魔導師と魔女
先程いた神社の社は山のようになった丘の頂きにあり、B5-1区内であれば全て見渡すことができる。
普段は家に帰ることの無い千鳥にとっては今やその社は帰るべき場所となっている。
鳥居をくぐると数百段もの長い階段がある。
この階段は下るのは楽でも上がるのは一苦労だったため神社に来る人は私以外には月に一人いるかいないか程度だった。
しかもこの神社は黒の影に包まれる前に作られたが書物に書かれていないほどの小規模の神社であり、しかも何の神が祀られているのか、何という名前だったのか誰も知らないため神がいるかすらも曖昧だ。
その名前のない神社は人々からそのまま無名神社と呼ばれていた。
そんながらんどうの神社の段の残りが数十段となってくると二つ目の鳥居が見えてきた。その鳥居は外から見て神社だとわかるように目印として作られたものらしい。
「今日も早いな、千鳥は……。 出るのが早い割に朝はよほど暇なのか?」
ふと鳥居の陰に隠れていたのは見飽きるほどに毎日見る少年の姿があった。
「あんたもこんな古びた神社にまで来て私のこと待つなんてよっぽど暇人だと思うのだけど?」
その少年、還田 智樹は千鳥を見るなりいつもと同じようなセリフで返した。
「そりゃ、千鳥みたいな強い機械魔術の使い手に戦いを頼むには何度もお願いしに行かないと試合させてくんないだろ」
智樹は線は細いがガタイは良く、長身であるため見た目からして運動が得意なようだが機械魔術に関しては下級魔術師以下だった。
「ま、そんなに毎日来ても私の返事は同じよ? 私の好んでいる戦い方は同じレベルくらいの敵と戦うことであってあなたみたいな雑魚とは戦う気なんてないわ。 そもそも、あなたみたいな見習い魔術師程度なんかに私が負けるわけないじゃない?」
ふざけて言っているのはわかっていたものの明るく元気の良い智樹の言葉に毒をはくのがいつもの日常となっていた。
そして智樹もいつも通り悲しく答える。
「毎度のことだけどやっぱり千鳥の言葉はきついな……。 別に毎日朝早くに神社に来てる理由はそれだけじゃないんだけどな」
「あれ、それだけじゃないの? なら何だって学校でも会えるのにわざわざ待ち伏せしてるっていうのよ?」
智樹は千鳥に目を外すように空を仰ぐ。
「だって、千鳥がどんなに強かったとしても魔女になんかに襲われたら生きられるとでも思うのか? 機械魔術の力なんて"魔導師の力の劣化品"だ。 魔術が本物の"魔法"に勝てる訳ないじゃないか」
初めて聞いた智樹こ理由だったがどこはかとなく納得してしまった言葉があった。
ーーーー魔導師の力の劣化品。
機械魔術使いならば誰でもそのことはわかっていることだが、なぜか人間という魔術師は魔導に勝てると思ってしまう人が多いのだ。
だが、智樹は魔術は魔導に勝てることはないということは自覚しているようだった。
それは魔導師を嫌うものなら決して口にしない言葉だろう。
「あら、意外ね。 あなたは魔導師を嫌っているのかと思っていたのだけれど?」
「そういうお前もその言葉から察するに嫌ってないなんて意外だな。 魔導師のことを魔女と呼びながらも魔導師を嫌わないやつもいるんだな」
「勘違いしないで貰えるかしら? 私は魔導師はどうでもいいけど魔女は嫌いなだけよ! そういうアンタだって魔女って読んでるわりに魔導師を庇うわけ?」
「庇ってはいないが、俺は確かに魔導師を差別用語である魔女とは呼んでいるが、それは周りと合わせてるだけで別に嫌ってはいないぞ? 魔導を使うだけで根は人間だと思うし過去に人間を殺そうとしたにしても今や人間だって魔女を殺そうとしているじゃないか。 そう考えたらどっちが悪いのかわからないだろ?」
魔導師と人間は相容れない存在としているヤツかと思っていたが、少しは区別の仕方をわかっているようで肩を撫で下ろした。
「それにしても魔導師はどうでも良くて魔女が嫌いなんてどういうことだ?」
人間と魔導師の関係はわかっているようだが魔導師と魔女の関係は智樹にはわかっていないようだった。
だが今はあちらから魔導師というものを問いていた。
「アンタには出会ってからずっとこのことは言わないつもりだったけど同じ考えなら教えるわ」
智樹は何が何だかさっぱりのようで首を傾げている。
「私の考えでは魔導師というのは人間のように暮らしているやつと人間を嫌って迷惑なことやるやつの二つに分かれていると思うの。 私はその人間と暮らしてるのが魔導師で悪さをするやつを魔女って呼んでるだけよ」
何度かこくこくと頷いた智樹はそれを聞いて何かが晴れたようで笑顔を見せた。
「何か安心した」
何故か急に恥ずかしくなり「あっそ……」とだけ答え、少し先を歩いた。
「それで話戻すけど。 さっきあんたが言ったように魔女には魔術なんてものは通用しないわ。 もし、そんな弱い力でも出来ることがあるなら逃げる程度でしかないでしょうね。 しかもこの場所は管理都市であるのだから管理者という魔女がいるし自分の周囲にも知らないうちに魔女に囲まれているかもしれない。 でも、そこまで気にすることはないと思うわよ? この都市は他都市と比べると比較的平和な方だと思うし、ここの管理者は私が思うにただの魔導師よ?」
自分で自分を褒めるというのは少し恥ずかしく感じた。
自分が魔導師であり管理者というのは智樹には教えていないし、仲のいい友達ですら一切教えていないが学校には一人管理者の同士がいるのでその人だけは千鳥が魔導師であり、管理者であることは知っていた。
「だからそれは俺にもわかってんだよ。 でも、もしものためってこともあるだろ? 俺が言いたいのはもしも千鳥が魔女なんかに襲われたらどうすんだよって話だ…………」
智樹は語尾を濁らせながら頭をかいた。
「あー、そういうことか。要約すると私のことが心配でもしものために私を守ろうとでも思ってるってことかしら?」
千鳥は口角を釣り上げて智樹の顔をのぞき込んだが、小走りで逃げるように走って振り返った。
「別にお前は関係ないからな、俺はただ周りが殺されるのが嫌なだけだ。 早く行かないと学校遅れんぞ!!」
その勢いのまま智樹は走って行った。
確かにこの時代の魔導師は強い機械魔術師を標的にすることが多かったため、智樹の気持ちも分からなくはないが千鳥は魔導師であるため狙われることはないだろう。こちらからすればとんだ傍迷惑となってしまっているがそのことは言わないでおく。
「はいはい、そんなにむきにならなくてもわかりましたよ。 まだ、学校に着くには一睡できるくらい余裕があるんだから早く行かなくてもいいのに……」
一人つぶやくように言ったあと何かに気づいた千鳥は智樹の後を追うように走っていった。
神社にあった夏草の匂いを忘れていくかのように学校のある都市の中心地へと向かっていった。