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弟のジジョウ  作者: NES
4/6

弟のジジョウ (4)

 雑木林の中は薄暗い。これは、昔カイがハル兄さんに連れられて来た時と同じだ。

 見上げると、生い茂った木の枝と葉が空をほとんど覆い隠している。本当にジャングルだ。家からそんなに遠くない場所に、こんな緑の回廊があるなんて、考えてみると面白い。

 下草は思ったよりも綺麗に処理されていて、細いけもの道はしっかりとしている。この道を使う人間によって、丁寧に管理されている、ということだ。手放しで喜べる話じゃない。

 シュウはカイの手を握っているが、ちゃんと力を入れていないと今にも走り出してしまいそうだ。運動エネルギーの塊め。ここで離すわけにはいかないぞ。

 足元がしっかりしているとは言っても、周囲の見通しはとにかく悪い。トンネルの中を歩いている感覚が一番近いだろか。灌木の茂みの中にシュウが突っ込んで行ってしまったら、あっという間に見失ってしまう。自由に動けないのは可哀想だが、カイの為にも堪えてもらうしかない。

 しかし、以前来た時は流石にここまででは無かった気がする。

 ハル兄さんに連れられて雑木林に入ったのは、確か三年くらい前だ。三年でこんなに景色が変わるものなのか。自然の力というのは恐ろしい。

 時間や距離の感覚がマヒしてきている。だいぶ歩いたな、と思って振り返ると、まだすぐそこに入り口が見えた。少し進むだけで神経を使っているのか。シュウもいるし、迂闊なことは出来ない。何かおかしなことがあったらすぐに戻れるようにしておかないと。

 遠くで金属バットがボールにミートする音が聞こえた。続けて歓声。そう言えば河川敷のグラウンドでは草野球の試合をやっていた。ちゃんと人のいる世界と繋がっている感じがする。お化け屋敷に入った時、外の音楽が聞こえてほっとする感覚に似ている。いや、同じことか。探検、というより肝試しだな。

「シュウ、怖くないか?」

 まあ、聞くまでもないか。

「うん、怖くない」

 シュウの声は明るい。楽しんでくれているなら何よりだ。

 とはいえ、やはりあまり深入りはしない方が良い。思ったよりも険しいし、外から目が届かない。進んでいくと、道が二つに分かれていた。どちらもその先は薄闇に包まれていて、似たり寄ったりな感じがする。

「左に行こう。分かれ道はずっと左。帰りはずっと右に曲がれば良い」

 単純だが、迷わないだけならこの程度で良い。シュウが目をキラキラさせている。シュウもこの位のことは覚えていた方が良い。ハル兄さんみたいになりたくなければ。

 真っ直ぐ進んでいるつもりだったが、道は緩やかに蛇行している。やはり、変に動き回るとすぐに迷う。道なりに歩くだけで、次の分かれ道があるようならもう戻ることにしよう。慎重であるに越したことはない。

「カイ兄ちゃん、あれ」

 シュウが立ち止まってカイを引っ張った。なんだろう。道から外れた、雑木林の中を指差している。薄闇の中を、じっと目を凝らしてみた。

 人型?いや、人ではないな。全く動かないし、姿勢が不自然だ。

 ぼろ布と、細い枝を束にしたもの。どうやら案山子(かかし)みたいだ。カイと同じくらいの背丈がある、人型の案山子。

 少し距離があるし暗いので分かり難いが、だらりと両手を前に垂らした姿勢で、顔の部分は汚れた布で覆われている。結構迫力があって怖い。シュウの様子を見ると、やはり少し怯えているみたいだ。

 潮時かもしれない。そんなに色々なものを発見する必要はない。一つでも変わったものが見れたのなら、それで十分だろう。欲張って怖い目に遭ったりしたら、それこそハル兄さんの二の舞だ。

「シュウ、そろそろ戻ろうか」

 反抗されるかと思ったが、意外にもシュウは素直に頷いた。あの案山子、そんなに怖かったか。臆病であることは長生きの秘訣でもある。それでいい。

 二人は回れ右して引き返し始めた。静かだ。二人の足音だけがする。そう言えば虫の声がしないな。気温が低いのかもしれない。

 分かれ道が見えてきた。ここを右に。

 ・・・いや、おかしい。カイは違和感を覚えた。道の分岐の見え方が変だ。こっちから見て綺麗なY字に見えるはずがない。

 何処かで分かれ道の存在を見落としていた?いや、分岐路自体は大きいし目立つ。ここを通っておいて見てないとか、ぼんやりしているにも程がある。

 ざわざわ、と木々が風に揺らめいた。その音が、背後から囃し立てる声に聞こえてくる。さあ、どうする?どっちに行く?

「カイ兄ちゃん」

 シュウが、強く手を握ってくる。そうだ、今はシュウが一緒にいる。何よりも、まずはシュウを安全にここから出してやらないといけない。今、シュウはカイだけが頼りなんだ。

「大丈夫だ」

 方向感覚を信じるしかない。とりあえず分かれ道は右、だ。見え方がおかしいのは、たまたまの可能性もある。角度を変えれば見えの印象が異なるなんて、よくあることだ。まずは正しいと思われる道を行く。迷うほどの距離は歩いていない。

 いくら深いとはいっても、せいぜい河川敷の範囲の雑木林だ。その気になれば真っ直ぐ突っ切って行けば良い。

 早足になりそうなのを抑える。シュウがいるんだ。シュウに合わせろ。シュウを不安がらせるな。考えろ。ハル兄さんじゃないんだ。力技じゃなくても、出来ることはあるはずだ。

 目の前に、分かれ道が見えてきた。そんな馬鹿な。

 来る時には、一度しか分かれ道を通っていない。では、今目の前にあるこれはなんなんだ。また風が吹いて、枝がざわめく。からかっているのか、挑発しているのか。悪意めいたものを感じて、カイはぞくっとした。

「カイ兄ちゃん・・・」

 足を止めたカイに、シュウがしがみ付いてくる。シュウ、怖いんだね。ごめんよ、こんなことで怖がらせてしまうなんて、カイはお兄ちゃん失格だ。

 でも、シュウだけは無事に帰してやらないといけない。失格かもしれないけど、カイはシュウのお兄ちゃんでありたい。今、シュウを守れるのはカイだけだ。絶対に、何とかしてみせる。

 考えろ、他に何か無いのか。

 空を見上げる。木々がその手で青空を覆い隠している。本当に、雑木林が意思を持って二人を閉じ込めようとしているのか。梢が風で揺れる音が、ひそひそとよからぬ相談をしているみたいに聞こえる。

 音。カイはそこで気が付いた。音がしない。

 雑木林を抜けたすぐ近くにあるグラウンドで、草野球の試合をしているはず。ついさっきも気持ちいい打撃音と声援が聞こえた。

 それが、今は全く聞こえない。完全な無音。森が騒ぐ以外には、何も聞こえてこない。

 おかしい。

 カイはシュウの背中に手を回した。そうしていないと、見えない何かがシュウを攫ってしまう。そんな非現実的なことはあり得ないと思いつつも、そう考えずにはいられない。

 くそ、シュウには手を出させないぞ。何が起きてるんだとしても、何があるんだとしても。シュウだけは、弟だけは。

 混乱した頭で何を考えても無駄だ。とにかくまずは落ち着こう。カイは深く息を吸って、吐いた。色々と状況がおかしいのは確かだ。だが、別に歩けなくなった訳ではない。出来ることはまだいくらでもある。

「シュウ、突っ切って行こう」

 道に従うのはダメだ。少し危険かもしれないが、雑木林の中を真っ直ぐ進んでみよう。シュウが歩きづらいなら、カイが背負っても良い。同い年のヒナ姉さんを背負ったハル兄さんに比べれば、全然大した話じゃない。

 シュウは黙ってカイに従った。カイだけがシュウの頼りだ。その期待は裏切れない。灌木をかき分けて、直進する。ばきばきと音がして、手足に細い枝が当たる。こんなの、全然平気だ。怖くなんか、ない。

 だいぶ進んだ気がしたが、雑木林の切れ目は全く見えてこない。余程方向を間違えていない限り、何処かで一度は見通しの効く場所に出るはずだ。やはりおかしい。一体、どうして。

 その時、目の前にぬう、と何かが姿を現した。

「うわっ」

 カイは思わず声を漏らした。シュウがカイの足に強く抱き付く。

 案山子だ。さっき見た、薄汚れた布で顔を覆った案山子が、二人の前に立ちはだかっている。

 動く訳ではない。人形なんだから、それは当然だ。動いているのはカイとシュウ。あれだけ歩き回って、辿り着いたのはこの怖い案山子の前。カイはゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 ガサッ、と一際激しく茂みが揺れる音がした。カイとシュウはびっくりして身を寄せ合った。風とかじゃない。明らかに、何かが動いている。案山子の後ろ、大きな灌木の向こうに、何かの気配がある。

 シュウを庇うようにして抱き寄せる。こんなのはおかしい。間違ってる。理屈が通らない。

 ハル兄さんなら。

 いや、ハル兄さんは今はいない。今は、カイだけだ。カイがシュウを守るんだ。諦めちゃいけない。怖がっちゃいけない。カイは、シュウのお兄ちゃんだ。カイは、お兄ちゃんなんだ。カイ兄ちゃんなんだ。

 人間?動物?

 この場合はどちらの方がマシなのだろう。カイはシュウを自分の後ろに隠した。シュウ、何かあったら、お前だけでも逃げるんだ。カイは覚悟を決めた。シュウのためなら、囮にでも何にでもなる。

 さあ、こい!

「・・・ああ、良かった。二人とも一緒だったんだ」

 カイの身体中から、文字通り力が抜け落ちた。

 なんだろう、あんなに張っていた緊張の糸が、何もかもぷっつりと切れてしまった。

 地獄に仏。いや、女神だ。比喩表現じゃなくて、真剣にそう思った。ハル兄さんも大概だ。でも、コッチはもっと大概というか、意外性がありすぎてもう全く思考がまとまらない。

 オレンジと黒のパーカーにジャージ姿のヒナ姉さんが、笑顔でひらひらと手を振っていた。


 お昼を過ぎてもシュウが帰ってこない。お母さんがヒナに訴えてきた。はぁ、何やってんのよシュウ。

 何処をほっつき歩いてるんだか知らないけど、お昼に帰らないとお母さんが心配することはシュウも良く解っているはず。となると、カイ辺りと一緒にいたりするんじゃない?ハルにメッセージで聞いてみる。

 残念、カイも出かけてるみたい。やっぱりお昼ごはん食べてないとか。それは心配だね。カイのことだし、そんなに心配することは無いでしょ。シュウと一緒にいてくれてればなぁ。ま、そんなに都合良くはないか。ベッドの上で仰向けになって、ふぅっと息を吐く。気合入れて探しに行かないと、かなー。

「ナシュトー、シュウ何処にいるか知らないー?」

 まずはダメ元で神頼みしてみる。気紛れだから、ヒナの頼みは聞いてくれたりくれなかったり。あんまり簡単な用事で呼び出すと、長時間の説教が始まったりするので注意が必要。意外と根に持つんだよな。

 ベッドの横に、豹の毛皮をまとった、浅黒い肌の筋肉質の男が何処からともなく現れた。銀色の髪、ルビーを思わせる赤い瞳。あれ、ナシュトさん今日は随分と素直ですね。

 まあそれはそれとして、半裸のイケメンが女子高生のベッドの横に立つのは事案ですから。そろそろその辺意識改革をお願いします。

「ヒナ、我を呼ぶ時はもう少し敬意を持って呼べ」

 ああー、はいはい。そりゃすいませんでした。

 ナシュトはヒナの左手にある、銀の鍵に憑いている神様だ。色々といい加減な紆余曲折を経て、ヒナの存在に飲み込まれてしまった。自由を求めて、今日もヒナにこき使われている。可哀想可哀想。

「常に力を貸すつもりはない。そもそもお前は我の力を必要としないと言ったはずだ」

 勝手に心を読むのだけは勘弁して欲しい。プライバシーもへったくれもない。

 ヒナが神様の力なんていらないって言ったのは確かだ。そのせいでこんな大迷惑な状態になっている。その辺の原因については、ナシュトとヒナでイーブンだと思うことにした。だから、それを少しでも早く解消するために力を使う。ということなら別に構わなくない?

「人間とは身勝手なものだ」

 良く知ってます。そして、お互い様です。自由が欲しければ、ヒナの夢を叶える手助けをしなさい。ただし、直接的な関与はせず、あくまでヒナに請われた時のみ、最小限の範囲で。おおう、すごい、ヒナは神様を使役しているみたい。

 まあ、当のナシュトはヒナの言うことなんかほとんど聞いてくれないけどね。気が向いたら助けてくれる、って感じ。身勝手なのはホントにお互い様だよ。

「でも今日は出て来てくれたのね。ありがとう」

 お礼ぐらいは言っておかないと、すぐにへそを曲げられる。あ、こういう考えも読まれちゃうのか。意味ないな。

「お前の弟だが、どうやら面倒に巻き込まれている。居所を教えてやろう」

 何やってんのよシュウ。

 ナシュトが素直だった理由はそれみたい。人間だけで解決出来る物事の場合、ナシュトはまず力を貸してくれない。その辺の線引きは割としっかりしている。その代わり、融通が利かない。基本的に言葉が足りてないので、何を考えているのか判らないこともある。神様とのコミュニケーションは疲れる。絶対理解しあえない。

 シュウは河川敷の雑木林に入ったらしい。あのバカ。入っちゃダメってあれほど言われてたのに。じゃあ、とりあえず動きやすい服装の方が良いか。ジャージと、あとパーカー。はあ、この年であの雑木林に入り込むとか、何やってんだろう自分。少なくとも女子高生のすることじゃないよ。

 ナシュト、解ってると思うけど着替えだから。何か言いたそうな顔のまま、ナシュトは姿を消した。いい加減デリカシーくらい学習してくれ。

 ハルにもメッセージを入れておく。シュウを探しに河川敷の雑木林に行きます。あー、これ心配かけちゃう奴だ。絶対一緒に行くとか言い出される。はぁ、ナシュトが出てきたってことは明らかにソッチ系の面倒が絡んでるんだよなぁ。

 文面を変える。シュウを探しに行きます。うん、これだけでいいや。ごめんね、ハル。銀の鍵絡みの厄介事は、あまりハルには関わって欲しくない。説明もしたくない。これはヒナの、ヒナだけの問題だ。

 返事が来た。『俺もカイを探すついでに心当たりをあたってみる』ありがとう、ハル。大好き。ヒナの素敵な彼氏様。

 靴はスニーカーで。この前買ったサンダルも可愛いんだよな。とはいえ、雑木林にサンダルは無いわ。まあ、今の格好でサンダルが更に無いか。もう、なんだか色々と腹が立ってきた。

 ジョギングしてる感じで、ヒナは河川敷までやって来た。薄暗い雑木林の入り口に立つと、怪しい気配が感じられる。あれー、ここ、こんなんだったっけ?最近何かあったんじゃないかなぁ。明らかに何かがおかしい。シュウ、ここに入ったの?ええー。

 左掌に意識を向ける。銀の鍵はそこにある。目には見えないが、ヒナの手とすっかり同化してそこに存在している。ナシュトに言わせれば、万能な力を持つ魔術用具ということだが、ヒナにとっては単なるお父さんから貰った海外土産だ。これならいつものチョコレートとかそっちの方が断然嬉しかった。ヒナも中学生になったし、可愛いアクセサリだと思って、なんて、お父さんも余計な気遣い無用だよ。

 人がいるのが判る。一人はシュウだ。もう一人いるな。カイだと面倒が減って良い感じ。そういう偶然はあってくれるかな。どちらにしろ行ってみるしかない。

 薄暗いトンネルみたいなけもの道に入った途端、つるん、と何かを通り抜ける感触がした。ああ、そうなの。携帯を取り出して画面を見る。圏外になってる。いくら河川敷が広いとはいえ、この辺でそんなことはあり得ない。確かに面倒だね。

 ヒナはぐるり、と首を巡らせた。その気になればこの程度の囲みなんて、ぶち破って外に出るぐらいは簡単に出来る。銀の鍵はそんなちゃちなものじゃない。しかし、この状態を放っておいて、また変な事故とかが起きたらそっちの方が面倒だ。解決可能そうな事象なら、なんとかしておきたいか。

 それはさて置いて、まずはシュウ。居場所のアタリは付いた。がさがさと茂みをかき分けながら進んでいく。葉っぱがくっつく、蜘蛛の巣がくっつく。ああもう、なんなのこれ。シュウのためじゃなきゃ、こんな所絶対に来ない。心配ばっかり掛けさせて。バカシュウ。

 悪戦苦闘しながら進んでいくと、変な案山子が見えてきた。そういえば人が住んでるんだよね。外からブルーシートいっぱい見えてたし。昔ハルがイタズラしに行ってお母さんに怒られてたっけ。確かその時はカイも一緒だったんじゃなかったかな。同じことやってたら、シュウもいよいよあの二人の兄弟ってところか。嬉しいのやら悲しいのやら。

 とりあえずあの案山子まで、と藪をかき分けて行くと、やれやれ、見つけましたよ我が弟。ああ、やっぱりカイもいてくれたんだね。なんか色々手間が省けていい感じだ。

 兄弟だけあって、カイはハルに似ている。もうちょっと痩せてて線が細い。サッカーやってるから結構逞しいし、勉強も出来るし、いっぱい本も読んでる。ハルがカイに勝ってるところなんて、うーん、ヒナに優しいところ、くらい、かな?ああ、可愛い彼女がいるってところが独り勝ちですね。ははは。はぁ。

「・・・ああ、良かった。二人とも一緒だったんだ」

 カイがその場にへなへなと座り込んだ。結構大変だったんだね、お疲れ様。その後ろで、シュウがぽかんと口を開けてヒナのことを見ている。お騒がせだな、弟よ。ヒナ姉ちゃんに感謝しな。後ついでにナシュトにもな。知らんだろうけど。

「大丈夫?」

 カイの手を取って立たせてあげる。カイは六年生になった。背が高い。ヒナとあまり変わらない。ハルとも変わらないってことだよね。まだ伸びるのかなぁ。いいなぁ、ちょっとうらやましい。

 カイはバツが悪そうな顔をしている。えーと、気にしないで、カイ。これはカイではどうしようもない出来事だよ。カイがシュウと一緒にいてくれて、シュウを守ろうとしてくれてただけで、ヒナは嬉しいよ。

「ありがとう、カイ。シュウの傍に付いていてくれて」

 カイの頭を軽く撫でる。ちょっと背伸びしないと届かないのがややムカ。まあ、黙っておこう。

 はい、問題はキミです。我が弟。

「シュウ、ダメだよここに入っちゃ。カイがいなきゃ大変なことになってたよ?」

 シュウはカイのズボンにしがみ付いた。はあ、この子はもう。うーって、泣きそうな顔でヒナのことを睨んでくる。あのね、ヒナはキミのことを心配して言ってるの。カイにもいっぱい迷惑かけてるの。わかる?

 まあ確かに最近あんまりシュウのことを構ってあげてなかったかもしれない。それは反省。お母さんがシュウの相手をしてあげられない時は、ヒナが相手をしなきゃだよね。その辺をカイに任せちゃってたのも反省点だ。男の子同士の方が良いかなぁ、って思ってた。実際仲良いし。

 そんな訳で、ヒナの方にも責任はある。頭ごなしには叱れない。

 ヒナは、ぽす、っとシュウの帽子の上に手のひらを乗せた。

「カイ兄ちゃんを困らせない。いいね?」

 これが一番効くでしょ。

 小っちゃい声で、シュウは「ごめんなさい」って言った。まあいいよ、それで。甘いかな。でもガミガミ言ったってどうせ聞きゃしないんだから。そういうところはヒナそっくりだ。血脈を感じるよ。

 はい、ここでそんな話してても仕方が無い。まだやることは残ってるんだから。ちゃっちゃと済ませちゃいましょう。

「あの、ヒナ姉さん」

 カイが恐る恐るという感じで話しかけてきた。カイは頭良いもんね。何か勘付いてはいるんでしょ。

「大丈夫、色々おかしいのは解ってるから」

 そう言って携帯の画面を見せる。うん、すぐに気が付いてくれるから楽だ。カイは話が早い。ハルだったらそのままゲーム始めたり、メッセージの履歴とか見だしかねない。いや、流石にそこまで失礼じゃないか。ごめん、ハル、少し言い過ぎた。

「二人とも、ちょっとだけ付き合ってくれるかな。すぐに終わらせるから」

 二人を先に帰そうかとも思ったけど、手が届く範囲にいてくれた方が都合が良い。さっさと片付けて、ヒナもお昼ご飯が食べたい。シュウを連れて帰るまでお昼抜きになっている。

 あーあ、あんまり面倒じゃないと良いなぁ。

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