表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/28

22話.一月はホラー!?初夢は危険がいっぱい!《後編・下》

 






 独りぼっちは怖い。




 誰からも認めて貰えずに、クラスでも、何処でも。





 あたしが悪いんだ、と思った。





 きっと何か、苛められる原因が自分の何処かにあるんだ、って。

 あたしは自己主張の強い方だし。

 周りに同調しないあたしは、さぞ目障りたったのだと思う。



 こちらに分かる様に、あからさまに囁かれる『陰口』。



 耳に届く、クスクスと笑い合う女子の声。



 いつの間に頭の中に忍び込んだ『考え』だったんだろう。



 いつの間にそんなに追い詰められていたんだろう。






  《死にたい》






 なんて。



 死んでしまえば、皆、悪いコトしたって思ってくれるのかな、って。



 曲がった勇気さえあれば、ホントに死んでいたかもしれない。






   でも、






 その本心は気付いて欲しかっただけだ。


 哀しくて哀しくて、嘲う彼らの中に、独りでいる事がどんなに辛いか。





 そうして、本当の本当は。





 皆、死んでしまえばいい、とすら思っていた。






 何故、あたしが死ななきゃならない?

 力さえあるなら、あたしを傷つける奴等は全員、この世から消し去って嘲笑ってやるのに。




 と、そう─────思って、………でも。







「でも、ゆうかさんは、『今の私が好きだ』って、言ってたよ。

 だから、貴女を否定なんか、しない。あたしには出来っこ無いッ!!」





 届け、あたしの、声よ。





「貴女が居なきゃ、あたしの大好きなゆうかさんは居ないんだよ!」






 彼女は時を止めた様にあたしを見つめた。


 認めてくれた。






 そう、あの時と同じ。


 その瞳に映る限り、あたしが独りで無い様に、貴女も決して独りにしないよ。




「馬鹿なッ!?騙されるな、貴女の望みを叶えるのは私だけだ。私なら、現実世界の大年増で、豚の様に固太りした貴女でも……」




 インキュバスは焦る余りに、言ってはいけない台詞を口走った。

 ゆうかさんは汚物でも見るかの目付きで、ギロリ、と妖かしを一瞥した。





「《豚》だと…?」





 どのゆうかさんでも、反応が一つだけ同じものがあった。らしい。




「いえ‥その、それは貴女の事じゃなくて、あちらの…」




 彼女の迫力に押された妖物が慌てて繕おうとしたその時、曇る空に光るものが現れた。






   見開いたそれは、

  一対の巨大な目。






 真っ直ぐに、ゆうかさんを見下ろして。

 瞬間、彼女の口が開いた。






  『洋一郎、あたしに力を貸せッ!!』






 結界の維持に力を割いていたらしい青年は、やれやれと肩を落とした。





「───── 一度だけだぞ?」





 それはあたしに向けられていて。

 背後から夢主を抱き締めた青年は、彼女の額と目を、左手で覆った。





「来れ、《選択をする者》。時を越えて、我が呼び声に応えよ」





 ぶわっ、と空気が揺れて、そこから向こう側が透けた、今の彼女と瓜二つのゆうかさんが現れる。




 やがて、《本体》にぴたり、と重なった。





 ぱちり、と再び目を開いた彼女は、そこに強い意思を湛えていた。


 同時に6個の玉が落ちて、結界が破れ、インキュバスはこの時とばかりに刻印の光を強め、あたしに向かって駆け出した。


 咄嗟に逃げようとしたのだが、贄として精を搾られ始めたのか、全ての力が抜けてゆく。






 身体が傾いで……。






 その時、






『ヤン先生ッ、その子を護って!!』






 彼女の声に応じて、力強く、誰かがあたしを支えた。




「良く、持ち堪えました。後は任せなさい」




 ヤン先生が両手を閃かすと、五つの玉が《五芒星》を象って展開し、美しき妖かしを勢いよく弾いた。






「ふん、やっとのお出ましか。もっと早う現れれば事は済むであろうに」




 憎々しげな夏の姫君の声に、春の若君が溜息混じりに宥めた。




「仕方無いじゃない。《彼》はそういう役回りなんだから」




 言葉の意味を考える暇も無く、ゆうかさんの叫びが全てを支配した。







『記憶を辿り、具現化せよ幻獣《獏》。

 善き夢の守り手よ、悪しき夢を討ち滅ぼせ!!

 ─────緋煉!』

「おうよ、待ち兼ねたぞ、ゆうか!!」






 ぽん、と現れた可愛いゾウさんみたいな獏は、キラキラした物を長い鼻から撒き散らし、インキュバスの動きを止めた。






 そう、彼女は《選択する者》。

 一月を迎える前の『旅人』であるゆうかさん。




 洋一郎さんは、時を越えて本体の身の内に《記憶》を取り込んだのだ。




 呼び声に応えた姫君に手を添えて、薫桜は春の力を注ぎ込んでゆく。








「『13の呪いを開封する。時の一巡は12に過ぎず、13に蘇る術を持つ怪異は世界には不要である。─────よって、存在は幾度も戒められるものなり』」









 ガゴォッ!!ガガガガガガガ、ガゴォッ!!ガゴォッ!!









 唱和する二人の声に合わせて、次々に地表が割れ、そこから鈍色の巨大な鎖が幾本も突出して、妖物の四肢を搦め取った。






  「『滅封!!』」






 全ての物が、人が揺れ、インキュバスは鎖に縛され、地に飲み込まれてゆく。







 《おのれ、今少しであったというのに……またシテモ……》






 全てを呪う様なその声に、あたしは身震いし、彼の者の真の性質を識った。


「あ、数字が消えて行くよ!先生」


 喜びも束の間、あたしとゆうかさんの足下が、激しく地響きして割れた。





 空間が歪み、神々の存在すら弾き飛ばす。







 《ひひ……道連れを一人、戴コウ……》







 白い指が地中に消える刹那、妖かしの最後の力が揮われる。






「『ヤン先生、助けてッ!!』」






 あたしとゆうかさんは、同時に先生に助けを求めた。



 救えるのは、たった一人。




 先生の瞳に絶望が走る。




 どちらも選べない。どちらも。




 ぎゅっ、と思い切る様に目を瞑った先生は、ばっ、と勢い、顔を上げた。







「ユキィイイイイイィ───────ッ!!」







 悲痛な叫びと共に、青年は揺れる地を駆け抜ける。






 ゴゴゴゴ‥ガキィ!!‥ゴゴゴゴゴ、ガゴォッ、ガガガガガゴォッ!!‥‥






 あたしの足下が消える瞬間、伸ばされる手が間に合わない、その、数秒に。





 何かが激しく体当たりして、あたしの身体を先生の腕の中に押し込んだ。




 そうして、代わりに暗い、冥い、穴の中に落ちて行くのは。











「ゆうかさあぁああああああんっ!!」



「ユキっ!!危ない!」











 何処か哀しげに、何故か満足そうに、薄く微笑って。





「いやだああああッ、先生、せんせいィ!!助けてぇ、ゆ、たす、あああああッ!?」

「もう駄目です、もう─────間に、合わない」







 落ちてゆく、闇よりも尚、濃い暗闇に。

 静かに。




 涙の雫が透明な珠になる。

 白いドレスがはためいて、消えてゆく。


 あの人が消えてゆく。






 一人で。






 ガキィイイイィイン!!ガゴッ、ガガッ!!







 何かが、白と黒の色彩が、割れ目に呑み込まれる土塊を蹴って、目の前を横切った。






「─────さゆりちゃんッ!?」






 ひらり、ひらりと落ちてゆく、主人をブチの猫はしっかりと咥えた。



 前足で捕まえて、柔らかな身体で包み込むと、眠る様に丸くなって。



 やがて、黒と白の小さな、小さな点になった。







 全ての地割れが閉じ、静寂が辺りを包んだ頃。





 静かな、怒りを抑えた声がした。






「…お前は、またアイツを見捨てたんだな」







 乾いた涙の跡が、引きつる様な感覚を覚える。

 顔を上げると、そこに、再び宝石の中で眠るゆうかさんを守る青年が、凍て付く二つの星の様に美しい瞳で、ただ、先生を見つめていた。






「短くとも、アイツの一部と旅をして、思い出さなかったのか?」





 あたしは洋一郎さんの言い種に、眉を顰めた。

 紅姫と旅をしたのはあたし、なのに…。



 まるで、こちらの考えが読めたかの様に、彼はあたしに応えた。




「いいや、お前だけじゃないのさ、【後継者】。夢は見る者によって、巡る月の様に形を変える。逸れたとで思ったか?いいや、居たのさ。ずっと傍に」




 先生はただ黙っていた。

 哀しげな貌をして、黒髪をさやさやと風に揺らして。






「存在が重なる程に、お前は強く、この子を想った。それは、ゆうかという庇護者を護り切れなかった過去の己への悔恨ゆえ」






 ころころ、と彼の長い指の隙間から転がり落ちるのは、あの時流した彼女の涙の結晶。





 それは、先生の靴に当たって動きを止める。





「世界の崩壊がアイツの肩に掛かっていると、お前は隠し通す事が出来なかった。

 選択と言いながら、突き付けたモノは残酷な傾いた天秤。この一月の安息すら奪って、二度も女を絶望に突き落とした罪は軽くない。

 お前達は壊れた本の綴り手を生涯、支え続けろ」





 戻れ、と彼は冷たく言うと、ゆうかさんの眠る宝石に凭れ掛かった。




 眠る様にそっと。








 《二度と、ここには来るな》







 夢が遠ざかる。彼の呟きと共に。








  何故か、胸が痛んだ。











 目覚めるのはあたしの方が先だった。

 先生の手をぎゅっ、と握って。

 そうして気付いた。




 さゆりちゃんが、身体中、血塗れで、そうしてお腹がべっこりとへこんでいる。

 まるで、何かにぶつかった跡の様に。






「──────あっ、あああッ」






 するり、と誰かが起き出す気配がした。






 ゆうかさん、だった。






「ゆ、ゆうかさん、さゆりちゃんが!さゆりちゃんが!!」






 熟女は頷いた。




「──────ああ。分かっている」




 ゆうかさんは、ブチの猫の頭を、そっと撫でた。





「逝くか?さゆり」






 二匹の白大猫達も傍で“彼女”を見守っていた。






「……もう、あたしの事は気にしないでいいから」




 ゆうかさんが、静かに笑みすら浮かべて、そう促した。

 ヤン先生が漸くあたしの声に目を覚まして、訝しげにこちらを見た。


 猫は顔を伸ばす様に上げていた。

 しっかりと視線を合わせて、懸命に息をする。


 丸い瞳は強く、拒否の意志を持って、主を見つめていた。




 ゆうかさんは涙を堪えて、壁の鳩時計に手を伸ばした。



 ぐるり、と短針を逆に回す。




 傷がまるで無かったかの様に、消えてゆく。






  ぐるり、ぐるり。






 そうして、すっかり元の姿に戻る。




「治った、治ったね!良かった、ゆう…」




 さゆりちゃんを泣きながら撫でて、振り返ったあたしは─────






 ゆうかさんはあの時と同じ表情をしていた。

 暗闇に一人、落ちてゆく。あの時と。






「もう、用事は無いな。今日は帰ってくれ。

 …一人に、なりたいんだ」








 部屋のドアを開けた彼女は、猫達に、泣きそうな顔で微笑んだ。






「──────お前達は、馬鹿だ」






 後はパタンと力無く閉められたそれの前に、さゆりちゃんがちょこんと座って、カリカリ、と爪で音を立てるだけ。








  居るよ?

  ここに居るよ?








 中に居る主人にそれを伝える様に、いつまでも。



 あたし達はそれをただ黙って、じっと見ていた。







 ~二月に続く~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ