都市の規約
教室から校庭を見るといかにも朝より張りのあるの声が聞こえる。
時間は16時半を回り、外の部活は準備が終わり、少しずつランニングを初めていた。
教室には部活動が入ってない数人の生徒が楽しそうにこそこそと話している声が聞こえる。
千鳥はその中の誰かに挨拶することもなく教室を静かに出ていった。
その足は校舎を取ることをせずに屋上へと続く階段へと向かわせた。
段を全て登ると鉄の重々しいドアがある。
運が良かったのか、鍵はかかっていないようだ。
そのドアをゆっくり開けると屋上には風が立っており、校庭の砂がここまで届くほどだ。
ドアには長方形の紙を1枚貼る。いわゆる神社とかによくあるお札だ。
呼び出された少女は校庭の方をじっと見つめていた。
「待たせて悪かったわね。 あなたの名前を聞いていいかしら?」
少女はこちらに向き直り、小さくお辞儀をした。
「此方は並木 鵺。 あなたは魔導師なのですか?」
彼女の声は透き通るようで不思議な響きをしていた。
「私は樋掛 千鳥。 先に聞いておいて名乗らないのは失礼だったわよね。
それで、私が魔導師だって言ったらあなたはどうするのかしら?」
「わかりません。 ただ、気になったので聞いてみただけです」
曖昧な答えに千鳥は徐々に苛立ちを覚えた。
そして少女は続けて口を開く。
「恐らく此方は魔導師というものなのだと思います。 なので、魔導というものを教えてもらえませんか?」
千鳥はその言葉で余計に怒りが溜まった。
「だと思う、ですって? 自分が人間か魔導師かもわからないとでも言うの? しかも私に聞くって何を考えているのかしら」
千鳥の言葉ですらその少女は何を言われているのかがさっぱりのようで、感情も無いかのようにぼうっと立っているだけだ。
もし、私が魔導師でなかったらあの子はすぐにでも殺されるがわかっていないのか。やはり、この様子では予定通りにするしかない。
神社に帰ったらまた桜時にぶつぶつ言われるかもな……。
鵺は何かを思い出したようで話し始める。
「親からは魔導なんて教わったことは無いので人間だと思っていたのですが、先日、目が覚めると廃屋にいたのです。 それは魔導によるものではないのですか?」
「ちなみにそれが魔導だと思った根拠は何かあるのかしら」
「よくわかりませんが、不快感のような気持ち悪い空気があったと思います」
またもや曖昧な答えだった。
でも、もしも鵺という少女が魔導師であり、しかも無意識に使ってしまうものならば余計に早く手を打ったほうが良いのだろうが、その時は魔導によるものでは無い。
恐らく魔女狩りにあい、鵺自身で廃屋にでも逃げ込み、傷を負っていたため意識があまり無かったのだろう。
そう考えられる理由は彼女が魔導師であったのなら傷を回復するものか痛覚麻痺というものだろう。それは授業で鵺を見たときから感じていたものだからだ。
「先ほどから気になっていたのですが、なぜを呼び出したのですか? 此方は魔導師が同士を見つけたから呼び出したのだと思っていたのですが、あなたは魔導師であるのか教えてはいただけないじゃないですか」
本当に魔導の知識は無いのか、当然のように鵺は魔導師であるのかを聞いていた。
「もういいわ、あなたが魔導師か人間かはもう聞かない。私はね、管理者としてあなたが危険な魔導師ではないのかその魔術の能力を聞きに来たのよ。でも、その様子では能力不明といったところかしら」
鵺は管理者という言葉を聞いて少し表情が緩んたように感じた。
「あなた様はこの都市の管理者様だったのですか。 では、千鳥様は魔導師ということなのですね」
千鳥は鵺の反応に少し驚いた。
魔導師の知識は無いようだったが管理者という言葉はわかっていたのだ。しかも、様をつけるくらいに丁寧話す。
「じゃあ改めて聞くけど、あなたは魔導師か人間かもわからない。だから能力も不明ということでいいのよね?」
鵺は無言で頷いた。
「じゃあ、どこからマナが発生し、どこを損傷しているのかさえもあなたはわからないということよね。 でも、私はあなたの魔導に想像がついたわ。 まあ、あなたが本当に魔導師であったならということだけどね」
「魔導師であるのなら、あなた様には此方の力がわかるのですか? よろしければ教えていただきたいのですが……」
「そう、じゃあいいわ。 B5-1区魔導管理者、樋掛千鳥は並木鵺の始末を致します」
その言葉で鵺は目を見開いた。
千鳥は瞬時に鵺の間合いに入ると思いっきり回し蹴りをうった。
途端、彼女はフェンスにはじかれて倒れこむ。
フェンスは歪むがその少女はまたふらふらと立ち上がる。
「もう終わりかしら。 こんなに傷だらけで痛そうだからすぐ終わらせてあげるわ」
彼女は自分の身体を見てようやく傷がついていことに気づいたかのような反応をした。
千鳥はポケットに忍ばせてあった手のひらほどのガラス片を少女の細い首に当てた。
「痛みですか? その感情を此方は知りません。 その感情は血液が体外に出るときに思う心なのですか?」
意味不明な質問に千鳥は答えるわけもなく彼女の魔導を改めて考える。
傷の回復か痛覚麻痺の魔導だと考えていたが先程の質問からすると彼女は痛覚麻痺の魔導を使うようだ。
その力の使い方は無意識というより常に使っている状態なのだろう。
だが、その答えと同時に再び疑問が浮かんだ。それは本当に痛覚麻痺なのかそれとも触覚自体の麻痺なのかというものだ。
「少し実験をさせて貰うわ。 あなたはここで死ぬけれど私の知識として残しておいてあげるわ。 その代わりとして少し寿命が延びて良かったじゃない?」
鵺は逃げるように後ずさったが、千鳥は彼女の手を右手で掴み、左手で鵺の目を覆って隠した。
そして徐々に右手の力を強め、痛みを感じるほどに握った。
「今私が何をあなたにしているかわかる?」
「握手か何かですか? なぜ目を隠すのです」
私はこの鵺の反応を見てすぐに答えが出た。
彼女は視覚を使わずに、触覚を使い握られていることに気づいた。
もし触覚麻痺が彼女の能力であるのなら触覚が働いていないことになる。
でも彼女は握られている感覚は感じていたが痛みを感じてはいないようだ。
彼女の能力は触覚はあるままに痛覚だけを麻痺させるものなのだろう。
話しはもう話しは終わったと思ったようで鉄のドアに向かい開けようとした。
「あら、私の実験は終わったけれど私の用事は済んでいないわ。 それとも寿命が延びたと聞いて見逃してくれるとでも思ったのかしら。思っていたのなら残念だけどあなたの勘違い、延びるのは実験の時間だけよ?
あなたは私が魔導師であり管理者であることは知ってしまった。 私が自分から言ったことだけれど、この都市のルールとして人間であろうと魔導師であろうと管理者が誰かと知ってしまったらその人は消すと決めているのよ。
でもね、私はあなたを呼び出したときから殺そうと思っていたのよ」