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21話.一月はホラー!?初夢は危険がいっぱい!《後編・上》

この話に出てくる売れない物書きはフィクションですが、一部実話が噛んでいます。がぶがぶ。

 


 髪はふんわりと長く。

 身体は中肉中背。童顔で、大きな瞳。



 シンプルな白いドレスは縁が大振りなレースになっていて、肘までの長手袋。




 女性の夢を具現したかの様な姿に唖然としていると、彼女の視線があたしを捕らえた。



 微笑んで、小首を傾げて。



「ヤン先生の姿をしているのに、ヤン先生では無いのね?」




 魔法医師の名と姿は、この世界にも広く知られている様だった。




 この人は二十代?若い娘の中に熟女の面影が見える。




「そうです。あたしはユキと言います。

 先生とは一緒に来たんですが、逸れてしまって。

 ここまでは紅姫ちゃんに案内して貰った……え?」




 振り替えると、彼女は、ブチ猫さんの上でスヤスヤと眠っていた。




「《お節介》を司る他人格なら、《本体》の目覚めに合わせて眠ったぞ」




 洋一郎、と名を呼ばれた門番さんが淡々と告げた。




「まーた、話せないんだー。あたしが起きてる時は、皆眠っちゃうんだよねぇ」





 このゆうかさんは、自分のコト、『あたし』と言ってるんだ。




 呑気に幼女を見てる彼女に戸惑っていると、

 さゆりちゃんがトコトコとやって来て、《ゆうかさん》の手をペロリ、と舐めた。




「おにょん、大きな猫さんだー。君ン家のコ?」




 喉やら、耳の内側やら、白黒の毛皮を隈無く撫でて、ゴロゴロ鳴かせている。




「知らないの?貴女の猫だよ」

「へ?うちのコはマロって云うんだよ?」






 …そうか、このゆうかさんは。






「ここは夢の中だ。ゆうかは現実を知らんぞ。

 束縛も、義務も、矜持も、世間体もな」




 洋一郎さんは真っ黒な髪を掻き上げて、彼女の傍にやってきた。




「用があるなら、早く済ませろ」




 凍て付いた二粒の黒曜石の様な瞳は、冬の星の如く、美しく澄んでいた。

 ただ、彼女を見る時だけ、そこに愛しい色が滲んでいる。

 彼は背中を抱く様に、彼女の腰に優しく手を添えた。




「洋一郎ったら、女の子相手にキツい物言いしないの。

 ゴメンね、このヒト一番古くからいるキャラだから、あたし寄りに設定してて」




 そう謝りながらも、何処かこの美しい男を従えている事への自慢が透けて見えた。




「キャラクターですか?」

「そうだよ。君も物書きなのかな?あたしも、だよ。へへ、君くらいの年のコ向きに、本も一冊出したし」




 ちょっと彼女は得意げに、顎を反らした。




「全く売れなかったがな」




 何気なく言った洋一郎さんの一言で、笑顔のままゆうかさんの右が裏拳を繰り出した。



 ぱしり、と見事に掌で受け止める美青年。




「────あんたとは一度、決着を付けなきゃと思っていたわ」




 たたたた、と距離を取り、だだだだ、と走って来たゆうかさんは白いドレスを翻し、タン!!と跳んだ。



 大きく腰を捻り、伸ばした右足が高く上がり、

 容赦無く狙うのは彼の延髄。

 それを左手一本で防いだ彼は、バランスを崩した彼女を受け止め、耳元で囁いた。





「愛してるぞ、ゆうか」





 それは腰が砕けそうな美声で。




 ゆうかさんはと、云えば───────






「うぎゃあああああッ!?信じらんねぇ、あんた有り得ねぇええええっ!!」





 にやにや笑いながら、涙を流してのたうち回り、全身を掻き毟っていた。


 どうやら、嬉しいんだけど、生々しい愛の言葉を生理的に受け付けてないみたい。


 この様子じゃ、話をするのは無理なのかな?

 と、大きく溜息を吐いた時、手の甲の数字がドクン、と脈打って、光を放った。




「ん?何だい、その赤い刻印は」




 ゆうかさんは笑うのを止めて、身体を起こすと、あたしの手を取ってまじまじと見る。




「実は、現実世界でね──────」




 あたしは掻い摘まんでこれまでの事情を説明した。






「────でね、あたしを含めて13人の女の子を救うには」

「アイツを倒さなきゃならないってコトだね」





 俄に晴天だった空が曇りだし、もくもくと黒い雲に覆われた。

 鋭い紫色の雷が閃き、大きな音を立てて、地を割った。





 ゆうかさんの視線のその先に、問題の主が立っていた。





「初めまして、麗しき夢の主人よ。私はインキュバス、女性を何より愛する者だ」





 その瞳は煙る様な紫。

 髪はプラチナで、その際立つ美貌を引き立てている。

 優美なその仕種や、立ち振る舞いの一つ一つが魅力に満ち溢れていて。





「…大人になったトールに似てる…」

「『クレヨンの扉』を知ってんの!?」




 あたしはゆうかさんの言葉に驚いて、顔を上げた。


 彼女にとってはその事の方が大事だったらしく、美貌の放つ呪縛から解き放たれて、こちらを見つめている。




「《ヤン先生》の件も気になってたんだけど、そりゃあたしが書いた本に出て来る名前だよ?」







   クレヨンのとびら。







 あたしは頭が真っ白になった。






 ゆうかさんが書いた本。






 落ちていたクレヨン。






   共通する名前。








「──────何をしている、下がれッ!!」






 腕を引っ張られて、あたしはゆうかさんと共に、青年の後ろに隠された。




 門が、重い音を立てて、閉まってゆく。





「インキュバスぅー!?げ、何てヤツ呼び込んでくれたんだよー」




 彼女は、あたしに向かってそう言い放つと、頭を抱え込んだ。



「ゆうかさん、封印には、ゆうかさんの力がいるんだよ」



 そう縋る様に手を掛けたあたしを、眉を顰めた彼女は思いっきり振り払った。








 ギ、ギギギギィイイイイ‥と門扉はゆっくりと開いてゆく。








「馬鹿言うな!!アイツは、その女の理想の姿に変化して、夢で交わり、その精を吸い尽くすヤツだぞぉ!

 ──────つか、何だってあたしが戦わにゃならん!?」








  バンッ!








 やがて、大きく開いたそれから、美しき微笑みを湛えた妖物が姿を現した。




「ぎゃああああっ、来た、来たぁあああッ!!」




 みっともなく怯えて叫んだ彼女は、洋一郎さんの後ろに一人で回り込んだ。




「生け贄の刻印が呼び水になっているんだ。

 ‥くっ、防ぎ切れない‥」




 最強の力を持つ筈の門番が顔を歪める。





 その時、あたしの足は勝手に動いた。





 彼の横に並び、袖口から三つずつ、計六色の珠を閃かすと、素早くそれを門に放った。

 それは、星の形をした六芒星の頂点として飛び散り、緑色の結界を作り上げる。






「魔法医師の力が使えるのか…?ふん、そうなら何故、そうと早く言わん」




「知らないよ。身体が勝手に動いたんだもん」




 ぺたん、と座り込んで、震える両手を見つめるあたしに、洋一郎さんは、氷の一瞥をくれた。

 インキュバスは入り込めないと分かるや否や、優しい声で誘惑してくる。





「ねぇ、可愛い人。ここに居る貴女が、私を封印した女性と別人だって分かっていますから。

 その娘を渡して、具現化を許してくれませんか?

 絶対貴女の精には手を出さないと誓いますし、何なら、貴女が望む時に望むだけ、素晴らしい《快楽》だけを差し上げても宜しいんですよ?」




 え?とゆうかさんが顔を出した。




 明らかに心が揺れている。





「馬鹿、罠だ」





 ぽす、と洋一郎さんはその頭を押さえた。







 《そうだ、騙されるで無いぞ!!ゆうか》






 空の一角を切り裂いて、その人の声は聞こえて来た。






    炎の鳥。






 いや、燃える翼をはためかせ、現れた女性は朱の甲冑を纏い、結界の外に、敵と対角を成して陣取った。

 見るからに気性の荒そうな、きつい美貌に真っ赤な髪が靡いている。



 瞳は夏の海の青。

 名乗らなくても、正体は知れた。






「我は夏の緋煉ひれん。そやつを再び地の底に追い落とす為に参った。

 やはり来おったな、インキュバス。

 ゆうか、獏を呼べ!!其方の領域では其方が最強じゃ!」






 えー…


 と、明らかにヤル気の無さそうな、ゆうかさんの声がした。




「な、其方ッ!いつの間にその様な腑抜けになった!?己の領域が汚されておるのだぞ!!」




 カンカンに怒った美女の横に、いつの間に現れたのか、これ又優しげな美貌を備えた若者が腕を組んで、宙に浮いている。




「だからさー、緋煉。言ったでしょ?この娘は君の知る《ゆうか》じゃ無いんだって」






「分かっておる!!だから、其方の供を許したのだ、薫桜(くんおう)!」




 神々しい二人の気が眩く、せめぎ合っている。

 若者は柳に風といった風情だ。




「ごめんねー、えっと、ユキちゃんだろ?

 この姫、この時期、自分の力が殆ど封じられているのに、行くって聞かないんだよ。

 で、箏雪そうせつの次の季節担当である僕がついて来たって訳」





 春の若君。



 ピンクトルマリンの様な、淡い瞳に萌黄色の髪を緩く紐で結わえている。





 ああ、それで異常気象が起こったんだ。






「あー、出来るだけ抑えてはいたんだけど。

 …漏れた?」






 伝わっちゃったみたい。






 彼の場違いな様子に姫君の方が焦れている。




「呑気なやり取りをしておる場合では無いぞ!!

 そこな、三重存在の娘、其方は一体何じゃ。

 自在にその魔法医師の力は使えるのか!?」




 びしり、とあたしを指差して、緋煉さんは叫んだ。


 それを言うなら、二重だよね?





「それは切羽詰まらないと使えないみたいで。

 ‥私は、私は【後継者】です」




 ゆうかさんに言われた通り、あたしが名乗ると、姫君はぎら、とこちらを睨んだ。




「すると、其方の存在が世界に介入した所為か!この封印の緩みは。

 ─────紡ぎ手の世代交替なら仕方あるまいが、まだ早過ぎる。見た処、獏は呼べまい?」




 頷いたあたしに、姫君は眉間の皺を深くした。




「弱ったの。足手纏いを抱えた上、そこの腑抜けは使えぬときた」




 この容赦無い一言に、あたしはカチンときた。




「─────ゆうかさんは、腑抜けなんかじゃありません!!」




 あの女性はいつも優しくて、強くて、逞しくて。




「話し合いは済んだのかな?ふふ。ご覧、可愛い人、皆が貴女を蔑ろにしている。

 役立たずで、弱虫だと馬鹿にしているよ」




 結界の向こうからインキュバスの妖しく惑わす声が、隙を突いてゆうかさんに届いた。






 一番頼りになる番人の後ろに隠れていた彼女が、怒りに小さく震えていた。






「………まったく、大勢で寄って集って、人の住居に押し掛けて来ただけでも迷惑極まりないっていうのにな。

 ─────あんたも、あんたも、あんたもだッ!!」






 素早くそこに居る、門番以外の全員を、鋭く一瞥したゆうかさんは声高に吼えた。




「あたしが何をしたって言うんだ!

 見も知らぬ他人の為に動かない事が、そんなに責められなきゃならない事なのか!?え?大体、女ってさ、普通戦うのが怖くて当たり前じゃないの?」




 彼女は悔しげにポロポロと涙を流す。

 顔を真っ赤にして、鼻をぐすぐすいわせて。





「ゆうか、さん」




「あんたもだよ!『そんな人じゃ無い』?

 ‥そんなにこの『あたし』が、あんたの知ってる『ゆうか』と違うのが許せないのか!?

 一体、どんなあたしだったら満足するのさ?

 他人に高潔さを求められるあんたは、さぞお綺麗なんだろうねッ!?」






 その顔に、浮かぶのは、

 あの時に見た、激しい《憎悪》の感情。






「ち、違うよ…」






 違わない。




 あの女性はあたしだ。






 あたしの本当の心だ。








「──────あたしを否定する奴らなんか、

 皆、死ねばいいんだ!!」








 堪らず抱き締めたあたしを振り解き、ゆうかさんは醜く顔を歪めた。













 ~《後編・下》に続く~


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