは程々に。

早いもので、後二ヶ月のお付き合いとなりました。最後まで彼女の旅をお楽しみ戴ければ、本当に幸いです。


 






 デカ燕テール君に有無を言わさず連れられて来た、この雪野原で。

 どうして、あたしはゆうかさんと《かまくら》で、甘酒を向い合って啜っているのやら。







 《かまくら》の中は案外、快適で、キラキラと光る白い壁の中で、どういう仕組みなのか、真ん中に掘炬燵。

 の、上にちっちゃい七輪。お餅がぷくー、っと焼けてて、後、お醤油と海苔とお砂糖ときな粉。


 と、取り皿。






「おう。────まあ、寒いから中に入れよ」






 そう言われて、二人無言で向い合って、今に至る。

 何を、何から言って良いのか、互いに分からないのだ。


 半纏を纏うゆうかさんはお餅を見ながら、途方に暮れている。


 あたしは胸元のオレンジ色のクレヨンが入った袋を、いじくり回している。






「……本当は、な。

 明太子ととろけるチーズを乗せて、レンジでチンして味海苔で巻いて食べるのが、一番好きなんだ」




 あたしは顔を上げた。

 ゆうかさんが苦笑していた。





「餅の話さ」






 四隅に置かれた灯籠の、柔らかい光の中であたし達はくすり、と笑い合う。




「──────ゆうかさん」




 彼女はお醤油餅にして海苔で包むと、あたしの小皿に乗せてくれた。



「うん、聞きたい事が山程あるんだろ?」

「それは答えて貰えるの?困らない?」



 甘酒のお蔭でぽかぽかした顔が熱い。

 時折、吹き込む冬の風が優しくそれを慰撫してくれた。



「難しいな。答えられる事と、そうでない事がある。だから、ここに呼んだんだ。

 ヤンの手前じゃ遠慮して聞き辛いだろうからな」






 ………ミカンも出て来た。






 ぽこぽこと、積み上げた天辺に熟女は指を乗せた。






「まずは、何を聞きたい?」






 ちらちらと降る雪。

 はらはらと舞う雪。




 彼女の顔は優しかった。






「……ゆうかさんは何なの?」





 あたしの前にこの世界を旅して、居着いてしまった売れない物書きさん。


 三匹の大きな猫さん達と一緒に暮らして、四季の神々にも顔が利く。


 そんな人の正体なんて、あたしには全然掴めない。







「───────《人》だよ」




 あたしの鼻をつん、と突いて、ゆうかさんは苦笑した。




「何だと思ってたんだ?‥まったく。私は全き《人》さ。ただ、─────今は違う」




 彼女が手を閃かすと、そこに一冊の本が現れた。




 綺麗なブックカバーが掛かっていて、何の本なのかは分からない。




「これは《世界の書》。私は、その紡ぎ手だ。

 つまりは、この世界の裏の支配者‥統治者という事になる」




 ゆうかさんの身体に融ける様に本は消えてゆく。




「どうして、そうなったの?」




 彼女は暫く口を閉ざした。大きく一つ、息を吐いて。






「─────クレヨンを拾ったろ?」






 思わぬ問いにあたしは戸惑いながらも頷いた。






「私も拾ったのさ。‥オレンジ色のクレヨンを」






 え?と、あたしは自分の胸元の袋を見た。

 その中に入っているのはまさに、同じ色のクレヨン。






「私は私の理由でこの世界に招かれた。

 そうして、楽しい冒険の中で色んな事を学んだよ。後で考えた時、気がついた。

 全ては『理由』に基くものだったのさ」






 二月に旅を始めて、一月に旅を終えたゆうかさん。






「──────あたしは何なの?」






 彼女は穏やかな瞳であたしを見ている。






「旅人さ」




「──────旅人」






 あたしは鸚鵡返しに繰り返した。




「そうだ。そして《選択する者》でもある」




 世界の統治者、書の紡ぎ手、選択する者、様々な単語が頭の中を飛び交って上手く一つに纏まらない。








『紡ぎ手の世代交代なら仕方あるまいが、まだ早過ぎる』








 不意に過る、夏の姫君の声。









 【後継者】









 背筋が凍った。






「なりたいなら、止めないが?」






 ゆうかさんがおかしそうに、何処か突き放した様に微笑った。




「正直、そんなに良い仕事じゃないしな…。

 負担は掛かるし、誰に知られているワケでも無いから、特に感謝されたりもしない」




 そう熟女は肩を竦めて見せる。





「皆に言えばいいのに。

 ゆうかさんがこんなに頑張ってるのに、誰も知らないなんて変だよ!」




 彼女は《のーん》という表情になって、次に顔を盛大にしかめた。




「イヤだよ。そんなコッ恥ずかしい事」




 灯籠の明かりにも誤魔化しきれない程、彼女は赤くなっていた。




「この一月を眠らねば世界を維持出来ない程に、確かに今までの私は疲れていた。

 だが、お前さんが来て、新しい風が吹いて、

 ヤンが無理をせずに良く笑う様になっていった。─────そう、ユキの冒険は私の心にも力をつけてくれたのさ」






 だから、こんな事も出来る。






 そう言って、熟女は《ウインタースポーツ》と、何処からか取り出したペンで、あたしの目の前の空気に走り書きした。






 すると、どうだろう。






 一瞬の閃光が視界を奪い、二人は外に立っていた。




 もうそこに在った筈の《かまくら》は跡形も無い。




 あたしはピンクのキラキラしたスキーウェアを着て。

 ゆうかさんのは、鮮やかなブルーだった。




 彼女が指差すその先に、蒼いジャケットの主がこちらに向かって歩いていた。






「ほら、迎えが来たぞ?」






 ぽん、と背中を叩かれる。




 まだ距離があるのを確認して、あたしは熟女を見上げた。




「ゆうかさん、ゆうかさん。門番さんが言ってた事が、まだ良く分からないよ。

 あたしは、あたしはどうしたら、いい?」




「……ユキ……」




 ウェアの裾に縋りながら、必死に言葉を探した。




「貴女が楽になるのなら、消えたりしないでくれるのなら、あたしは【後継者】になってもいいよ。でも、そうしたらヤン先生はどう思う?」






 ゆうかさんが好き。

 ヤン先生が好き。






 この何処か懐かしく、

 優しい世界が大好きだから。






「先生のあんな顔、二度と見たくないんだよ‥」






 熟女は軽く目を見張って、やがて目尻を緩めると、あたしの頭にポン、と掌を置いた。






「─────お前さんに重荷を背負わせる程、老いぼれちゃいないさ。

 言ったろう、《ユキの時》はユキのものだと。私の秘密はお前さんの秘密だ。

 知りたければ、まず己に意識を向けて、きつく瞑っているその目を開けるんだな」






 目を、開ける?






 近付いて来る、ヤン先生の傍らに完全防備の寒そうなトールが居る。






「ヒントをやろう。

 夢の中で出会った《旅人》の私がどんなだったか覚えているな?

『理由』は己の《心の闇》だ。

 その為に起こる事の全ては必然でしか、無い。今、私がこうしているのは、たとえ過去の状況がどうであったとしても、それは私の決断の末だ。後悔はしないさ。あいつの所為なんかじゃ無い。……ヤンを哀しませたくないのなら、なるだけ会いに行ってやれ。

 あれから、来てくれないのだと酷く落ち込んでいたらしいぞ?」






 ほっとした様な先生の表情にあたしは、申し訳無さで胸が熱くなる。






「安心しろ、お前さんのクレヨンは四月まで無くならない」






 ぴく、とあたしは動きを止めた。

 胸元を握り締め、顔を上げる。




「…知ってたの?」




 幾ら使っても減らない筈のクレヨンは、既に半分の長さに減っていた。




「同じ、元《旅人》としては、な。

 さ、行ってやれ。

 そうして、あの腕に飛び込んだら、大好きだと教えてやれよ?」








 カシャ、カシャン!!








 ゆうかさんはあっという間に板を履いて、額のゴーグルを下ろした。




「────お前さんは、自分の旅を楽しみな。

 子供として、思いっきり。

 それを《彼》も望んでいる」











 《彼》











 稲妻に撃たれた様な衝撃が身の内を走った。






 《彼》────それは全ての始まりだった。












『望むか?』









『心の救済を望むか?』







 あたしは望んだのだろうか?







「───────ゆうかさん、《彼》って‥、一体…」









 『求めよ、されば扉は 開かれん』









 風を切って、消えて行くゆうかさん。

 代わりに現れたのは、






「……ユキ……」




 何故かいつもと違う先生と、心配そうに走り寄って来る、トール。




 まずは、美少年に抱き付いた。






「トール、大好きッ!!」






 勢い良く、雪野原にプレスされる銀髪の助手の頬っぺたにキス、一つ。



 硬直する彼の上から、素早く身を起こして、肩までの黒髪を揺らす青年の腕の中に飛び込んだ。






「ヤン先生、大好きだよっ!!」






 一瞬の間をおいて、躊躇無く回されるしなやかな二本の腕。






「知ってます」






 憎らしい程落ち着いた声はすっかりいつもの響きで。




 あたしは何だか、嬉しくて。






 何となく予感はしている。

 旅は一年、と決まっている。






 《決断》は既に二ヶ月先に待っていて、それでも、クレヨンの描く素朴な扉の先にある、この世界を愛している。









 ああ、そうだ。






 そしてあたしは世界に愛されている。









 眩い雪景色は白く輝き、樹氷は樹々を煌めかせ、風は優しくあたし達を包んだ。













「────それでね、念願の《かまくら》体験したんだけど、どう考えても通常のそれとは違う気がするんだよ。

 掘炬燵っておかしいよね?」





 飽かずに話続けるあたしに、二人は笑いながら相槌を打つ。






「多分、それにはゆうかの願望がふんだんに詰め込まれてますねぇ」






 あたしは大きな橇の上にいた。






 ぴょこ、ぴょこたん、ぴょこぴょこ、みぴょこぴょこ。






 その橇を引っ張るのは、12匹の犬……ならぬ雪兎。




 赤い南天の様な拳大の実を目にして。

 三人で、さっき一生懸命、拵えたんだ。





「おばさん、寒いと腰にクルらしいですからね。後で、生姜で拵えたスイーツでも差し入れてあげましょうか」





 そうトールがスミレ色の瞳を輝かせて、悪戯っぽく言った途端、






 ぽこ、ぽこ、ぽこ。






 ぽこ、ぽこ、ぽこここぽこり、ぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこり。






 雪野原に大量に現れたのは、色んな形の雪兎。






 と、雪で出来た肉食獣……。










 どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど。








 目がテンになるあたし達。




 先生は素早く手綱を取ると、鮮やかに橇を操り、それら全てを避けて、スピードを上げる。




「落ちない様にしっかりと掴まってて下さいよ!!」



「───トールが余計な事を言うからだよ…」

「聞こえてたんですかッ!?あのババ─────っぷ!!」






 雪狼に食べられそうになり、橇に飛び込んで来た雪兎が、トールの顔に直撃する。




「女性(暫定)に、●バァとか言う様な弟子は要りませんよ!」

「先生、何か後ろで合体とかし始めたよッ!?」

「──────もう、イヤだああああああぁあああッ!!」







 三人三様の叫びが、キラキラと輝く雪野原に木霊して行った。






 梢を渡る春風の様に。









 ~三月に続く~

 

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