いつもの朝
まだ空は薄暗く、陽は光の線を放ちながら少しずつ顔を出していく。
普段でさえ人の声は微かに街の方から聞こえてくる程度の神社だがこの時間にでもなるとその声すらも聞こえない。
聞こえるのは風で擦れる葉の音と夏虫の鳴き声くらいだ。
昨日の夜の雨のせいでじめじめしていて気持ちが悪い。
自分で降らせたものだが夏の雨はあまり好きではない。降らせたというのは昨日の魔女狩りでの血痕を消すために都市の上空にある雲を一部に集めて作ったもので、いって仕舞えば一時的に降る天気雨のようなものだった。
千鳥の神聖術はヒトであろうとモノであろうと動けるものなら無意識に動かすことができるのだ。
千鳥はいつもどおりにこの都市の平和を願い、祈るように心の中でつぶやく。
このような静かな場所は好きであるが、あと数秒もすればいつものようにうるさいやつ騒ぎ出すだろう。
「時間です、魔力は止めていいですよ。 次は何するです? ご飯です? 遊ぶです? それとも二度寝ですぅ?」
いつもの日課を終えるとすぐに桜時が息をするタイミングがないほどに喋り始める。
昨日のように終わるタイミングを言い忘れることは無かったもののうるさくされるのは迷惑だ。
「二度寝、と言いたいところだけど学校に行く支度をするわよ。 それでこのですですいう語尾はなんなのよ」
何故かにこにこしながら桜時は答える。
「語尾にですってつけると可愛くないです? 昨日紫雨様がずっとやってて可愛いと思ってたので真似してみたのです!」
「可愛くないわよ。 むしろ鳥肌がたつほど気持ち悪いわ」
千鳥のいつもの冷たい言葉に桜時はいつものようにギャーギャー怒り出す。
「あと言っとくけど紫雨は可愛さ目的に語尾にですってつけてないわよ。 敬語使おうとして"です"をつけ始めて、癖になってるだけよ。 ま、無駄なとこにもつけちゃうのだけど」
それを聞いて何を思ったのか五希は目をキラキラさせる。
「何ですかその可愛い癖! 間違えでつけちゃうとか超ハイスペックな可愛さじゃないですか!?」
五希はその超ハイスペックな可愛さに負けたのかいつも通りの語尾になっていた。
千鳥は広間に向かおうと廊下に出るところで桜時は何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そうそう、千鳥が戦ってる間に手紙渡されてたの忘れてたよ!」
そう言いながら桜時は口の広い袖を何回か振るとその手紙が中から落ちてきた。それを投げるようにして千鳥に渡した。
それはプラスチックが練り込まれているかのように硬く、黒い封筒だった。
無言で障子を少し開け、その少女の名を呼ぶ。返事はない。
千鳥は先程いた部屋から隣にある客間に入り、その少女が横たわる布団にまで近づいた。
「並木 鵺、起きてる? まだ意識が戻っていないのなら聞く必要はないのだけど一応言っておくわ。 今日、学校に連絡を入れておくわ。 起きたらあなたの固有魔導を教えてあげる」
布団からはみ出している鵺の腕を見る。
昨日は死んでもおかしくないほどに出血していたのにも関わらず傷跡からは血液は止まっている。だが、傷は塞がっておらず、不思議なことに塞がらずに血液が循環しているようにも感じられた。
あそこまでの出血で死ぬことはなく、異様な体質を持った少女はやはりヒトではないのではないのかと改めて感じてしまった。