part1
チュートリアルはまだ続く
「えーっと……、名前なんだったっけなぁ……」
俺は、普段来ない図書室で混乱していた。そりゃあ普段来ないんだから、本の検索の仕方がよく分からない。曰く付きの本ってどのジャンルだろう? 多分、エッセイとかじゃないと思う。とりあえず一番怪しい小説にしよう。
しかも悲しいことに、ここの図書室はまあまあ広い。昔から本を読むことを推奨されていた学校らしく(その辺は校長が長々と話していた)この図書室はその影響を受け、広く作られている。まことに厄介だ。
「小説コーナーは……、って広っ! ここから探すのは面倒だなぁ」
まあでも、ここまで来たんだから本ぐらいは拝んでおきたい。めんどいけど。
「えーっと……、どれだろ? ヒントがないらしいんだよなぁ……」
なんとその本、題名がないらしいのだ。とてもめんどい!
「いやむしろ、そういうのって後ろのほうに追いやられてんじゃないか? そっちのほうが分かりやすいだろ」
ここの図書室は大きいので、図書委員の仕事は丁寧そのものだ。分かりやすいように、題名の頭文字で検索できるようにしてある。そのおかげか、スムーズに仕事ができるらしい。(それも校長が長々と話していた)だが、題名がないとなると、「わ」のあとにあるのではないか? きっとそうに違いない。我ながら名推理である。
そんな、人に自慢できないようなことを思っていたら、一冊だけ妙な空気感を出している本を見つけた。背は立派なのになぜか少しボロい、それでいて存在感を放っている。
「……多分これだな」
俺は、ビビリながらもその本を取ろうと、手を伸ばした。ビビリすぎて目をつぶっている。
(うわ、俺こんなにビビリだったっけ……?)
そして恐る恐る、「それ」を掴んだ。
(……………ん?)
あれ? 本ってこんなに生暖かいものだったっけ? それに柔らかくて、スベスベしてるなぁ……。まるで女の子の手みたい――
「あ、あの……。そろそろ離してもらえると……」
ホントに女の子の手じゃないか!
目を開けてみると、そこには小さな手と、真っ赤になって俯いている茶髪眼鏡の女の子がいた。なにこのベタな展開!
しかし当の女の子は耳まで赤くなっていて、頭からは煙が出ている。これはショートしてますわぁ……。
「ごめん! すぐに手を離すからっ! …………ん?」
なんだ? 手と手が離れない。正確には、本に触れている指が、まるで接着剤を付けられたかのようにぴったりくっついてやがる。
「え? な、なんで? なんでくっついてるのぉ~!」
そしてそれは彼女も同じらしく、涙目になりながら腕を引っ張っている。なぜか申し訳ない気持ちが湧いてくるが、自分ではどうしようもできないので、罪悪感さんには帰ってもらおう。
「ねぇ! どうしたらいいの! これじゃあお家に帰れないよぉ!」
問題はそこかよっ!
「片手は空いてるんだから、電話してちょっと遅くなる旨を伝えたら?」
「あ、その手があったね! そうしよう!」
いや、だからそれでいいのか! この子ズレてるな……。
そうして目の前の女の子が、携帯を取り出そうと制服のポケットに手を伸ばしたとき、突然目の前が明るくなった。
「うわっ、まぶしっ!」
一応言っておくが、決して女の子の頭が禿げたわけではない。さっきまで触っていた本が、急に光りだしたのだ。
「って、なんで!?」
いやいや、びっくりするだろ! なにこの唐突なファンタジー感! 図書館の本が急に光りだすとか! ここはいつ異世界になったのか!?
「はわわわわわ……!」
そして隣にいる女の子の様子を窺うと、目はぐるぐる、口はパクパクさせている。これほどおいしいリアクションはとれないが、気持ちはよく分かる。
そして光は、そのインパクトとは裏腹に、だんだんと収縮していって、しばらくすると消えていた。……っておい!
「なにもないのかよ!」
「えーっ! 少し期待してたのに! あんまりだよ! このワクワク感を返せー!」
「いやいや、むしろなにもなかったことを喜べ! 下手すると俺たちあの世逝き立ったんだぞ!?」
「た、確かにそれは嫌かも……。なにもなくてよかったぁ」
と、俺たち二人が安堵のため息を吐いていたときだった。
「いや、なにもないわけがないじゃねーですか」
………………どこからか声が聞こえた。
『…………………』
お互い、何事かと目を合わせる。そして、うろたえた。
「だっだだだ、誰だっ!」
「おっ、おおおお化けぇ~!? お化け怖いムリムリムリムリ!」
「誰がお化けですか! 私はお化けじゃねーですよ地味コンビ!」
ど、どこから聞こえるんだ!? 少なくともここには二人しかいない! 図書委員はいつの間にか消えてるし、どう考えてもおかしい! 怖い!
「おいそこの器が小さそうな男。どんなに探してもここには私たち三人しかいねーですよ」
いやだから二人しかいないって! もう一人どこだよ!
「おい! いるんなら出て来い! 出てきたら説教してやる!」
「ね、ねぇ……、あそこ……」
と、先ほどまで怖くて目を回していた女の子が、本棚の上のほうを指差していた。……いや、正確には本棚の手前を。そして、そこにいる物体は『音を発した』。
「せ、説教とは……。怖いんだか怖くないんだか、わかんねー脅しですねぇ」
ほ、本が……浮いている……?
「初めまして、私グリモワールことモワちゃんです。今からてめーらを物語の世界へ連れて行くから覚悟しやがれです」
『……………………………………』
「ん? なんでこっち見て黙ってるですか? ひょっとして私のきれいな顔になにかついてる?」
『キャアアアアアアアアア! 本がシャベッタアアアアアアアアア!』
「うるせーです!」
元から汚かったとか、顔あるのかとか、そんなの気にならないくらい衝撃的でした。
この出来事が、二人の人生を大きく変えることを、僕たちはまだ知る由もなかった。




