固有と精霊
風は先程よりも荒れるように吹き、ごうごうと音がなっていた。
鵺は千鳥と向き合うことはなくただひたすらにドアの御札の一点を見つめていた。
「先に言っとくけど、その御札は外せないわよ。 貼ったり取ったりするのは管理者の私だけ」
それを聞かされてもなお、見続ける鵺に対し、一旦去っていた苛立ちがまた戻ってきたようだ。
「私は魔導で本気で殺すわよ。 あなたも魔導師であるのなら固有魔導が使えなくとも精霊魔導くらいなら使えるのでしょう?」
固有魔導は魔導師が生まれ持ったマナを使って扱う魔導だ。
精霊魔導は魔導師自身のものでは無く、その人の守護精霊による魔導だ。魔導師には火、水、土、風、光、闇の6属性の中のどれかの1つ力を持っている1人の守護精霊が付いていると言われる。
こんなことは常識の範囲内だが鵺にはそれすらもさっぱりのようだった。
この時代の魔導師というのはマナの多くを使い、その効果を上げることを求めたため精霊の力を受け、魔力量を上げたと言われている。
千鳥はポケットに入っているガラス片をばらまいた。
「今のあなたの頭の中はどう逃げようかで必死なのかしら? ドアから出られなければこの閉鎖的な場所ではもう死んだと同然だと思いなさい」
地面に落ちたガラス片の1つに手を当て、魔力を込める。
すると音もなく幾つものガラス片から出る光の線が鵺の心臓一点を向かい光速で走る。
それらの光は刃物より鋭い。普通のヒトなら一発で死ぬくらいの威力があるだろう。
だが、その光の帯は鵺を殺貫くことはなく、鉄のドアに刺さっている。
消えたかのように逃げた鵺は千鳥の背後のフェンスに向かい走っていく。
その鵺を追うようにして光を操る。
しかし、振り返ったときにはもう鵺の姿はなかった。
千鳥はまさかと思い、先程鵺のいたフェンスに近づき見下ろした。
そこには地面に落ちて血まみれの鵺が雑木林に逃げていくところが見えた。
慌てて残りのガラス片をフェンス外へとまき追撃を試みたが風でその欠片は散り散りに飛んでいった。
地面に落ちたガラス片を足で打ち砕く。
最後の風は今まで吹いていたものと違うもののように感じた。
あの風は幸運に見放されたわけではなく恐らく鵺が起こしたものだろう。
あの少女の精霊魔導の属性は風ということになるだろう。恐らく、あの力は自ら守るために使ったように見えた。
鵺は自分が魔導師かは曖昧で魔導の使い方がわからないと言いながらも精霊魔導は使えたのだ。だからといってあの子が嘘を言っているようにも見えなかった。
鵺という少女はますます謎めいたもののように感じてしまう。
「まあいいわ。 今夜にでも殺してやるわ」
そう言うとドアの御札を剥ぎ取るように破り、屋上をあとにした。