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しゃくなげの花の咲くころに

作者: nannryou

 

 しゃくなげの花が咲くころ。ちぎってはなげ、ちぎってはなげ、そうして全てが始まった、あの季節。うん。あのころ、こじらせた風邪が治まりかけるころ、やがて季節も暮れ、花が散るころ。駆け出して追いかけたあのころ。うん。


 認識は、いつのことだったのだろう。否定することはたやすいことであり、今でさえ忘れ草の言うままに、全ては夢であって、人生の急なる川渓の山谷に見た怪異に過ぎないと信じる己がいる。なぜだろうか。行い得ぬは、微笑む姿に神を、又、その逆の何者かを介する符牒を透かしたゆえ、なのか。

 私に語る事が許されたあの幻想の、幻影の日々。夜毎に変貌し形付けられていくあの日々のありようを解釈することはたやすい。青春を求めたのだと、欲望の噴出だと、現状への不能感の現われだと。あるいは、あれは何かの予備飛行であったのやもしれぬ。が、生来、悪い方へばかり考えてしまう私は何につけても理屈詰めにせねば落ち着かず、細部にのみ気が回る。

「仕事は出来ないくせに要領ばかりいい。上司の前では都合を回し。裏では放り置きっぱなし。小さなことはすぐ飛びついて。大きなことは何もできない。そういう人が最後に残ったら、」

 かつて、母にそう愚痴を零されたことがある。

 あのころの私は、まさにそういう人間に成り果てており、今でも変わったのだと断言することはできない。あの頃の私は訪陸した魚のように浮き袋を膨らませいまだ水の中にあるのだと信じたままぴちぴちと水滴を跳ね上げているようなものだった。追い込まれ、それなのにその原因を理解できない状態。跳ねれば空気をかいて泳げるのだと信じている魚のように。

 

「君は人の目を見て話さないね、」

 当時、何度そう言われたか。人の目を見つめて話す。物語の人物ならそれで全てをわかってしまうこともあるのだろうが。そう思いながら私はイライラと眼鏡の中の瞳を鋭くする渡島に向かってあいまいな返事を返すのだった。

 時秋にして実るものは。

 先まで行く勇気が私にあるだろうか。人は長いものに巻かれてしまうものだ。先は長い、長い。私は整理できるのだろうか。はてさて、そんなことを考えながら人の目を見ているものが目を見て話せると自信を持って言えるだろうか。そう。こういう具合に渡島の私への忠告は耳から入って耳から出て行くのだ。抜けるような言葉を発する力を渡島は持っているのだ、私はうらやましく思う。この世の中では、耳から入って耳から出るときには全く異なるものに変わっていることが多い昨今であるというのに、そのような話法を保持している渡島のことが。

 日ごとの業務に戻る。ミスが多いのはいつものことだ。そうしないように気をつけるほどにミスが増えてしまうような人間がごく稀にいる。私は人生の勝利者にはほど遠いし、そうでない以上、ミスは少なければ少ないほどいいはずだ。そうすることがなぜ困難であるのだろう。自分でも理解できない。ただ、ぼんやりとまるでそれが悪いことではないのであるように振舞うことしか私にはできない。それゆえに業務に戻る。ぼんやりと手をつけ、それからいつものように時間だけが過ぎる。昔、よく眺めた書籍によると日本のホワイトカラーの効率性はあまりよくないらしい。やんぬるかな。私もその効率を落としている一人かと思うと肩身も狭い。

 時々そんな自分を変えようとセミナーやら自己啓発本やらの資料を眺めることもある。が、いつもそこで止まる。どうにも変わった自分の姿を想像できないのだ。彼らはこうするとこうなってこうなるはずだから、そうしてそうやってそうなると旨いものにありつける、とそう教えてくれるし、そうすればたぶん実際に旨いものにありつけるのだろう。どうしてその真似ができないのか夜中に眠れないときなどに時々考え込むこともある。旨いものを実際に味わったことがないからかな、という想像がいつも私の手に残るささやかな答えの候補なのだ。だって変わってどうなるのだ。という言い訳の補強にいても手を染めることになる。

 だが、しかし、そうは言っても男は常に時に対して戦わねばならぬ。私の大好きな子供向けのあるお話では時のリソース性を持ち出す奴らは負けてしまい、すっきりとするのだが、実際のところ、一般に知られているであろうことが本当なら、人間は死ぬらしいし、そうであるなら時間に抗わなければならず、あるいは時間に馴染まねばならず、私も何らかの役割に従い人間らしく生きねばならぬのだろう。

 その日の私はそうやって過ぎてゆく時計の針にわが身を沿わせた。必要な目標量に到達するまでの速度を微調整し、緩やかなブレーキと、慎重なアクセルを繰り返した。それはつまり既にして完成しているものに対して奉仕する感覚であり、しつけられた犬が飼い主に吼えないことと同じようなものだ。仕事は単調、時に例外処理があったとしてもそれは一瞬の非日常。飼い主の前で芸を披露する犬のようなもの。

 時が過ぎると私は退く。「どうも」「お疲れさま」自己啓発本に記されていた通り気持ちを込めていつもそういうし、答えが返ってくると嬉しくはなる。そうしていつもどおりに車に揺られて帰るのだ。車が家にたどり着くまで50分以上かかる。地方都市の県庁所在地に出勤し、そして周辺の郊外地にある家に帰る。その間にいつも様々なことを考える。いつかは何か変わったことが起きるのだろうか。それともこのまま静かに過ぎてゆくのだろうかと。また、いろいろな物語の結末を時々思い浮かべる。そういえばこの前久しぶりに見た本の結末はこうだったけどこうこうこうならこうなって。そんな具合。ウインカーをつけて何度か交差点を曲がるときだけふと意識が戻る。未来の車ならそんなこともなく車間距離も測ってくれるかもしれないけどそうなると暇だろうな。そういうときでさえそんな取りとめもないことを考えるのだ。

 30を過ぎて独身。家は親元。女性ならまだいいだろう。男としてはどうしようもない部類に入るような気がして家が近づいてくるといつも気がめいる。気分が弾むのは新しいメディアとともにあるときぐらい。本、ゲーム、映画。逃避癖、なのだろう。男の癖に現実の壁にぶち当たると豆腐のようなもろさが出る。時々部屋に置かれたPCの黒く四角い顔に電流を通し、その輝く顔にOSの文字を躍らせ、インターネットを見る。仕組みは分からないがそれを使いこなすことができるのは不思議なことである。覗くと自分と同じような人間がいるのを発見してふと安心する。現実は結局のところ変わらないのになぜだろうか。どちらにしても私は少数派であろう。そう思い知らされながら一日が過ぎる。今日もまた話すのは家族と職場の同僚との挨拶だけだ。夜の時間が訪れるとそれが普通ではないような気がして気がめいる。

 夜の時間。最も強い欲望が支配する時間だ。眠らないことはできないのだから。その暗闇の中だけは安心できる。一面の真っ暗な世界。安住するような感覚。時々に夢を見る。何かしらよくない夢を見ることが多い。

 さて語れるのだろうか。夜の時間が明けぬうちに。夜のことを。

 夜の時間、時折恐怖が襲う。このまま何度も同じことを成してしまうのではないかと。私は夜の時間に欲望を感じる。夢を見る。

 そんな夜中には私は車で出かける。深夜のほとんどのものが車でさえもが寝静まってしまっている時間帯。道路を飛ばす。三十、四十五、六十。加速させてゆく。初速から伸びる勢いに背をシートに押し付けられる。その日も六十まで加速したところでアクセルから足を離す。まだ大丈夫。そう思う。それから測道によせて夜の冷たい空気を吸う。それから静かに吹き上がるエンジンの音を響かせて帰路につく。

 夜の時間のことを語る。そのときではないのだ。そう思いながら布団に潜り込む。冷たい布団に独りある自分。足が底冷えしてくるのを感じる。静かな吐息を繰り返すうちにくるべきものが来て夜の時間は終わっている。

 走ることをやめることはできるだろうか。朝に起きて朝食に味噌汁、卵、ご飯。掴み取る箸にかかるとろっとした黄身。白米の艶きを噛み砕く。時折、食欲が失せてしまうことがある。食べることが可能であるし、食べたいのに、無理して食べない。茶碗に残る白い粒に味噌汁をぶちまけて混ぜるとかきこむ。そうしてやめることはできない車を走らせる。込み合う車線を一時間。郊外の家の近くでは流れるように進む車にハンドルを触る機械も少なに。市街地に近づけば当然のように込み合う。当たり前だ。そこにあるものを求めて人が集まるのだから。自分もその一員か。そう思うと朝方にあるまじき妙な疲れとともにどこか安心するのだ。

 朝早くから出社する渡島には感心する。私より遅く出社することなど皆無といっていい。最近では法事のときに半日の休みを取ったとき以来のような気がする。一日の始まりは挨拶にある。挨拶が相手の印象を変えるのだと何かで読んだ。確かにそうかもしれない。だ から人一倍大きな声で挨拶する。そうすれば渡島でさえそれなりの挨拶を返してくる。そういうものだった。

 流れるように作業を進めていく。足元に残る朝の香りに胸を引かれながら、徐々に熱気を増してゆく一日に辟易とした感情を抱きながら作業を進めていく。朝の一時間は時計の針が進むのが遅いように感じる。業務について踏み込んで述べることはしない。そうすれば、語ろうとする記録と私の日常をある程度切り離してしまうことができるような気がしているからだ。

「名元君。ちょっと」

「何か」

 手招き、招き、塩招き。横歩きで通路を抜ける女性社員とすれ違うと渡島が手招きする側に向かって心の準備とともに近づいてゆく。渡島が名前に君をつけて呼び出すときはろくなことにならないことは分かっていた。見せられたのは書類とソフトウェアが入れられている箱の中の画像だ。いつもどおりの叱責。ある種のプライドが一瞬だけ刺激されて沸点に達しかけてすぐさま冷える。瞳がとろんと垂れてくるのをそのままに渡島が続ける言葉を耳の器官でぐるぐる回しながら聞いて頭の中で一呼吸置いて理解してゆく。結局、渡島が言うことの方がいつも正しいのだ。いつも通り、何かを噛み砕きながら言葉にいちいちいちいち頷いてゆくのも常のこと。一呼吸入れないと素直に受け入れることができない自分にイライラするのもいつも通り。どうして渡島の言うことを素直に聞くことができないのかいつも考え込んでしまう。なりたい自分になれなかったのが原因か、とそう達観しているようで逃避する結論にたどり着くのもいつものことだ。

「では、頼むよ」

「はい」

 頼まれたものと自分の手元にあるものとを見比べる。私の能力でどこまでできるというのだろう。書類の中と箱の中のものを見比べて今日もため息をつく。キリリと椅子を鳴らして散らかされた机の上をはたき、受け取った紙切れと眼前にそびえる箱を見比べる。ため息がでそうになるのだ。全く、どうしようもなく疲れてしまう。はらはらと流れる時計の表示を見つめると、口惜しい気持ちになる。今日も、なのか。ときどき理論的に考えながらタイプすることがある。カタカタと響く音を聞くと意識が砂の上を歩くように平坦に変わってゆく。額の上に踊ることも無い文字が自然と箱の中に躍り、過ぎ、画面を埋め、消えてゆく。時折、過ちて、己にかえる。数分の時間に足を取られることがある。これだから渡島にいつもああ言われてしまうのだろう。朝ののろのろと過ぎてゆく時間。ある集中的な行動とだらけた感覚がともにして過ぎてゆく。だらけた感覚というと変だが、他に思い当たる文字が浮かんでこないのだ。アンニュイ。干からびた気分。ミリ単位で進んでいく日差しの朝。どうとでも言っても構わないような気がするのに、どこか違う。どうせ、こういうことを考えているから仕事もはかどらないのだ。

 昼。会社の屋の外へ出て食堂の前を巡る。そのまま並ぶ商材を見つめ、匂いをかいで、さまざまに並ぶレストラン群を通り抜けて過ごす。いつものようにそのまま、のれんをくぐることなく魅力的なメニューを眺め、それから過ぎ去るとコンビニエンスの自動ドアを開閉し、おにぎりと野菜ジュースで済ましてしまう。さらさらと揺れるレジ袋を手首にからみつかせながら社屋に戻ると、机にかじりついておにぎりをかじる。梅の果肉がひとかじりとともに口内に広がって酸味につばがあふれるのを感じながら、冷たい米としゃきしゃきの海苔をほおばってゆく。すっかり消えてしまう手元を見ながら野菜ジュースを飲み干すと、きっかり、二分三十秒。椅子の上で姿勢を崩して十分間。それでおしまい。

 午後になると流れるのは早い。椅子の上に乗るまに過ぎてゆく。効率が上がるようにすらすらと書類と箱とを見比べてすらすらと並べてゆく。

「それでは」

「ああ、お疲れ」

 渡島が定時で帰るのは仕事が詰まっていないときだ。必ず早めに帰って見せる。詰まっているときになると必ず最後に帰る。渡島が手元の時計を確認し、それから手鞄を引き下げてドアを開く。私は残りを仕上げるため、もう一時間残って帰る。少しだけ凝ってしまった肩を振り鳴らすと同じように挨拶を述べて、そのまま社屋を出る。

 車に手をかける。市街の渋滞に身を任せながら、紫がかった看板たちの魅せるものを横目にとらえながらある衝動を抑える。時折考えるのだ。この渋滞列を突き破って走ることができたなら、と。いつもの夢想とともにAT車のブレーキを調節して滑るように車間距離を詰めて渋滞の中を刻んでゆく。制動がエンジンブレーキの状態を常に超え前進の圧力をかけ続ける車体に体を任せる。普段は意識もしないそんな些細なことが暮れた紫の時間帯には妙な安堵とともにある象徴のように思えてしまう。時折MT車に乗っていたときのことを思い出す。渋滞に切り替え、変速、両足同時操作、そういったあわただしい動作を繰り返しながらイライラとして遅々として進まない灯が照り返す路面を見つめ続けるのだ。AT車ならそんな思いをせずに済む。スルスルと車体を滑らせて足の踏み込みを調節するだけでいい。浮かんでは消える暮れなずむ街並み。浮かんでは消える看板の波を眺めながらならため息をつく暇も無いなどということはありえない。そうだ。MT車に乗っていたころはそんな暇も無かったのだ。考える暇も無かった。渋滞といえるようなものでは無くなるのは境目を越えるからだ。込み合っていた車列に大型トラックが交じり合うのを見たときにふと気づく。もう帰りの道筋に乗ったのだなと。流れに沿った運転を心がけましょう。なぜだか教習所で聞いたそんな言葉が脳内に浮かぶころのことだ。車の群れは車の流れに変わり、次の赤信号までの距離に奇妙な見通しを提供する幹線道を前方車両の速度に合わせながら六十キロの最適速度で走っていることにようやく気がつく。くるくると変わる景色を横目に時折、立ち寄るレンタルショップが視界に入るともう帰路は直ぐだ。レンタルショップの女性店員に向かい差し出した一本の媒体を借りる。ショッピングセンターに寄り添って売れ残りの割引の品を手に取り家路につく。丸いハンドルを回し、幹線道を過ぎ去る。二度、三度の右左折の後、ガソリンエンジンのサイクルを止める。

 夜の時間がやってくる。もそもそと食事を終えると、夜の時間がやってくる。ありありと浮かび続ける映像に囚われる。箱の中に浮かび上がる映像を私は、茫漠としながら眺めている。いつものことだった。夢中になりながらどこか一点だけ抜かしてしまっている。箱の側に放っている携帯電話を眺める。友達との連絡が疎遠になるのはどうしてなのだろう。もう友達でなくなるのはいつからなのか。映像の中では熱い友情のシーンが流れているところだった。ああ、そうだ。私は夜の時間のことを話すべきなのだろうか。箱の中で活躍を始めるあるヒーローの姿を見ながら私は思うのだ。あの夢で出会うもののことを。何ということだ。何という。私はこのことを語るに置いて仕事について触れないようにしている。なぜならこんなことを語れば正気を疑われるだろうと心配しているのだ。どうだろうか。物語であるという枠をはめているにも関わらず、このような感覚を抱いてしまう私では到底最後まで到達できないのかもしれない。だが、止そう。媒体の再生を止めると立ち上がる。車を動かす。いつものように深夜前。十一時半。

「何。また運転」

「ああ、ちょっと」

 その会話は定例のものとなっている。車の中に乗り込むとシートベルトをカチッと音を立てて閉める。正気を疑うほどにアクセルを踏み込んで速度計を六十まで飛び上がらせてアクセルを離す。速度を緩めてまたアクセルを踏み込む。時折、バックミラーを確認する。車が来ないことを確認するとそのまま同じことを繰り返して加速感を味わう私。闇夜を照らすライトは広い幹線道にたった一つ。いつもならその繰り返しで気持ちは落ち着き、胸のもやもやは消え去ってしまうはずだった。だが、なぜなのだろう。私のとろんと垂れ下がった目が急速に落ち込む速度計を捕らえるとき私の中には疲れがあったのだった。どうにもならないため息が。黄色い点滅灯とともに車を側道に駐車すると白い息とともにドアを開いた。ガードレール沿いに置かれた小さな立て札を暗闇の中、近づいて目を細める。大したことは書いてない。よくある立て札だ。笑い上げてしまうと、すっと今日の疲れが抜けてゆく。実際どう取られようと構わないではないか。

 夜の時間について。少し語ろうと思う。

 彼女を見たのは、梅雨どきに晴れ渡ったある休日の午後のことだ。シャッターに覆われつつある、古びすぎてはいないが新しくも無い、ある寂れた商店街を走る自転車を私は見たのだった。彼女の姿。あの子の姿。似ていた。それだけだとも思った。だが、同時に振り返って確かめることもした。私は、確かめて声を上げようと振り返ったのだ。だが、その背は遠くにありて声が届く距離を超え、確証が届く距離を超えていた。あのときのことを思うと理屈の外にあるものとして一種の想像世界にはまり込む。私はあの時、あの子のことを見てそして声をかけられないことを何度も繰り返しているのではないかと。私は語ることを恐れていた。語ることによって自分があの想像を作り出したのだと知らされることを恐れたのだ。同時にこうも恐れていたのだ。では、そうでないならあの光景は、確かにすれ違い、通り抜けていった彼女の姿は、何だったのだろうかとそう思うのだ。私が夢を見るようになったのはそのころからだ。明確な夢を見るようになったのは。夜の時間だ。私は理屈詰めで何度も考えた。きっと彼女によく似た人物の姿をあの時、あの寂れた商店街において見たことによって私の強欲が、欲望が、回顧するうちに高まる執着が噴出しているのだとそう思った。

 人は手に入れられなかったものに対して、あるとき突然に、渇望を抱くものだ。時が過ぎ去ってしまえば忘れ去ってしまうことなのに。あの時、こうしていれば手に入れられたのではないか、こうしなければきっと変わっていたはずだと、時に回想して密かに楽しむ。そのこと自体はどうということもないことだ。満足と不満足の狭間にある深い谷に埋められているある感情であり、愚かさと、そして最も純な感情の表出に過ぎない。私は、そのことについて深く考えたこともある。なぜなら私はそういう立場に置かれることが多いのだし、実際、満足と不満足の間に多くの感情を埋めてきた。そこが決して埋まることが無い深い谷であると錯覚して。一体、誰もがそう思っているのだろうか。それとも私だけだろうか。どちらでも構わないことだ。実際のところ私は、唐突に彼女のことを思い出し、そして夢見るようになっただけだ。手に入れられなかったものに対して撞着しているだけなのだとそう思っていた。

 三夜続けて夢を見た後に、同じように思い続けるのは、多少の困難が伴うことだった。しっかりしろ。現実の彼女は私と同じように齢を重ねているはずだ。そうであるなら結婚も、そして私の同年齢のものたちがおおむね迎えているだろう出産さえもすでに済ませているはずだ。そう考える私は床の上で半身を起こして引きつるほほで自分自身を笑っていた。冷静にそう考えることはつまらなくもあった。私は心のどこかでそのような夢にしなだれかかろうとしていたのかもしれない。それでも最初のうち、私は多少の困難に打ち勝った。私は夢を覆う奇妙な現実性を否定しようと、その優しい声音に頷きつつも引き寄せられることを拒もうと、普段以上の規則正しい生活を心がけた。目覚ましの機能を朝6時近くまで引き戻し、好きなドライブもやめて深夜に至る前に就寝した。

 七日目になるとさすがに何か理由を探さずにはいられなかった。同じ登場人物が繰り返し登場する夢をなぜ見るのだろう。回顧の中に見る彼女はとても美しかった。まるであのころから変わっていないような、それでいて年齢を経た姿を持っている。実に陳腐だとは思うがあの姿に見て取れた少女のような妖艶さ。私は魅せられるように吸い寄せられてゆく。朝方、目が覚めるころには何をしていたのかもわからない。それなのになぜなのだろう引き付けられてゆくのは。朝起きるのが億劫だった。彼女の姿が私をとらえて離さない。あのころは、あの梅雨の日の湿った季節は、憂鬱な気分で職場に向かっていたことを告白しなければならないだろう。私は、茫洋とした朝と昼と夕とを過ごし。嬉々として家路に着くようになっていたことを思い出すとなぜなのだろうと思う。

 あのころ、夢の中の彼女の側には紫陽花と石楠花とが咲き誇っていた。私は見慣れな花へ微々たる注意も払わずに彼女のことばかりを眺めていたのにも関わらず、今になって彼女の後背に、風景として咲き誇っていた花たちのことを鮮やかに思い出せると言うのも奇妙な気がするがそうなのだ。私は夢の中の彼女のことを今でも思い出すことができるだろうか。ぼやけているが思い出すことができるだろう。彼女の流れるような髪質の黒髪の輝き。何と言っただろう、キュー、キュー、キュー、忘れた。とにかくキュートなのだ。キュートな髪の毛。キュートな髪型。陽光を照り返す水面のように輝く黒。二重まぶたに治められた黒目勝ちの瞳。笑うと唇が弓なりに広がって綺麗な真っ白の歯並びが露になってゆく。彼女は明確に齢を経ているようであるのに、それなのに、私が感じた限りではその感覚はどこかで抜け落ちたように表に見えることは無かった。ひるがえって。ああ、なぜだろう。私は見えることのない自分を見る。夢の中でさえ惨めな姿であるような気がして不安になって何度も両目をぐりぐりと動かして確かめようとする。そうする内に夢の中の自分は標準以上の姿を取っているのだと納得し、それから彼女の側によるのだ。彼女が夢に現れてから十二日間、私はどこからか彼女のところに逃げ込んで、そして楽しく会話を交わし、そして私の会話のある部分で彼女が私を置いて行ってしまうということを繰り返したように思う。十二日間の全てがそうであったのか、あるいはその内の幾日かがそうであったのかは不明瞭だ。彼女のことを夢の中でもって肉を持って眺めるようになったのはそれ以降のことだ。

 雨の日にはずきずきと虫歯が痛む。あのころ私は歯医者へと通っていた。あの甲高い音を耳にするだけで痛みが襲ってくるのは私だけではないだろう。口内につばがあふれて歯間が引き締まる感覚を受けるのだ。あのころ私の歯にはいくつものかぶせ物が施されている。子供のころにサボったツケだ。毎日、毎日、毎日。繰り返されるブラッシングの作業に慣れることができなかった。甘いものを食べたまま寝床に潜り込み、朝一のすがすがしい気分で歯を磨くことをしなかった。押し倒された台座の上に横たわったまま、回転するドリルの鋭い刃と、ミラー光のことを眺めると、自然と瞳を閉じてしまう。チューン、チューン。と響き渡る回転音とともに口内に異物が侵入する感覚。嫌になるほどに繰り返しこの感覚を味わったような気がする。それなのに、また。何度と無く歯医者に足を運び続けねばならないのはなぜだろう。痛みもなく削れて行く象牙質。閉じられた瞳に写る闇の中で音と感覚だけがある。歯医者の窓にしだれる雨音の中、甲高い音だけが響いていく。幼いころに戻ったような感覚があった。

 歯医者へと通っていたある日、私は幼いころに戻って小さくなってしまう小さな夢を見た。子供のころの友達たちに交じって、あれは一体なぜなのだろう、彼女の姿を発見する。そこまでの思いがあったのだろうかと夢の中でさえ衝撃を感じたことを覚えている。二匹のはらはらとダンスを舞う蝶々を追いかける私と彼女。それはイメージとして今でも残っている。元は何なのだろう。何かの本で読んだものなのだろうか。それとも田舎暮らしの身で知らず知らずに目にとらえていた風景なのだろうか。表象的な話ばかりになる。私は夢の中でさえも遠慮してしまい客観的になっていたのだろうか、あるいは夢の中では自由に振舞ったのだろうか。単純に言ってしまえば、やったか、やらないか。獣じみたと表現される言葉に、本能と訳される衝動に、肉の欲求に、従ったのだろうか。夢を見始めてから二十日目のことだ。自慰行為を忘れたのは久しぶりのことだ。欲望のまま、猿と大して変わらないまま、年々衰えていく肉体を感じながら肉棒をこすることをやめることも無くこの歳まで至っていたのに、なぜなのだろう。そのことを忘れ去って意識さえもしなかったのは。二十日目。男が見る女に対する幻想とは究極にしてもここまでのものなのだろうか。私は、彼女の肉体に触れる夢を見た。その夢には彼女の顔は出てこなかった。なぜだろう。意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。白く透き通るような肌のお尻が見えて私は無我夢中でむしゃぶるように吸い付いた。そうして短い快感の後、目が覚めた。夢精というものだ。三十を過ぎて全く恥ずかしいことだった。何より慙愧の念に駆られたのは他の男のものであろう女性に現実でさえなく万能とも思える夢の中で手をかけたことだった。情けなかった。昔、何かの本だったか、漫画だったかで、そのような男の姿を見た。そうはならないだろう、と、そう思っていた。そうはならないだろう。こうはならないだろう。キャラクター性を帯びたものと自分とが重なってしまうのを感じると不気味な振るえが起こり、おぞましい怒りが沸点を超え、かんしゃくが爆発しそうになる。男の欲望は結局、肌を合わせたい、支配したい、溜め込んだものを吐き出してしまいたい、そういうところに尽きてしまうのだろうか。私は、何となくいたたまれない思いで風呂場に向かいしみとなってしまったパンツをこすり合わせた。

 私は美を信じなかった。それは高校生までだった。中学生のころ別段の定めがあるのだとそう信じていた。この世には常識と友達たちが持つ尺度以外の何者かがあると信じていた。今でもそのようなことを信じているとなると笑い話だろう。だが、どこかしら信じてしまう。漢らしくは無いだろう。男だったなら常識と仲間の尺度に従って現実と戦い、家で待つ家族のもとへ帰らなければならないのだろう。他人と違う尺度を求めようとするのは不自然とまではいかないが、少数派だ。私は美を信じなかった。当時も、それ以前も好きになった子のことを美人だとは思っても、それ以上のことは思わなかった。学問と趣味の方が大事なのだと思っていた。翌日の授業と、帰ってからの読書、ゲーム、テレビの方が気にかかった。どうせ誰もが結婚するのだ。そう思っていたし、恋に失敗する主人公のメディアを軽蔑しながら眺めていた。私は美を信じなかった。今でも余り多くは信じてはいない。それなのに、かつて憧れて、夢に現れてはなお憧れる女性を前にして、やろうとすることは全く、ただ性欲を満足させようとすることなのだ。自分の発想の貧困さに嫌気が差したことを覚えている。

 幻想とともにあるというのに、肉感を持って眺めてしまう。私はその日から意識するようになった性欲を意図的に抑えることに躍起になった。自慰行為を行うことを止めた。そこには情けなさが、疲れが、そしてそれが符号となって夢で会う彼女との時間が消えてしまうのではないかと恐れたのだった。

 日常的な仕事は流れるように過ぎてゆく。週に一度の外食を除いてはコンビニエンスのおにぎり一個と野菜ジュース。そのころには、単調な生活の中に生まれるある潤いとして夢で会う彼女のことは私の中で重要な位置を占めるところまできていた。一体、男が見苦しい。女性ならば映えるのかもしれないとふと思うこともある。いや、年齢か。三十過ぎの女性では映えないだろうか。男の感覚ではどちらとも言えないところだ。男も女も冴えない同姓には厳しいところがあるのかもしれない。あるいは逆だろうか。優れた同姓に厳しいのだろうか。

 彼女の夢で夢精した後、私は、健全すぎる夢をいくつか見た。健全すぎて語る意味もないようなたわいもない夢ばかりがいくつも連なった。古ぼけた制服を着込むクラスの中で男友達たちに交じって話し続け、ただ彼女の姿を見る。じわじわと照りつける運動場のトラックを走る中にあって彼女の姿がある。会社の机に座る私の隣の机でなぜかOL姿の彼女は蜘蛛が這うような音を立ててとキーを叩く。全き登場人物の中どこかにいるのであろう彼女を探すだけが目的のような夢を見た。

 私は、この時点まで彼女とともにあるべきものである夢のようなという形容詞を用いることができる美しい時間の演出を見ることは無かった。幻想の日々において、幻想的な調べを用いることができないのは私が三十を過ぎた余り冴えわたっているとは言えない男だからだろうか。あるときそう思ってしまったことは残しておくべきことだろう。

 未だ梅雨も明けない6月のある日。日付。日付は。どうだったろう。携帯電話を取り出して、寒空に中、目の覚める思いがするキンキンに冷えた空気を吸い込みながら、今、確認してみた。確認することができない。思い出すことができない。人の記憶というのはどうしてこうも移り行くものなのだろうか。日付の特定が無い六月の中旬、いや後半だったろうか。私は相変わらず歯医者へと通っていた。三十二本の白い直方体にいくつも穴を空け、痛みに怖じ、あるいは痛みに安心し、人体に備え付けられた圧搾機を修繕した。そのときのことだった。私は彼女と出会ったのだ。現実の彼女と。歯医者の待合室。ゆったりとしたクラシックの音楽がかけられていた。ベッドタウンだ。数万人は住んでいる。彼女が移動していなかったとして、そうなのだ。都道府県内の移動だったとしても数百万人。国内外に移動している可能性を含めれば相当に低い確率となるだろう。私は彼女と出会った。偶然に過ぎないとも言える。

「あら」

「え、ああ」

 非常なほどにどぎまぎとし、心臓が早鐘のように打ち鳴らされた。ひどく動揺したことを覚えている。向こうも驚いた顔をしていて私は何だか救われた気がした。何と話せばよかったのだろう。夢であなたのことを何度も見ている、とでも語ればよかったのだろうか。私には、語るべきことを思い出すことができなかった。全くあたふたあたふた。転がるように口を開いた後、少しずつ声が浮かび上がる言葉をあれほどに待ったのは始めてだった。頭が回転を止めたような感覚だった。白紙。まっさら。全く、ひどいものだ。彼女は、少しだけシワが寄ってしまった目元を綻ばせて笑い、私は眉間によるシワを解こうと努力した。口元は相変わらず可愛らしいもので、全く、私は、だらしない。乾いた笑いで場を崩した後、私は彼女が笑うのを見てようやく胸を撫で下ろした。冷や汗が肌にしみこむ感覚が感じられた。

「そう。歯の調子が」

「長年放っておいたせいで」

「それで、どうしてる」

 私は、同窓会には呼ばれない方だ。あらゆる意味で成功者ではないのだから当然だろう。彼女は呼ばれる方だろうか。分からない。それ以前に、このような時代、同窓会とはどうしたらいいのだろう。開こうとよく考えることができるものだ。毎日の疲労だけでも億劫なのに。いや、逆なのか。毎日の疲労が億劫だからこそ開こうと考えるのか。過去からの郵送物を欲するのだろうか。未来への発送物を残そうとするのだろうか。

 侵食感に首を振った。嫌味な語り方だ。夜の時間のせいだろうか。寒気に当たりながら思い出しているせいだろうか。私は身震いすると車の扉を開き、ウインカーが打ち鳴らすゲームのボタンを押し付けるような音が響き続ける社内に身を横たえた。ああ、そうだ。あのころの私は、過去からの郵送も、未来への発送も、厭わしいことだと考えていたし、今でも折に触れてその感情に侵されることがある。情けないことだ。私は、受け取り手にも、運び手にも成りきれていない。ときがおもむくままに何も乗せずに走り出した何と表現すればいいのだろう。走り出した、そう、例えるなら空のプログラムのようなものだ。エラーメッセージの表示すらも忘れた空のプログラム。車の例えが思いつかない貧困さ。可笑しくなって誰も座ることが無いだろう助手席を叩く。悔しがることをやめてどれくらいたつのだろう。悔しがるのは疲れるのだ。気力が無ければならない。足をハンドルの上に乗せる。そのまま暗い空と、車道との境界線を見つめてみる。

 それで、どうしてる。

「どうもしない。普通かな」

「でた。普通」

「何か」

「いや、その口癖。何となくらしいなって」

 普通。そういえばそんな言葉いつ以来に口にしたのだろう。普通。そんな言葉を言い合うことすらどれくらい行っていなかっただろう。どこでそういった言葉を使う機会が残されていただろう。普通。会話のはしばしでよく使ったものだ。普通。普通だろ。普通じゃね。普通すぎ。今ではその言葉を聞くたびに奔放に疲れてしまう。その言葉によって規定され杓子されるようになってしまったからだろうか。それとも、その普通のハードルを越えられないことを恐れているせいだろうか。夜の憂鬱さは気が滅入る。夜に現実を思い浮かべると止め処も無くこういうことがあふれてきてしまう。自業自得だ。過去があって今がある。そうだから過去からの郵便物は苦手だ。私は、歯医者に掲げられた花の絵を見る。彼女を見つめ続けることに怪しい疲れを覚えたから。

「あの絵、しゃくなげの花ね」

「しゃくなげ」

「ほら、歌うじゃない。夏が来れば思い出す。って」

「ああ、尾瀬の」

「そう。しゃくなげ色にたそがれてのやつ」

 私は、あの絵の中にあるつつじのような花と隣にいる彼女のことを意識して、それからまた、首を振った。信じることができる年齢だったろうか。信じても良かったような気がする。

「どうしてる」

「え、私。私は」

 起き上がる。車内で時計を見る。十二時を回っていた。私は、倒していた座席から体を起こすと、まぶたをこする。私は、こうして語ろうと、思い出そうとすることによって、ある出来事を切り貼りしようとしているのだろうか。車のエンジン音を寂しい幹線道に響かせると進路変更の合図とともに車道を進む。ドライブの習慣が戻ってから思うことがある。一瞬で加速してひどいエンジン音を暗闇が広がる道路に向かって響かせる。一体、何かに追われることも無く車に乗ろうとするのはなぜなのだろう。逃れるために走るのは、走るのは、分からない。車では逃れようも無いだろう。逃れえる方法。いつもそればかりを考える。逃れ出る方法。私は、夢の中の彼女からも逃れでようとしていたのだろうか。対向車線に車体が乗り出そうとするのを認識するとハンドルを切る。減速してそれからハンドルの中央を叩く。そのままスピードを落としたまま流して帰る。

 静まり返った玄関を開くとそそくさと寝床に潜り込んでさっさと横になる。夜の時間に起きていることは困難だ。明日のことを考えなければ生活ができない。今日の疲れを引き継げば明日は今日以上の疲れを引き継ぐことになる。静まり返った寝床の中でまぶたを閉じてまんじりとした。このところ寝床に入った後の眠れない時間が長くなる一方だ。一時間、近かった。

 起き上がると朝だった。駆け抜けるように時間は過ぎてゆく。朝の食卓を一時に済ませると、テレビが示す時間を、なぜなのだろう、携帯電話が示す時間と見比べて、それからのろのろと着替えを始める。インスタントに朝の始まりを済ませてしまうと、そのまま車に乗り込んで市街地へと向かう。いつの間にか到着している。そういうことも珍しくは無い。一日の始まりに何があったかも思い出せないようになる日はそういうものだ。ただし、こういうときは決まってろくなことが無い。この日も渡島に口を開かせてしまった。あいつに五十語以上の言葉をしゃべらせてしまうときは、過日の悪い報告が届くときだ。今日は久しぶりに怒りというものを思い出した。いや、いつも抱いているものが強く感じられただけだろう。渡島の言葉に舌打ちしそうになって慌ててやめた。普通。肩をつかみながらふと思う。普通。昨日、思い出そうとしたことが今日にもまだ残っている。余りいい兆候とは思えない。切り離しておかないと。席を立ち上がって、伸びをする。そうして忘れた。また忘れた。一心に流れてくるものを処理してゆく。過日の失敗を取り出して修正し、来日の失敗を除くために確認する。

 昼。今日は、週に一度、食堂に入った。カツ丼を注文した。コンビニに置いてあるようなものをわざわざ注文する。貴重であるのかもしれない時間と金を使って。カツ丼が好きだ。だが、齢なのだろうか。胃にもたれるようになった。食べるのはもう月一程度だ。切りそろえられた肉片に乗っかった白と黄色のとろりとしたぬめり。湯気が立ち上るのを見ると相変わらずに食欲がそそられる。肉片をはしの先でそろりとつつくと、人体備え付けの圧搾機でゴリゴリと噛み砕いては飲み込んでゆく。黄身と白身が混ざり合ったご飯をかき込み、並べられたカツに従って縦割りに食べ進めてゆく。卵の甘味とカツの歯ごたえ。汁がしみ込んだご飯の柔らかくも芯のある食感。半分を均等に食べ進めると、丼に乗せられた具材を残して敷き詰められたご飯から平らげてゆく。残った衣付きの豚肉を切り分け、切り分け、味噌汁で流し込む。カツ丼。そもそも語感からしていい。ボリュームもある。丼ものなので時間もかからない。五年も前なら毎日がこの油っぽい生活でも構わなかっただろう。レジでの精算を済ませると、そのままショーケースの展示商品を眺めながら時間をつぶす。

 その日の午後は流れるように過ぎた。気づくと西日が差し込んできており、それまでに終わった仕事のことは終わったということ意外はほとんど何も覚えていなかった。箱の中を見る。終わったのだ。そのことだけが実感された。

 車道に乗り出すと、長々の列に並ぶ。一体、いつまで、いつまで、続くのだろう。渋滞に出くわすとそう思わざるを得ない。淡々とブレーキをふむ足元だけを操作する。一体、どれほど多くの人間が並ぶというのだろう。どれほど列席しているのだ。この営々と続くたそがれの葬送に。一日を人の世の昔となす、手向けの役に。そうだろう。皆、持っているのだろう。それぞれの庭を。ガソリンのランプが点灯していた。車には燃料が必要だ。人は食わなければならない。人は買わなければならない。人は売らなければならない。車には燃料が必要だ。長い蛇行する列の中、暗がりに飲み込まれつつある道路をウインカーで照らし出すと、スタンドの中へと幅寄せする。無人機の音声案内に従って給油する。長いノズルからしみ込んでいるであろうガソリンのことを考える。無色透明。燃えるような色が色づいているはずだろう。私は目にしたことはない。燃料は燃えるような色をして燃えるのだ。人工的に着色された色。燃えるような色。音を立ててノズルを給油機に立てかける。短いストップ。なぜここまでしなければならないのか。スタンド奥で事務を行っている人影を見ながら、手元の発行領収書を見つめる。ぐしゃぐしゃになるまでシワを寄せて、それから広げてみる。ポケットに押し込むと渋滞の列に戻る。それから後のことは覚えていない。アクセルとブレーキを交互に踏み鳴らして、信号機の前でハンドルに指を打ちつけたこと、おもむくままに歌ったことだけを覚えている。

 帰りにレンタルショップとショッピングセンターに寄る。好みのゲーム、映像、漫画、小説を眺める。ときおり客観的になると自分のことを恥ずかしくて見てられない。そそくさと後にする。決まってそうなのだ。入るときは気分が踊り、出るときには沈んでいる。後、腹が鳴くままに自動ドアをくぐると、様々に並べられた食材の山を眺める。加工された惣菜、開かれた魚、裸体をさらす野菜たち。何ということは無い。普通の陳列品に過ぎない。そう。普通。普通。

「普通だよ。私」

「何、普通って。俺のには、でた普通、だったのに」

 彼女の口真似。笑い声を乾いたものからウエットなものに変化させる。冗談を言うのは久しぶりだった。過去からの郵便物。出会うときはいつだってこうだ。笑うしかないのだ。もう存在しないものを笑うのだ。それなのに、どうしてだろう。あのとき、私は存在する過去と相対してしまった。延長線上にあるものと。好みの映像。好みの漫画。好みの小説。私は失ったものと相対するようなお話しを何度も見た。見た。そう何度も見た。何度見たとして、だからなんだというのだ。私は何を語ろうというのだろう。彼女のことだ。彼女の瞳には輝きがあった。私が、昔に失ったものだろうか。彼女と夢の中の彼女は似ていた。それでいて違ってもいる。失望はしなかった。なるほど、人は歳を経る。記憶の扉から飛び出してきたような姿では、もはや、彼女は無い。年月がのしかかっている。だが、翻ってどうだというのだ。私はそれ以上に年月の重荷にさらされてしまっているような気がして、愛想よく笑う彼女とそして合わせるように笑ってしまう自分のことを考えていたのだ。歯医者の待合室のソファーの上で。何のための出会いなのだろう。私は恐る恐る彼女に聞いた。

「それで、だんなは何してんの。結婚、してるんだろ」

「え、私、ううん。今は駄目」

「どういう、」

「私はここ、しばらくかかりそう。あなたは」

 彼女の返答はつまり結婚していないということだったのだろうか、それとも、結婚の話には触れたくなかったのだろうか。もしくは、私の口調にあったある震えに気づいて遠慮してくれたのだろうか。あのときの私は言葉に三つの意味を思い浮かべ、それから、どれに従うでもなく会話を進める彼女のことを見つめていた。

「892円になります」

 レジの女性店員の言葉を耳がとらえ損なった。まただ。夜の時間はじわじわと私の生活に入り込んできている。彼女とのことを語ろうとするとどうしてこうなってしまうのだろうか。私は慌ててもう一度聞きなおそうと口を開いた後、レジのパネルに表示された金額を目に付けて財布を開いた。財布から取り出した夏目漱石を手渡して白銅の桜と黄銅の稲穂、アルミの若木を受け取る。硬貨が擦れ合う音を聞くと一日の疲れが一気に噴出してくる。かごの中から、にんじん、ジャガイモ、牛肉、糸こんにゃく、ペットのお茶を取り出してレジ袋の中へ移して行く。有料レジ袋と無料レジ袋。どちらがいいのだろう。どうでもいいことだ。袋を腕にかけると自動ドアを潜り抜けて車に向かう。店のものが自分のものになるのはいつからなのだろうか。ふとそう思いながら車のドアを閉める。

 その後、ようやく帰宅。私は、もそもそと野菜を刻みながら今日は何があったか思い出そうとしていた。カツ丼を食べたことは思い出せた。帰りにレンタルショップを覗いたこと。食事の材料を買ったこと。カツ丼を食べた後から、帰りにレンタルショップを覗くまでの記憶は確かに残ってはいる。だが、思い出せないのだ。記憶が残っていることしか思い出せなかった。そうしてなぜだろうそのほうがいいような気がしたのだ。どうせ、明日には忘れ去ってしまうことなのだから。刻んだ野菜をまとめながらなべの中で煮たつ牛肉の灰汁をとる。ときどき灰汁を取るのを忘れる。そのまま灰汁が見えなくなるまで煮込んでしまう。流しに水を出して、糸こんにゃくを洗い出すころには、肉も野菜も煮えたぎっている。糸こんにゃくをころころと流し込むと、後は味付けを済ますだけ。チラと時計を眺めると帰宅してからもう一時間三十分。ずるずると晩御飯に肉じゃがをかき込むと、そのまま寝床で横になる。太るもとだと分かっていても、どうしようもないのだ。そう言い訳してぐったりと横になる。疲れているのだ。疲れているのだ。疲れているのだ。両足の平をくっつけてもそもそと動かす。腹いっぱい、夢いっぱい。私は、今日こそはそのままに眠れるような気がしていたのだ。長の夜床での時間は精神的に良くない。横にならないと眠れないが、横になっての数時間はどう考えたらいいというのだろう。無駄だ。その間に何かが思い浮かぶとして、それを記録しておくほどの気力も無い。寝つきが良かった昔のことを思い出すに付けどうしようもなく眠れない時間に苛立ちを感じるのだ。横になると意識が遠くなる感覚があった。確かに、今日は。そう思っていた。思うし。思っている。思うとき。

 私は起き上がった。寝床においている携帯電話で時間を確認する。浅い眠りだった。確かに今日は終わっていた。翌日の二時十五分だった。半身を起こした私は、夢の中のことを語るべきなのだろうか、迷った。列に沿って語るべきだし、それを崩してしまえばただでさえ取り留めの無いものが収拾もつかないほどに煩雑なものになってしまうだろう。私は、そうした場合どうしようもなくなるような気がしたのだ。買ってきておいたペットのお茶を開けると駆けつけ一杯を口にする。そのまま、深夜のテレビ欄を眺める。この狭い欄に収まるよう描かれている文章に感服する。必要な情報を最小限の枠内に。私は、彼女のことを語りながら冗長すぎる自分にどうしても慣れることができない。語るということでこうなってしまうのか、もとからこういう人間なのか。語ろうとするとき普段の思考は短いもので成り立っていることに気づかされる。へぇ、ふーん、あっそ、これ知らね、聞いた聞いた、そうなの。三十を過ぎた今になってもそのいくつかの単語を繰り返しているばかりだ。全く、冗長過ぎる。簡潔に彼女のことを夜の時間のことを思い出そうと思う。今日の夢を語るために。

 彼女と出会った日のことだ。私は夢の中の彼女とあるときを過ごした。現実において彼女と出会ったことが何らかの影響を与えているのだろう。そう思うと夢から醒めた後の自戒もまたひとしおだったが、夢の中ではそのようなことを微塵も考えはしなかった。彼女とともに、何という単純なことだろう、広大な敷地と広大な農園、そして広大な資産を駆使して楽しむ夢を見た。ここでもやはり所有だった。だが、私はもはや夢の中の彼女を見る目は性欲一辺倒ではなくなっていた。彼女は才能豊かであるように振舞ったように思う。私はその姿を一種の親しみを持って眺めたのだと言っていいだろう。彼女は、あの夢の中では何でも可能なスーパーウーマンであった。それでいて私のことを愛するように振舞うように思えたのだ。現実の彼女は三十を超えた今でも魅力的だ。そのことを理解していたように思う。私はどこかしら有り得ないことであるような思いが頭のはしにありながらも、それでも、夢の中の茫漠とした広大な敷地で好きなように戯れることをよしとした。彼女と同じように私も夢の中において強力な何かを持っているようなイメージを抱いていた。駄目だ。なぜだろうか。結局、私自身への何の根拠も無い自信が夢の中で輝いている彼女の輝きを容認させたのだと、後の目で見るとそういう結論に落ちてしまうのだ。どうして

だろう。私は、体験したことを上手く語ることができていないのだと思う。冷静な目が遮ってしまうと夜の時間を語ろうとする努力は途端に消え去ってしまうことを忘れてしまう。夢の中における彼女の活躍を万能であるやも知れぬ私が容認できてしまうのはなぜなのか。そんなことを考えてしまえば夢の魅力を伝えることなどできはしまい。理屈を押さえにしいてしまえば何も残らない。夢の魅力が半減してしまった証拠に私は紫式部と藤原道長のことを思い出すだろう。多才な女性にセックスアピール意外の点を認める男は太古の昔からある部分において権力者だったのだから。結局、過去からの郵便物を開けばより遠い過去からの郵便物を開かねばならない羽目に陥ってしまうことになるだろう。そのような想像を浮かべるなら私は夢の中の彼女のことを語ることなどできなくなるのだ。携帯電話を開いて時間を見てみる。二十分。全く頭の中で練り上げる分には素早いものだ。私は確かに夢の中の彼女と過ごした時間のことを思い浮かべてはいる。だが、それを形のあるものにするとなると、語りつけるとすると、大変なことだ。私は、夜の時間のことを語るだろう。たとえ上手くは語れないとしてもである。

 夢の中の彼女と過ごした場所については漠然としたものだ。広大な敷地、広大な農園、広大な資産。必要とされるものは全てあった。そこでは愛と才能さえあればよかったのだ。他のしがらみを全き断ち切った場所。他の全てが与えられた場所。一体、想像の中の世界を認めるということはどういうことだろうか。私は語ろうという努力をしながら奇妙な感覚に囚われる。囚われた場所からは抜け出そうともがくだろう。

 私は、場所について描くだろう。敷地は広大だった。ぱらぱらと育つ大豆の畑。流れゆく水系から引き抜かれた池の中には金魚が数千、数万匹、泳いでいる。柿の木が並び、梅の木が並ぶ。桃の木というものは見たことも無いはずだが、なぜだか存在していたことを思い出す。広い庭園。東の果てには営々と続く桜並木と銀杏並木。西には薔薇畑とチューリップの園が営々と続いていた。北には山脈が、南には湖畔が広がっている。場所があった。見回した後、夢の中にある彼女とともに始めたのは小さな遊びであった。広大な池の中からどこからか手に持つことになった金魚すくいを手に持って、金魚を掬い始めたのだった。小さな金魚たち。広大な池を自由に泳ぎまわる金魚たちをふらふらと揺れる水面から掬い取る。尻尾をふらふらと揺らめかせて、ぷくぷくと空気を吐き出す金魚たち。次々に掬い上げていく。なぜなのだろうか。空気に触れた途端、金魚たちはころころとその色に合わせた宝石に変わり、そして、どうしてだろう、私はそのことを不思議とは思わなかった。赤い金魚は大きなルビーへと、黒い金魚は黒真珠へ、珍しい黄色の金魚は金塊に。転がって地面の上で光る宝石を眺めながら私たちはころころと笑い、何十匹もの金魚を捕らえた。彼女はいくつかの宝石を拾い上げるとその輝く瞳にとらえた後、首をひねった。手に取っていた一個のルビーを取り上げて池に向かって放り投げる。沈み込む音とともに赤い金魚が一匹跳ね上がって、それから優雅に尻尾を揺らめかせて泳いでゆく。私も真似た。同じように黒い真珠を足元から拾い上げて下手で放り込むと黒い出目金がすらすらと池の中の金魚たちに混ざり泳ぎ始める。そうすると転がったままの宝石たちの半分が金魚に戻ってしまうのだ。空気中でぽこぽこと浮き袋を膨らませて大地に向かって尻尾とひれを叩きつける金魚たち。可愛そうなことだ。私は、両手でそっとつかみ上げて元の池へと数匹を戻してやった。彼女は宝石を拾い上げていた。私は奇妙な感覚で彼女のことを眺めていたことを覚えている。陸の上で跳ね回っていた金魚の内、四匹は死んだ。残りの跳ね回っていた金魚はあるいは自力で跳ね回って、あるいは私が掬い上げて池へと飛び込んでいった。動かなくなった金魚たちは、溶けるようにうろうろと揺らめいて空に向かって昇って消えてゆく。

 幻想というものはある意味、グロテスクなものだ。言うなれば、きもい、ということだ。私は、久しぶりにその言葉を思い出すだろう。若いころはその言葉に頼っていれば他の言葉は要らなかった。つまりそれだけで区別できた。グロテスクな想い。私たちは輝く宝石を手に歩き回った。彼女はいつの間になのだろうか、宝石のいくつかを加工してその指に並べていた。左薬指を見る私は、どきりとする。夢の中だということに気づきそうでいて気づけない私は、どきりとした後、安心する。まるでそこにあるものが私の成功の証であるかのように思えたのだ。そのようなことはありえないことだろうに。私たちは東へと向かっていた。東の方。桜並木と銀杏並木がゆらゆらと揺れる蜃気楼のように長々と連なっている回廊を私たちは歩いた。一体、何が楽しいのだというか。ころころと笑い続けたのは、なぜだったのだろう。足元に降り積もるピンクと黄色の波葉の道を踏み固めて私たちは歩いていった。それは長く、それでいて一瞬のことだった。ふらふらと漂う桜の花びらと、はらりと振れる銀杏の葉っぱ。なぜ銀杏の実が無かったのだろうと、私は今になって不思議に思う。あの匂いは夢には相応しくなかったからだろうか。銀杏の実はつらつらと萎んでシワだらけだからなのだろうか。私は、銀杏の側に落ちているあの実のことを思い出さなかった。いや、落ちていたことに気がつかなかっただけなのだろうか。私には分からない。並木道は静やかなものだった。私たちは手を取り合って、あるいは踊りあって、木々の間を通り過ぎた。

 私たちは通り過ぎた後、街に出た。不可思議な街。二街通り、天文街、雨期の街。そんな名前だったように思う。この街へとたどり着いた途端、私はなぜなのだろう。もう逃げられないのだ、というそういう胸を刺す感覚を抱いたことを覚えている。もう逃げられない。私は、その感覚が苦手だった。常に逃げられない圧迫感が苦手だった。彼女に手を引かれながら、私は、苦い表情を浮かべて街の中を進んだような気がする。私たちは街を進み、ある大きな構えをした何十層にも見えるのに、あるいはたった一層しかないようにも見えるお店の中に入ることにした。なぜだったのだろう。あのお店は綺麗に整っていた。室内に入ると、奥のカウンターで笑っている子供に向かって彼女は近づいて行き、私は戸惑いながら店内を見回した。子供と彼女は会話して私は店内を見回した。くるくると回る風車が列を成して掲げてあり、その下では小さな箱庭の中で小さな戦士たちが内紛を行っていた。反物が掲げてある壁からは、衣川の先からつらつらと雪崩落ちる糸の滝が溢れるばかりに流れ出し、その下では半人魚の人形たちが気持ちよさそうに泳いでいた。遠きに並べられた時計の山の下では、時を過ごす可愛らしくもあり、心の穏やかさを壊してしまうものでもある、エロティックさを残したような、残さないような、萌えるフィギュアたち、あるいは燃えるフィギュアたちが凍らされたように留まって笑っていた。

「きれいでしょ」

 彼女はカウンターの上でカラカラと転げまわる宝石を見ながら笑い続ける子供に向かってそう言った。

「いくらかしら」

 子供は笑いながら宝石を手に取ると振り返ってカウンターの奥を捜し始めた。それから長い長い紙の束を取り出して、めくり始めた。笑いながら首を傾げ、ふらふらと口笛を吹き鳴らした。

「あなたはなぜ換えなければならないのかな」

「なぜかしら」

「僕は価値を決める仕事に疲れちゃっているんだ。過去の定価で構わないかな」

「困るわ」

「どうして」

 カウンターの子供はよっこらしょと掛け声のようなものをかけて重々しい長い長い紙の束を奥にしまうとにこにことした笑いを浮かべながら、適わないなとでも言いたそうに肩をすくめて見せた。カウンターのどこに置いてあったのだろう、顕微鏡を載せた台が子供の手に従って迫り出してくるのを見ながら私は思っていたのだ。そうだ。どうして換えなければならないのかと。子供の腕が顕微鏡を重たそうに持ち上げた。それからカウンターの台に載せられてゆく。宝石を一つ摘んでかなづちでコツンとやると、宝石からハラリと一層が剥がれ落ちる。子供はその薄い膜を慎重にピンセットで摘みとると顕微鏡のパラートの上で固定して、対物、接眼のレンズをいじった後、まぶたを閉じてその上を片手で払って、顕微鏡へと向き合った。

「駄目だね。これは。だから言ったのに。過去の定価でどうかって」

「私には、そうは思えないわ」

「それならどうしてここで換えようなんて思うのさ。違うところにいけばいいよ」

 子供はそう言いながらかなづちを並んでいる宝石の一つに押し当てて同じようにハラリと落ちるのを待つと、パラートの中から薄膜を取り出して元の宝石へとピンセットで近づけると呟いた。キラキラと光ったかと思うと、薄膜が張り付いて宝石は元通りになっているのだ。そのときの私はと言えば、夢の中の彼女と子供とのやり取りを見るでもなく把握しながらも、風車の下で戦いを続ける小さな戦士たちの長々とした様子に魅了されていた。転がりあっては、殴りあい、斬り合い、撃ち合い、そして、走り出すと、消え去ってはまた現れる。私は、やがて、その中に見える一つの顔が昔の知り合いのように見えてきて驚愕する。そのまま顔を背けて夢の中の彼女と子供の姿を見つめた。

「これは、まあ、まともかな。ねえ、僕に全部調べろなんて言わないよね」

「あなたは全部調べるのよ」

「無理だね」

 子供はそう言いながらもかなづちを奮い、ピンセットを流していた。

「ん。確かに。ああ、これは上物だね。言われなかったら気づかなかっただろうね」

「そうでしょう」

「そうかも」

 私はどこかこの子供の笑い顔が気に入らない。眺めるうちに私はイライラと子供の姿を睨んでいた。奇妙なことに、これは夢なのだ、という感覚が強くなっていく。私は、突然走り出すと、子供の側に近づいた。張り倒そうと手の平を大きく振りかぶる。と何かにつかまれる感覚がして私は押さえつけられてしまっていた。

「自由にならない自由もあるんだろうね」

「そうね」

 私は、冷たさに囲まれるように腕を、足を、首を、つかむものを見つめていた。あれは一体、何だったのだろう。分からない。私は、そのまま暴れながら、それでいて大人しくさせられて、宝石が次々に積み上げられてゆくのを眺めさせられた。子供の手がかなづち、ピンセット、そして紙の束を交互につかんでゆくのを眺めさせられた。彼女は私のことを見下ろしながら、ここにいる子供と同じような笑いを浮かべていた。私は無性に恥ずかしく、それとともに怒りを感じた。猛烈な力を持って暴れようとするのに押さえられてしまう私。どうしようもない不能感を、夢の中のはずだろうが、という不思議な感想とともに抱いていたことを覚えている。

「うー、終わった」

 子供はそう言って両腕を大きく回転させた。

「それで、どうかしら」

「9億マルチだね」

「たったそれだけなの」

 彼女がそう言ったとき、私はようやく体を押さえつけていたものが消え去るのを感じた。不思議なことにそうするともう怒りも恥ずかしさも無いのだった。夢の中だという意識も途切れてしまってなくなっているのだ。

「たった、だって。これ以上手に入れて何をしようって言うのさ」

「私たち自由が欲しいの」

「そんなものいまさら。誰でももともと持っているじゃないか」

 子供はそう口にした後になって笑い声を上げると、長々と積みあがった宝石の山と顕微鏡を見比べる。顕微鏡を両腕で抱えると彼女に向かってカウンターの子供は首だけ向けて問いかけた。

「それで、どうするの」

「いいわ」

 顕微鏡を台に上に載せると、返事に対して頷くカウンターの子供は小さな丸いコインをカウンターの上に積み上げてゆく。コインの丸い枠の中では波打つように水の灯がゆらゆらと揺らめいてあふれそうになるまでコインのふちに打ち寄せては光を放ってゆく。9百枚。並べ終わるまでの時間は感覚的には直ぐのようでもあり、長くもあった。百枚ずつを皮の袋に詰めていくカウンターの子供は最後の一袋を閉め終えると、笑い顔の中心に伸ばした腕を持ってきて彼女に向かって手渡した。

「はい、どうぞ」

「有難う」

 彼女の笑みは、いいものだ。いい笑い顔は人を幸せにするだろう。作り笑いではない笑顔というものを向けて貰えることはとても嬉しいことだ。夢の中の彼女が浮かべる笑い顔の正確な様相は思い出すことはできない。飛び切り美しい笑顔であるという感覚を持って私は覚えている。それ以上に表現することを許されるなら、こう言い換える事が出来るだろう。飛行機の羽のように細められた目。その目の上に斜め十七、五度に落ち込む眉毛。その眉毛の上で左右に揃えられた前髪が揺れながらきらめく。口元が綺麗に裂けて唇の赤が広がると、真っ白な歯の合間から少しだけ舌が覗く。全く、私は、表現が下手だ。夢の中の様子を表すなど、無理なことなのだ。印象でしか語ることは出来ないのだ。誰に似ているか。私の贔屓目で言おう。彼女は誰にも似ていないだろう。彼女は彼女に似ているのだ。偏狂ではある。だが、そうなのだから、他にいいようが無い。強いて言えばある歌手に似ているだろう。だが、それを言ってしまえば彼女はその歌手に似ているとだけしか言えなくなってしまうのだ。彼女は彼女に似ているのだ。それだけだ。彼女の笑いは美しい。それだけだ。

 私たちは、カウンター奥の子供がカウンターの上で腕枕を組んで顔を沈める姿を背にしながら、大きな構えの店を後にしてそのまま街を歩んだ。街を進み、眺め、そしてコインをかざした。

 彼女は様々な服飾を手に取った。その後、自らの指図で好きなように改変した。ど派手な衣装を創ってみたり、薄く私の興奮を掻き立てるような服装を採ってみたり、落ち着いたファッションを求めてみたり。服飾店で私は、何も変わっていない、私自身に気がついた。私の服飾が急に不安になった。

「選びましょうか」

 私は何も口にしなかったのだが、彼女は直ぐに理解したかのように微笑んで私の腕をつかみ取った。私は、マネキン人形のように様々な服装を着せ替えさせられた。普段の私だったら絶対に似合わないだろう服飾までも持ち出されたにも関わらず、私はそれでさえも喜んで着込んだのだった。何という無駄とともにあったのだろう。だが、そう思うことさえもが無駄に思えるほどあの夢の中において私たちは楽しんだのだった。いや、私は、か。私は楽しんだのだった。

 服装を選び終わると、次に表れたのは食だった。露な内に私たちは様々な食事を食べ切れないほどに巡り合った。私は、夢の中だというのに支払いを心配し、抜けきれない不信を彼女に抱きそうになったことを告白しなければならないだろう。私は彼女とともにその向こう見ずな食道楽に付き合った。あれほどの量を食べてしまえば腹が破裂してしまうだろう。信じられない量の食料を私たちは食べ歩いた。和、洋、中。私の知る限りの料理の全てを食べつくしただろう。それから見たことも無いような料理の群れ。私の体験による完成された料理が尽きたからだろうか、見たことの無い料理の群れは、ごってりとしたものだったり、素材そのものであったり、調味料の海に埋まっていたり、特においしそうだとも思えないのだが、口元が蕩けるような味なのだ。味が、味の、味は、味だけは、ともかくも、いいのだった。

 私は提示されてゆくコインのことをある不安とともに覗き込んでいた。鮮明さを増して行く夢の中で、私は、やがて犯罪者のように怯え始めている自分のことを知った。繰り返されるように入り込むレストランの席では皿の上で動き続けるフォークとナイフを掴んでいる手が湿っぽく濡れてゆくのが感じられる。華がある笑みを崩すことは無い彼女に向かって問いかけるわけにもいかなかった。私の動揺を察したかのように現れるレストランの配膳係。

「どうかなされましたか」

「ちょっと不安に襲われているだけでしょう。ね。このコインで構わないでしょ」

「どうでしょう。私はこのコインの提示を拒否したことがあるような気がしますが」

「私も拒否されたことがあるような気がするわ」

「私どもからすれば、コインは結構なのですが」

「それじゃ、どうしたら」

 レストランの配膳係が恭しく一礼するのを見ている私は、不安を押し殺して笑おうとしたのを覚えている。配膳係の姿が昔見たことのある知り合いに似ていることに驚愕する。夢の中に現れる人物というのはイメージを強く残した人ばかりなのだろうか。わからない。少なくとも私の場合はそういうことが多いように思う。私は、名前を搾り出そうとしてその名前をすっかり忘れてしまっていることに気がついた。知っていることは覚えていても名前という実体が浮かんでこないのだ。

「お客様は縛られておいでのようだ」

「私、そんなことしないわ」

「では、こうしましょう。コインは次回、どちらかのお方がお越しになるまで預かっておくことにしましょう」

 私は、もごもごと呟こうとして口元から何も出てこないことに気がついた。私は席を揺らすと、青ざめたような怒りに燃えたような、顔色を白黒させた表情だったと思うが、そのレストランの配膳係に向かって足を踏み鳴らした。

「そうですか。そうかもしれない。だが、分からないことです」

「私、失礼するわ」

 口元を覆うように手を当ててあごをしごいている配膳係に向かい合いながら、彼女はにこやかな笑みを浮かべながら手元の食器を置くと、コインを2枚置いて優雅に立ち上がった。そうするとなぜなのだろう、私の腹はくちくなって同じように立ち上がることになってしまう。配膳係が険しい顔を作り上げながらおいおいと皿を片づける姿を背に私たちはそのレストランを最後に食の行程を終えることにした。

 食事の後は、私たちは好きなように街を練り歩いた。手元にある水波のコインはなぜなのだろうか減ることは無かった。彼女があれほどにもかざし続けたというのに、どうしてだろう、全く減るどころか増えてさえいたのだった。私たちは、いくつもの橋で、いくつもの道で、いくつもの店で、恋の真似事をした。どれほど望んでも可能とは思えない場所で恋の鞘当とも言える行動を取った。そうしながら私たちは店々に並ぶ、様々な事物を手にとって眺めては、投げ捨てた。本当は、そちらの方に価値があることを知っていながら、投げ捨てるのだ。全く、いかれている。すさまじいほどにグロテスクだ。夢というものはいかれていて、それでいてグロテスクでさえある。私たちはある店の前で足を止めた。そこではデザインが出来たのだ。何かとても小さなものへのデザインが出来たのだ。私たちは店に座る店主から借り受けた陶片をつなぎ合わせていった。あるいは折り曲げて、あるいは欠いて、あるいは継ぎ足して、私たちは手の平サイズの小さな陶器を作り上げた。私は、直線的な整った陶器を、彼女は曲線的で味のある陶器を作り上げた。私が作り上げるものは何度やってみてもでこぼこに過ぎるか直線的に過ぎるものであって、忍び笑いを漏らす彼女の前で赤面しながら何度も挑戦したことを覚えている。やがて私たちは映画館と思われる建物へと入り込んだ。私は、夢の中でまで映画を見ることがあるなどとは思ったこともなかった。ぼやけたイメージしかない。思い出せる限り思い出しても学生時代の記憶と仕事の記憶、そして彼女に凝縮された記憶が入り混じって無茶苦茶な筋の映画だった。私の願望通りの展開は夢の中でさえ上手くいかず、夢の中で映し出された映画の中で、この映画館の中でようやくなのだ。お客は残念な入り様。私たちだけの上映会。降り注ぐ雨の中に、降り注ぐ愛の嵐。私の隣の席では彼女が困ったように笑いながら私と映像とを見比べていた。私は、なぜだかその映像とも言えないシーンの貼り付けを眺めながら涙をぽろぽろと零していたことを覚えている。そのまま流されるように走り出してしまう欲望。私は隣に座ったまま、しっとりと髪をなでながら人差し指で髪の毛をくるくると巻きつける彼女のことを眺めながら、ふとこれが夢であるという天啓のような感覚に打ち震えた。夢の中。二人だけの上映会。欲望に従おうとするとき、私は夢なのだと自覚する。なぜなら、そうすることで意味を失わせてしまうことができるのだから。私は、欲望に素直に従うことにした。なぜなのだろう。絶望的な繰り返しを感じたのは、一体、なぜだったのだろう。

 ポツポツと街の上下で雨音が響いてゆく。私たちは、雨が降りしきる街に、もうしばらく留まった。何をするでもなく留まった。私はこのときに思ったのだ。静かな雨音が降りしきる中で私は思った。雨期の街を駆け抜けながら私は思ったのだ。夢の中の彼女との幻想に立ち起こった奇妙な現実感を。孤独感を。夢の中でさえも流れ出した映画の中の光景に、私は、ふと戦慄してしまったことを告白するだろう。何を恐れたのか今になっては良くわからない。嫉妬だったのだろうか。これほどまでに露であるにも関わらず、手に入ることの無いものへの嫉妬だったのだろうか。私たちは天文の街を駆け抜けた。流れ行くしっとりとした二街通り。層が異なるでこぼこした街並みにシャッターたちが突然に迫りくる。過ぎ去ってゆく街並みに次々と鉄製の幕が降りて、私たちの眼前を通り過ぎていった。次々と閉鎖されてゆく楽しみの夢に私は抗した。彼女は笑いながら私のことを見ていた。絶対にして街々は閉鎖されて、そして、ポツリポツリと現れてゆく。憐れな輝きが幾棟も、幾棟も、消え去った灯の合間に輝いて、街々が現れてゆく。

 私たちは、その光景を意識しながら二街通りに降りしきる雨の中をずぶずぶになりながら駆け抜けた。街の軒先で、笑い合いながら雨宿りし、雨に打たれながら思い思いに、笑い笑いに、街を散歩した。私は、ある映画の歌の一節が脳内でリフレインされていたことを語っておく。雨はやがて流れるような大粒になって私たちを打ち始めた。私は嫌な感触に襲われて彼女のことを見つめていた。私は、今になってこの時の不思議な感情に気づいたのだ。今、思い出している今になってのことだ。彼女は雨に打たれながら泣いていた。私は、今になってようやく私は、彼女に酷い重荷を負わせたような気がして、このときのことを思い出す努力によって平衡した感情が揺れることを感じるのだ。だが、どうしてだろう。当時はそのようなことを考えることもなかった。いや、私は、それ以上にむごたらしいことを考えていただろう。夢の彼女は、そして、その夢とともにその裏側にあるべき現実の彼女は、私の気持ちになぞ気づくことはあるまいというその思い。それが、雨の中で突然泣き出して、強まってゆく雨と同じように泣きじゃくっていた彼女の姿に、妙な甘えを見る余裕の無い男特有の醒めたような、突き放したような態度を私にとらせたのだった。不思議なことだ。それでいて私は、彼女が消え去ってしまうような感覚、夢が覚めそうになる感覚に焦りを持って対していたのだ。

 私は、夢についてしつこいぐらい語っている。執着が酷いとは自分でも思う。二時間。もう四時を周ってしまった。ノートを取るべきだっただろうか。手元の携帯電話を開いて、何かを打ち込もうとしてやめた。仕事についてのことを詳しく語らなくてよかったと思う。私のような、しつこいほどに夢の中について語ろうとする、この狂いかけの人間でさえも勤まるような仕事だと思われることぐらいやりきれないことはないだろうから。私はいっそ狂ってしまえれば、という言葉に魅力を感じそうになる。だが、そのようなこと出来はしないだろう。なぜなら、なぜなら、なぜ。

 アラーム音では目が覚めなかった。セットしていたはずだが、四時を周ったころだっただろうか、とにかく今日は眠れなかった。ようやく記憶が途切れたのが四時を過ぎてのことなのだから、見苦しいことだった。この歳になって親に起こしてもらうことになるとは。昔は時おりあったことでもある。ここ二、三年は有り得ないことだったのに。携帯電話を手にとって急いで支度を始める。寝巻きを脱ぎ捨てて着替えを取る。私が昨日作っておいた残りの肉じゃがは今日の朝御飯となるだろう。保温時間が一時間を過ぎた炊飯ジャーにしゃもじを差し入れると、ひとつかみの銀シャリを陶器の茶碗に盛り上げる。そのまま、その上に肉じゃがを汁も多目に乗せてしまうとさささと口内に流し込む。

 車の中には朝の冷たい寒さが残っていた。今日は大分遅いにも関わらず、窓ガラスに霜が降りていた。サイドミラーを綺麗に吹き上げた後、エンジンを動かすとエアコンで後部ガラスの霜が溶け出すのを待つことも無く出発する。急加速はしないようにしている。流れに乗って朝の時間が刻々と過ぎてゆく中、焦りと深呼吸を交互に繰り返しながら過ごしてゆく。渋滞が酷い。朝の空いた時間帯を逃したせいで車の列が酷いことになっている。困る。非常に困る。動かない列を恨めしげに見るしかない。私は、どこか遠くを見るように流れない車の列を眺めながら見るものも無く遠くを見ていた。道路上に浮かんでいる電光掲示板に事故の情報が流れていた。○○方面渋滞、4キロ。何方面だったのだろう。忘れた。いつも通る道だ。思い出せるはずだ。あの漢字が見たことある形だな、と思う間にちびちびと動く前方の車に合わせて詰めていく。電光掲示板が視界から消えてゆく。私はイライラとハンドルに向かって右人差し指を叩きつける。まぶたが重い。首が垂れ下がるのを感じる。まぶたのシャッターが落ちるたびに大きく見開いて車間距離を確認する。隙間、隙間を埋める。一台分に満たないほどの距離を開けたまま、ブレーキに足を固定するとまたもまぶたが閉じようと振り下ろされてゆく。駄目だ。眠い。

 私は、彼女のことを見ていたようで見ていなかった。なぜなのだろう。現実の彼女との会話の中で私はそのことに気がつかされた。私は夢と現実の対比を突きつけられると困惑のうちに思うのだ。思い出を、イメージを、肖像を用いて、何をしているのだろう、と。常識的に考えれば、彼女にとって私は大した記憶にも無いつまらない男の一人だろうし、私にとっても、ある部分を除けば彼女は別段家族でも恋人でもないのだからそこまで重要であるとは言えないだろう。そうだ。私は、語っただろうか。夢の中で街を歩いたことを。私は、私は、歯医者に向かって、それから。

 前方との車間距離が大分開いているのを視界が捕らえるのと同時にブレーキを離す。車間距離を詰める。心臓が高鳴るのを感じる。眠気が一斉に吹き飛んだ。どういうつもりで私は運転しているのだろう。私は、ハンドルを固く握り締め、頭の中に何でもいい、何かを思い浮かべようと努力した。自分の声。渡島の声。彼女の声。思い浮かべた。そうするとようやく目が嫌々ながら開くのが感じられた。私はしょぼつく目で並び続ける列の先にある信号の色を見つめていた。私は、瞬きする間に思い浮かんでいた彼女のことを思った。それは眠りに誘われないよい方法のように思えたのだ。結局、私は何も見てはいないのだ。誰のこともよく見てはいないのだ。渡島のことも、彼女のことも。

 歯医者に変わらず通う私は、いくつもの穴と塞ぎとを象牙質に施されつつあった。彼女と二度目に会ったあのときは、もう梅雨も終わりに近づく7月のころだったように思う。歯磨きべたな私が、歯垢の除去をお願いした後、麻酔を打った歯があるほほが引きつるように麻痺するのを何度も手で押さえて撫でながら、精算を待っていたときだった。彼女は、そこにいたのだった。私は飛び上がりそうになる気持ちを抑えながら静かに彼女の元へ近づくとその側へと腰掛けた。声をかけたのはそれからだった。

「まだ、治療だったかな」

「あれ、そっちもまだ残ってたんだ」

 私は、頷いてそれから唇を開いて、銀歯の山を見せびらかした。息が余り臭くないように祈ったことを覚えている。上品に笑う彼女を見て、私も、軽く笑っておく。私は、彼女のことを何も見ていなかったし、彼女のことを真に理解することは困難だっただろう。何も彼女に限ったものではないのだ。ただ、その中にあって彼女の存在は既に多少の域を超えて神秘的な要素を私に与えてしまっており、それだからこそ、私にとっての真の理解は困難だった。彼女のことを理解しようと、過去との変化を捉えようと、声をかけた私は、結局、その理解から遠ざかる一方だったのだろうか。それでも、私はまた喋ってしまうのだ。どうしてだろう。

「ところでさ」

「そうそう。この前会ったからさ、私、久しぶりにアルバム開いてみたの」

 アルバムと言われてしまって私は頷いてみる。

「ああ」

 と短い声を繋いだ後、彼女の言葉を待った。私は、何を待っていたのだろう。彼女が、開いたアルバムが私と同じものなら、あの走り続けるだけだった、勢いのままに過ごした記憶が残っているのだ。彼女は私などのことは覚えていないのかも知れないな。そう思いながら、彼女のことを見つめていたことを思い出す。時々、語ることと記憶とを上手く分かつことが出来ていないような気がする。歯医者で交わした彼女との会話は、記憶に基づいたものだろう。おそらくは。

「あなた、部活では目立った位置なのに、クラスじゃ写ってないの。いつもみんなで笑われたりしてたのに」

「そういえば。そうかな。写ってないか。笑われる方も、笑う方も中途半端だったから」

「私は、どうなんだろう。贔屓目かな。両方、いいような気がするな」

「美人だったからね」

「それ、ひどい。今、美人じゃないみたいじゃない」

「それは、」

 今も美人だよ。とは言えないような自分だから、私は、笑われる方も、笑う方も中途半端だったのだろう。今のメディア環境に育てば、言えないなどということは有り得ないのだ。だが、それにしても、平気で口にしてもキャラじゃなければ駄目だと言う話だ。笑う方も笑われる方も中途半端だから、口に出来ないのだろうか。女性の前で口ごもることすらどうなのだろう。気持ち悪がられるような気もする。私は、語ろうと思い出しながらふと思うことがある。語ることによって居づらくなっていくことをどう考えればいいだろうかと。

「ま、三十だよ。お互いに」

 私は、肩をすくめながら年齢を口にするだろう。私は彼女から選ばれない人間なのだろうと思っていたし、あのときもそう思っていた。卑下することを覚えたのはなぜなのだろうか。そうすると楽なのだ。挫折が恐ろしくて自らが挫折する前に自らを卑下することを覚えてしまうような気がする。私は、彼女と、現実の彼女と話していると何を話そうとしているのか分からなくなる。私は、過去の修復を目指しているのだろうか。気持ちの上で、彼女は私を覚えているのだと、そう思いたかったのだろうか。それとも、私は、憧れを憧れのまま終わらせるために会話を通じて彼女のことを幻想的な人間に仕立て上げようとしていたのだろうか。

「三十。親父臭い。まだ人生の半分も過ぎてないのに」

「ま、そう言われると元気でるかもな」

「そう。それで、ね、奥さん。どんな人」

 私は言われてしまってふと、対応に困ってしまったことに気がついた。全く、それは私が発した言葉でもあった。自分が苦手とする言葉を投げかけていたのはどうしてだろう。彼女がそう口にした理由はどうしてなのだろう。私は分からない。彼女の笑みに向かって私は、口元を濁した。

「いや、それは、」

「あ、何。私と比べてるの。酷い」

 私は、そうだ。彼女の言葉に込められた意味に苦しんだことを思い出す。私は、ことあるごとに彼女と他の女性を比べていたことを思い出して言葉に詰まったことを告白する。初恋の昔にある記憶の子から、今に至るまで出会った魅力的だと一方的に思える女性たちを彼女と、夢に見る彼女とを比較していたことを思うのだ。なぜだったのだろう。私にとって彼女は何だったというのだろう。

「いや、結婚は、まだなんだ」

「あ、ごめん。そう。そうなんだ」

 お飯事のような会話だ。それは、子供のころに見る子供向けアニメに登場する子供たちが必死で考えた大人たちの会話のようなものだった。余りに遅い遊びのように思えて、私は、彼女の言葉にどぎまぎとする。慣れてしまった会話が、なぜだろう、私の胸を打った。私は、私は、固いことを考えすぎる。語ろうとするときに、何かを継ぎ足してしまう。私と彼女は、久しぶりに出会った同級生としての会話を行った。それだけだと語ってしまえば、それで、それで、済む話ではないか。動悸を早めていた私に向かって、彼女は返事の前に少し考えるような、済まなさそうな、伺うような表情を浮かべていた。

「残念、残念。確かに。彼女でもいれば比べられたのに。全く、この調子じゃ結婚なんて程遠いよな。あ、そろそろ時間だ。悪い。行かなきゃ」

 私は、動悸の早回しの中、彼女に向かって早回しの台詞を口にした後、乾いた笑い声を上げて立ち上がっていた。いたたまれなかった。結婚は。あ、ごめん。もてない男が口にされたくない言葉で、そしてそこに少しく彼女の状況さえも投影してしまった自分がもっといたたまれなかった。ひょっとしたら彼女も。そう思ってしまうことがいたたまれないほど情けなかった。そんなことが有り得ないだろうことは経験で分かっているはずだった。ここでも卑下してしまうのかと思う自分を、それでも安全地帯に置くために彼女の状況をあえて考えないようにしていたあのときの自分のことを思うと、何とも言いようがない。一言確かめれば良いだけだったのに。

「あのさ。名刺、持ってる」

「名刺、生憎。持ってないな」

 私は、そう口にしてしまった後、ポケットの左右を叩いて見せた。私は持てる勇気を振り絞ってその場で必要な行動を取りたかった。名刺。そんなもの用意して来ているわけが無いのだ。わざわざ会社への時間を遅らせて来ているのに、どうやったら名刺なんてものを用意できる。そもそも私は名刺などというものを持ち歩きもしないのだ。大分前に作ったきり、用いるあても無く忘れ去ってしまっていたのだ。渡すべき相手もいないのに用意したところでどうするというのだ。渡島ならきっと名刺を持っているだろう。こういうときも如才なく手渡すことが出来るだろう。私はそのまま歯医者を後にするしかないように思えた。全く情けないことだ。彼女に手渡すべきものさえない。携帯の番号でも。私は、左右のポケットを打ち鳴らしたさいに響いた携帯電話の乾いたプラスチックの音に目線を落とした。今では仕事以外、かかってくることも無い携帯電話。彼女がどういうつもりで言ったのかは、分からなかった。だが、私は、久しぶりに何かと繋がるような気がしたのだった。それは、一種の泥沼へと繋がっているものだったのかもしれない。まるで、初めての恋ででもあるかのように私は、緊張に震える手で携帯電話を取り出した。全く男心も、女心も分かっていない自分に疲れてしまう。男だったら、事実、私も思い出しながらそう思うのだが、さらりとした言葉で口説き始める姿を求めるだろうし、女であったなら、この偶然の出会いを二人の間にあるもやもやとした年齢上の壁へと上手く近づくきっかけとして語られることを望むのだろうと思う。だが、私の取った行動はといえば震えるような手で携帯電話を弄びながら、自分の姿も省みず、彼女に向かってころころと口にすることだった。

「携帯電話。あのころ、俺たちって持って無かったよな」

「そうね。でも今は持ってる」

 立ち上がったまま、私は上品にソファーに腰掛けている彼女を見下ろしながら携帯電話を転がした。

「俺、今さ、全くかかってこないでやんの」

「仕事、暇なの」

「仕事のは、かかってくるよ」

「消えちゃいそうなんだ。私、覚えておいてあげてもいいよ」

「何それ」

「いつの間にか、消えちゃうでしょ。携帯の中だけにしかいない人。情報に呑まれちゃった人。私、アルバム見てからそうじゃないかって思った。写ってなかったから」

 彼女がそう口にして私のことをじっと見ている前で、私は不思議なことに、彼女向かって番号だけを告げて歯医者を後にした。不思議な気持ちだった。浮き上がるような感覚で歯医者を後にした。麻酔が切れるまで食事を我慢することを意識すると、妙に億劫な気持ちになったことを覚えている。私は、一刻も早く、食欲の命ずるままに食うことに従事したい気持ちだった。何かもやもやとしたものを食事と一緒に飲み込んでしまいたい気分だった。電話番号を告げるあたり、世慣れてない気がして自分がおかしかった。メールだろ、普通は。と思いながら、いやいや、そうでもないか、と首を振ったことを思い出す。

 信号がゆっくりと変わっていくのを私の目は見つめていた。記憶の波をさらいだしながら、私は、語ろうとするさいに誰に語ったらよいのだろうか困惑する。男らしく語ってしまえばスパッと昔憧れた女性に、出会い、そして声をかけた。それだけだ。恋愛物の常として語るなら、彼女の心情をもっと推し量ったような感覚を乗せなければならないだろう。自然体に語ろうとするなら、この持って回った言い方は余り誉められたものではない。視線の先を見通してみる。左右前方を見回して、車間の距離を測る。渋滞の列は、どこそこに隙間が現れつつあった。最も混雑した部分は過ぎたようだった。

 透き通るように流れ始めた車列を眺めながら、私は、彼女に電話番号告げた日の夜に見た夢の中の彼女のことを思い出そうとしていた。どうしてだろう。思い出すことが困難だった。夢を覚えている方がどうかしているのかもしれない。毎日、情報の海に漕ぎ出していれば忘れてしまうのが当然のようにも思えた。聞いてもいないラジオの音が朝の通勤車両に響き渡っているのを、ふと、意識した。○○さんのリクエスト、そんな言葉が響くのを聞き募ると、私はラジオの音楽に耳を澄ませた。知らない曲だった。それなのに懐かしい感覚を覚えるのはなぜだろう。

 都市は姿を見せつつあった。都市と言ってもそう大げさなものではないのだ。いつもの光景だ。あるべき場所に今日も到着する。視界にとらえると車を狭苦しい駐車場に止めて出勤する。渡島に出会う。書類たちに出会う。昨日の記録を呼び戻す。ロードしますか、ロードします。今日の仕事を済ませてしまう。セーブしますか、セーブします。嫌味な比喩を頭の中で浮かべながら、このところ随分とそういうものから遠ざかっていることを感じる。時間が。昼を回っていた。時間。私は、それを考えるのは嫌いだ。リソースのやろう目が。そう思うにもかかわらず、どこかしらの場所でリソース主義に頼らざるを得ない、能力の無い自分に向かっては本当にへどが出る。首根っこを押さえて打ち鳴らしながら伸び上がるあくびをかみ殺す。実際は、どっちでもいいのだった。昼休みの時間をつぶす間に思い浮かんでは消えていく肯定、否定の思考の泡に過ぎない。

 私は、彼女に向かって番号を告げた日の夢を思い出すだろう。うろうろと回る思考の中からすくい出そうとするだろう。白昼夢という言葉が思い出されて思考が逸れていくのを、感じる。あの日から、彼女からの電話を待ち始めたあの日から、私は、不安な面持ちで夜を過ごしたことを思い出すだろう。そうだ、彼女に番号を告げた最初の日の夜は、学生時代の思い出の夢を見た、と思う。みんなを笑わせようとして、笑われてしまう夢だ。彼女は笑っていて、私は、自分のことを笑うしかない夢だったように思う。あの後から、私は、頻繁に学生時代の登場人物たちを交えた夢を見るようになった。あるときは彼女とともにぎこちなく手を繋ぎながらさらさらと多数の人物たちと歩く夢を、あるときは多数とともに歩きながら彼女の前を通り過ぎる夢を、そして、あるときは彼女とともに多数の人物たちが私の前を通り過ぎ去ってしまう夢を。

 私が見た夢で最も印象に残っているのは、自身の古い携帯電話を眺めながら過ごした四日目のことだったように思う。あの夢の中で、私は、宇宙ステーションのような未来的な設計が見えていた。何に使うのか分からない機械的な文様が走る壁の中、私は彼女のことを探していた。夢に意味を見出そうとすればどうということでさえも出来てしまうことは知っている。だが、他に語りようがないのだ。とにかく私は、机の上で顔を腕で覆いながら、眠気が襲ってこない限り思い出そうとするだろう。私は、未来的な閉鎖空間の中で、彼女のことを探していた。私は、制限時間のことを奇妙なほど気にしていたことを思い出す。そこはとても広大で清潔で素晴らしく快適な、それでいてなぜだか圧迫感を感じる牢獄だった。私は、彼女のことを必死で探していた。途中で幾人かの仲間と思しき人物たちと出会い、別れ、そして彼女のことを探し出そうとする夢だった。私は、遡る感覚を持ってきびきびと分岐する通路を通って歩いた。なぜなのだろう、そこで見た彼女は彼女の姿をしていなかった。もっと違った様相だった。だが、私はなぜだろう。私は、その子のことを彼女だと認識したのだ。彼女の説得はどう行ったのだっただろうか、私は、不振をどう解いたのだったろうか。思い出すことが困難だ。夢はその場で消える一時限りのものだ。思い継ぐためのものではない。それでも私は思い出そうとするだろう。彼女と、そして彼女とともにたたずんでいた数人の人々とともに私は脱出を図る方向に向かっていた。私は、彼らにチケットのようなものを渡したことまでは覚えている。

 私は、一体、あの夢を通じて何を語ろうと言うのだろう。そうだ。だが、一体、脱出は失敗したのだろうか、成功したのだろうか。もし失敗したのだとしたら、なぜ私は、私は、夢見ているだけなのだろうか。私は、どこかで私のことを待っている存在のことを信じているのだろうか。私のような人間を待っている人々がいることを期待しているのだろうか。私は、夢のかけらを細切りにしては放り投げるように語り、また細切りにしては放り投げるように語っている。なぜなのだろうか。そのたびに非常な徒労感と流されるような達成感を感じるのは。私は、語るために思い出しているのだろうか。語るために語っているのだろうか。どうだろう。夢の中に現れる彼女のことを考えると気が滅入って、客観的に見ないとどうにも自分を保てないような気になってしまうのだ。

 過ぎ去った未来について私は思うだろう。机の上で組み上げた腕の中に埋めていた顔を上げながら時計を確認する私は、過ぎ去ったくせにやってきては苦しめる未来について不平を言うことも出来ず、そのまま憮然と立ち上がって伸びをした後に従うことにした。私には、どうしようも無いことだった。

 彼女からの電話を待つ間、私は仕事を流れるようにこなすことができていなかったことを告白する。丁度、昼下がりの今のように。それはいつも通りのことで有りながら、深刻なことでもあった。私にとって仕事は、実際はどうあれ、感覚の中では常に流れるようにこなすことが出来るものだった。だが、あのときだけは様相が異なった。手につける端から彼女との会話の細部が思い出されて、ああでも無いこうでも無いと、男らしくも無い後悔に苛まれたかと思うと、手につける端から、彼女から電話がかかって来たときのシュチュエーションが思い浮かんできて、私の手を止めさせるのだ。

 額に当てた手の人差し指で小突いて見ながら、私は仕事に向かい合おうと努力した。全く集中できないままに日が傾くのを私は、思考の渦に囚われながら、焦燥とともに起こる足の震えにおののいた。気持ちが切り替わったのは、四時を回ったころのことだった。今頃になって全ては遅いのだ。私は、最も落ち着いてしまう時間帯に、目の前にあることだけを見つめることで過ごした。残業は確定的だろう。何の仕事をしているのかを、語らないのか、語れないのか、自分でも疑問になってくる。残りの仕事について述べ上げるだけで優に三十分はかかるだろう。切り替わった頭が冷えてくる前にやるべきことをやっておこうと私の手は動き続けた。集中してさえいれば時の経過は早い。私はやるべきことが済むまで箱と書類に向かい合ってしまっていた。本当はそうまでする必要も無かっただろう。明日に持ち越してしまえば済むことだった。だが、私は、どれほどその繰り返しを行ってきたかに思いを馳せるとそのままどうしても手を止めることが出来ないのだった。八時を回ったころにようやく一段落が着くのを見届けた私は。電気代のことを考えて苦く笑ってしまった。こんなのだから、そうだ。こんなのだから、ホワイトカラーの生産性の足を引っ張ってしまう方なのだと、自分のことをそう思う。持ち越しばかり。持ち越し、持ち越し、持ち越し。その日その日を、その時その時を、その瞬間その瞬間を、行動し、発想し、捨拾していけばそのようなことにはならないことを分かってはいるのだ。きっと誰だって分かってはいるのだ。

 パチ。

 電灯を消すと、社屋を後にする。そのまま車に乗り込んで走り出す。時間のずれは渋滞の波から私を解き放ってくれていた。奇妙な高揚感があった。残業した日はいつもこうだ。他人と違うことをやったのだという実感が奇妙な浮かれとともに私をそういう気分へと誘ってくれるのだろう。まるで古い思考パターン。ポツポツと点描のように現れては滑るように走ってゆく車たちを加速して追い抜いて、あるいは加速されて追い抜かれて、車線の箱に乗ってゆく。

 一体、私はいつになったら走り出すことをやめることが出来るのだろうか。車の上で、そうだ、私は帰るときすらも走らなければならないのだ。みなして駆け抜けてゆく街火の夜空。長々しく続く幹線道。もう私の生まれていたころには出来ていたのだろうか。出来ていなかったのだろうか。そんなことさえも知りはしない。この世には知らないことばかりだ。私は、全能感の現われである夢のことさえも知らないだろう。見る見るうちに遠くが近くへ、近くが遠くへと変化してゆく。毎日の風景。変わることなく過ぎ去っては、消え去って、そしてまた翌日には生じている風景。市街地を抜けると、窓を開ける。吹き抜ける感覚。バイクに乗ったことがあるのは免許証を取るときの講習のときだけだ。本物の風を切る感覚というものを私は知らない。欲しがれば手に入れることも出来るだろう。そう、手に入れることも出来るだろう。手に入れられないものからはいっそのこと目を逸らしてしまうべきなのかもしれない。高嶺の花という言葉を知らないわけではない。手に入れられないものは存在しないのと同じなのだ。ある意味において。そうであるならば、全く、私にとっては存在しないものばかりなのだ。流れ込む風には排ガスの匂いも無い。生活感の匂いもない。空気。窒素が過半を占める混合気体を吸ってそして吐き出すのだ。冷やっこい。ふるふると肌があわ立ってきりきりと引き締まる感覚を私は感じていた。車のギアさえも自由に変えることは許されない。私は、エアコンをつけるか、窓を開けるかの全く比較対象とも思えない選択を行うことしか出来はしない。そうそう、付けっぱなしのラジオを切ってしまうことも可能ではあるのだが。夜の郊外地。すっきりとした車列。からっけつの道路。私は、彼女について思い出しながら走っていたのだ。夢の中の彼女のことについて思い出しながら走っていたのだ。

 彼女のことを追いかける夢を何度も見るだろう。彼女のことを追いかけながら、それでいて彼女のことを置き去りにする夢を私は見た。なぜなのだろうか。全く、矛盾していた。彼女は相変わらず夢の中に現れ続けた。私は、朝目覚める度にこれで夢のときは終わったのだと何度と無く思うことがあったし、実際、二夜、彼女の夢を見なかったときには、安堵とともに幾許かの寂寥を抱いたものだった。私は頻繁に彼女の夢を見ていた。まるで恋に恋するように、彼女の夢に夢を見た。夢を見るために私は現実を過ごしているような状態であったときすらあったのだ。実際のところ、梅雨どきのあのころ、彼女が夢に現れないことが三夜続くことは無かったのだ。現実の彼女に再び出会ったころから、私は、夢と現実とが混同されてしまうようなことを恐れ始めた。何かがあるのかと彼女に思われてしまうことを恐れたのだと言い換えることも出来るだろう。私は、夢から覚めるたびにこう思ったものだ。現実の彼女も夢を昔の知人の夢を見るのだろうかと。ある昔出会った男の、あるいは今彼女とあるのかもしれない男との夢を見るのだろうかと。全く、粘着質だ。ねばねばと糸を引くような納豆のような気質。いつからそうなったのだろうか。私には、よく分からない。昔は、他人がどう考えているかなど気にも留めなかったはずだ。人のことを恋しがるためにはそこまでしなければならないのだろうか。

 現実の彼女に電話番号を告げた後、私は、鳴らない電話のことを見ながら、全くの自己保全を行っていた。彼女も忙しいのだろう。覚えててもいいよ、そう彼女は口にしたはずだ。番号は間違っていないはずだ。鳴らない電話を見る私は、やがてこう言い訳するようになっていた。私の意図はそもそも懐かしい旧友との旧交を温めるためのものだったのだから、かかってこなくても特に問題は無いのではないかと。当時の私は、彼女に向かって抱いていた真情さえも自ら捻じ曲げてある種の安定を得ようとしたのだと思う。

 あのころ特に痛みを感じていた奥歯は、今では治ってしまってはいるものの、あの当時はずきずきとした痛みとともに食欲の減退という形で私の生活上へと現れつつあった。あのとき、私は、心の痛みというものを当時久しぶりに感じたことを覚えている。彼女に番号を告げた後、鈍磨した私の心へは、最初、清新な想いが満ち、その後、どんよりと濁った煙ったい想いが満ち溢れた。私を苦しめたのは子供じみた不公平感だった。しょせん彼女にとって私はその程度の価値しかなかったのだろうか。私の自己省察の均衡を崩した私の心に忍び込んでくるのはそんな感想ばかりだった。やはり、という単語が思い浮かんでは、私の後ろ向きな想いを強化してゆく。なぜなのだろう。そうする間にも、夢の中では彼女が現れ、私は、昼間に思い出したように、囚われた彼女を助け出そうとする夢を見た。夢の万能感に寄りかかった甘えた幻想だったのだろうか。私は、そういった状況に置かれたとき本当に一人の女性を守ることのできるような精神を持っているのだろうか。問いかけてみて何という子供じみた問いなのだろうと思ってしまった私は、やはり愛というものを演じることに難がある人間だろう。

 私は、夢の中の彼女を解き放とうとする夢を見た後、彼女に向かってつらく当たる夢を見た。暴力的な、言辞的な、そう、私は、よく思い出せない。自分にとって思い出したくないことは思い出さずに飛ばしてしまうことも可能ではあるような気もする。私は、彼女が傷つくような状況を夢の中で除きこむように作り上げて悠然と満たされないものを満たしていた。何という残忍な。私は、目が覚めると下らない願望を抱く自分に対して腹が立ってしょうが無くなってしまう。一体、助け出そうと、連れ出そうとする相手に向かって暴力的になるなどということがあるだろうか。私は、苛立ってしまうだろう。鳴らされることの無い電話口を見つめながら、幻想に向かってまで当たり散らそうとする自分に腹が立った。従わせようとする欲求。私の方へと呼び寄せようとする欲求。冷静になって考えればそんなところだろう。許しを請う彼女に、許さない私の構図というのは、何というか、冷静に戻った後で見ると困ってしまうものだ。

 ある一つの夢を思い出したので思い出せるうちに鮮明になぞってみることにする。彼女は仕事をしていた。私は、仕事を与えた。仕事をして、与える。必要の無いと思える仕事さえも作り出して、私は彼女に仕事として与えていく。何の仕事かも分からない。語ろうとするならその仕事というものを形にする必要があるだろう。例えば、海辺の砂で城を作るような仕事だとか、山で沸く湧き水を海辺まで零さずに運んでゆく仕事だとか、車の模型を組み立てる仕事だとか。そういう仕事とも見えないような仕事を途切れること無く彼女に向かって押し付けてゆくことを困惑と親しみを持って眺めている私の姿。一体、あの夢で何が出来たというのだろう。私は命令を下し、彼女は従ってゆく。

 私は、その奇妙な夢の後、無理やりに彼女を自分のものにする夢を見た。暴力的な獣性のおもむくまま、まるで、自慰行為と同じだ。役割が済めば投げ捨てるように忘れ去るような夢だった。私はこの夢でもまた彼女の顔を写すこともなく見ることもなかったことを思い出すだろう。彼女は逃げ出して私は追った。追いつくことも無く諦めた後になって彼女のように見える姿をとらえた私はそのまま怒りに任せて襲い掛かるのだ。逃げられて追いかけて襲い掛かり、逃げられて追いかけて襲い掛かる。夢から醒めたとき、私はそこまでに欲しているのだろうかと、携帯電話のことを投げ捨てたことを覚えている。

 窓の外から妙な匂いが漂ってくるのを感じた。鼻が曲がる。幹線道から奥まった道へと侵入している私は臭いの原因に思い至った。厩舎の臭いだ。家畜から漂う生活と養々の臭い。暗闇に隠れて見えることのない牛たちの姿が夢の中の彼女のことを思い出すことを妨げてしまう。通り抜けてしまえば何ということは無い。ただの通路に過ぎない。現実感が、帰り道の終わりが見えつつあった。思い出そうと没入することはもはや困難なことだった。九時を回った時計の表示にいつも通っているスーパーマーケットの選択肢を取り消された私が寄るべき場所の選択肢はいくつかしかない。ドラッグストアか、離れた場所にある二十四時間のスーパーか、コンビニエンスか。回り道をすることが億劫な気分だった。最も手近な場所が選択肢から選び取られるのは直ぐだった。瞬間、震えが走って、私は開け放っていた窓を閉めた。機械音とともに厚みのあるガラスが昇降を始めてゆく。そのまま走り、やがて視線の中に進入してくるコンビニを見つめて眉をしかめる。灯の元でたむろする若い数人の姿。唐突に寄るべき気分では無くなった。そのまま加速して走り去ると、その日はそのままどこにも寄る事無く帰宅する。

 私は、常備している栄養剤一本の口を開けると、沸騰させたなべに向かって油で揚げられた四角い麺の塊を放り投げる。あわ立つ水泡がしみ込んで縮れた面をくゆらせるのを眺めながら待つことにする。時間を計るでもなく何となく時計を眺める。カタカタと音を鳴らし始めるなべに向かい合うと、私は、泡のダンスに見惚れながらなぜなのだろうか、気づいたのだった。全く、気づくというのもへんな話だった。作ろうと思ってなべを沸かし、材料を入れて、わざわざ時計の針まで確認していたのだから。そうだ、時間を確認しなければならない。そう思うと、見るでもなく眺めていた時計に視線を合わせた私は、思うのだ。一体、今、どれくらい経ったのだと。経過した時間はどのくらいなのかと。全く、いつから煮込み始めたのか覚えが無いのだった。なべが煮立って悲鳴を上げる音を聞きながら一瞬の間、途方に暮れた私は、キッチンに備え付けられた換気口を見上げた後、首を振った。いつから、いつまで。全く分からなくなってしまった。笑ってしまうだろう。もう分からないのなら、雰囲気で判断するしかないではないか。鼻歌を歌いながらなべの中身をかき混ぜてそれから麺を一本、箸の上に引っ掛けてみる。上々の仕上がりのような気がしたのだった。実際にどうなのかは、なべの火を止めて、盛り、食べた後に分かった。少し煮え過ぎだ。芯の薄い麺を噛み切ると私は、暖かい湯気に顔を沈めて無性なほどすすり上げた。噛む必要が感じられない太くも柔らかな麺を流し込むように飲み込むと、残ったスープを飲み干してゆく。丼に残るスープを音とともにすすり上げる。すっきりとした後味を噛締めながら、温まった体を揺らして丼を流し台へと運んでしまうと、未だ温度差の残った息を吐き出して静かにテーブルへと腰掛けた。

 私は、彼女からの電話を待ちわびていたあの時も、同じようにしてなべに向かい合いながら、乾燥を呼び寄せる酷く響き渡ったジュワーッという音とともに蒸気が吹き上がる光景を見たことを、吹き零してしまっていたことを思い出すだろう。彼女から電話がかかってきたのは、電話番号を告げてから一週間が過ぎたある休日のことだった。私の胸に踊っていた期待は既に諦めの色彩を帯び始めており、液晶の上に浮かび上がった見覚えの無い番号に向かって、苛立たしい視線を向けて、また仕事先からの電話か、と憂鬱な心情のまま、抑揚を聞かせた仕事用の声を用いて彼女からの電話を受け取ったことを覚えている。

「はい。お電話有難うございます」

「もしもし、私だけど」

 私は、声を聞きながら、電話越しだと彼女の声はこう聞こえるのかと、奇妙な感慨を抱いた。呆気に取られながら携帯電話を握っている手のことを見下ろしたことを覚えている。苛立ちに傾けていた首を正すと、そのまま姿勢まで正してしまったことを思い出す。どうしてなのだろう。電話先の彼女には見えるはずもないことなのに。なぜそのように緊張して、そして正しく振舞おうと考えてしまうのだろう。

「久しぶり、どう。暇してる」

「あ、ああ、はい。そうだな。暇、だな」

 私はあのころ、実際に暇だったのだ。全く、このところもだが、あのころも予定というものが入っていた試しが無いのだった。もちろん仕事の予定は別だ。それ以外の休日の予定というものは、あのころ入っていた試しも無い。スケジュールは真っ白。行動計画も、予定表も、行程表も、全く無し。休日とはその名の通り、ぐったりと休むためのものだった。長い昼下がりになっても横になったまま飽きもせずに眠ることだけが、あのころの私の生きがいでもあった。

「どうかな」

「よかったら」

 お互いの言葉が重なるのを聞くのは何という奇妙な感覚だったろう。言い詰まるような感覚を持って私は、携帯電話の時計ではない、壁掛けの時計のことを見つめていた。お互いにすれ違わせた言葉のあと小さな笑いが電話口から漏れてくる。全く、休日における過ぎ去っていく時間のことを惜しいと思ったのは久しぶりのことだった。朝の内に頭の中が冴え渡ってくるのも久しぶりのことだった。疲れきっていた体に渇が入って行くのを確かに感じた。

「そうだ。アドレス。聞いても」

「え、何」

 全く私は何を口にしていたのだろう。いつも自身の会話を思い出すと脈絡の無さに驚いてしまう。だが、そのようなものだろう。真実に続けられる会話など常に会話とともに無ければ口をついて出すことはできないだろう。

「いや、いい。それよりもどう。遊びにでも行かない」

「今。私、ちょっと待って。予定は」

 全く私は自分の都合ばかりだ。彼女がどんな思いで電話をかけてきたのか推し量ることもできなかった。沈んでいた気持ちが浮き上がって、そう舞い上がるような気持ちというのはあのときの状態を言うのだと思う。私は携帯電話を握りしめながら夢の中にあるような心地がしていた。彼女が否定の言葉を口にするなどとは思えなかったのだ。私の提案に彼女が従って当然のような気がしていたのだ。友達作りが昔から下手だったのはこういう性格のせいだろう。こんな私に、彼女はよくも電話をくれたものだと思う。実際、私は他人の心を推し量ることをしない人間だった。推し量ることを始めてしまうと私は、その余りの厄介さに奔放に疲れてしまう。自分が自分でなくなるような気がして、あるときからそうするのを止めてしまっている。一体、彼女が電話先で予定を調べる間に、私は、どれほどに自分に都合のいい彼女の心情を当てはめていっただろう。実際、思い出すたびに自分の偏向した妄想に苦笑してしまうだろう。

 時計が鳴って時を知らせてくれる。十一時を回っていた。二十三時。今日も後、一時間だった。テーブルに向かって設置された木製の椅子に腰掛けながら、私は、一体、どれくらいの間彼女のことを思っていたのだろう。本当に近頃はこのことばかりだ。語ろうと思い出してばかりだ。その癖に一文字として起こすことはしていないのだ。私は、財布の中から一枚の紙切れを取り出して眺めていた。結局、そういう風にして眺めては考えて、先に進むことを断念してしまっている私は、自分自身のことのみを思い出しているような気もする。現実の彼女のことと夢の中の彼女のことを思い出そうとして失敗しているような気もするのだ。彼女の方に寄り添って、彼女が電話先でどのような角度で携帯電話を握り、空いた手でごそごそと取り出したスケジュールを管理する手帳を繰ったかを、あるいは、携帯電話の先にある、私の冴えない顔と学生時代の尖った顔を比較するように思い出しながらだろうが、

「昔と一緒で声だけは、かっこいいよね」

 と、そう口にして携帯電話の先にノイズの交じった音を吐き出して、笑うか笑わないかの境界線までえくぼを持ち上げていただろう彼女の様子を思い描いてみるべきなのかもしれない。客観的に描くことはもはや困難だ。私は、余り、器用な方では無い。女心も分からない。もしも、そうやって私の想像するところのものを現実の彼女を思い出す際に継ぎ足してしまえば、彼女の姿を類型的なものとしてしか現すことが出来ないだろう。実際、記憶の中にある以上、いくつもの接木がなされている可能性は正確に思い出している今の時点でさえ否定できないのだ。

 背筋が強張ってゆくのを感じる。椅子から立ち上がるとテーブルの上に手を突いた。そのまま伸びをする。足を振って立ち上がると首を回す。風呂の蛇口をひねりにバスルームへと向かうとあくびをかみ殺した。飛び散る水滴が樹脂を打つのを見ながら、時間のことを思った。十五分。中途半端な空き時間だ。携帯電話を取り出して時間を確認して埋まるまでに何をしようかと考える。私は、全く昔と同じだ。有り得ないように思えることを語るために思い出したことをまとめているにも関わらず、全く、上手くまとめきることが出来ない。夢の中で見た幻想としての彼女のことを語らなければならないのに、現実の彼女との有り得ないような偶然の出会いが、私の語ろうとすることをかき乱してしまってしょうがない。そして逆も、また。私は、現実から引き離れようとする力のモーメントに逆らってばかりだ。真昼におこる白昼夢になら逆らうことをしなければならないのだろう。だが、もう夜だ。幻想に浸ることをよしとしたあのころの私のままに、思い出すことになぜ逆らおうとするのだろうか。

 分かっている。私は、恐れているのだ。一体、現実の彼女に出会ってしまったときから、夢の中で、幻想によって出会ってしまう彼女の側にいることを私は恐れている。彼女と彼女とを私は混同してしまわないように、全くのところ、分別をつけたように思い出そうと心がけてきた。夢。彼女から携帯電話に連絡があった休日の前夜に見た夢のことを思い出そうと思う。私は、私は、思い出さなくても浮かんでくるのだ。あの夢のことは。どうしようもなく浮かんでくるのだ。水が溜まってゆく風呂桶の前で私は、十五分というものも意外に長いものだと思いながら想いを馳せていた。服飾を剥がしてどっぷりと腰の辺りまで湯に漬かりながら、私は、そのまま肩の辺りまで温水が埋まってゆくのを見ながらあの日の前夜に見た夢のことを思い出すのだ。

 私たちは、街の住人だった。彼女は結婚していて子供持ち。私は、恋人がいて悩みがあった。何の悩みだったのだろう。分からない。覚えていない。たぶん将来のことだろう。恋人がいてその先に待ち受けているものへの悩み。私たちは、同窓会で出会うのだ。豪勢な料理にばかり目が行く私。一通り眺めると、普段飲めもしないお酒をザルのように飲み干しながら笑いあうのだ。沢山の仲間たちと。知り合いともいえる知り合いも今ではいないはずなのに、あの夢の中での私は過去に会った誰だか思い出せないたくさんの人々から話しかけられ、そして自ら話しかけるのだ。テーブル毎に区切られていて、なぜなのだろう、私は、どの人がどういう家族構成であるのかも聞かされるわけでも無く知っていて、相手の方も私の夢の中の設定のことを知っているのだった。彼女は、その中で溶け込むように同性の友人たちと話し込んでいるところだった。なぜなのだろう。同窓会のはずなのに子供たちを連れている彼女たちの集団を奇異に思わなかったのは。彼女とその周りを囲む友人たちは子供を連れていて、懐かしい顔を見つけて近づこうとする私の気持ちを押し止めてしまうのだ。学生時代に最も仲が良くて一緒に下らない悪戯ばかりをやっていた知り合いが私を誘って彼女たちの側に向かおうとするのに、私は妙な居心地の悪さを感じながらもその後に付き添って行ったのだ。親しそうに話始める悪戯仲間だった知り合いと彼女の側の友人たち。私は、恋人のことを想いながら、それでいて彼女の側に吸い寄せられるように近づいてぎこちない会話を伝わらない会話を始めてゆくのだ。一体、私は、彼女の側にたたずみ続ける子供の視線を受け止めることも出来ずに彼女の方ばかりを見つめていた。子供の存在に私は魅入られていたのだと思う。それでいて絶対にその伸びてくる視線に対して視線を合わせることはしたくはなかったのだ。恋人の話をそれとなく話題に乗せて、私は同じようにそれとなく彼女のパートナーのことを尋ねるのだ。そして、やはり痛いほどに感じる子供たちの視線を意識してしまう私は、いたたまれない気持ちを抱いてしまう。視線を逸らして悪戯仲間だった知り合いに向かい合うと、あいつは全く気にもしないで子供連れの彼女の友達たちと仲良く談笑しているのだ。私は、どうしたのだろう。彼女に向かって突然早口で巻くしたて、それから手近な料理を掴み上げた。そうしてようやく彼女の側に侍る小さなそれでいて溢れるような力を持った存在に向かって向かい合ったのだった。私は、なぜ顔を歪めてしまうのだろう。ふと振り向くと、同窓会の遠くの席に先生たちが集まっている姿があった。先生たちよ。老いたる先達たち。私は、その朗らかなそれでいて力強い笑い声を上げる集まりからも目を逸らしてしまいそうになる。一体、私は、長たるものと、短きものとを見比べた後、歪めていた顔を正して笑いながら小さな未来の持ち主たちにこびるような笑いを浮かべて見せた。彼女は、そんな私のことを見ながらもっと立派な笑みを浮かべていた。確かに私は、明確に足をつけて立っていた。それなのに、赤絨毯のようにも見える何かが敷かれている同窓会の会場で、明確に立っているような感覚を得ることは出来なかった。私は、架空の存在である、その中では信じていた恋人のことを思い浮かべながら、小さな子供に向かい合っていた。未来の持ち主たち。即座にその姿が大きくなるようなイメージが押し寄せて、そして消えていった。どう伝えたらいいのだろうか。私は、上手く伝えることが出来ない。先生たちの中で一人、理科のどちらだったか、忘れたが、先生がやって来て私たちの側にたたずんでいた。それを合図に先生たちの幾人かが私たちの側に向かってやってくるのだ。子供たちのことを見下す先生の姿を私と彼女とそして悪戯好きだった知り合いと彼女の友人たちが眺めた。そして会話の波は突然止まってしまった。がやがやと響いていたはずの雑音は打ち切られてしまう。私は、なぜなのだろう、無性に恥ずかしかったのを覚えている。彼女は堂々としていた。悪戯仲間だった知り合いは理科のどちらかだったか、忘れてしまった先生に向かって近づくと頭を下げて話しかけ、同じようにして彼女の友人たちも側へと近づいていた先生たちに向かって懐かしそうに話しかけた。彼女と彼女の友人たちに連れられていた子供たちは、あるいは退屈そうに、あるいは興味を持って、あるいは隠れるようにして、私たちの先生のことを見ていたのだ。私は、その姿を見ると、本当に口元を押さえてしまって逃げ出したくなってしまうのだ。一体、なぜなのだろう。理由は分からない。私は、本当に所在も無く寄って立つ足もとをころころと変えてあっちにふらふらこっちにふらふらと会場の中を漂うようにして、それでいて彼女の側に、先生たちの側に、近づこうと動き回ったことを印象として深く記憶している。あの夢は、彼女の側にありながら、現実には居もしない恋人と彼女のことを比べようとするところで終わったように覚えている。

 私は思うのだ。なぜあの夢の中では普通が存在していたのだろうかと。とにかく夢の後のことだ。起きたときの苛立ちはひどいものだった。携帯電話をつかんで投げ出しそうになったくらいだ。同時になぜなのだろうか酷く落ち込んだ。沈んだ感覚。同窓会。あんなもの呼ばれる方ではないのだ。昔とは違うのだ。わざわざ楽しむために集まろうという連中が私のような中途半端な人間を呼びたがるまい。何十周年目の立派な節目なら別だろうが、そのような時になれば、これもまた、呼ぼうとするものも、呼ばれようとするものも、また別な人間たちで、それにも私は怯んでしまうだろう。さて、そうして怯んでみたとして、それで、私は、実際には、会ってみたくないかと言えば会ってみたいものなのだ。人間というのはつくづく奇妙なものである。広いようで狭い町だ。時折、昔の知り合いに出くわすことがある。私と彼女が出会ったように。気づいた後、声をかけることと、かけないことがある。おそらく私もかけられることと、かけられないことがあるのだろうと思っている。

 彼女から電話を受けたのはそんな夢を見た後のことだ。風呂桶から体を乗り出すと、そのまま身震いする。栓を抜きながら掃除しておく。ズブズブと音を立てながら渦巻いてゆく水底を眺めてしまう。スポンジを放り投げる。風呂上りに一杯やろうかどうか迷ってしまう。酒は苦手だ。少なくとも強くは無い。呑みたい気分になることは滅多に無い。いわゆる下戸だ。迷った末にコップに盛ったのはお茶だった。昔の詩人たちのように豪勢に酒を盛り人生を彩ってみたいように思われてならない。どうもそういう風には出来ていないらしい自分の思考回路を想うと情けなくなる。同じように茶色に色づいている液体を見ながらその苦さに顔をしかめる。ビールもまた違って苦い。こちらも苦い。健康的なのは分解酵素の必要ないこちらの方だろう。煽るように飲み干してしまうと、ひんやりと冷えてくる体の芯に同じくひんやりと冷えている外の空気に体をさらす。夜空はいつも深い紫紺を携えている。車を動かし、加速し、抜けるように深夜の道路を走ってゆく。街を過ぎ、街に入り、街に別れ、街を見つける。市町村の区切りの看板をいくつ過ぎただろうか。私は、荒くハンドルを握りながら彼女からの電話のことを思い出してしまうのだ。

「いいかな」

 了解の返事に私の胸は久方ぶりに打ち震えていた。学生時代に戻ったかのような感覚を覚えたように感じたのはなぜだっただろう。いや、そこまでのことは無かったような気がする。比喩としては用いることはできるだろうが、あのころのように何事にも心動かされるようなことはそうそうありはしないのだ。だが、それに近いほどに緊張し、そして浮き上がる気持ちを押さえつけるのに苦労したのは久しぶりのことだった。私服を漁って選ぼうとするのはどれくらい前に止めてしまっていただろうか。選びながら、何をやっているのだろうという気が立ち起こる。普段着で構わないのではないかという、天邪鬼な感覚がもくもくと湧き上がる。どうせ、普段の外出着より見栄えがするものはそういくつと持ってはいないのだ。普段どおりが無難なのだ。そう考える私の頭に反するように私の手はクローゼットの奥を漁っていた。

 私と彼女は待ち合わせ、そして出会った。月並みだ。全くそうだ。会う約束をしたから会ったのだ。それだけだ。

「や」

「よう」

 私たちが待ち合わせたのは、寂れた商店街を抜けた、そう、そうだ、今思い返せば不思議なことだ。彼女に似ていた女性を、あるいは彼女そのものにも見えた女性を見かけた、あの駅前のことだった。話はお互いにつまらないことから始まってゆく。仕事、娯楽、直近の日常、愚痴。思い出せる分は思い出そうと思う。だが、そういうものを思い出すのは意外に難しいことだ。印象に残るものではないのだから。彼女の表情の方は直ぐにも思い出すことが出来るのだが、その表情の変化に伴って繰り広げられた会話については思い出すのは困難でもある。彼女の表情。跳ねるような笑み。馬鹿にするように、面白そうに形作られる三日月の目。綺麗な卵型の二重が見る見る輝いて、口の形が目まぐるしく変わってゆく姿。人は表情を次々と変えてゆく。私も、あるいは他人からしてみるところころと表情を変えてしまっているのだろうか。感情の変化は激しいが余り表には出ない方だと思っていたが、ひょっとすれば、そうであって欲しいという願望に過ぎないものなのかもしれない。彼女との会話は、楽しいものだった。どうして女性は、ああも、何でもないことをつくづくと語ってしまうことが上手なのだろうか。上手いというより得意なのだろう。場合によっては閉口したくなることもあるだろうが、あのときの私は、そんな気分でも無かったのだった。

 仕事について。お互いに余り語りたいことがあったわけではなかった。注目されるような、話題に出して自慢できるような、時流に乗ったような職業に就いているわけではないのだ。第一、そういった職業は地方にはそうそうあるものではない。警察官、消防の職員、公務員、銀行員、士業。まだ、あるような気もするが短時間で思い浮かぶのはこんなところだ。都市圏に存在するような、話題に登れば、いい意味で驚くような職業は地方にはそう数は存在しない。仕事についてはお互いに語り合っても楽しいことばかりでもない。夢のような職業についているわけではないのだ。数百分の一だとか、数十分の一だとかの競争を勝ち抜いた人々のことが彼女との間に少しだけ話題に登ったのを覚えている。クラスに、学年に、数人の話。会話の中身はほとんど覚えていない。ある仲の良かった知り合いのことだけは覚えている。彼が既に学生時代によく語っていたある目標の場所に立っていることを彼女から聞いて、私は当然のように嬉しくもあり、それでいて、少しだけ妬ましくもあったことを告白する。仲が良かった彼のことだけは、そうやって覚えていることができた。だが、他のよくは知らない人の話になるともう深くは思い出せない。とにかく成功したと、聞いたことは覚えているのだ。だが、それ以外のことはさっぱりと思い出せない。電力会社にいるだとか、有名銀行にいるだとか、あるニュースで取り上げられていただとか。そんなことを聞いたような気がするが、誰が誰だかよく思い出せもしない。おそらく自己防衛だろう。そんなものをわざわざ記憶して己と比較するなら疲れてしまうだろうから。全く、仲の良かった知り合いのことになると、嫉妬しながらも、何となく嬉しくなるのはどうしてなのだろう。仕事について。私と彼女はお互いの仕事については余り語らなかった。仕事の話は、そのほとんどが他人の成功の話に逸れてしまった。私たちがお互いに自分たちの仕事を語るときにはなるべくその仕事のことをよく見せようとしながら話し合ったのだと思う。少なくとも私はそうした。自分の仕事に誇りを持っているかどうかはともかく、それが良いものだとでも思わないと、思ってもらわないとやり切れないものだから。仕事は、仕事だ。話題に登るのは、そういった言葉を何重にも包んだものだ。私が、分解してしまったため、今ではあの時の会話はこういう形でしか残っていない。彼女の口調を思い出しながらちょっとした会話だけなら抽出できるだろう。

「仕事、結構楽しいんだけどね」

「そうか。言われてみればそうなんだろうが、大変だろ」

「そうそう。偉い人がさ」

「へえ。凄いな。そういうことまで考えるものなんだ」

「何言っちゃってんの。そこは、私の方に共感するとこ」

「つい。職場の調子で」

 こういった感覚だったように思う。私は、仕事の話になると直ぐに仕事の調子に戻ってしまう。そのため、この手の会話は苦手だった。私は、切り離して大げさに語ることが出来ないと面白くは無いのだということを知っているのにも関わらず、それが出来ないのだから世話は無い。私はこの領域において自分を誇るような会話ができる人のことをうらやむだろう。彼女が話題を変えたとき私は安堵していたことを告白する。

 娯楽。映像についての話がほとんどだった。後は、料理についていくつかと、私は、彼女が料理について語るのを聞いて小さな想像を思い浮かべたことを思い出す。料理の話しというものはいいものだ。生活感を感じるのだ。不思議な充実感を感じるのだ。本当のところは、後片付けのことまで考えてしまうと、憂鬱なものではあるのだが、作ることだけを考えさせてもらえるなら、きらびやかで美味しそうな感覚が浮かんできて、口内に溜め込まれたつばどころか、鼻孔までがくすぐられ、匂いさえもが漂ってくるような気がするのだ。

「そんな感じ。手抜き料理で過ごしているけど」

「ふーん。料理か。私、近頃、和菓子に凝ってるんだ」

「あんなもの家で作れるか」

「作れるよ。金つばとか、お団子とか」

「嘘だな。あんなものが作れるか」

「作れるよ」

 私たちは、弱い冷房が効いた車の中でそう言った会話から始めていった。お互いの知り合いのことから始まって箱の中で流れている、誰もが知っている話から、そして、ちょっとした料理と食事の話を。

 立ち寄ったレストランで会話の続きででもあるかのように食事が始まった。彼女はコーヒーとサラダセットとドリアを注文し、私は、何を注文しただろう。確か、当たり障りの無いものだったはずだ。スパゲッティだったような気がする。それともハンバーグか、とんかつか。そう。私は、見栄を張って何かおしゃれなパスタのようなものを注文しようとして、彼女に、

「パスタなんか食べるんだ」

 とにこりと笑われてしまうことに、なぜなのか過敏に反応してしまい、取り消してしまったことは覚えている。そうだそのことは覚えている。その後のことだ。私は何を頼んだだろうか。記憶を漁ってみても一向に出てはこない。一体、どうしたことだろう。夢の中でのことは覚えているというのに。何を食べたか。何も食べなかったのだろうか。私は、あるいは、何も食べなかったのかもしれない。

 彼女の上品な食べ方には驚いた。もっとガツガツと食べる人間としか私は食事をともにしたことが無かったように思う。彼女は流れるようにサラダを取り分けると静かに口元に運んで軽く咀嚼して行く。スプーンを持ち上げてフーフーと息を吹きかけながらドリアを口にする彼女は舌を出して、

「ちょっと下品かも」

 そう口にする。ドリアの香ばしい匂いに隠れるように表れる炒られた豆の誘うような香り。レストランで嗅ぐコーヒーの香りは、それなりにいいものだと思う。あの匂いを吸い込むと必ずコーヒーのひきつぶされたパウダーの姿が思い浮かぶ。サラサラとした黒いコーヒー豆の粒のことが目に浮かぶ。私は、コーヒー豆のことを見たことが無い。実物のコーヒー豆のことは見たことが無い。私は、コーヒー豆のことを絵と写真でしか見たことが無いのだった。既にひきつぶされた粉のことしか見たことが無い。だが、結局のところ香りは同じだろう。どうしたところで私には香りの差まではわからない。ああ、コーヒーだ。そこで停止する。コーヒー好きならば豆の状態とひき方によって生じた差を嗅ぎ分けることが出来るのかもしれない。だが、生憎と私には無理な相談だった。

 彼女がコーヒーを飲み干すのを待って、直近の日常について話してみる。箱と携帯電話の買い替え時に迷っていること、お気に入りの本のこと、眠りづらいこと、動物を飼おうかと迷っていること。私は、テーブルを買い替えたいことだけを、彼女の買い替えの話題に合わせて口にした。

「猫、猫、かわいいのにぃ」

「でも、世話大変じゃないか」

「うん、それなんだよね」

「そういえば、俺も昔は犬を飼ってみたいって考えてたな」

「犬。吼えられて大変そうじゃない。それにさ、犬は場所がいるくない」

「そうだな」

 コーヒーのカップの底には砂糖が溶け残った黒い粘つく液体が残っていた。カップの中に残ったコーヒーを見下ろしながら、私は口元に甘さが広がってゆくのを感じていた。飽和した水溶液を残したまま私たちはレストランを後にする。

 遊びというのも一体、何を遊ぶというのだろう。男と女。三十。何を持って遊ぼうというのだろう。遊びに遊ぶ方法が無い。比喩も無しに私は遊ぶことが少ない人間だった。遊びつくしたというわけでも無いのに、全く、遊ぶにして面白いことを思い浮かべることが出来ないのはなぜなのだろうか。私は、車へと乗り込みながら自分が全部を台無しにしてしまうことを恐れていた。彼女は、車に乗り込むことを躊躇しているように思えた。私は、彼女が独り身であったのは、私のことを運命として待っていたからなのだと、そう信じるほどには、楽天的な精神を持ってはいられなかった。だが、彼女が私のことを受け入れてくれると言うのなら、私は、また、その神話級のド級の妄想に類する話を信じることも出来ただろう。彼女の躊躇は当然のことのようにも、そしてそれでいて私を裏切っているようにも思えた。全く、所有欲というものは嫌なものだ。それが無ければ無いで、私は、彼女のことを何とも思わないのかもしれないが、それでいてその底知らぬ深さに辟易としてしまう。所有欲と保護欲とは同じものなのだろうか。私は、その違いを実感する機会に余り恵まれた方だとは言えないため分からないが、近いものではあるような気がする。今になって思うことだが、彼女が車に乗ってしまえば、それから先、どこで止まるかは私が決めることが出来たのだ。全く、世の中というのは考えれば考えるほどつまらなくなってゆく。後になって思うことはどうしてこうなのだろう、どうしてなのだろう。つまるところ疑問ばかりだ。私が、彼女の立場だったら、久しぶりにあった同級生に行き先まで任せてしまえるだろうか。そうでなくてもいい。つまるところ他人に行き先まで任せてしまえるだろうか。こんなことを常時考えるようになってしまっているのだとしたら、人間としてどこか追い詰められている証拠だと思う。だが、一瞬だけ、そう考えてしまうのだ。私が、彼女の立場なら、私のような男に任せてしまえるだろうかと。本当に女というものは凄いものだ。他人に任せるということができるのだから。いや、別段女に限ったわけでもないか。ただその傾向はあったのだろう。女は任せ、そうして男は任されたことに対して応えねばならなかったのだろう。

「疲れたなら、帰るか」

「どうして」

「いや、何となく。今日、突然だったから。無理させたのかなって」

 私は、彼女に憧れを、あの当時も憧れを抱いていた。その点を割り引こうと努力している。実際、彼女は綺麗だった。ただ、その美しさは今思うと張り詰めたものだったのかもしれない。今思い出せば、追い詰められているようにも見える。ただ、私が思い出すことは、彼女は相変わらず笑うとものすごく綺麗で可愛く見えることだった。多少のシワが目に付いたとしても。私は、どこに向かおうかと考えていたのだった。彼女を乗せて向かう先を思いつかない辺り、どうしようもない男だとは思う。

 私は、夢の中に現れる彼女と現実の彼女のことをあえて重ねないようにしてきた。それでも、絶対的な点で私は同一視していた部分があることを認める。彼女の上に覆いかぶさろうとする年齢や背景を、私が持っていた幻想が、それに加えての過去が、追い払わせた上にして、何ものかを付け加えていることは、今思えば、全く当たり前のことだった。あのどうしようも無い愚問を口にしたとき、夢の中でのことが私の頭の中をよぎっていたことを告白する。行き先を思いつけなかった。今になって私は考える。私たちはこの日本の中のどこへだって行けるのだろう。そうして、そうだ。どこに行ったところで同じなのだ。しかも、一体、私たちはそのことを嫌というほど知っている。嫌というほど知っていることでさえ知っているのだ。その上で、そうだとして遊びに行くことさえも一人ではできないのだ。私は、彼女とどこに向かえばよかったのか。知っている。向かう先も、結果も。一体、私は、どうしようもなくおかしいのだった。

 抜けて行く闇夜の風景をレーザーで照らしながら、私は、同じところ何回も何回も走り回っている。夜のことを語るために必要なことは全て頭の中で整理できてしまっていたはずだった。夜中に同じコースで車を何周も走らせて、一体、私は何がしたいのだ。今日は既に、夜の闇の中、幹線道の平地を、山地の上り下りを、海辺の急カーブを、何度も何度も回っていた。その度にスピードメーターを見つめる私は、足元を踏みしめ、踏み分けた。加速した後、深夜だというのに律儀に変わってくれる信号を見ながら私は、ブレーキペダルを思い切り踏み抜いていた。

「で、どこ行く」

「さあ、どこに行ったらいいかな。とりあえず、学校の側にでも行ってみるか」

「あ、懐かしい。でも、その後、どうするの」

「美術館とか、どう」

「少し年寄り臭いけど、いいかも。それで」

「じゃ、そこで、レンタルショップ。行って借りてくる」

「私、それは、ちょっと、や、かな」

「どうして」

「だって、子供連れ、多いでしょ」

「休日は、そうかもしれないな」

 私は朝目覚める際、むしゃくしゃとして携帯電話を投げ捨てそうになったあの夢の中のことを思い出していた。彼女は美しい。夢の中の彼女はさらに美しかった。その上、彼女には子供がいて、自信に満ち溢れていた。私は、あの夢の中で恋人と彼女のことを見比べようとしていた。私と夢の中の彼女との間には夢の中であるにも関わらず障壁が存在して、現実の彼女との間には何の障壁も無い。彼女のことを上下に改めて見回した。服装とその下にあるものまでも想像した私は、欲望を抱え込んでもいたことを思い出す。体のラインに目を向けた私は、彼女に気づかれないよう、何気ない仕草で車に寄りかかってサイドミラーを覗き込んだことを覚えている。小さな軽自動車に若いカップルが乗り込んでゆくのが見えた。私たちはどうして駐車場の中で立ち尽くし、行き先を話し合うなどというあんな間抜けなことをしたのだろう。私は、だが、彼女を連れて訪ねる先を間違えたくは無かったのだ。ミラーの先で軽に乗り込むカップルから目を逸らして、もう一度、彼女の服装を一瞥したことを思い出す。服装。彼女の服はファストファッションとブランド物の組み合わせだった。活動的でいて、落ち着いていた。昨今の流行に従っていた。

「服でも眺めに行かないか」

「ショッピング。どうして」

「服のセンスがいいから。ブランド物だろ。それ」

「これ。私の服。これ、どう。アウトレットなの」

 彼女は羽織っていた上着をつまみながらころころと笑いながらそう言った。彼女のファッションに比べて、私は、全く。それも、行き先も決められないような男。卑下しないようにしながら、彼女のことを割り引こうとしながら、私は、思い出そうとしているのだ。アウトレット。ブランド品とは言ったもののオーダーメイド品ではないだろう。私たち庶民の手が届かないようなものでは有り得ないだろう。量産品だ。その数が多いか少ないかだけの違いに過ぎない。あるいはアウトレットであるが故に、その数そのものは少ないものなのかもしれないが、どうでも、彼女には似合っていた。さて、どこに行くのか。私は、正直に言って答えたくはなかった。

「どこか行きたいとこある」

「呼んどいて、それ」

 彼女が苦笑する姿に私は救われた気がした。実際、黙りこくって帰ってしまわれても私の方からは何も出来なかっただろうから。

「それじゃあ、あそこ行こうよ」

「どこに」

「花、見に行こうよ」

 私たちは車に乗り込むと、走り出した。

 信号が変わったことに気がついた。緑色の光が暗い闇の中に浮かび上がるのを私は静かに眺めていた。彼女とは、それ以降、何度か会った。私は、それ以上に夢の中で彼女に出会った。だが、今日はもう特段に思い出せることはないだろう。私は、幻想の一部を語ることにさえ、これほどまでに深く、遠く、思い出さねばならないのかと思い至ると、闇夜の路面を照らし出している光を見ようとする二つの眼に腕を押し当ててしまうだろう。暗闇の中を手探りで探すには遅すぎただろうか。分からない。両目への進入を妨げられた光は一体どこに行ってしまうのだろうか。私は、かつてはどこに行けばいいのか知っていたように思う。なぜなのだろうか。忘れてしまっていたのだろうか。両目を覆ってしまうと、私は、シートに向かってぐったりと体を預けた。通行の邪魔であることは分かっていた。信号の変化に反応しなければならないのだ。そう思いながらも、私は、重く感じる体のことを座席に預けてしまっていた。ブレーキに乗せていた足が小刻みに震えるのが感じられた。ポツポツと雨が降り出す音が聞こえた。私はやはり、先まで行けなかったのだろうか。私は、あの日も最後にあっては雨が降っていたことを知っている。あの日の夜に眺めた夢のことを思い出してしまう。私は、その夜、彼女をさらってゆく巨大な光の夢を見た。何というつまらない夢だったのだろう。私は、永遠に届かない光の先を追う影の役割の夢を見た。あるいは、それでよかったのかもしれない。翌日には、愛の夢を見た。前の夢で失ったはずの彼女に対する愛の夢を。言葉を重ねる必要も無い愛の夢を。その翌々日には、私の苦手な、コンパの夢を見た。彼女が相手とする席の一つに座っていて、私たちはお互いに当たり障りのない対応をして、お互いのことを相手ともしないのだ。その翌々日の後、私と彼女は、決して交わらない無限遠点を出発点とする平行線の駅での様々な別れを繰り広げた。どうしょうもない。もはや、語ろうとすることにおいて、しっかりとした記憶が練りこまれてはいないのだ。雨の音が聞こえる。どこから落ちてどこに行くのか。私は、切手を数え続ける彼女と私の夢を見たことを語るべきだろうか。分からない。営々と印刷されてゆく切手を、裁断しては、数え上げてゆく私たちは、なぜなのだろう、そこから逃れることができなかったのだ。切手の縫い目を確認し、切り離し、決まった束を数え上げてゆくあの夢の中のことを、私は語る必要も無いような気がしている。第一、今日はもう特段に思い出せないのだ。雨音が残るだけだ。あの日の雨音と、そして今を打つ雨音が。

 ふと、警笛が響いた。警笛が響いた。甲高い音が、長く尾を引くように聞こえた。暗闇の中で、警笛が響く音だけが私の耳に残っていた。

 そう。私たちは、あの日花園を歩いたのだった。

 

 咲き誇っていたあでやかな花をちぎってはなげ、ちぎってはなげ、そうしてついにその花弁の全てを引きちぎってしまったあのころ。こじらせた風邪が治まると、やがて季節は暮れてしまう。湿っぽく重苦しい空気に支配されたあのころ。もう一度、昔のようにあなたを追いかけたあのころ。ううん。一緒に歩いたあのころのこと。しゃくなげの花から小さな蜂が飛び出して梅雨空に消えていったあのころ。再びあなたと出会ったあのころ。古いアルバムをめくったあのころ。昔見た夢の中にあったしゃくなげの花から小さな蜂が飛び出していったあのころ。やがて、季節は暮れてしまう。蒸し暑い常夏がやってくる前の湿り気と雨に覆われた季節。

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