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弟のジジョウ  作者: NES
2/6

弟のジジョウ (2)

 今日は楽しい日曜日。いい天気。良く晴れてる。太陽が眩しい。暖かい、というより暑い。

 もうすぐ夏だ。夏は楽しいことがいっぱいある。早く夏にならないかな。カレンダーが六月のままなのがもどかしい。

 梅雨はあんまり好きじゃない。雨が降ると外で遊べない。家の中にいても楽しいことなんてほとんどない。やっぱり外の方がいい。家の外には、面白いこと、楽しいことが沢山。晴れてるなら外に行かないと。

 しばらく雨が続いていたこともあって、晴れてるというだけでシュウは心が躍った。うん、今日は良いぞ。何処に行こうか。第二公園のブランコか、かえる公園の滑り台か。小学校の校庭を見てもいいかな。あんまり大きい子がいないといいな。

 シュウは小学二年生。まだ学校の中では下っ端だ。三年生や四年生には逆らえない。高学年なんて、もう大人と大して変わらない。学校では、校庭の端っこの遊具があるエリアで、一年生と一緒にちまちま遊ぶことしか出来ない。たまに気まぐれに上級生が来ると、みんなびっくりして遠ざかる。この前は四年生がずっとブランコを占領して話し込んでいた。それ、そこじゃないと出来ないことじゃないよね?どっかに行ってほしい。

 シュウは家の中がつまらない。家にはお母さんとヒナがいる。お父さんはシュッチョウ中だ。いることの方が珍しい。お母さんはシュウと遊んでくれる。ただ、いつでもって訳にはいかない。日曜日は大体お昼過ぎまでは忙しいみたいで、シュウがあまりしつこく遊んでくれとせがむと怒られる。つまんないって気持ちが、さらにつまんない結果を呼ぶ。そうなるともう心底つまんない。

 ヒナは高校生のお姉ちゃん。高校一年生。シュウはヒナのことを「ヒナ」って呼ぶ。お母さんがそう呼んでるから、シュウもそう呼ぶ。そうしたら、ヒナは「ヒナお姉ちゃん、でしょ」って言ってくる。いいじゃん別に。一回カイ兄ちゃんの真似して「ヒナ姉さん」って呼んでみたら、お腹抱えて笑われた。もう絶対「ヒナ」って呼ぶ。呼び続ける。

 ヒナは高校生だし、女だから、シュウとはそもそも遊びの趣味が合わない。性格の不一致ってヤツだ。昔は一緒にブランコしたり、雲梯(うんてい)したりしてた。しかし、流石にもう高校生。高校に入ったら校則で禁止されなくなったって言って、ヒナは縛っていた髪をほどいてふわふわな感じになった。もうすっかり女だ。なんだか誘いづらい。

 そもそも最近は、ヒナはほとんど部屋の外に出てこない。何やってるのかは大体想像がつく。ずばり、携帯の画面を見てにやにやしている。面白い動画とかならシュウも一緒に観たかったが、そういうのじゃない。ハル兄ちゃんとメッセージのやり取りをして、ポチポチしながらにやけている。正直、気持ち悪い。

 お母さんから聞いた話だと、高校に入ってからヒナはハル兄ちゃんとお付き合いを始めたらしい。ふーん、そうなんだ。じゃあ、今までは何だったんだろう。何かにつけてハル兄ちゃんのことを話したり、生鮮ストアに買い物に行った時に一緒になると並んで歩いてたり、携帯買って真っ先にアドレス登録してメッセージやり取りしたり。ホントに、今までと何が違うんだろう。

 ハル兄ちゃんは、ヒナと同い年の、高校生のお兄ちゃん。高校生に知り合いがいるってだけで、シュウにとってはなんだかステイタス。でも、シュウはハル兄ちゃんのこと、ちょっと苦手。

 高校生だから身体が大きいし、スポーツやってるから強そうって思う。ハル兄ちゃんが友達の男子高校生と一緒にがやがや喋りながら歩いている所を見かけて、「何言ってんだおめー、ばっかじゃねーのか、死ね」とか言ってて、うわぁってなった。普段、シュウやヒナの前ではそんな言葉遣いは絶対にしないのに。

 ハル兄ちゃんはヒナやシュウにはとっても優しい。ヒナと話しているハル兄ちゃんは、全然怖くない。むしろ静かで、まるで別な人になったみたい。

 ハル兄ちゃんはシュウともよく遊んでくれる。シュウと話す時、ハル兄ちゃんは必ずシュウと同じ目の高さになるように、しゃがんでくれる。ゆっくりと、シュウに判るように話してくれる。ハル兄ちゃんの目は、いつも笑ってる。

 ヒナがハル兄ちゃんのことを好きなのは、良くわかってる。もうシュウのことなんかそっちのけな感じ。ハル兄ちゃんも、ヒナに対する態度が全然違うから、好きなんだろうな、ってそう思う。なんというか、すごく大切にしてるのが伝わってくる。明らかに他の人とは対応が違う。シュウに対するものとも、何かが違う。

 シュウは、ハル兄ちゃんのことは嫌いではない。身体が大きいし、大人だから、少し苦手なだけ。あと。

 ヒナとハル兄ちゃんが楽しそうに話している所を見ると、なんだか胸がもやもやする。

 お付き合いするようになって、それもまた変わるのかな。シュウには良くわからない。シュウはもう長い間二人のことを見てきた。二人はいつも仲が良さそう。この前なんか、夜、もう真っ暗なのに雨の中ハル兄ちゃんが急に家までやって来た。ヒナが玄関から飛び出して迎えにいって、その後ハル兄ちゃんはヒナと一緒に居間でお茶を飲んで帰っていった。ヒナは凄く嬉しそうで、ハル兄ちゃんがいる間はずっとそばから離れなかった。

 まあ、結婚するんでしょ。シュウはそう思っている。あれだけ仲が良いなら、結婚するってことなんだろう。少なくとも今、ヒナがハル兄ちゃん以外の相手と結婚するとか、全く想像がつかない。というか、ハル兄ちゃん以外に、ヒナに男の知り合いがいるとは思えない。ヒナがハル兄ちゃん以外の男の名前を口にするのを聞いたことが無い。

 ハル兄ちゃんの方も、見ている限りでは、ヒナのことが好きなんだろう。両想いだ。ハル兄ちゃんも、ヒナと結婚したいとか、そんなことを考えたりするのかな。シュウにはまだ、女の子を好きなったりとか、恋とかはわからない。

 シュウにも可愛いな、って思う女の子ぐらいはいる。ただ、ヒナとハル兄ちゃんを見ていると、可愛いって思うことと、好きって感情は同じでは無いような気がする。ヒナは、可愛いく無いってことは無いかな。まあ、特別可愛いってことも無い。シュウはヒナより可愛い女の子を、テレビで一杯見たことがある。それに、ハル兄ちゃんは、可愛いからヒナのことが好きって訳でも無さそうだ。

 そういうことを考えていると、シュウは段々もやもやとしてくる。ヒナが、「シュウ」ってニッコリ笑って頭を撫でてくれたことを思い出す。なんだこれ。なんでそんなこと思い出すんだ?

 家の中にいるとやっぱりつまらない。こんなことばっかり考えちゃって、ちっとも面白くない。

 とりあえず外に行こう。シュウは決心した。まずは帽子。日射病だなんだって、お母さんがいつもうるさい。黄色いキャップをかぶる。色が破滅的にカッコ悪いのに、目立つからこれにしろって言われる。なんでもいいじゃん、もう。

 それから水筒に水を入れる。水分補給は大事だ。出かけるときはいつも水筒を下げていくように、とこれは幼稚園で教わった。シュウの通っていた幼稚園は、なんというかサバイバルでワイルドな感じだった。そのままボーイスカウトに行った友達も何人かいる。熱中症は怖いってシュウはずっと言われてきた。習慣になってしまったから、もう水筒無しでのお出かけは考えられない。

 お母さんは二階で洗濯物を干している。声をかけてから出かけないと、後で滅茶苦茶怒られる。昔ヒナが家出して、外で怪我して大騒ぎになったんだって。出来の悪い姉のせいで弟が迷惑する。今じゃ部屋でふひふひ言ってるだけなのに。

「遊びに行ってくる!」

 お母さんに向かって元気に宣言して、返事を聞かずに階段を駆け下りる。「シュウうるさいー」ヒナの声がした。ヒナの方こそうるさい。黙ってポチポチしてろ。

 さて、外に出たのは良いとして、まずは何処に行こうか。第二公園かな。カズアキとかいるかな。

 ああ、カズアキは塾なんだっけ。急にテンションが下がってくる。シュウの友達は、最近みんな塾とか習い事とかを始めだした。将来のため、って話。シュウにはそれもよくわからない。ヒップホップを習っているヨウタとかは楽しそう。でも、学習塾とかは本当にわからない。何それ、何か意味あるの?

 決められた時間の中で何かをするというのが、シュウにはそもそも苦手だ。学校の授業だって窮屈なのに、わざわざ時間を決めて塾とか考えただけで気が遠くなる。いや、考えるまでも無くダメだ。耐えられるはずがない。

 お母さんはシュウに何か習い事をさせたいらしい。姉のヒナが何もせず、家でまったりごろごろしているのを見て、シュウにはこうなって欲しくないと。いや、それならまずヒナをなんとかしてくれ。毎日毎日寝っころがって携帯いじってるとか、そのうち絶対太るぞ。言ったら物凄く怒られそうだから、絶対口にはしないけど。

 公園に行っても友達がいないとなると、面白さも半減だ。参った、どうしようかな。外で遊びたいという欲求はまだマックス状態を保っている。じっとしてたら死んじゃいそう。いつだったか、カイ兄ちゃんが「マグロみたいだな」って言ってた。マグロは泳ぐのをやめると死んじゃうらしい。よく疲れないな。止まって死ぬか、疲れて死ぬかのどっちかなんじゃないの?

 カイ兄ちゃんはハル兄ちゃんの弟。六年生でシュウより四つ年上。シュウはカイ兄ちゃんが大好きだ。

 カイ兄ちゃんはハル兄ちゃんと同じくらい背が高いし、サッカーをやってる。結構上手い。ハル兄ちゃんと違って、とっても静かで、何よりも頭が良い。シュウが知らないことをたくさん知っていて、色んなことを教えてくれる。知的な大人って感じで、お兄さんなのにちっとも怖くない。学校で会っても、ニコニコしながら声をかけてくれる。自慢のお兄ちゃん。

 小学校が一緒ということもあって、シュウにはカイ兄ちゃんの方がずっと身近な存在だった。ハル兄ちゃんも嫌いじゃない。でもカイ兄ちゃんは大好き。断然カイ兄ちゃんの方が良い。カッコいい。

 カイ兄ちゃんが本当のお兄ちゃんなら良いのに。シュウは常々そう考えていた。サッカーも教えてくれる、勉強も見てくれる、カードだって、ゲームだって相手してくれる。凄い、カイ兄ちゃんが本当のお兄ちゃんなら、毎日が楽しくて仕方がない。

 シュウは一度、カイ兄ちゃんに訴えたことがある。シュウの本当のお兄ちゃんになってくれない?結構真剣なお願いだった。

 カイ兄ちゃんは笑って答えた。

「そうだな、ヒナ姉さんとハル兄さんが結婚したら、シュウとは兄弟になるね」

 そうなのか。カイ兄ちゃんは色んなことを知っているな、とシュウは感心した。

 じゃあさっさと結婚してくれればいいのに。ヒナとハル兄ちゃんが結婚すれば、カイ兄ちゃんはシュウの本当のお兄ちゃんだ。やった。二人が結婚するのはもう当たり前みたいなものだし、みんな幸せ、ハッピーって感じじゃない?

 もうそれで良いじゃん、決まり決まり。

 シュウはそう思って大はしゃぎしたんだけど。

 その時のカイ兄ちゃんは、なんだか寂しそうだった。ううん、いつもみたいに優しく笑ってはいた。それなのにどうしてだろう、シュウにはカイ兄ちゃんが今にも泣きだしてしまいそうな気がした。

 カイ兄ちゃんは、シュウのお兄ちゃんになりたくないのかな、って最初は思った。シュウはカイ兄ちゃんのこと大好き。本当の兄弟になりたい。カイ兄ちゃんはそうじゃないのかな。本当の兄弟にはなりたくないのかな。シュウのこと、嫌いなのかな。

 そんなこと無いよ、ってカイ兄ちゃんはシュウの頭を撫でてくれた。「そうじゃなくて、俺はハル兄さんに負けたくないんだ」カイ兄ちゃんは静かな声でそう言った。

 ちょっと前、ヒナと、ハル兄ちゃんと、カイ兄ちゃんと、シュウの四人で、ショッピングモールのゲームコーナーに行ったことがある。カイ兄ちゃんの家の車に乗って、みんなで買い物に来たついでだ。バスケットボールをゴールに入れるゲームを、ハル兄ちゃんとカイ兄ちゃんがやった。ハル兄ちゃんはバスケ部だったから、どんどんシュートを決めていく。ヒナが、ハル兄ちゃんを応援している。その時、シュウはカイ兄ちゃんの伏せた顔を見てしまった。

 カイ兄ちゃんは、つらそうだった。苦しそうだった。悔しそうだった。シュウはそんなカイ兄ちゃんを初めて見た。カイ兄ちゃんは、ハル兄ちゃんに負けたくない。色々な意味で、色々なことで。

 どうしてだか解らないが、シュウはカイ兄ちゃんのことが更に好きになった。カイ兄ちゃんを応援したい。カイ兄ちゃん、頑張れ。ハル兄ちゃんに負けるな。シュウはカイ兄ちゃんの味方だ。

 汗がぽたり、と道路に落ちた。ああ、なにやってんだか。こんなところにいつまでも突っ立っていたって仕方が無い。

 とりあえずどうしよう?そうだなぁ、いつもは行かない所に行ってみようか。よし、一人で身軽だからこそ、今日は探検だ。探検隊、出発!

 シュウは勇ましく歩き出した。

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