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 私は、野村葵のことが好きではなかった。

 それはもちろん、主人公である果音ちゃんのライバルだから、ということもある。だけど、それを抜きにしても彼女の性格が好きではなかった。

 美少女で、頭も良くて、優しくて、完璧で。でもどうせ内心では人を見下してるんじゃないかなんて思ってしまって、現実にこんな子がいても、友達にはならないだろうな、なんて思ってた。カッコ良い彼氏もいて、人生上手くいってて良いな、とか。多分、前世ではそこそこ充実しつつも、私自身がそんなに凄い人間ではなかったからだと思う。(だからこそ、この世に生まれてからは、頑張っていたのだか)

 だから私は、野村葵のことが好きではなかった。あの悲劇が起こる前までは、「悠斗くんも早く野村葵なんかじゃなくて果音ちゃんと付き合えば良いのにぃ。果音ちゃんの方が絶対可愛い!」なんて言っていた。

 漫画の中で彼女が死んだ時、衝撃を受けた。好きじゃなかったけど、まさか死ぬだなんて思っていなかったから。漫画が終わった後も、ハッピーエンドで終わったはずなのに、しこりが残ったままだった。だって、果音ちゃん達にとってはハッピーエンドでも、野村葵にとっては、ハッピーエンドじゃなかったから。

 自分があの少女漫画ででてくる野村葵なのだと気づいても、不思議と嫌悪感とか、そういった感情があるわけではなかった。気づいてからもう半年近くが経つ。そん中むしろ、私は少女漫画の中にいたような、あの完璧な野村葵になれているんだろうかとか、そんなことしか思わなかった。あとは、殺されてしまうんだっていう恐怖だけ。


 ーーそして、結果として。結果として、野村葵、つまりは私が殺されることはなかった。

 

 夏休みが終わり、文化祭の準備が始まって、日に日に増える無言電話。毎日のように届く「愛してる」の手紙と盗撮された私の写真。部屋から物がなくなる。背後から聞こえる足音。

 漫画ではチラッとしか描写されなかったそのストーカー行為に、私は恐怖で怯えた。けど、怯えるだけじゃダメだから。

 盗撮、不法侵入、脅迫、など諸々。犯罪だ。

 私は、証拠を集めた。送られてきた手紙、写真は全部保管して、されたことを日々細かに記録して書類を作ったり、必死で貯めたお小遣いで買った防犯カメラを自分の部屋につけて、ストーカーが私の部屋を漁る現場を抑えて。自分の生死がかかっているのだからそりゃあ、必死にもなる。だって、死にたくなかったから。今度は、よぼよぼのお婆ちゃんになるまで、生きていたかったから。今回は漫画のキャラクターとは言え、また生を得ることができても、次死んでしまったら、どうなるかはわからなかったから。やりたいことが、たくさんあったから。

 そして、集めたストーカーの証拠を、私は警察に突きつけた。ようやく、警察は動いてくれ、ストーカーは捕まり、私は無事文化祭を迎えることができたのだった。


「葵、本当にごめん。最近何か悩んでるとは思っていたけど、全然わかってなかった」


 文化祭の当日。ストーカー事件のあらましを知った悠斗は、泣きそうな顔をして、私に必死で謝った。もちろん、メールでも沢山謝られたけど、色々対応に追われて、ストーカーが警察に捕まった後、悠斗に直接会ったのは今日が初めてだった。

 私はそんな悠斗が凄く愛おしくて、そして今日と言う日を迎えられたのが凄く嬉しくて。


「ううん。そんなことない。悠斗は気づいてないかもしれないけど、私は凄く悠斗に励まされてたよ。それに、こうして犯人は捕まったんだし、ね?」


 これは本当。

 怖かったけど、悠斗と一緒にいることが楽しくて、悠斗がくれるメールが嬉しくて、漫画で見た、悠斗のあの悲しそうな顔を、悠斗にさせたくなくて。怖かったけど、頑張れた。


「本当に、葵が無事で良かった……」


 悠斗がそっと、私の頬に触れる。その手は、今日は何だか冷たかった。もう秋だから、だろうか。


「葵を、もう二度とこんな目に合わせない。約束するよ。俺が、葵を守るから」


 真剣な眼差し。心臓が高鳴る。嬉しい、と心が歓喜する。けど、私はどこか既視感覚えた。

 ーーああ、そうだ。漫画では、悠斗は野村葵を失った数ヶ月後、果音ちゃんにこう言ったんだっけ。


『果音のことは、葵のようにはさせない。約束するよ。俺が、果音を守るから』


「今度似たようなことがあったら、何でも俺に相談して。どんな小さなことでも。お願いだから。…………葵?」


 何も反応を示さない私に、悠斗は心配そうに私に声をかけた。


「ご、ごめん。ボーッとしてた。……ね、今日は文化祭だよ。だから、暗いことなんて忘れて、楽しもう?」


 私は、無理やり笑みを作って、悠斗の手を引いて、模擬店を回るべく、歩き出した。

 悠斗の顔を、上手く見ることができなかった。

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