15話.十一月は読書月間、貸出は遥か古代図書館で(前編)
漸く月の話が追いついて来ました。
ちょっと季節感のある話はその月にしようかな?
と、いう事で12月の話のみは特別に12月に入ってから投稿します。よろしくお願いします!
『ヤン先生、郵便で~す』
ホークス便のオウさんがアーチの前にあるポストにカシャン、と手紙を入れた。
「はーい。いつもありがとう~」
ヤン先生の代わりに返事をして、ぱさぱさささーっ、と立ち去る鷹さんを見送るあたしは大きく手を振った。
オウさんはあたしを見ると、いつもおマケを一緒に入れてくれる。
ポストの中には、やはり小袋に入ったO型の笛ガムが一個。
手紙と一緒にコロン、と置いてあった。
ぴーぴーぴー、と鳴らしながら、あたしはアーチを潜った。
今月のアーチはクレチマスアンスエンシス。
ぷらん、と下がった白い花は、大体冬の花なんだそうだ。
ポテ。
落ちやすい肉厚のお花が、あたしの頭に一つ落ちて。
「おや、こんな季節に便りですか。誰からでしょうね」
あたし用の風邪薬を調合していた先生が首を傾げる。素っ気無い白い封筒をひっくり返すと、差出人は何と、清風さん。
「水神様ですか。珍しい」
喉のすっきりする柑橘茶を淹れて来たトールが目を見張った。
すると、
とぷん。
ポチャン。
一滴のオレンジ色の雫が、ティーカップを飛び出し真ん丸い球になると、掌の上に飛び乗った。
それは見る間に手紙を染め上げ、形を変える。
現れたのは小さな、タツノオトシゴ。
だが、そこから聞こえて来た優しい声は、清風さんのものだった。
《─────やあ、お揃いだね。特にユキ、無事でなにより》
つん、と突き出した口がくるり、とこちらを向いた。
「あ、こんにちは清風さん。この前はありがとうございました」
あたしはペコリ、とタツノオトシゴに頭を下げた。
《いや、構わないよ。それで、私の頼みを聞いてくれる話は覚えているね?》
あ、そうだった。
玉響媛の結界を破る手伝いの見返りに、彼の依頼を請けたんだ。
「はい。それはあたしに出来る事ですか?」
「何ですか、清風。貴方、ユキの弱みに付け込んだんですか」
サラサラと白い紙袋に【一日三回食後】と書き込み、処方箋と薬を入れた先生は傍までやってくると、溜息を吐いた。
《人聞きが悪いね、ヤン。恵みの神としては秋は忙し過ぎるんだよ。それで、ちょっとしたお遣いを頼みたくてね》
「あの傍迷惑な双子っコが居るでしょう」
トールはシフォンケーキを大きく切り分けて、ホイップクリームを盛り付けた。
《あのコ達は【師匠】の好みでは無くてね。恐らく見出だせはしないだろうよ》
師匠?神様の?
「古代図書館ですか、お遣い先は」
《うん。本を一冊借りて来て欲しいんだ。K姫とL瑠を受け取りに向かわせるから、彼女らに渡してくれればいいよ》
水神様から頼まれた、本のタイトルは──────
「…いいケド。一体、それ何に使う心算なんだろうね?清風さん」
それで読書の秋は、何だかワクワクする名前の【古代図書館】にお出かけする事に決定したのだ。
★
所変わって、ゆうかさん家。
やはり踏み倒されているトールを余所に、先生は三匹の大猫さん’Sに手順を打ち合わせていた。
何でも古代図書館は地下と時間を常に移動しており、入口は限られた人にしか開かれていないそうなのだ。
その一人にゆうかさんがいた。
「まあ、借りたい本もあったしな。いいよ、いいよ。連れて行くさ。先月はどうやら迷惑掛けたみたいだしね」
快く引き受けてくれた熟女は苦笑しながら、居間のカーペットをはぐり始めた。
そこに黒々と大きく描かれているのは魔方陣?
物々しい文字がのたくったそれの三角の頂点に、それぞれ猫さん達がスタンバイした。
上座のさゆりちゃんが『にゃんにゃにゃー♪』と歌い出す。
下座のマロ君と大輔君が、それを受けて更に、『『にゃんにゃ、にゃ、にゃー♪』』と、声を上げる。
あたしは動じない一同の中に挟まり、魔方陣の中にいた。
天パの茶髪をおダンゴにしたゆうかさんは、いつもの黒いカラージーンズに焦茶のカットソー。
鈴蘭のビーズネックレスを付けて。
お馴染みの蒼褪めたジャケットのヤン先生と、ラフなオフホワイトのシャツにデニムの美少年トールと、
今月の、ココア色に変わったクレヨンを入れた袋を、首から下げたあたしの計、四人。
こほん。
ゆうかさんが咳払いをして、
「─────それは時化石。礎。歴史を綴る、紙より神より上代なる、留まる意義すら持たず、知識の宝庫の放棄の大いなる凝縮。
出でよ、古代図書館。
我は書を綴る者、求める者、正しくそれを操る者」
三匹の猫が左前足を上げた。
「我が名はゆうか。
三匹の猫の主にして、彼の書の綴り手なる者。
認可せよ、時の門。
我と我が客人を受け入れよ」
ガツ、と両手を胸の前で複雑に組み合わせる。
「──────開門!!──────」
立ち上がった三匹の猫が消えて行く。
いや、それは自分達?
何故なら、次の瞬間あたしは冷たい空気に曝されたからだ。
水分を多く含んだ筈のそれは、目の前に聳える巨大な門に阻まれている。
「ここ鍾乳洞なの?でも、ヤン先生、この大きな門は木製だよね?」
「ええ、この先はもう【古代図書館】。あらゆる過去の知識が納められている処です」
ゆうかさんがビーズの鈴蘭を掲げると、音も無く開いてゆく大扉。
眩い光が中から溢れて。
思わず目を覆ったあたしは、指を退けてびっくりした。
何故なら、いつの間にかそこは玄関ホールだったからだ。
暖かい乾いた空気で満たされている。まるで外とは別世界だ。
「あんまり驚くなよ。私の解呪で扉は既に開かれていたんだ。あの門はただの虚仮威しさ」
懐かしい感じのする音楽が、静かに静かに流れていた。
広い広いホールは、まるでそこだけ世界から切り離されたよう。
何処か秘密基地を思わせる造りで。
蜘蛛の巣の様に様々な部屋に、複雑に繋がっている。
受付で手の甲に入館許可証の判子を打って貰うと、
あたしはゆうかさんから館内地図を渡された。
「それ絶対なくすなよユキ。迷子になる事、請け合いだから」
ニヤニヤと笑いながら、熟女は腰に手を置いて、
地図と格闘してるあたしを覗き込んだ。
「……方向音痴なのにィ」
トールが嬉しそうに情けない声を上げたあたしの前に手を差し出した。
「僕が付き合いますよ。ユキ、一緒に探しましょう」
もう館内地図を頭に叩き込んだらしい先生は、地図をポケットにしまっている。
「何でしたかね、清風御所望の本のタイトルは」
あたしは、んー、と首を傾げ、人差し指を天に翳した。
「《初めての催眠術・完全版(失敗したくない貴方の為に)》!」
ゆうかさんの眉が真ん中に寄った。
暫くの沈黙。
沈黙。(天からのショット)
沈黙。(ロングショット。やや、引き気味)
「…どうしたの?皆」
ヤン先生が言葉を発しようとして、止めて溜息を吐く。
ゆうかさんは笑顔のまま、強張った眉間を、ゴリゴリ揉んでいる。
「何をするつもりなんだ、あいつは─────」
「何をするにしても、ロクな事じゃないでしょうね」
先生が熟女の呟きに即答した。
「そうすると、《趣味・教養》のコーナーでしょうか。二階、《特殊技能》の右奥みたいですが」
もう頭を検索に切り換えた美少年弟子は、菫の瞳を地図に落とし、ルートを確認している。
辺りを見回すと、隅っコの花壇に植えられているのは何と、背高泡立草だ。
『ダチになってくれませんか…?』
昔、この草に近付いちゃ、駄目だって言われてた。
喘息になるよ、とか言われていたけど、秋の花粉症の元になってるかららしい。
先っちょが黄色い花で可愛いのにね。
見ると、時折咳き込んでいる。
本人(本草?)も病弱なのか…。
誰も近寄らないから寂しいんだね。
植物テレパシーで送るから、という怪しい宇宙エネルギーの源に疑問を覚えたが、まあ、いっか。とメアドを教えてあげる。
メール、来るのかナ。
「何してんだ、ユキ。行くよ、ほら飛び椅子が空いたし」
ゆうかさんがあたしを呼んでいる。
隣りにある吹き抜けの丸いホールのど真ん中。
丁度、羽の生えた椅子が、ゆっくりと二階から下りて来た処だった。
ふわさ。
そんな音を立てて着地した椅子に、あたしとトールがまず、乗り込む。
遅れて、先生とゆうかさん。
ふわふわふわふわふわわわわぁん。
ふわさ。
光の中を漂い、二階に辿り着いた。
二階は柱に黒々と【2】と書いて無ければ、一階と間違えてしまっただろう同じ造りだ。
上が見えない程、高い本棚。
あれ、どうやって上の方の本は探すんだろう?
先生が二階の受付のお姉さんから、夜店のヘリウム風船みたいなのを人数分、二個ずつ貰って来た。
どうするんだろ、アレ。
「ユキ、ちょっと失礼しますね」
そう言うと、先生は後ろに回り、風船から垂れている紐を引っ張ると、先端に付いているピンで肩甲骨の辺りに留め始めた。
二個左右に留めると、体重が軽くなった気がした。
「今、貴女の体重は月に居るのと同じくらい軽くなっています。これで、万が一上の棚から落ちても大丈夫ですよ」
中で目当ての本を探している人達も先生の言う通り、同じ物を付けて、棚の側のレバーを操作して移動している。
半分飛び跳ねながら、《趣味・教養》の区画に移動した。
凄い、軽く一部屋はあるよね。
ゆうかさんは苦笑いしながら、こりゃ神様も自分で来たがらない筈だよ。と呟いた。
「目録、とか無いんですか?ゆうか。この中から探すとなると骨ですよ?」
ヤン先生が辺りを見回して難しい顔をしている。
「新しい本が、次々に入荷しているからな。
全部を把握しているのは、師匠くらいのもんだろ」
また、出てきた。【師匠】。
それ誰のお師匠様なんだろう。
聞いてみると、ゆうかさんは口許を緩めた。
「誰の、でも無いよ。師匠は【師匠】なんだし。
まあ、会えばユキにも直ぐ分かるよ」
「ふぅん。─────で、何処に居るの?その人」
曖昧な表現だったが、別に熟女は隠している訳では無さそうだ。
「手分けすっか。ユキ、師匠は多分、あたしかヤンしか見つけられない。だからトールと二人で、ぼちぼちこの中を探しているといい。どうせ時間が掛かりそうだ」
一年振りだからなぁ。と、熟女は懐かしそうに本棚をぽんぽん叩いた。
「あれ?」
ゆうかさんは突如何を発見したのか、あたしの後ろを凝視している。
あたしは振り返った。
そこに。
「ありましたワ。《背徳のレッスン》全巻。さすが、古代図書館。ブッ●・オフより完璧な品揃え」
「こちらには《禁断~覚悟するまで待てない~》が、は、発売前にッ!!素晴らしいですゥ!」
ピンクのチャイナ服を着た少女達が両手一杯、男同士が絡んでいる表紙の本を、嬉々として抱え込んでいる。
はっ、とこちらに気付く二人。
気まずい雰囲気が流れる。
徐に少女達はMY籠にそっと本を入れ、コホンと咳払いをした。
パン!!───────シャンッ!!
鉄扇と錫杖が高らかに音を鳴らした。
「私の名はK姫!!」
ツインテールの女の子は、錫杖を握っている。
「私の名はL瑠!!」
熊耳おダンゴの女の子が鉄扇を開いている。
二人はビシッ!とポーズを決めて、
「二人併せて、BL大好きツインズで────」「────やかましいわ、双子ッコ」
一動作でスリッポンを投げ付けるゆうかさん。命中。
のけ反る黒髪美少女達の正体は勿論、水神龍清風さんのお供。
随従の小龍、K姫とL瑠の双子であった。
「おのれ等は本の受け取りにきたんだろうが。何してやがる」
「何して‥って、時間が掛かると聞いたので、時間を有効利用しているんですわ」
K姫がおでこを擦りながら、ゆうかさんの問いに答えた。
「無い本は無い、と言われた古代図書館。ならば、未収集の本も有ると違いない、と。コレが、まさかの大当たり」
L瑠がうっとりと天を仰ぐ。
「‥相変わらず腐女子なんだねー」
BLという特殊なジャンルに足を踏み入れた者は、なかなか堅気には戻れないのだ、と聞く。
中には歴としたお母さんも。
ソレとコレとは別、なんだそうだ。
「でも、今回のイチ押しはコレですわっ!!~鬼畜なセンセイと下僕な僕~シリーズ。『ホイップクリームを乗せて召し上がれ♪』」
ピキィ!!
背後の空気が凍った。
「「何に…?」」
師弟ダブルス発言。
ぴたりと息が合う絶対零度の声音だった。
「「弟子に」」
姉妹シンクロ公言。
ぴたりと息が合う何を言わんや、といった平常な声だった。
カーン!
どこかでゴングの鳴る音がした。
ヤン先生、弟子トールの自らの尊厳を掛けたバトルが今、再び幕を開けたのだった。
~中編に続く~




