管理都市と管理者
1区と2区をわける川に架かる橋のそばにある森林までゆっくりと歩きながら向かっていた。
かつては車通りの多かったはずの橋は今や歩いているヒトすらいない。
夜だからというのもあるかもしれないが所々にヒビが入り、鉄骨が無ければ今にも倒れそうな大橋だからという理由もあるのだろう。
だが1区のからはこの橋以外からは区外に行くことは不可能であるからもう少しヒトがいてもいいはずだろう。
「そこでもういいです」
後ろを見ると紫雨は小さく手を振っていた。
「魔導と魔導のぶつかり合い……。 あそこまでのものは初めて見たのです」
紫雨は俯きがちにそうつぶやいた。
「管理者なのにあの程度で初めてってことは、そこまで戦ったことないの?」
先程の戦いは確かに戦うというよりは一方的にぶつけただけの観ている側としては痛々しい光景だっただろう。
「私の都市の魔導師はあそこまで表に出ることは基本的にないのです。 魔女がいたとしてもわたしの知らないところで魔導師達がその暴動を止めてくれるので私自身が魔女狩りに参加したことは指で数えられるほどですから」
「珍しいわね、B5の中で一番魔導師が多い管理都市と呼ばれているはずなのに静かな都市なんてね。 ……いや、多いからこそなのかしら。 まあ、どちらにせよ魔導師が良く働くってことは魔導師を許している人間が多いということかしら」
紫雨は悲しげに首を横に振った。
「別に人間は魔導師を許してなんていないですよ。 確かにそのような者も中にはいると思うのですが大半は魔導師を嫌っているのです」
町並みの光は2区には1区ほど明るくはなく、静かに光っていた。
「じゃあ管理者の都市に対する願いが全然違うのかしら。 私が願う悪を消して平和を作る以上の願いがね。 参考までに聞かせてもらえるかしら?」
紫雨は頷くと自分の都市である2区をずっと
遠くにあるかのように眺めている。
「私は平和なんてものは望んでないのです。 確かに平和になっては欲しいですが、それ以上にヒトに自由に生きて欲しいのです。 なので私が願うのは人間、魔導師どのような種族に対しても自由というものがあって欲しいのです」
思いもよらぬ答えに千鳥は固まってしまった。
「でもそんなこと続けていたらいつか膨大な魔力を持つ魔導師が現れて、都市をまるごと潰す可能性だってありえるわよ?」
「そのときはそのときです」
最後に紫雨は笑顔でペコリと頭を下げて手を大きく振って橋を渡っていった。
千鳥は紫雨言った自由という言葉を思い出し、1区を眺める。
恐らく日常を平和に過ごすには自由を願った方が正解なのだろう。だが、100年前の災厄や大魔道士による魔女狩りなんてものがもし始まってしまえばそのような都市から潰れていくのだ。
しかも今から私の意志を変えたところでその願いが伝わり、理想を叶えるには何年かかるのかはわからない。
そう考えてしまうと自分には自由なんてものは望めず、今の願いを続けてしまう。しかも今の願いが自分には一番あっていると思ってしまうのだ。
これから何年も経てば1区は善だけが残った強い平和な都市になってくれるだろう。
千鳥はふと一区と二区の境の橋を見る。
するとそこにはいるはずのない者がいたのだ。
「…………五希?」
そのつぶやきは届くわけもなく制服すがたの五希はそのまま橋を進んで行き、二区の方へと消えていった。
五希の家は1区にあると思っていたが2区に住んでいたのだろう。
だがそれとは別に一つ疑問が浮かんだ。
「何故、部活に入っているわけでもなくましてや夜遊びするようなタイプじゃない五希がこんな時間に歩いているのか」
明日にでも聞いてみようと疑問を無理やり消すと、神社へ帰るべく来た道へと方向を変えた。
近くの公園にある柱時計を見ると12時を回っていた。今朝言った桜時との戦いはまた今度にすることにしよう。