管理者の在り方
窓からは朝日が注がれ、部屋は光に満たされていた。
その暖かさを感じられるときだけは生きていることを実感できた。
だからもいっても死人のように暗い日常を暮らしているわけではなく、ましてや生気がないわけでもない。
ただ単に自分が周りから敵対視されてないか、自分の真実を知られていないかなどを人間の感情を探るようにして生活する人生なんて楽しいと思う人などいるのだろうか。
そんな窮屈な生活をおくる私達魔導師からしてみればこの時代は生きている心地がしなかった。
今、行っている日課だって自分からではやろうとは思わない。
そもそもこんなものには関わりたくもないのだ。
その日課というのは簡単に言ってしまえば自分の生活する世界の魔力を一定に保ち、人間や魔導師などのヒト、建物などの都市の全ての管理するというものだろう。
そんなことを続けていると私の中の何かがたまに問いかけてくるような気がする。"なぜ無意味とわかってもなお、毎日そんなことを続けるのか? 私たちを殺そうとする人間のために平和な世界を維持するため、自ら命を削るのか?"と。
自分自身なぜかと問われても答えを出せる自信はなかった。そんなことをやっても自分には得なんてものはあまりなく、命を減らすという損が大きすぎることくらい私だってわかっている。
代々この都市は私を含む樋掛の家系が魔導管理者として守ってきた。その責務を果たすということが本質的な理由であっても、本当に嫌であるのなら他の都市のように滅びの道へ魔法という呪いをかけてしまえばいい。またはこの儀式自体を放棄し、周囲の未管理区域の呪いという霧に飲まれればよいのだ。
もしもこの都市の管理者である私が前者のような考えを実行していたのなら地区内なら同種である魔導師を皆殺しにし、人間の中の感情を消し去ることで人間性を無くして奴隷といて使うだろう。
もしも後者であるのなら私の管理内の地域全域から呪いが充満し私や生命力の強い魔導師は生き残ることが出来るが、人間はおろか下級魔導師はすぐに死に至るだろう。運が悪ければその呪いはこの都市だけにとどまらず関東中心の大都市にも広がり日本の生活区域はまた削られることになるだろう。
魔導師は気の強い者が多いと言われているが、管理者が悪に染まってしまったら先程の説明のとおり都市は衰退するだろう。それだけは起こしたくないというのが日課を続ける理由なのだ。
私の中の魔力源は寿命。
使うごとにいつまで生きるのかわからない無造のものを削っていく。その力を使い続ければ自ら死に至ることだってあるかもしれない。
だが自分の命を削ったところでこの都市は私の想像する秩序を安定した平和な状態にするのは容易ではなかった。
あの天災。黒の影が起こる前からこの都市は不良やらならず者の奴らが多かったとは聞いてはいるが、なぜそれ以降もこの都市にそいつらが集まってくるのかは私にはわからなかった。
ただの偶然と言うには理想の平和を望む私としては少し酷すぎると思うくらいだ。
都市には海や山は一切無く、その代わりとして殆どは未管理領域に囲まれていた。
未管理領域というのは管理者はおらずに放置され、呪いで腐っていった地域である。要するに呪いで滅んだ都市だ。
呪いは黒の影ほどではないが黒の霧のようなもので、表すなら黒の影の小規模なものという感じだ。
黒の影はすぐに消えたものの時代を重ねるごとに黒の霧というのは弱い力が発生したらしい。こちらも詳細は不明となっている。
そして、この国にはそれぞれの都市に国家が決めるクラスがある。それは大きく分けて4つ。
上位の都市から国が魔女を殲滅し終わったものにつけられる"殱滅都市"、魔女がいるのかが定かでなく調査や観察が行われている"観察都市"、私のような管理者の存在が確認されてはいるがその管理者である人物が発見はされていない"管理都市"、そして管理者や魔女の存在も明らかとなり殲滅対象となり人間を含むヒトとなるもの全てをその都市へ出入りすることを禁止する"隔離都市"がある。
この私の管理する都市は下位から2番目のクラスの管理都市にあたり、《管理都市B5-1区》と呼ばれている。
管理都市B5-1区は昔も今も海に沿わない場所である。
しかもこの地区は隣りの地区に行くには大きな川を渡るために崩れかけた大きな橋を渡らなければならないこともあり、人の出入りはほとんど無く、他から孤立したような都市である。
言ってしまえば管理都市の地区であるものの自ら隔離都市のような状態になってしまっているような地区と言えるだろう。