第3話 光の影
確実にヒカリをとらえていた…
他の道など必要なかった…
それから
底さえ見えない深い闇から伸びてくる手など
見えるはずもなかった…
ガタンっ───何かが落下した音。
「健二先輩…。これ飲んで」
月菜の手には缶ジュースがある。
「す、すまない…」
喉からくる液体が通る感覚。舌の上でおどる炭酸の泡。
「ふ〜、ありがとう月菜。なんとか落ち着いたよ」
膝から下はまだ震えがとまらず、どうにかして隠そうと筋肉を硬直させるが逆に
震えが増してしまう。
「無理しなくていいんですよ」
たった一言でも優しさを感じてしまった俺の足は、何もなかったのようにいつもの
足に戻っていった。
「月菜に慰められるとはな」
素直な気持ちだった…。
「そんな言い方ひどいですよ〜」
ふと視線が合うと無意識に笑いあう。
「はははははっ、はぁ〜。正直助かったよ月菜。おまえがいなかったら俺、一発殴ら
れてたよ。でも月菜、これからはあんな危ないことするんじゃないぞ」
月奈の額を軽く小突く。
「すいませ〜ん」
ちょんと舌を出して謝ってくる月菜。
「でも、殴られることは別に良かったんです。浩行君があんなこと言ったから二人の間
に入っていったんです」
「………」
月奈が向けてくる優しさに偽りなど感じられない。だからこそ自分がどんどん惨めに
なってくる。
「月奈、俺は悔しい。自分に向き合えなかった『自分』に、自分に向き合えない『自
分』に。本当に悔しい」
「…」
月奈の口からは何も出ない。
「あの時の俺は、『俺』じゃなかったのかなぁ…」
一口飲むとジュースが空になる。派手な音をさせて缶を握り潰す。
「…。真弓先輩は…本当のことを知らないんですよね?」
「………あいつは知らない。その方がいいんだよ」
「でもっ!? 健二先輩!?」
「月菜〜? あれれ? 健二もいるじゃん」
思いもよらない真弓の登場に驚いて、俺も月菜も固まってしまう。
「え? どうしたの? 二人とも?」
「あ、ああぁ。急に真弓が出てくるもんで、ビックリしたんだよな?」
目配せする。
「ええ、そうですよ。急に真弓先輩が出てきてからビックリしたんですよ」
「ん〜、まぁいいや。そうそう後輩たちが喉渇いた〜って泣き叫んでるよ。早く飲み物
買って、持って行ってあげなさいよ」
「あ、はい…」
急いでジュースを買い、たくさんの缶を抱きかかえ早足でこの場離れる月菜。
その瞳はどこかもの言いたげな色をしていたが、どうしようもないことがわかったのか、
口から発せられる言葉はなかった。
「ところで健二は何やってるの?」
「ん? ちょっと喉渇いたもんで何か飲もうかなって。そしたら月菜が来てちょっと話
し込んでただけだよ」
足元に落ちていた石を蹴飛ばす。エネルギーを得た石はそれを使い切るまで転がっていく。
「さて、そろそろ帰ろうかな」
「えっ? 先生に会いに行かないの?」
「ああ、別にいいよ。話すことなんてないし」
これ以上真弓といることができない。とにかくこの場から離れたかった。
(真弓、すまない…。もう少し、もう少し時間をくれ…)
少しずつ客は減っているようだ。もうどこかから歓声が聞こえるようなことはない。
俺も出口に向かって歩く。もうすでにここにいる理由はない。始めからここにいる理
由なんてなかったし、暇つぶしで来たのだから…。
すれ違う人々の中に見覚えのある男を見つける。
「別に会う予定なんて無かったんだけどなぁ」
頭を掻きながらグチを吐き出す。
「なんだその言い方。教師に向かってそれはないだろう」
まさか顧問のオヤジに会うなんて、やっぱり来なければ良かったのかもしれない。
「健二、少し話さないか?」
心の中で舌打ちし、仕方なく付いて歩く。
「おまえが卒業してもう2年になるんだな。あれからどうしたんだ?」
「先生はどこまで俺のことを知っているんですか?」
直球だった。ここで変化球を投げても仕方ない。
「月菜から聞かされたことまでだ。あいつがどこまで話してくれたかは知らないが、
それなりのことは知っているはずだ」
「………」
唇から痛みを感じる。
「言わないならそれで結構。おまえなら大丈夫なはずだ。時間はたくさんある」
「けれど、周りは待っていてはくれないですけどね…」
「そうだろうな」
それだけ言って去っていった。唇を舐めると、血の味が口の中に広がった。
しばらく同じ場所にたたずんでいた…。ただ一点を見つめていた。
「先、輩…?」
月菜だった。
「健二先輩…。元…気、元気だしてくださいね…」
視線は月奈の寂しげな背中を追っていく。
いつの間にか木々は長く伸び、大きくなっていた。それらはすべて黒い。そして空も青か
ら朱に、朱から黒に変わっていくだろう。
闇で喰い潰されていく…
光がとどくのはいつの日だろうか…
読んでいただきありがとうございます。ここで訂正です。前回の「荒涼の心」は「第2話 荒涼の心」です。 感想などありましたら、メールをどうぞ。




