決別
残り時間は十分を過ぎた。
未だ一方が攻撃を叩き込み、一方が攻撃を受け続けるという魔術同士の戦いとは言いがたい後継が続いていた。
「なんであの子は戦わないんだよ!!」
五希の声はこの部屋には耳鳴りがするほど大きい声だが、下の人達には一切聞こえていない。
転校生の少女はまだ魔術を一度も使っていない。そして、何かしら防御している様子もなかった。
その様子からまるで自ら負けを選んでいるかのようだった。
全身には多くの傷がここからでも見えた。素肌はもうほぼ見えない程に赤黒く染められている。
恐らく相手はその子に自ら戦いを挑んでおいて、最初から負けを認めているような態度が気に食わなかったのだろう。
「こんなの練習戦でなければ魔術戦でもないじゃないかッ!」
五希は思いっきしガラスを叩くがその音は超強化ガラスには振動すら少なく、隣にいる千鳥ですらも感じないくらいだった。
数分前から五希はずっとこの様子なのだ。
「一応、魔術戦はどちらか一方が戦闘不能になるまで戦うことで勝敗がきまる。 そう考えてしまえばあのミドルさんがやってることは間違っていることではないと思うわ」
「なんで千鳥はアイツの味方につくんだよ! 私はこんな試合もう見てらんないよ!!」
そう言うと部屋の端にあるドアに向かって行った。
五希は自動ドアの開く時間すらも待っていられないようでドアを無理やり押し開け、階段を下っていった。
一人残された千鳥はもう少し見ていようと近くのベンチに腰をかけた。
練習場というのは1つの建物に2エリア、フロアにして6階まである。
1つのエリアには2階分使われて作られている。
最下部には魔術戦前には必ず入る準備室がある。
ルール状、エリア内には礼装を着用しなければいけないという規則がある。そのため、着替えるための更衣室の役割を果たしているのが準備室である。
最上部にはモニター室がある。
ここは多くの場合だとエリアの変更のときに使われ、誰かしら教師が一人は見張りのようにその練習場内の2エリアを監視する義務がある。
機械魔術実技授業は内容は体育のようだがこの時間の授業だけは他校のLHRのように全校生徒で行われているためその監視役の教師は自分のクラス、またはその試合の相手のクラス教師となる。
そして今、千鳥の目の前にある部屋は最上部のモニター室である。
軽くドアを四回ノックする。返事はない。
もう一度同様にノックする。やはり、返事はない。
ドアノブを捻ると鍵は開いているようだ。
何故かモニター室だけが、自動ドアでなければガラス扉でもなく、冷たいステンレスでできた分厚い黒いドアだった。
千鳥はその重いドアを全身の体重をかけるように押し開けた。
中は五希との試合直前に来たときと同じように薄暗く様々な角度からのカメラモニターがいくつもあり、奥には大きな椅子と机があった。
千鳥はその椅子を枕代わりにして眠っている監視役の教師を軽蔑の目で見た。
「竹入先生、起きてください」
軽く読んでみるもやはり動かない。
「竹入 楯先生! 起きてください!!」
大きい声で言うもやはり微動だにしない。
次は耳元で大声で読んでみる。
「竹入楯先生! 起きてくだ……」
ーーーーチリリリリリリッ
いきなり鼓膜が破れるほどの大音量で目覚まし時計が地面に落ちて悲鳴をあげるように鳴った。
「もう試合終わったのか? もう少し寝させて欲しいものた」
呑気に大きくあくびをし、猫のように伸びおする。
猫っ毛で猫そのもののような竹入楯は6組のクラスの担任であり、担当科目は座学の中の歴史である。
基本、自分授業以外では寝ていることが多いとは聞いてはいたが、その噂は本当らしい。
「おっと、いたのかい? ところで樋掛さんは何の様かね? エリア変更は三十分前くらいには終わっていると思うんだが」
「エリア変更は終わってその三十分前の試合は無事に終わりましたよ。 ちなみに先生はご覧になられましたか?」
「あぁ、少し見てたよ。 で? どっちが勝ったんだい?」
見てなかったということだろうか。
千鳥は自分の勝ちを報告すると「やはりかぁ」と言い、頷いていた。
「それで話しを戻すんだけど何か用なのかい? さっきも寝てる間に読んでいたようだけど、私は目覚ましの音でしか目覚めないのだよ」
目覚まし時計でしか目覚めないのに寝ていたときに呼んでいた声は聞こえていたとはどう意味なのか……。千鳥はどこからともなく怒りがわいてきていた。
モニターを見ると一方は試合が終わっているようで、もう一方は先程見ていた試合のようで、まだ続いているようだった。
あの目覚まし時計は試合が終わると鳴るようになっているようだ。
こんな短時間の睡眠なら意味がないとつくづく思うが。
「その、要件なんですけど。 エリア一のモニターを見て下さい。 あの試合どう見ても一方的に魔術的暴力を与えているだけだとは思いませんか?」
モニター室のエリア変更以外での重要な役割として試合自体を中止することができるというものだ。その試合はルールによると、引き分けとなると聞いている。
竹入は顎に手を当て、真剣にモニターを見つめる。その後継を見るとあの怠けずらがなかったように錯覚してしまう。
「あの子はうちのクラスの転入生なんだが、学校に来てそうそうあの子もそんな仕打ちをされては不登校になりかねない」
もう一度深く悩むように静寂が続く。
「…………いいだろう。 この試合はドローとしよう」
大きなパソコンのスクリーンに凄まじい勢いでタイムの停止のコードを打ち込んでいく。
「じゃあ私の仕事は終わった。 じゃあもう一眠りするとしよう。 あとのことは頼んだよ」
そうすると言ったすぐに眠ってしまった。
時計を見るとあと5分程で授業は終わりというところだった。最後の試合も、これでもう終わらせたということになるだろう。
千鳥は近くの練習場内の放送用のマイクの電源を入れた。
ーーーーただ今の試合は事情によりドローとします。エリア一にいるプレイヤーは直ちに試合を中止してください。
反響する千鳥の声はこの練習場の全体へ伝わっていった。
するとモニターの2人は礼や握手をするわけもなくそれぞれの扉から出て行った。